第47話 回想は過去の始まり
夜が更け、闇が増す。
斯様な夜空を見上げたところで、翼を羽搏かせる正体が鳥か悪魔か判別つく人間は居ないだろう。
たとえそれが少女一人を攫った悪魔のシルエットであったとしても。
闇に紛れて飛翔していたシルエットは、忽然とその影を地面に同化させる。
そうして悪魔はとある廃城の中へと足を踏み入れた。
そこには……。
「おう。帰ってきたか、シャックス」
「……ああ」
「へっ、なんだよその傷は。まさか人間に返り討ちにされたとか言わねぇだろうな」
「……そのまさかだ。グラシャラボラスは死んだ」
「は?」
廃城の中に居た別の悪魔は、グラシャラボラスの訃報に呆気に取られていた。
それは場内に屯していた別の悪魔も同様だ。
「マジかよ……あのイカれ悪魔が……」
「……だがこいつぁ好機だ。奴が抜けた穴に俺達が入れる!」
「なるほどなぁ! そいつぁいい!」
悪魔共の下卑た笑い声が、蝋燭の火が薄ぼんやりと照らしている空間に響き渡る。
それにシャックスは同調することもなければ見向きもせず、抱きかかえた女ベアティを地下牢の方まで連れていく。
「うっ……うぅん……?」
「……起きたか」
「は!? ここは、どこ……?」
「静かにしろ」
「ひっ!?」
ここに来るまでの間、魔法で失神させられていたベアティが目を覚ます。
直後、彼女は気を失う直前までの記憶を思い出し、半狂乱になって暴れ始める。
「誰か、誰か助けてぇ!」
「おい! 黙れ」
「リキタス! お父さぁーん!」
「いい加減に……しろっ!」
「うっ!?」
喚き散らしていたベアティであったが、眼前に魔力の光を帯びた掌を翳された瞬間、その意識は再び闇の中へと沈んだ。
そうやって沈黙したベアティに沈痛な面持ちを浮かべるシャックスは、重い足取りで地下牢の扉前までたどり着く。
そして古びた地下牢の扉を開ければ、カビと汗が混ざった饐えた臭いが顔を撫で、思わずゴホゴホと咳き込んだ。
「だからここは嫌なんだ……」
「おぉ、シャックスかぁ! なんだぁ、新しい女でも連れてきたか!?」
「……またやってるのか」
吐き捨てるように呟いたシャックスの視線の先では、生々しい水音と女の泣き声が聞こえてきた。
すすり泣くような声は狭い地下牢の中をよく反響する。
なぜ女が泣いているかは深く考えなかった。いや、考えるまでもなかったとでも言うべきだろうか。
顔を背けながら、シャックスは一種の地獄と化している地下牢の中へベアティをそっと置いた。そのおかげで素肌にはこれっぽっちも傷はついていない。
しかしだ。
「若ぇ女だな、そそるぜ……」
「……おい、ここに居る女はあんたの玩具じゃないんだ。あんまり遊ぶのは……」
「あぁ? てめえ誰に口利いてんだ!?」
蝋燭の明かりの中、四つん這いになる女の影に重なっていた悪魔の動きが止まった。
彼はおもむろに立ち上がると、入り口近くに立っていたシャックスを思い切り殴り飛ばす。シャックスは受け身も取れずそのまま地下牢の壁に叩きつけられた。
「う゛っ!?」
「てめえ、誰のおかげでその姿になれたと思ってんだぁ!? オレ様があのお方に取り入ったおかげだろうか!! てめえに感謝されることはあっても、口出しされる筋合いはねえぞ!!」
「わ、分かってるよ……けど……」
「てめえの態度によっちゃあ、あの願いをなかったことにしてやれるんだぜぇ?」
「! 分かった、分かったから!」
「はっ! 最初からそう言っときゃあいいんだよ。それにな、オレはちゃあんとあのお方の要望に沿うよう努力してやってるんだぜぇ?」
