第40話 鍛冶は贋作の始まり




 いくつかの宿場町を経由すること数日。


「帰ってきたぜぇ! 王都ペトロ!」

「わぁい!」


 テンションを上げる俺の横で、アータンもピョンピョン跳ねている。

 アータンからしてみれば冒険の始まりの地。以前滞在した時は僅か数日ではあったが、それでも思い出深い土地には違いない。


 さて、ここに来て最初にやることと言えば。


「YouはこっちYo」

「いだだだだっ!? 待って!? 一本につき脳みそ一個ぉ!!」


 擬態で姿を隠しているダゴンの、髭のように顔から生えた触腕を数本束ねて掴み、勝手に行動──もとい、パンティーを覗かないよう行動を制限しながら連行する。

 こいつ、油断したらすぐパンティーを覗こうとするからな。

 いや、出会った時みたいに地べたに寝転ぶことはしないが、それでも風に揺れるスカートを見た瞬間、膝を突いて臨戦態勢に移る。


 良い意味でも悪い意味でも、信用って積み重ねよね。


 すれ違う女冒険者に後ろ髪……いや、後ろ触腕を引かれながら引っ張られるダゴン。

 そんな奴を横目に、控え目なスキップをしていたアータンが『そういえば』と声を上げた。


「ねえ、ライアー。ずっと気になっていたんだけど、ダゴンさんはどこに連れていくの?」

「『Butter-Fly』だな」

「『Butter-Fly』? なんで?」

「あそこは魔物牧場経営してるだろ?」


「魔物扱い!? 魔物扱いですか、私!?」


 触腕をリードのように引っ張られている蛸魔人が何か言っている。

 いや、お前は十分魔物だよ。妖怪パンツ覗きだよ。

 衛兵に覗き魔としてしょっぴかれるか、冒険者に討伐されるかの違いにしかならんよ。


「まあ、魔物扱いは冗談としてだ。あそこはそういう偏見とかがない店だからな。いい働き口を見つけてくれんだろ」

「……それ、丸投げじゃない?」

「こいつをそこらに放り投げるよりは悪手じゃないと信じたい」

「……」


「アータンさん、そこは否定してくれないと」


 傷つきますよ? とダゴンは目尻からツーっと海水を垂れ流していた。

 すまん、ダゴン。そこは自業自得だと思ってくれ。


 そういうわけで『Butter-Fly』に直行する俺達三人。

 しばらくすれば、見たことのある冒険者ギルドの建物と、外まで響いてくる喧騒が聞こえてくるではないか。


 そうよ、これこれ~。ギルドと言ったらこれよ~。


「ヒュ~、皆の者~! ライアー様のおかえりだ~!」

「おっ、ライアーじゃねえか! 随分遠出してたんだなぁ~!」


 酒場の方へと向かうや、真っ先に声をかけてきたのは奇跡のアホ、バーローであった。

 今日も今日とて昼から酒盛りしている奴は、ウエイトレスのフレティの尻を目で追いつつ、片手に持ったビールをグビグビ仰いでいた。


「プハァ! なんだよなんだよぉ~。アータンちゃんとしっぽりやってやがったのかぁ~、あぁ~ん!?」

「フッ……そりゃあアータンと二人きりで海で泳いだりなんかしたさ」

「ラ、ライアー!?」

「んだとぉ~~~!? てめえ、俺を置いてけぼりにした挙句、アータンちゃんと海水浴だとぉ~~~!? ……羨ましいなぁ……!」

「ガチ泣きじゃねえか」


 俺が居ない間に辛いことでもあったのか、バーローは絞り出すような声を発し、ポロポロと涙を流していた。


 うん、なんかゴメンね。

 触れちゃいけないとこに触れちゃったみたいで。


 そんなバーローには慰めの酒を奢るとして、カウンターでグラスを拭いているピュルサンの下へと向かった。今日も鬣のような髪がビシッと決まってワイルドだ。


「マスター! やってる?」

「ライアーか。オーナーから話は聞いてるぞ。向こうじゃ苦労したようだな」

「マジか、話伝わるの早ぇな……まあいいや。なあマスター、折り入って頼みがあるんだが……」

「頼み? ……それより、その手に持ってる蛸の脚はなんだ?」

「へ?」


 そう言って俺は手に掴んでいたダゴンの触腕を……あれ?


