第41話 贋作は夢の始まり
「親父は恥ずかしくねえのかよ」
それは数年前の出来事だ。
今までの人生、俺は実に平々凡々な……いや、それ以下の人生を送っていた。
まあ、嫁も娶って倅もできた身の上で平々凡々以下なんぞほざいたら、一部の野郎共に殺されそうな気はするが、それはいい。
俺は昔から人より物覚えが悪かった。
小さいガキの頃は爺さんや親父から聞かされる英雄譚に心を躍らせていたものだ。
そして、『いつかは勇者が持つような剣を打ってやる』って。
そう夢見たものだった。
だが、現実ってのは世知辛いもんだぜ。
いざ意気揚々と鍛冶の門を叩いて弟子入りしたはいいものの、物覚えは悪いわ腕は悪いわで、毎日毎日親方に怒鳴られてばかりいた。鎚で殴られたことだって一度や二度の話じゃあねえ。
それでも我慢強く人並み以上に時間を掛けたおかげかな。
十年も経てば人並みにはなれるもんだ。投げ売りではあるが、初めて自分の打った武器が店に並んだ時は、それはもう感動したものだ。
鍛冶をやってよかったって、本気でそう思った。
それからまた数年もすれば、親方からもある程度仕事を任されるようになった。
信用ってのはやっぱり積み重ねよな。何度も仕事をこなす内に先輩からも後輩からも信用されるようになり、いつしか先輩の伝手で紹介された女が嫁に来てくれた。
下っ端の安い金で開いた結婚式は、まあ貧相だったぜ。
でも、嫁よりも俺の方が泣いて『一生一緒に暮らそう』と誓ったもんだ。
それから数年もすりゃあガキをこさえ、家族が増えた。天使みたいにめんこくて、悪魔みたいに夜泣きがうるさい世界で一番カワイイ子供だ。
嫁と倅の為だったらいくらでも頑張れる。
そう思いながら熱心に仕事に打ち込んでれば、いつしか親方から『自分の店を持ってみねえか?』と話を持ち掛けられた。
なんでも昔からの知り合いが倒れ、鍛冶場が一つ空いたらしい。そこをお前に預けたい、と。
断る理由なんてなかった。
鍛冶師として、手前の鍛冶場の一つぐらい持つのは夢だったからな。俺はすぐ首を縦に振ったよ。
……まあ、その後『ちゃんと相談しなさい!』と嫁には叱られもしたが、それ以上に喜んでくれたのが印象深かった。
初めて店を持った祝いにささやかなパーティーなんか開いたりしてさ。
店の壁にゃあ『いつか勇者が使う立派な剣を打つ』って意気込みで、昔の勇者様が使ったってされる剣のレプリカを自分で売って飾ってみた。
この頃は本当に幸せだったなぁ。
でもさ、やっぱり人間には向き不向きがあるんだよ。
俺は他人より努力して、やっと一人前にこなせる人間。そんな奴がいきなり店を開いたところで上手くやれるわけがなかったのさ。
「こんなはずじゃ……」
寂れたカウンターの上で呟くのは、いつもその言葉だった。
俺はもっと上に行ける!
俺はもっと凄ぇ剣を打てる!