悪魔はくつくつと喉を鳴らし、地下牢に閉じ込められた若い女達を見渡す。
「あのお方のご要望はこうだ。金髪で碧眼の10代後半から20代。身長はちょい高めで、痩せすぎず太り過ぎずの体型。そして──経産婦であること」
「……それとこれに何の関係が?」
「しらばっくれてんじゃねえよ、ガキじゃあるめえし!」
「分かった、分かったよ」
だからそれ以上喋ってくれるな。
目でそう語るシャックスではあったが、ついに直接口出しはできず、踵を返して出口を目指した。
「おい、てめえはヤってかねえのか?」
「……オレは、よしとくよ」
「じゃあ、てめえが連れてきた女は俺が楽しんでもいいんだな?」
「……」
ピタリと足が止まり、シャックスは振り返る。
気を失っている少女の薬指には、燦然とした煌めきを放つ指輪が嵌められていた。
一瞬、シャックスの顔面が壮絶に歪んだ。
しかし、すぐさま彼は顔を背け、
「……好きに、してくれ」
逃げるように、足早に地下牢を去った。
扉の奥から再び生々しい水音と女のすすり泣く声が聞こえてきたが、もう関係のない話だとシャックスは自分に言い聞かせ続けた。
崩落した廃城の孔から空を見上げれば、闇は深さを増していた。
月も完全に雲に覆い隠されている。
今、空を見上げたところで……望めるものなどありはしなかった。
***
「……こっちだ。血の臭いがする」
鬱蒼と木々が生い茂る森の中、杖から放たれる光に三つ分の人影が導かれていた。
先頭を行くのはベルゴ。
道を照らすのはアータン。
後ろを警戒するのは……俺!? 俺! 俺俺俺俺!
あ~~~……。
歌って場の空気を一変させたい程度には、今の空気は重すぎる。
胃が痛い。
しかし、悪魔に連れ去らわれたベアティ救出の為に結成された即席パーティーではあるが、今のところこれといった滞りはない。
問題があるとすれば、ベルゴが先を急ぎ過ぎるが余り、歩幅が合わないアータンが遅れまいと大変そうにしていることぐらいだろうか。
長身なベルゴとこじんまりしたアータンでは、当然歩幅に違いが出てくる。
ベルゴの一歩がアータンの三歩分ぐらいある為、アータンは終始忙しなく足を動かしていた。
「アータン、大丈夫か?」
「う、うん! これぐらいなら、なんとか……」
とは言うものの、アータンの額にはうっすらと汗が浮かんでおり、あからさまに肩で息をしているのが分かった。
ここまでの数十分、ほとんど小走りのような速度で進んできたが、そろそろ限界が近づいてきているのだろう。
「無理はするなよ。こんな真っ暗な夜中じゃアータンの〈
「っ……じゃあ、ちょっとだけ休みたいかも……」
「だ、そうだ。少しスピード抑えてくれないか?」
「……承知した」
俺の申し出に、ベルゴは渋々と言った表情で承諾してくれた。
「すまないな。娘が連れ去られているこんな状況で」
「いや……俺も先を急ぐあまり配慮が欠けていた。謝罪しよう」
「謝るほどのことじゃないさ。急いでベアティを助けたいのは俺達も一緒だ。一旦息を整えて、それから強行軍と行こうじゃねえか」
と言ったところでベルゴの表情が晴れるはずもない。
まあ、当然か。
ここは場の空気を変える為にも、一度話題を転換した方がいいかもしれない。
息を整えるついでに、俺はベルゴに対し話題を振ってみることにした。
「にしても、随分ホイホイ前に進めるな。そんなに分かるものなのか?」
今、俺達は猟犬の一匹も連れて来てはいない。
では、どうやって悪魔の血の臭いを追っているのか?