「千切れてるッ!!? あんの野郎!!! どこ行ったぁ!!?」

「……面倒事か」

「ちくしょう!!! こんな時に限って蛸の能力を存分に活かしやがって!!!」


 そうだった、蛸って足を自分で切れるんだった!

 だとしてもするか、自切!?


 いや……あいつはする!

 こんなにもムンムンとフェロモンを漂わせる女冒険者が屯するギルドに来たら!


 奴はする!

 その“覚悟”があるッ!


「どこに行ったぁ!!?」


「なんか床に大きいゴミが転がってますねぇ~」

「あひぃん! モップで突くのはやめて! しかしこれもまた趣深……いや、なんか臭い!?」

「さっき酔っ払いが吐いたものを拭き取りましたからね~」

「私ゲロ拭いたモップで転がされてる!? お、お慈悲ィーッ!」


「あ、居た」


 どこに消えたかと思えば、地面に転がっているところをフレティにモップでしばかれていた。


 フレティ……もっとやれ。

 はんごろしになるまで突いてやれ。


 しかし、傍から見れば何もない床をフレティが突っついているという図だ。

 冒険者の目も集まり『何事……?』となってきたところで、色々察してくれたらしいマスターがフレティにやめるよう告げる。


 そして即座に蛸を回収。両足を引き摺ってだ。慈悲はない。


「ついついウエイトレスのスカートが手招いているように踊っていると思ったら……まったく、酷い目に遭いましたよ」

「フレティは〈氷魔法ラキエ〉使えるぞ?」

「誠に申し訳ございませんでした」


 こいつ、謝罪だけは一丁前だな。


「一応これから働くかもしれない職場の相手に悪印象与えてどうすんだ?」

「……あっ」

「……とりあえず話は裏で聞こう。アビー! ティム!」


「はい!」

「うす!」


 そう言うとキッチンの方から二名ほど姿を現した。


 一人は調理場で働いているコックのアビー。

 もう一人は食材の仕入れを担当しているティムだ。


 ニコニコと笑顔を浮かべている彼らであるが、がっしりとダゴンの両脇を抱えるや、力尽くで、店のバックヤードへと引きずり込んでいくではないか。


「さて……」

「うちのウエイトレスのパンツ覗こうとした件も併せて、仲良く“お話”しようや」

「ままま、待ってください! あれはまだ未遂でして……お、お慈悲ィーッ!!?」


 流石のダゴンも命の危険を感じたのか、周囲に助けを求める。

 が、擬態をしたままでは当然周囲から見つけてもらうこともできず、声が聞こえた人間も『どこからだ?』と訝しむだけだ。

 ダゴンの存在を把握できるのは、俺とアータンと店員のみ。

 そこで奴が視線を投げかけたのは、先日『聖女』と評したアータンだった。


「アータンさん! 何卒! 何卒お慈悲を……!」

「懲らしめちゃってください」

「無慈悲ィーッ!」


 かくして裁定は下された。


 裁判長の決定が覆されることはなく、ダゴンはそのままバックヤードへと連行された。

 さらばだ、ダゴン……お前は良い奴ではなかったけど面白い奴だったよ。でもアータンのパンティー覗こうとしたのは許さんからな。覚えとけ。


「さて、アータン。久々に『Butter-Fly』で飯でも食うか」

「うん! 何食べる?」

「タコのカルパッチョ」

「制裁とは躊躇わない心が生み出すものなんだね」


 あのエロ蛸、やっぱり触腕の一本や二本切られて性欲を切除した方がいいと思うもん。




 ***




 タコのカルパッチョではないが、酒場で食事を取った俺達は王都に繰り出していた。


「ねえ、ライアー。今どこに向かってるの?」

「ん~、俺が駆け出しの頃から世話になってる鍛冶屋だなぁ」