そんな風に意気込んでいた昔が、まるで遠くのように感じられた。
裏路地という立地もあるが、そもそも俺が商売下手。
上手な勘定もできなければ、交渉もろくにはできない。客は時々物珍しさにやって来る駆け出し冒険者か、昔馴染みの連中ばかりだった。
前者はともかく、後者は包丁なり斧なり日用品の研ぎだけ。もちろん、それだけじゃあ一家三人を養っていくにゃあ稼ぎが足りない。
必死こいてあちこち駆け回りながら商談を持ち掛けてみたが、どうにも上手くいく様子はなかった。
次第に嫁とは喧嘩が増えた。
『あんたがそんなんでどうするの!?』と怒鳴ってくる嫁に、『お前に俺の苦労が分かるか』と怒鳴り返したりもした。
夫婦仲は冷めていき、懐も寒くなっていく。
だが、それでも倅は俺に懐いてくれたものだ。
暇そうなオレに『父ちゃん、鍛冶見せて!』とねだってきては、赤熱に輝く鉄に負けないくらい瞳を輝かせていた。
『おれ、将来父ちゃんみたいな鍛冶師になる!』と言った時は、本当に心の底から嬉しかったもんだ。
だから一層仕事に打ち込んだ。
せめてイイもんを打てば誰かが目につけてくれるはずだ。
そう自分に言い聞かせて──オレは無為に時間を捨てた。
結局ダメだった。
凡人が魂込めて打とうが、出来上がるのは精々中の下の凡作ばかり。王都の一番有名な武具屋に並ぶような剣に比べれば、なまくらもいいところだった。
いつしか貯蓄は尽き、オレと嫁は鍛冶以外の仕事にも手を付けるようになった。
自分が情けなくて仕方なかったさ。手前の稼ぎだけで金を養っていけないっつー事実が。
だが、それでも家族が飢えるよりはマシだ。
日雇いの仕事をいくつもこなしながら金を稼ぐ……そんなある日だった。
「なあ、いい仕事を持ってきたんだが……」
オレに声を掛けたのは、昔馴染みの一人だった。
ただ、良い友人とは言えない──まだオレが親方の工房で新米やってた頃、店の金に手をつけて破門にされるような、どうしようもない屑だった。
けれども、オレよりずっと身なりが良くなっていた野郎に、オレは一瞬茫然と立ち尽くしてしまった。
なんで毎日あくせく働いているオレよりも、こいつの方がいい暮らししてそうなんだ、って。
そんな手前の心の隙を突かれちまったんだろうな。
「実はよぉ、俺の知り合いがとある武器を欲しがってよ……そいつをお前に打ってもらいたいんだ」
「鍛冶の仕事か!? そいつぁ、願ったりかなったりだぜ!! 何作りゃあいい!?」
「それがこいつなんだが──」
野郎が見せてきたのは、とある名工が打った一振りの剣だった。
人間国宝とまで称された名工が打った名剣……コレクターならば喉から手が飛び出るぐらい代物だ。
「お前に、こいつの贋作を打ってもらいたんだよぉ」
「はぁ!?」
オレは断った。
ふざけんじゃねえ。オレはそんな汚え商売をする為に鍛冶師をやってんじゃねえ、と。
けど、野郎は無言でオレの前に重い音を立てる革袋を投げつけてきた。
『開けてみな』と告げる野郎の通り革袋を開けてみれば、そこには山ほどの金貨が入っていた。今までの人生で見たことのないくらい、山ほどの──。
「この仕事が成功すりゃあ、それぐらい儲かるんだぜ?」
それは悪魔の囁きだった。
聞いちゃいけない。でも、目が離せなかった。
これだけの稼ぎがありゃあ一体どれだけ家族に贅沢させられるんだ、って……そう思っちまった。
その身の丈に合わねえ“欲”がいけなかったんだろう。
「違う! オレは騙されただけで……!」
「言い訳は詰所で聞かせてもらう……ほら、さっさと来い!」
「違うんだ! 本当に……信じてくれ!」
野郎は逃げた。
最初の商売が上手くいって以降、度々贋作を作る仕事を持ち掛けられてはそいつを作ってはいたのだが、オレの腕じゃあ贋作と見抜かれるのにそう時間は掛からなかった。
稼ぐだけ稼いで見切りをつけた野郎は、オレに詐欺の片棒を担がせるだけ担がせた。んで、オレは目出度く豚箱入りってわけよ。
まあ、美術品の偽造なんぞ珍しい話じゃない。
オレは数年のお勤めを終えて、娑婆に出てきたってわけさ。
そして家に帰ったオレを迎えたのが、最初の──。
「お袋なら男作って出ていったよ」
オレの鍛冶場を継いだらしい倅が、苛立つような声色で赤熱した鋼に鎚を下ろす。
ガァン! と響く音が工房中に響き渡り、オレは思わず肩がビクリと跳ねちまった。
だが、何よりもショックだったのは嫁が他の男を作って出ていったということだ。
まあ、理解できない話じゃない。金も稼げない、あまつさえ豚箱にぶち込まれた夫なんぞ見限るなんて想像に難くない話だ。
それでもオレは心のどこかで『仕方ないわねぇ』と嫁が出迎えてきてくれることを期待していた。
本当に……馬鹿な男さ。
「親父……オレは恥ずかしいよ」
「な、なにが……」
「アンタがオレに食わせてた飯が、贋作売った汚い金で買ってたことさ!」
倅は怒りを隠さず、怒鳴り散らした。