その答えはベルゴの鼻にあった。
「……今、俺は鼻だけを罪化させている。罪使いのお前になら分かるだろうが、罪化して変わった肉体はそれに応じた特性を持っている。つまり、今俺は──」
「犬……いや、熊あたりに変わってるのか?」
ベルゴは静かに頷いた。
一般的に嗅覚のいい生き物と言えば犬が思いつくが、熊は見通しの悪い森の中で暮らしている関係上、さらに嗅覚が優れていると聞いたことがある。
その倍率、およそ10倍以上。一説には5キロ先の臭いも嗅ぎ取れるのだから、森の中に点々と残る血の臭いなど、それこそはっきりと分かるのだろう。
ちなみに俺は全然分からない。
うーん……森の匂いがしますねぇ。
それ以外なんも分からん。
結論、熊って凄い。
「そうか。じゃあ罪化を維持できる内には辿り着きたいな」
「ああ……」
俺の言葉に、再びベルゴは頷いた。
罪化だって無限にできるわけではない。
特に肉体の魔人化には多量の魔力を消費する以上、だらだらと時間を掛けてしまえばベアティに辿り着くより前に魔力が尽きてしまいかねない。
「そんなとこだけ罪化できるんだ……」
俺の隣で感心するような声を漏らすアータン。
そう言えば部分罪化については説明してなかったな。
「アータン。罪化に伴う魔人化が、たくさんの魔力に呼応して起こる現象だってのは覚えてるか?」
「うん、ちゃんと覚えてるよ」
「そうかそうか、偉いぞ~。……でだ、要は魔力さえ足りるなら肉体の一部分だけを魔人に変えることは理論上可能なんだ」
「理論上……って言うと、なんだか実際には出来ないって言ってるように聞こえるけど」
「出来なくはない。出来なくはないんだが……」
これがまた難しいんだよな。
魔力と魔力回路は、度々血液と血管に例えられる。魔力が血液、魔力回路が血管だ。
罪化によって魔力回路が拡張されると、当然その肉体の部位に流れ込む魔力の量が増える。そうしてある一定値に魔力量が達した際、魔人化が起こる……魔人化はこういうメカニズムだ。
では、これを血液と血管に置き換えてみよう。
血管が密集している場所は血液が多く集まる。ならば、血管を増やせば集まる血液量は増える。ここまではなんとなく理解できるだろう。
じゃあ意識して一部分だけに血液を集めてみよう。
仮にそう言われたとして、すぐにできるだろうか?
答えはNOだ。
人間は怒りを感じれば頭に血が昇るだろう。性的興奮を覚えれば……うん、チンチンがおっきくなるね。
しかしだ、それはあくまで生理的現象に過ぎない。元より肉体に備えられた反応を、自分の意識だけで引き起こそうとなった途端、そう上手くいくはずもない。
部分罪化とはそれと一緒だ。
出来るのであれば消費する魔力量が格段に少なくて済むメリットがあるが、感覚的に難しいので、実際にやるとなると中々できない……そういった技術なのだ。
さて、ちょっと脱線したが話を戻そう。
ベルゴは現在鼻……正確には嗅覚をつかさどる部分のみを罪化させている。
頭部全体なら兎も角、鼻の中だけと来た。これは部分罪化の中でも非常に高難度な部位である。
それだけ繊細で緻密な魔力操作……そして、罪化。
これだけでもう彼が只者ではないことは薄々察しがついてくるだろう。
「……なあ、ベルゴ。歩くがてら自己紹介でもしようぜ」
「……なんだと?」
「これから一緒に悪魔と戦うかもしれないんだ。背中を預けられるよう互いの素性は話しといた方がいいだろう?」
「それは……一理あるかもな」
今のところ話しているのはお互いの名前だけ。
それだけでは信頼を得るには情報が不足しているのは明白だ。
「じゃあ俺達から話すぞ。俺達は生き別れた家族を探すついでに魔王を倒す旅に出てるんだ。ディア教国に来たのはそれが理由だ」