「へぇ、そんなお店あるんだ」


 アータンは目を燦燦と輝かせながら前のめりに聞いてくる。


「どんなお店なの?」

「贋作売ってる店」

「……へ?」

「ま、あれこれ聞くよりも店ん中入った方が早いと思うぜ」


 しかし、俺の一言解説を聞いた途端、ハトが面食らったような顔を浮かべて固まってしまう。

 そんなアータンにはほっぺサンド攻撃だ。


 俺の両手がアータンのモチモチほっぺを挟み込む!


「ぷぺッ!?」

「う~ん、この前に比べて3モチモチほど増えたか……」

はにほのはんひなにその単位!?」


 カワイイ悲鳴を聞いたところで、俺はドンドン店のある方へと足を進めていく。

 半歩後ろからほっぺを挟まれたアータンが、仕返しにポコポコと殴り返してくるが、鎧を着た俺には通用しない。


「ハッハッハ、もっと鍛えなおしたまえ」

「うぅ……ライアーなんて嫌い……」

「ガハァ!!?」

「オーバーキル!!?」

「カヒュー、カヒュー……アータン……嫌いに、ならないで……」

「ならない!! ならないから!! だから道端に倒れるのはやめて!?」


 そう言われてようやく俺は立ち上がるだけの生命力を取り戻した。


 危なかった……危うく即死するところだった。

 アータンに嫌いになられたら、アタイもう生きていけないわ……!


 などと、ふざけながら歩くこと十数分。

 割と冒険者ギルドから近い場所の裏道の方に入り込めば、少し開けた場所に出る。そこには『Adulter』と刻まれた看板の鍛冶場があり、どこからともなく鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が聞こえてきた。


「ここだ。おーい、親父~! あんたのライアーが帰ってきましたよぉ~!」

「お、お邪魔します……」


 勝手知ったるとズカズカ足を踏み入れる俺に対し、アータンは恐る恐ると言った足取りで剣やら槍やらが並ぶ売り場に入ってきた。

 しかし、その怯えた瞳も壁に掛かっている立派な武器の数々を見て、すぐさま好奇の光を宿し始める。


「わぁ! 武器がたくさんあるよ、ライアー!」

「そうだろそうだろ。全部ここの店主が打ってんだぜ?」

「すごい……あっ、この剣なんか見て! 装飾も立派だし、なんだか勇者の剣みたい!」

「あぁ、その通りだぜ」

「えっ……?」


 俺の神妙な面持ちを聞いて、アータンがギョッと目を見開く。

 そして再び、たった今自分が指さした壁掛けの剣に目を向けた。じっくりと剣全体を見渡す様は、まるで刀身や鍔から放つ鈍い金属の光を目に焼き付けていくかのようだった。


「これが……勇者の剣……?」

「──そのレプリカだけどな」

「だと思った!!」


 だって、さっき『贋作売ってる』って言ったもんね。

 そりゃあこんな寂れた鍛冶場に伝説の剣なんて置いているわけがない。


「でも、それにしたって立派だね……」

「男は見た目から入る生き物だからな。武器だって見た目がカッコいい方が好きなのさ。……お~い、親父~! 出てこ~い!」

「ラ、ライアー……仕事中かもしれないし、あんまり大声出すのは……」




『うるせぇーーーッ!!! 今行くから待ってろってんだ、このすっとこどっこい!!!』




「案の定怒られた!!?」


 鍛冶場の奥から響く怒声にアータンが身を縮め込む。

 少ししてから足音が近づいてくるや、彼女は怯えたように俺のマントの中に隠れる。ハッハッハ、そんな怯えるこたぁないぞ。だから魔力を流して勝手に罪器を発動するのはやめるんだ。他のお客さん居たらビックリしちゃうから。