オレはその時初めて倅が怒っている姿を見た。
そして、初めて自分がしてしまった罪の重さに気付いたんだ。
「アンタのせいでうちはボロボロさ! 『あそこは本物とは似ても似つかない贋作しか作れない』って悪評が流れて、ろくに客も寄り付かない!」
「ちがっ、オレは……」
「何が違うんだよ!? アンタが他人の信用裏切ったから、オレもお袋も苦労したんだ!」
倅は鬼のような形相で涙を流していた。
「オレは……オレは恥ずかしいよ! 親父がクソみてえな贋作作ったばっかりにあれこれ言われて……」
「……す、すまな、い……」
「今更謝って済む話かよぉ!」
倅は今打っていた鋼を放り投げ、荷物をまとめ始めた。
「お、おい……どこに……!?」
「出てく」
「出てくって……一体どこに!?」
「こんな鍛冶場で打ってたって、オレはいつまでも経っても成長できねえ」
「ま……おい、待て!」
「うるさい!」
家を出ようとする倅の肩を掴み、オレは必死に引き留めようとする。
が、いつの間にかたくましくなっていた倅の腕力に敵うはずもなく、オレは呆気もなく振り払われた。
そのまま壁にぶつかれば、衝撃で壁に掛けられていた一本の剣が落ちてくる。
それは店を構える際、伝説に残る剣を打つという誓いの下に打った一振り。しかし、ずいぶんと長いこと放置されていたのか、被っていた大量の埃がパラパラと落ちてきた。
「ゴホッ、ゴホッ……おい、剣が傷ついたらどうすんだ!」
「……まだそんなもん大事に取っておくのかよ」
「あぁ!? てめえ、今なんて……!」
「そんなもんにずっと固執してたから、アンタはずっと中途半端なままだったんじゃないかよ」
「ッ──!」
その瞬間、オレは目の前が真っ白になった。
頭に血が上ったのだと理解したのは、閑散とした店内を、沈み始めた夕日が寂しく照らし始めた頃だった。
店には、家には。
もう俺一人しか居なかった。
「ちくしょう……ちくしょう……ッ!」
頬に残る鈍痛に、オレは年甲斐もなく泣いた。
痛いからじゃない。
嫁には逃げられ、倅に説教され。
そして、自分の誇りさえズタズタにされて言い返せなかった自分が情けなくて泣いた。
それからオレは逃げるように酒に溺れた。
どこから金が、と思うかもしれないが、どうやら倅が手切れ金にいくらか家に残してくれていたようだった。
それを鍛冶師としてやり直す為ではなく、逃避の酒に費やす……オレはほとほと自分というものに見切りを付けていたのかもしれない。
──あの日までは。
オレはその日カウンターで浴びるように酒を飲んでいた。
大抵の客は、オレの姿を見るや否や入り口で踵を返していくのだが、その日はどうにも好き者が来たらしい。
「うーわっ。こんなトコに店あんのか! 知らなかったわ~」
初めて見る顔……いや、顔と言っていいのだろうか。
見慣れぬ鉄仮面を被ったそいつは、頭以外ロクな装備も身に着けていない駆け出しの冒険者らしき男だった。
声からしてまだガキだろう。ひょっとすると家出した倅よりも年下かもしれない。
「なんだぁ、ガキぃ……?」
「酒臭っ!? なんだよ、アンタここの店主かぁ~」
「見りゃあ分かんだろぉ……冷やかしなら帰んなっ!」
「別に冷やかしじゃねえよ」
そいつは酔いどれの店主を見ても臆さず、店内の物色を始めた。
つっても、店に並ぶ武器なんざここ数週間ろくに手入れもされず、埃が積もったなまくらばかり。ガキが武器を手に持つ度、ブワッと埃が舞い上がっては咳き込む声が聞こえてくる。
「んだよっ、ここぉ! どれもこれも埃塗れじゃねえか!」
「るっせぇなぁ……んなもん、オレの勝手だろうが……」
「どうやらろくでもねえ店に来ちまったみてえだな」
オレを目の前にしてそう言い放った鉄仮面のガキは、そのまま店を後にしようと踵を返した。
だが、そいつはふと壁の方を見るなり、ピタリと足を止めたじゃあねえか。
「……カッケェ」
「……あ?」
「なあ、親父! あの剣も売り物か?」
「あの剣ぅ……?」
「あれだよ、あれ!」
興奮しながらガキが指差したのは、壁に掛けられた剣──オレが店を出した時に打った、勇者の剣のレプリカだった。
その時オレは鼻で笑ったね。
だって、ともすりゃあ売り物の中で一番なまくらな一振りだ。このガキは見る目がねぇって。
「……ハハッ、そいつが欲しいのか?」
「ああ! いくらだ?」
「じゃあ金貨10枚だ」
「はぁ!? 金貨10枚ぃ!?」
当然ぼったくり価格だ。
銀貨10枚でも売れりゃあぼろ儲けのそれを、金貨10枚だ。もしこいつを買う奴が居れば、とんだ酔狂な金持ちか大馬鹿野郎しかいない。
……なんて、オレは思ってたさ。
「分かった、買った」
「は?」
「金貨10枚だろ? 払えないわけじゃねえしな」
「おっま……馬鹿かっ!?」
「馬鹿!? 客になんてことをおっしゃる!?」
ガキはそう言い返してきたが、だってそうだろ?