「そうか……ん? 待て、『家族を探すついでに魔王を倒す』と言ったか?」
「言ったけど?」
「……普通、逆ではないのか?」
ベルゴは心底不思議そうな声色で聞き返してくる。
ん~、まあそうか。世間一般的には魔王を倒す方が大きな目的に思えるだろう。
「いや、それで合ってるよ。俺達にとっちゃ家族を探す方が大切な目的なんだ」
「む……」
「魔王討伐なんざついでよ、ついで。人探しするのにいちいち邪魔されたらキリがねえからな。ギャーッハッハ!」
そう言って俺は高らかに笑う。
隣に並んでいたアータンも、そんな俺の様子に苦笑を浮かべていた。
だが、訂正はしない。思いは同じだと、彼女の沈黙が語っていた。
一方、それを聞いていたベルゴは複雑な面持ちで目を伏せる。
ただでさえ厳めしい顔にさらに二、三本ほど皺を刻んだ彼は、何かを噛み締めるように唇を結んだ。
「……そうか。たしかに魔王討伐なんぞより家族の方が大切だな」
「だろ?」
「済まない。不躾な質問をしてしまった。許してくれ」
「いいよいいよぉ」
家族を探す俺達に共感を示してくれたベルゴは、それまで険しかった顔がほんのわずかに緩んでいた。
彼もまた魔王よりも家族が大切な口という訳だろう。
まあ、それはここまでの道中で十分分かり切っていたが……。
「なあ、ベルゴ。アンタのことも教えてくれよ」
俺は切り出す。
「元騎士で罪冠具も持っている……察するに、元聖堂騎士ってとこだろ。それに部分罪化もできるとなりゃあ、相当手練れの罪使いだったはずだ」
「……」
「そんなアンタがどうしてあんな辺鄙な村に住んでいるのか……」
「……それは」
「アンタがあれほどまでベアティを大事に想っていることに関係しているのか?」
単刀直入に問いただす俺に、横に立っていたアータンもギョッとしていた。あてもなく彷徨う手は、俺の質問を止めようか止めまいかで悩んでいるのだろう。
しかし、実際に彼女が俺を止めるより前にベルゴは動き出した。
僅かに面を伏せていた彼は、観念したように面を上げる。
その表情は、この暗闇の中であってもありありと悔恨と悲嘆に塗れていた。
「……少し、長くなるぞ」
「ああ、構わない。それでアンタを理解できるならな」
「……承知した」
ベルゴの足取りが、心なしか重くなる。
一歩、また一歩と。
踏みしめる度に重くなる足を辛うじて持ち上げるベルゴは、意を決したように口を開いた。
彼の語り口は、こうだった。
──これは友も、国も、家族も。
──何も守れなかった情けない男の話だ。
***
18年前、俺はこの国の聖堂騎士団副団長だった。
ディア教国の聖堂騎士団──つまり、〈
俺達、と言ったのは他にも取り立てられた者達が居たからだ。
俺の他に当時の〈灰かぶり〉に重用されたのは二人。
一人は聖堂騎士団長、レイエル。
一人はディア教聖女、アニエル。
どちらも俺の幼馴染でな、孤児院時代からの付き合いだった。
俺達は皆孤児だった。故郷を魔王軍に滅ぼされてから、聖都の孤児院で共に過ごし、よく三人で騎士となろうと語らったものだ。
俺達は16になった年、聖堂騎士団へと入団した。
当時も魔王軍の襲来が激しくてな、新兵同然の俺達も戦場の最前線へと投入されたものだ。
新兵からすれば堪ったものじゃあなかったが……まあ、おかげで武勲を立てやすくはあった。4年も経てばそれなりの地位に昇進していたよ。
そして、多くの悪魔軍幹部を倒したレイエルは功績が認められ、奴は騎士団長へと取り立てられた。聖堂騎士として誉れある称号──『聖騎士』の称号も与えられていたよ。
同時に同じ戦場で武勲を立てた俺も、そんなあいつの副官にと副団長に任命された訳だ。
あいつとは小さい頃から切磋琢磨する仲でな、何をするにも勝敗を付けねば気が済まなかった。