 そんなやり取りをしている間、足音はとうとうすぐ目の前の扉まで近づいてきた。


 ガチャリと取っ手が動けば、続けて扉が開く。

 そこには──。


「おーう、ライアー! 久しぶりだなぁー! 何年ぶりだぁ?」

「そんな経ってねえよ、シムロー。精々一年そこらだろ」

「一年て! もっと剣のメンテに来いやぁ! 研がせて俺に稼がせろぉ!?」

「ハッハッハ、贋作売り捌いて儲けてる奴が良く言うぜ」

「ガッハッハ! 見た目だけでも伝説の武器使いてぇ~って奴が山ほど居るもんでなぁ! おかげ様で稼がせてもらってるぜぇ~?」

「「ギャッハッハ!!」」


 この俺と共に下品な笑い声を上げるやせぎすな男。

 くすんだ白髪を短く刈り上げた中年のおっさんこそ、俺の剣を打ってくれた鍛冶師『シムロー』だ。

 浅ましい笑顔からして詐欺師染みた雰囲気がプンプンと漂っているが、一応現在は真っ当な商売にしか手を付けていない……はずである。昔は色々やっていたみたいだが、真偽は定かではない。


「んで? 今日は何の用だぁ?」

「実はさ、親父に打ってもらった剣が折れちまってよぉー」

「はああああ!!? またか、てめえ!!? これで何本目だと思ってやがる!!?」

「五本目」

「ぶっ殺すぞぉ!! オレ様が魂込めて打った贋作をポッキリと折りやがってぇ~!!」


 自分が打った剣が折れたと聞き、シムローは怒り心頭で鎚をカウンターに振り下ろす。


「悪かったって~。そんなドンドン叩いてたら、うちの仲間が怖がっちゃうでしょ」

「仲間ぁ? んなもんどこに……」


「は、はじめまして……」


「お? おおぉ~!?」


 マントから恐る恐る姿を現したアータンに、シムローはみるみるうちに鼻の下を伸ばし始める。


「おぉ~!! ライアー、てめえ!!? とうとう女作りやがったかぁ!!」

「あ、あの! 私、アータンって言って……」

「ほうほう、アータンちゃんかぁ!! なんでぃ、ずいぶんカワイイ子仕留めたもんだな!!」

「いや、彼とはまだそういう関係じゃ……」

「そう恥ずかしがらなくったっていいんだよぉ!! オレにはちゃあんと分かってっから!!」


 一方的に捲し立てるように話を強引に終えたシムローに、アータンは『ははは……』と苦笑を浮かべるしかなくなったご様子だ。


「ごめんな、アータン。このおっさんいつもこんな感じだから」

「う、ううん。大丈夫……」


「なんか飲み物でも出そうかぁ!? 酒しかねえけど!! ガハハハハ!!」


「うるせえぞ、酔いどれ!! さっさとお客様の注文聞きやがれぇ!!」

「あ~ん!? 誰がお客様だぁ!! 俺の打った剣折る奴なんざ金蔓でしかねえよ!!」

「じゃあ金蔓様の言うことを聞けぇ!! 金が欲しいカネかぁ~!? それなら注文聞いてほしいヅル~!!」

「お~う!! 謹んで聞いてやらぁ!!」