なまくらの偽物に金貨10枚だ。度の超えたお人好しだって買うのを躊躇う一品。
そいつを即断で買うと言ってきやがったんだ。
この時ばかりはオレも酔いが醒めちまったよ。
「あのなぁ! てめえがどこぞの金持ちの坊ちゃんが知らねえが、普通はあんなの金貨10枚もしねえんだよ!」
「値段付けたのそっちだろうが! なんだぁ? 急に売りたくなくなったってか!?」
「っ……ああ、そうよ!」
一瞬言葉に詰まったオレは、腕を組んで憮然と言い放った。
(……今、どうしてオレぁ言葉に詰まったんだ?)
酔いが醒めた頭の中で、一瞬の疑問がぐるぐると堂々巡りし始めた。
なんで。
なんで。
なんで──。
オレがモヤモヤとした頭の中で思考を巡らせていると、鉄仮面のガキはレプリカの剣を見ながら瞳を輝かせていた。
「だってあれ、『明星の聖剣』だろ!? 〈傲慢の勇者〉シファーが振るった伝説の剣! いやぁ~、本物がまだ現存してるかはともかく、やっぱ持つならカッコいい剣に限るよなぁ~!」
「っ……」
「これ打ったってことは、親父も好きなんだろ? 〈傲慢の勇者〉! 実は俺もなんだよ! 人類を殲滅すべく天から攻め入った天使軍をバッサバッサと切り倒した英雄譚は、俺の故郷でも語り草だよ!」
ガキは嬉々として語っていた。
こっちが聞いているかどうかなんて関係なく。
そうだ、オレにはガキの話なんざこれっぽっちも聞こえちゃいなかった。
なにせ楽しそうに語るそいつの横顔に、オレは釘付けになっちまっていたのさ。
(こいつは本当にこれを欲しがって?)
「まっ、ちっとディティールが甘い部分はあるが、個人製作じゃそれが限界か。んなことより大事なのはそいつを再現しようとする職人の情熱よ」
「っ!」
「なぁ~、親父~! 頼むからこいつを売ってくれよぉ~」
「……て」
「ん?」
「待て」
オレは必死に声を絞り出した。
そして、どういう意味か汲みかねているガキを横に退け、壁に掛かっていたレプリカの剣を手に取った。
「ちょ、おい!? 親父!? 売りたくないが余り家の中に避難させる感じですかぃ!?」
「……うるせえ。売らねえとは言ってねえ」
「え?」
「こんななまくらじゃ弱ぇ魔物の一匹も斬れねえっつってんだよ。ちょっと研いでくるから、小一時間どっかで時間潰してこい」
「! ……親父ィ!」
キャッホーイ! と。
そのガキは馬鹿みたいに喜んで、言われたとおりに外へと出ていった。
一方、再び静かになった店内で、オレは手に取った剣と共に工房の奥へと向かった。
そして、埃を被った砥石車を持ち出す。オレが豚箱に入っている間も、ちゃんと手入れされていたのだろう。久しぶりに使うというのに、ペダルを踏みこめば研削盤の部分が滑らかに回転し始めた。
これならば問題ない。
オレは酒気を含んだ息を吐き、埃臭い工房の空気を肺一杯に吸い込んだ。
手元は……狂っていない。
静かに、オレは刀身を研削盤に当てる。
すると、ギャリギャリと剣から悲鳴が上がった。
「おーおー。ヒデーもんだ」
長年飾っていた剣だ。
店を構えたばかりの頃は、暇を見つけては手入れしていたものだったが、家計が苦しくなってからはロクに構えやしなかった。
あれからどれぐらいの時が過ぎてしまったのだろう。
当然、剣も相応の状態になってしまっていたわけでさぁ。
「ったくよぉ……こんな錆びついちまって……!」
錆を落とすべく研磨して出てくる砥糞は水で洗い流さなければならない。
だというのに、オレが水を掛けるまでもなく、刀身にはポツリポツリと絶え間なく水滴が零れ落ちていた。