剣の稽古に飯を食う早さ、戦場の手柄。
そして、
「おい、ベルゴ。お前アニーに惚れてるだろう?」
「んな゛ッ!? そ、そういうお前だってあいつにほの字なのがバレバレだぞ!」
「なにぃ!?」
「いいか、先に俺が先に好きになったんだ! アニーはお前にはやらん!」
「何を! こういうのは落とした者勝ちだ!」
「言ったな?」
「言ったさ」
「ようし……ならばどちらが先に落とせるか、勝負だ!」
今思い返しても馬鹿な勝負だったと思うよ。
俺とレイエルが惚れた女──幼馴染のアニエルも、聖堂騎士団員の一人だった。
「ちょっと~! また喧嘩してるの?」
「いや、喧嘩なんかしてないよ! なあ、ベルゴ!?」
「ああ、もちろんだとも! 俺達は親友だからな!」
「ふふっ、何それ」
ただ……彼女は俺達よりもずっと人間ができていた、いわば高嶺の花でな。
彼女の瞳は空のように蒼く、風になびく金色の髪はまるで暖かな日差しを彷彿とさせた。そして、笑顔は太陽そのものだった。
誰に対しても分け隔てなく優しく接する、まさに聖女だ。
そんな彼女が前任の聖女引退を機に、新たにその座に座るのは自然な流れだった。
ただの孤児がそれぞれ団長、副団長、聖女になったんだ。
ハハッ、随分と出世したものだろう?
だから俺は副団長になって間もなく、思い切って彼女に思いを打ち明けようとしたんだ。
「世話になったな、エレミア……贈り物を選ぶのに手伝わせてしまって」
「なんてことないですよ! それよりアニー様への告白、応援してますよ!」
「う、うむ。では、行ってくる!」
「ご武運を!」
「……俺は別に戦場に行く訳じゃないんだぞ」
と、苦笑いを浮かべたのは今でも覚えている。
そして、わざわざ後輩の女に選ぶのを手伝ってもらった花束を片手に、俺は彼女の下へと向かった。
だが──俺が見たのは、満面の笑みを咲かせ合うレイエルとアニエルの姿だった。
飾らない笑顔の二人が手を繋ぎ合っている姿を見て、俺はしばし立ち尽くした後、家に帰って酒を浴びるように飲んだよ。
花束は……どうしたものか。
憶えていない……いや、嘘だ。情けなく家に持ち帰ったよ。
ほどなくして、聖都では騎士団長と聖女の結婚が大々的に発表された。
なにせ今後国の未来を守っていく聖騎士と聖女の結婚だ。度々魔王軍の襲撃で暗い空気が流れる聖都において、それはまさに希望の光。
国に明るさを取り戻すにはこれ以上ない慶事だった。
俺も、この時ばかりは素直に祝福した。
後で呼び出したレイエルと殴り合ったのは……若気の至りというか、青春の思い出と言うべきか。どちらにせよ今じゃ懐かしい笑い話さ。
ともかく、俺は親友と想い人が結ばれたことを心より祝福した。
まあ、彼女への想いを綺麗さっぱり断ち切れたのは、アニエルが子を授かったと知らせを受けてからだったが……。
これでディア教国の未来は明るい……俺はそう信じて疑わなかった。
あの時までは──。
「──ここは僕が食い止める。ベルゴ、お前は皆を連れて撤退しろ」
「レイ……? お前、何を馬鹿なことを……!?」
「どうやら奴らは本気でらしい。悔しいが……ここで僕達だけで奴らを押し返すのは難しそうだ」
その日も俺達は魔王軍との戦闘に入った。
だが、その日はいつもと違っていた。油断していた訳じゃない。ただ、いつもより苛烈な攻撃を仕掛けてくる魔王軍は、以前よりも数段と手強かった。
一人、また一人と騎士が斃れた。
そしてついに疲弊した俺達の前に、魔王軍を率いる〈
俺には到底受け入れられなかった。
この状況で一人残し撤退するなど、それこそレイエルを……親友を見殺しにしろと言われているのと同義だったからだ。
「ならば、俺が残る!! お前を死なせるにはいかん!!」
「いいや、ダメだ。殿は団長の僕の務め。君はこのことを部下と一緒に教皇に伝えてくれ。そうすれば各国の協力も仰げるかもしれない。奴らの侵攻を食い止めるにはそれしかないんだ」
「だが……だが!! お前にはアニーが!! アニーとの子が──!!」
当時レイエルとの子を身籠っていたアニエルだが、運悪く流行り病に伏せていた。
具合は芳しいとは言えず、常に予断を許さない状況であった。そんな彼女を一人残す訳にはいかない。俺の頭はそれで一杯だった。
だが、
「頼む、ベルゴ」
「レイ……」
「……お前にしか任せられないんだ」
「くっ!」
「俺とアニーの子を……そして──」
その後は……よく憶えていない。
ただ必死で、残る騎士を引き連れて聖都へと逃げ帰った。
俺は……親友を見殺しにしたんだ。
世界で唯一にして無二の親友は、俺が、俺自身の無力が殺した。
俺が聖都に戻り、事の次第を報告してからもあいつは帰ってこなかった。
ひょっとしたら不意に剽軽な声で『ただいま』と帰ってきそうな気もしたが、待てど暮らせどそんな気配はなかった。
「済まない、アニー……俺は……っ!!」
「気にしないで、ベルゴ。レイが選んだ道なんだもの。悲しくはあっても嘆いたりなんかしてる暇はない。そうでしょう?」
「だがっ……!!」
「それよりベルゴは……あの人の代わりに騎士団を……この国をよろしくね」
「っ……あぁ……ああっ!! 無論だ!!」
レイエルが行方知れずとなり、団長を失った〈灰かぶり〉の新たな騎士団長に任命されたのは俺だった。副団長からの繰り上げと考えれば、ごくごく自然な流れだろう。
そうして俺は魔王軍と戦った。戦い続けた。
来る日も来る日も。レイエルが残してくれたものを継いでいくには、戦って守るしかないと思っていたんだ。
そうして季節が廻り、とうとうあいつの忘れ形見が生まれる日が近づいてきた。
アニエルの病は未だ治ってはいなかった。
それでも彼女はレイエルの子を産むと頑なに譲らず、彼女の意思を尊重するように万全の態勢を敷いて出産は始まった。
そして……。
「ふにゃあ! ふにゃあ!」
「はぁ……あぁ……この子が……私と、あの人の……」
「おい、アニー? しっかりしろ、アニー!」
「とっても……カワイイね……」
「……アニー?」
産後の肥立ちが悪かった。そう言う他なかった。
アニエルはレイエルとの子を産んだ数日後、天に召された。残されたのは文字通り忘れ形見の赤ん坊だ。
俺は泣いたよ。赤ん坊のように泣いた。
一年と経たずに親友と想い人を失ったんだ。
悲しくて、堪らなくて、何度も足を止めようとしてしまった。
それでも──。
「……お前に初めて送る花束が、まさかこんな形になろうとはな」
「ふにゃ……?」
「……よしよし。大丈夫だ、ミカ。お前は俺が二人の代わりにちゃんと育てると誓う」
「あー、うー」
「ははっ、元気な奴め」
俺は二人の墓に花を供えに来た。
レイエルとアニエルの子と共に。
二人の忘れ形見は俺が引き取ることにした。
独り身の男が何を、と思うかもしれんがそうせずにはいられなかった。
何せ聖騎士と聖女の遺児だ。
魔王軍との戦いで疲弊している国情の中でも、くだらん権力争いに没頭する馬鹿共が、自らの利の為にこの子を持ち上げようとする未来が見えていたからだ。
……いや、こんなものはただの建前だ。
俺はただレイエルとアニエルの子を守りたかった。
いかなる苦難に襲われようとも、この子を傍らに置いて守り抜くと──そう誓ったんだ。
──あの日が来るまでは。
***
まだ話は途中だが、ここまで聞いていて思うことがある。
(話が
もう吐きそうなんだが?
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