 こういう手合いには一度怯んだが最後、話の主導権を持っていかれるので、強引にでも本題へと話を移す。

 俺は鞘から折れた剣──フィクトゥスを、折れた刀身共々カウンターに差し出した。

 すると、先ほどまで酔いどれでしかなかったシムローの目がスッと細まった。


「……ほぉん。随分綺麗に折られたな。何に折られた?」

「ハト」

「ハトォ? 鉄の剣がハトなんぞに折られるかよぉ!? どんなクソ強ぇハトだってんだよぉ!!」

「スーパーウルトラクソ強クレイジー変態ハトだったんだよ。真正面から攻撃受けたらこのザマだ」

「ガッハッハ!! てめぇのホラ話はいつになっても面白ぇなぁ!! そんなハトが居るなら見てみてえもんだぜ!!」


 ん~、あのハトサンディークは人生で一度も見ない方がいいと思うが。

 まあ、あいつに折られたのは事実だ。シムローも笑い話として受け取ってはいるが、その実強大な力を受け止めて折れた程度の事実は理解できている。


 一頻り笑ったシムローは、そのままフィクトゥスの乗ったカウンターに両肘をついて問いかけてきた。


「で? こいつをどうしたい?」

「長さを整えて短剣にしてくれ」

「こいつをか? このサイズだ、そこそこ時間は掛かるぜ?」

「いいよ、多少時間は掛かっても構わない。あと……」

「あとぉ?」

「あの剣売ってくれ」


 俺が指差したのは、先ほどアータンが目に着けた勇者の剣──のレプリカだ。

 かつてこの地を救った〈傲慢の勇者〉が振るっていた剣と瓜二つな代物だが、当然、その中身はただの鍛冶屋が打った鉄の剣でしかない。


 しかし、俺がそれを欲するや否や、シムローは分かっていたかのようにニヤリと口角を吊り上げた。


「……あぁ、いいぜ。あいつはてめぇの為に打っといたオレ様のスペシャルだ」

「どの辺がスペシャルなんだ?」

「……装飾もオレ様がやった!」

「装飾屋に任せた方が絶対完成度高いだろ」

「それなぁ~!!」

「「ギャッハッハ!!」」


 馬鹿笑いする俺とシムローの二人。

 そこからはとんとん拍子だ。壁掛けにされていた剣を銀貨数十枚で売ってもらう。値段としては、ただの剣よりも形なり装飾を拘った分割高だ。


 だが、性能としては申し分ない。

 伝説の鉱石を使った剣でもなければ、まあこんなもんだろうという無難な仕上がりだ。


「おぉ!? 前のに比べてここら辺の装飾も拘ったのか!?」

「たりめえよ!! この前てめえに『ここの文字が違う!』って言われてカッチ~ンと来ちまってよ!! んで、装飾屋に頼んでみたらあいつら『こんな細かいとこまでやんのか……?』って渋りやがって!!」

「あぁ~、だから親父が自分でやったのか」


 鍔やら柄には細かい文字や紋様が刻まれている。

 この勇者の剣のレプリカは、千年前に天より舞い降りた堕天使を討伐したとされる〈傲慢の勇者〉シファーが振るったとされる『明星みょうじょう聖剣せいけん』がモチーフとなっている。

 それを完全再現するにはイラストレーターが憤死しそうな細部の装飾までしなければならないが、当然相応の手間暇が掛かるわけだ。


 ぶっちゃけここまで紋様を再現するだけでも、採算度外視の売値だったと言えよう。


 ……親父も大概好き者だぜ。


「中々楽しかったぜ~!! 今なら彫金師にだって就職できるかもなぁ~!!」

「ハハハッ、親父もそろそろ引退の歳だろ」

「馬鹿野郎ぉ!! オレ様ぁ死ぬまで現役よ!! 死ぬまで贋作売り捌いてジャンジャカ稼いでやるぜぇ~!!」


 そう言って親父は水分補給代わりに温いビールをグビッと仰ぐ。

 王都は上水道が整備されているから、そこらの村よりは生水を飲むリスクはグンと低いのだが、ビールで水分補給というのは昔ながらの人間という印象を与えさせる。


 これにアータンは若干引き気味になっていた。

 うん、まあ気持ちは分かるよ。


 しかし、俺の剣を任せられるのはこの人しかいない。

 それだけは事実だ。


「んじゃ、頼んだぜ~」

「おう!! 一週間ぐらいしたら取りに来い!!」


 シムローはフラフラと千鳥足で工房の方まで戻っていく。

 そして、売り場の方には俺とアータンの二人だけが取り残されたわけだが、仕事を依頼した以上この場に留まる理由もなくなった。


「よし、じゃあ今日の宿屋でも探しに行くか」

「……ねえ、ライアー」

「ん?」

「本当にあの人で大丈夫なの? 変な物売られたりしない?」


 アータンが心底不安そうな表情で俺の顔を見上げてくる。

 なんていうか『久々に息子が都会から帰ってきたと思ったら、他人から怪しい話を持ちかけられていた』感が凄まじい。


 余程シムローの態度が信用ならなかったのだろう。

 アータン、ああいう豪快な人苦手そうだしね。


「……でもな、俺の武器任せるならやっぱりあの人しか居ないんだ」

「どうして? 実は凄い腕の鍛冶屋さんだったり?」

「そんなことはないよ、あの人は平々凡々もいいところの並の鍛冶屋さ」

「じゃあ……」


 尚更『どうして?』とアータンは小首を傾げる。

 そうだな……なら、“あの話”をするか。


「ちょうどいい機会だ。なあアータン、魔道具ってどうやって作られると思う?」

「えっ!?」

「イメージでもなんでもいい」

「ん~? こ、こう……魔力を注入したら魔法が発動するような仕掛けを仕込んだり……?」

「それがまず一つだな」


 市井で流通している魔道具の半分は、今アータンが言った『魔力で力を発揮する』仕組みが仕込まれている。

 だが、これは想像しているようなファンタジーな代物じゃない。


 簡潔に説明すれば『人力が魔力に置き換わった道具』くらいの代物だ。


 本来人の手で動かす力を魔力に置き換えただけで、内部は完全な物理的な構造。

 『魔力はあるけど魔法はちょっと苦手』な貴族様向けの便利道具でしかなく、できることも火を点けたり水を汲み上げたりといった程度のものばかり。


 ……いや、便利っちゃ便利なんだけども。


 だが、俺のようなパンピーが買うには手が届かない良いお値段をしてやがるのだ。

 だったら、きりもみで火を熾すし、水だって桶で汲むわ。そっちの方が断然早い。


「じゃあ、他には何があると思う?」

「他に? う、う~ん……」

「……素材」

「あっ、魔鉱石とかの素材?」

「だ~いせ~いか~い♪」


 正解したアータンには拍手と飴ちゃんを差し上げよう。

 早速ささやかな甘味を堪能して頬を緩ませるアータン。その笑顔を見て、さらに俺が堪能して笑顔になる。なるほど……理想郷とはここにあったのか。


 それはさておき。


「アータンが今言った魔鉱石なんかがそうだが、世の中には魔力を浴びると特定の効果を発揮する性質を持った素材がある。そいつを直接魔道具に用いるのが、二つ目の作り方だな」

「へ~」


 たとえば以前リーパの村で見かけたヘッドクラッカー。

 あいつが持っている石も海中から採取した魔鉱石だ。魔鉱石は採取した場所の環境に伴い性質を大きく変える為、ヘッドクラッカーが持つ魔鉱石は『水魔鉱石』である場合が多い。これは魔力を浴びると水流を発生する力を持ち、ヘッドクラッカーはそれを利用し、打撃に二重の衝撃を生んでいるわけだ。


 このように直接手に持って使う他、剣や杖なんかの素材に使用すれば、火や雷が出る剣だったり、水や風を出す杖ができたりするわけだ。

 これもまたオーソドックスな魔道具の作り方である。


「……けど、世の中にはその二つ以外の作り方がある」

「どんなの?」

「道具そのものに魔力回路を焼き付け、魔法の術式を刻み込む──罪器みたいにな」

「……あっ!」


 そういえば! とアータンは自分の杖を取り出す。


「あの時、槍みたいになってたけど……まさか」

「そのまさかだ。アータンから拡張された魔力回路が杖自体に焼き付いて、〈嫉妬〉の罪魔法が刻み込まれたんだ」

「そういうことだったんだ……!」


 魔道具の作り方、三つ目。

 道具自体に魔力回路を焼き付け、術式を刻み込む。


 これは魔力を流したら刻まれた術式に応じた魔法効果が発動するものだ。


「フィクトゥスも〈虚飾〉の罪魔法を刻み込まれた罪器だ。あいつの内部には、俺が罪化した際に体外に拡張した魔力回路がそのまま焼き付いている」

「なるほど……あれ? じゃあ、折れた刀身をどうしてそのままくっつけないの?」

「剣はくっ付けるとなったら、どうしても叩いたり伸ばしたり削ったりするからなぁ」

「あっ、潰れちゃうんだ……」

「そゆこと」


 電子回路ほどではないが、魔力回路も繊細だ。

 それを剣と同じ感触でカンカン打ったり叩いたりしたら、当然焼き付いた魔力回路がダメになってしまう。

 それならいっそのこと変にくっ付けたりせず、そのままに短くしてしまった方が元の魔力回路が傷つかずに済む。


 もしフィクトゥスを元の長さに戻すのであれば、同じ長さの剣を買って罪器にした方が百倍早いし金も掛からない。

 魔道具の修理とは、それほどまでに至難の業であるのだ。


「だから、俺の新しい相棒はだ」

「その偽物の剣?」

「偽物なんて人聞きが悪い。王都一の贋作師が魂込めて作った贋作だぞ?」

「安心できる要素が皆無ッ!?」

「待つんだアータン。まだ慌てる時間じゃない」


 王都で有名な浅ましい笑顔で酔いどれの贋作売り払う親父だからって、そう慌てることは……慌てるな、これ普通。


 しかし、外面の悪さを差し置いてでもシムローを重用する理由はちゃんとある。


「……なあ、アータン。罪器を作り出す上で大切なことってなんだと思う?」

「え? 今の話を聞いてたら、どうやって道具に魔力回路を焼き付けるかだと思うけど……」

「それも正しい。間違いじゃない。でもな、罪器ってのは〈罪〉の──自分の魂に強く影響されるんだ」

「?」

「それは使う人間だけじゃない。作り手の魂だって大きく関係してくる」


 虚飾。

 それは上辺だけの飾り。無の中身。


 罪器が使用者と作成者の影響を受けるならば、より虚飾を犯そうとした人間にこそ、〈虚飾〉の〈罪〉は強い力を宿してくれる。


 上辺だけは完璧で中身は本物に遠く及ばない偽物には、特に。




「だから俺にとっての鍛冶師は贋作師あの人しか居ねえのさ」




 ***




「ったく、ライアーの奴め。オレ様渾身の一振りを……」


 工房の一角。

 そこに堂々と佇む砥石車に腰を下ろしたシムローは、中ほどからポッキリと折れている剣を見据える。


 自慢の一振りであった。

 少なくとも、平々凡々な鍛冶師であった自分においては生涯一の傑作ともいえる作品。それが今や見るも無残な姿へと変わり果てている。


 だが、それも先ほど“彼”が買って行った勇者の剣……その偽物レプリカを打つ前までの話だ。


「ったくよぉ、オレ様の歳も考えろってんだ」


 若者が居る手前、強がりを見せていたことは否めない。

 しかし、今ここに居る職人は嬉々として笑っていた。自分より鍛冶師としての腕が上の人間はごまんと居る。

 それでも自分を専属の鍛冶師として認める“勇者”が頼ってくれたという事実が、彼にとっては何よりも歓喜に値する出来事であったのだ。


「待ってやがれぇ。今すぐてめぇを綺麗におめかししてやっからなぁ……!」


 今、ここには一人の職人が居た。


 彼は鍛冶師だ。

 彼は贋作師だ。

 鍛冶に命を捧げ、贋作に魂を売った職人。


 ゆえに彼の生み出した作品には、鉄には、『本物の偽物を作る』という魂が宿る。


 スッとシムローの口が閉じられる。

 代わりに、瞳には強い火がくべられた。


 渾身の鉄を打つが為、魂に力強い火が入れられた瞬間だった。


 だが、彼自身の魂に火がくべられたのはもっと前。

 正確には一度消えた火がもう一度灯ったのは──。




 “彼”と出会った、あの日だった。




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