「ちくしょう……! こんなんじゃ、また錆びちまうだろうが……ッ!」
気付けば、オレは泣きながら剣を研いでいた。
涙で前が霞んで仕方なかった。
それでも剣を研ぐ手は止まらない。今止めてしまえば、オレは今度こそ錆びついて動けなくなってしまいそうだったから。
泣いた理由は……そうだな。
なにかと理由を付けて、自分の腕を磨くことを忘れてしまっていた自分の不甲斐なさが一つ。
もう一つは──あのガキが、オレの“情熱”を真正面から認めてくれたから。
嬉しかったんだ。
稚拙な贋作でも、オレの夢を誉めてもらえたことが。
──これが最後の仕事になってもいい。
オレはそのつもりで死ぬ気で研いだ。
研いで、研いで、研いで。
新品同然になるまで磨き上げた偽物の剣は、あの頃と変わらぬ輝きを取り戻すまでに至っていた。
「おぉ~、ピッカピカじゃねえかぁ~!」
「どうだガキ、満足か?」
「ありがとう、親父! じゃあ金貨10枚を……」
「いや、銅貨10枚でいい」
「株価でも下がった?」
違ぇよ! と、オレは『カブカ』の意味も分からずに叫んだ。
「剣はタダで譲ってやる。だが、研ぎ代は寄越せ」
「……いいのか? この剣、銅貨10枚じゃ割に合わないだろ」
「もともと売り物じゃねえからな。その代わり、そいつの面倒はオレが見る」
「なるほどね。メンテナンスはここの店限定、っと」
「そういうわけだ」
顧客獲得……なんて、大層なもんじゃねえ。
だが、オレは見届けたかったんだ。
オレが形にした“夢”が、どんな結末を迎えるかを。
「じゃあな、親父。また何かあったら来るわ」
「おう。おっ死ぬんじゃねえぞ~」
それから数か月。
オレが倅の手切れ金と小さい仕事で何とかやり繰りしていた頃、ひょっこりとガキが戻ってきた。
「親父、折れちゃった」
あっけらかんと。
それでいてバツの悪そうな顔でガキは、折れた剣を携えてきた。
(ああ……随分とカッケェ姿になりやがって)
ガキが握る剣には、すでにあの頃の面影はなかった。
刀身には無数の細かい傷が付いており、柄も変色するぐらい握り潰されていた。なまくらだった剣がこれだけ仕事をこなしたのだ。成果としては上々だ。
(これで、オレの夢は終わりか……)
なんて思っていたらだ。
アイツ、なんて言ってたと思う?
「なあ親父。これと同じのもう一本打ってくれねえか?」
「はあ?」
オレは笑った。大爆笑だ。
折角潔く鍛冶の仕事をやめようと思っていたのに、そのガキは再び“夢”を作れとほざきやがったんだ。
オレは笑い過ぎて涙を流しながら、もう一本同じのを打ってやった。
二度目の贋作。そいつは店を持った時に打った一振りより、ほんの少し出来が良く仕上がっていたような気がした。
「ありがとな、親父!」
ガキはそう言って店を去った。
折れたのは、一年後ぐらいだっただろうか。
そいつはまた『同じのを打て』とほざいたから、また打ってやった。
三本目も、二本目の時より幾分か真面に打てた。
またそれから一年後だろうか。
再びポッキリ折って来やがったアイツに、オレは怒鳴り散らしながらもう一本打った。
四本目も、まあまあ上出来だった。その頃になると、なんでも王都の冒険者ギルドに新しい酒場ができたらしく、包丁やらスプーンやらの発注がたくさん舞い込んできた。
昔馴染みとの付き合いもほとんど元通りになり、『お前、大分真面になったなぁ』と面と向かって言われたものだ。うるせえやい。
んで、五本目だ。
(今度こそアイツの望む本物の贋作を打ってやる……!)
オレは神代の鍛冶師なんぞではない。
伝説の鉱石を使えるわけでもないし、人智を超えた鍛冶技術を持っているわけでもない。
ただただ平凡な、ちょっとばかり贋作の再現に力を入れたがる鍛冶師に過ぎない。
だからこそ、せめて見た目だけでも本物には近づけたい。
オレの夢を認めてくれたアイツの為に、“
その一心で打った一振りは……まさに、会心の出来だった。
「は、ははッ……オレだってやりゃあできるじゃねえか……」
一見すると何の変哲もない鉄の剣。
だが、そこに本物を模した細部を付け加えていくことで、“贋作”は命を吹き込まれるのだ。
知り合いの装飾屋はオレの注文を渋りやがったんで、オレが一から勉強して装飾を付け加えることにした。
へっ、結局他人に任せるより自分でやった方が早いってわけよ。
舞い込む仕事の合間を縫って、コツコツコツコツ装飾を施すこと数か月。
「……立派なモンだぜ」
あの頃とはくらべものにならないくらいの“贋作”が、そこにはあった。
細部の再現も完璧。見た目だけでも芸術的な価値が付与されるであろう外観の良さは、たとえ贋作だと知っていてもインテリアに買う貴族が居てもおかしくはない。
どうにも最近そういう客層が増えているから、なんとなくそういった審美眼はオレにも備わっていた。
だが、こいつを譲ってやるのはアイツだけだ。
「早く帰って来いよ、ライアー」
──そん時は、てめえの目ん玉が飛び出る時だ。
そして今は、あいつが折ってきた剣を削ってやってるわけだ。
ボケが。オレ様が打った剣をもっと大事に扱いやがれ。
またもっと良いのを打たなきゃなんねえだろうが。
***
「う、うわあああ!?」
王都周辺の平原に悲鳴が響き渡る。
平原には数人の冒険者が立ち尽くしていた。
「だ、誰かぁー!」
「
「とにかく、あいつを助けるんだ!」
狼狽える冒険者は、ドラゴンフライと呼ばれた竜に蜻蛉のような外殻と目、そして翅を生やした魔物を相手に仲間の救出を試みる。
だがしかし、翅を羽搏かせて高速で動き回るドラゴンフライには魔法による狙撃も当たらない。
「ギ、ギギギッ、ギギギギ!」
「ひぃ!? た……助けてぇー!」
ギチギチと歯が動く不快な音が響き、捕らわれている冒険者は助けを求める。
しかし、このままでは仲間が助けるより前に、自分の頭がドラゴンフライに食われる方が先だ。最悪の未来を想像してしまった冒険者は、涙を流しながら地表を見た。
「──え?」
その時だった。
地上から数十メートルの高さを高速飛行するドラゴンフライ。その首を切り裂くような一閃が地表から伸びてきたではないか。
「え……えええええ!!?」
まんまと首を切り落とされたドラゴンフライは墜落を始める。
と、同時に冒険者もまた墜落する。
「ぎゃあああ!?」
「〈
「わぷッ!?」
しかし、地表に激突する寸前に現れた魔法の水が、冒険者の体を優しく包み込んだ。
多少体を水面に打ち付けた痛みは走るものの、何の緩衝材もなしに地表にぶつかるよりははるかにましな痛みだと言えよう。
「あ、ありがとうございます……助かりました」
「いえ! お怪我はないですか?」
冒険者は、たった今自分を救ってくれた小さな魔法使いに向けて礼を告げる。
見慣れぬ冒険者だ。
そんなことを思いながら横を見やれば、そこには一度見たら忘れない風貌の鉄仮面が、何の変哲もない剣をじっと眺めていたではないか。
「──良い剣だぜ、親父」
たった今刀身に焼き付いたばかりの魔力回路の紋様を見て、鉄仮面の剣士は満足そうに目を細める。
「前よりずっと良い“贋作”だ。こいつは『
偽物を超え、その剣は成った。
「お前は『
とうとう完成した。
その罪人の〈罪〉を冠すに等しい、虚飾の剣が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます