第33話 戦争は終戦の始まり




 罪度Ⅲ──それは一種の到達点だ。




 本来魔力そのものには神聖な性質も邪悪な性質もない。力は力。ただ世界に存在する力の一つでしかない。

 けれども、魔法にあらゆる属性があるように、魔力は外的要因でその性質を大きく変える。ただの魔力が炎や水になるように、時にはそれが神聖な力や邪悪な力に変わり得るというだけの話だ。


 故に、善行と悪行によって増幅する魔力の性質が変わる〈罪〉の力は、魔人に近づく人間を二つの方向へと進化させ得る。


 善行を積み重ねた場合──〈昇天しょうてん〉は、神聖な力を得た魔力により、神々しくも古の魔人によく似た姿の鎧で肉体を包み込んでいく。

 たとえば頭上には魔力で構成される光輪が浮かび、背中には己が身に流れる魔の因子に応じた翼が生える。獣人の血が流れていれば蝙蝠のような翼が。魚人の血が流れていればヒレのような翼が……といった具合にだ。


 逆に、悪行を積み重ねた場合──〈堕天だてん〉は、シンプルに悪魔になると表現すると分かりやすいだろう。〈昇天〉が魔人の肉体を鎧のように纏うのに対し、こちらは肉体そのものを魔へと昇華させる。

 頭部からは禍々しい角が生えたり、尻尾や爪など、あからさまに獣のような姿に近づくのがこちらの特徴でもある。


 本来、魔人とはもっと純粋な種族であった。

 しかし、人と交配して魔人の血が薄れていくにつれ、人間を魔人に至らしめるだけの魔力を獲得する為には、魔力を聖と邪のどちらかに傾倒させてしまう〈罪〉の力に頼らざるを得なくなった。


 それが現在の罪化。

 色欲の勇者デウスと交わった魔人の姫君たちが残した血の現状。




 ……ようは初代勇者がせっせとおセッセして残した力を覚醒させるには、いっぱい良いことをしろよって話だ!




 ありがとう、初代ギルシンの勇者!

 アンタが魔人の姫様とイチャイチャしたおかげで、俺は夢にまで見た罪化ができてます!


「オラァ!!」


 罪化に伴い獅子の如く強靭に変化した脚で踏み込む。

 ただそれだけで地面は割り砕かれ、凄絶な破砕音と共に無数の大地の破片が飛び散った。


 それだけの脚力を以て踏み込まれた上で、なおかつ猛禽類の握力で握られた剣を振るう。通常時とは比べ物にならない速度で振るわれた斬撃は、音を置き去りにしつつサンディークへと襲い掛かった。


 刹那、爆音が夜闇に轟いた。

 振り下ろした刃が、構えていた杖剣に阻まれる音だ。刃と刃の間からは眩い火花が散っていたが、どうにも奴の杖剣が折れる様子はない。


「その棒っきれをぽっきり折ってやろうと思ったんだけどなぁ」

「フフッ、それはご遠慮いただきたい」

「まあまあ、そう言わずに」

「まあまあ、そう言わずに──フッ!!」

「ハトの癖にオウム返しするんじゃないよォ!!」


 サンディークはニコニコと笑みを湛えながら、俺の剣を押し戻してくる。

 チッ、俺ほど魔人化が進んでいないってのに膂力は簡単に上回ってくるか。


「大した馬鹿力だぜ。全身魔人化してねえ癖によ」

「機嫌を損ねてしまったのであれば謝罪致しましょう。ですが、この肉体うつわはアナタの為にと用意した急ごしらえでして……魂が肉体に馴染み切っていない状態で罪化しようものなら、肉体うつわの方が耐えきれなくなってしまうのです」


 サンディークが自己申告したように、奴の罪化に伴う魔人化は中途半端であった。

 魔人化している部分は精々腕や胸といった箇所のみ。顔面に装着されている鼻眼鏡型の罪冠具から広がる罪紋は、刻一刻と奴の皮膚を焼き焦がしている状態だった。


 流石は〈四騎士メメントモリ〉。

 罪化による出力は、定命の人間では届き得ない域に達している。


 普通に考えれば俺なんかが罪化したところで奴の出力に勝てる道理はない。

 だが、今回はむしろそこが勝機だ。


「なんだよ、俺が手ぇ下すまでもなく自爆するってことかぁ?」

「何もしなければ、その通りですね」

「な~ら逃げちゃおっ!」

「あっ!」


 俺は〈虚飾〉の〈罪〉で身を隠す。

 こいつは〈幻惑魔法〉よりも便利な幻影能力だ。身を隠したい時にこいつほど役立つ力はないという自負がある。時間稼ぎならお手のものよ。


 一方でサンディークは己の罪化の異常出力で肉体が耐え切れない。

 すなわち、時間が経つにつれ体力が減っているような状態だ。わざわざ俺から攻撃を加えなくとも、ある一定の域まで罪化を続ければ、自分の魔力によって肉体が焼き尽くされる。


 つまりこの戦い、馬鹿正直に斬り合って決着をつける必要はない。

 勝利条件は制限時間内の生存。〈虚飾〉で回避タンクやれる俺にとっちゃあ有利も有利な状況って寸法よ!


「アハハハハ、待てぇ~」


 と、思っていた時期が俺にもありました。


 満面の笑みで杖剣を振るうサンディーク。

 まるで花畑で追いかけっこでもするかのような声を発するこの変態だが、その実、烈風の如き斬撃の嵐を巻き起こすように杖剣をブンブン振り回してきやがった。

 こうなっちゃあ偽物の景色を構築する〈虚飾〉の力も形無しだ。片っ端から魔力で構築した景色が切り刻まれてしまい、俺の居所がバレてしまった。


「おんぎゃあああ!!?」

「見つけましたよライアー!!」

「来ないで変態!!」


 赤い変態が満面の笑みで斬りかかってくる。

 軽く恐怖映像だ。子供の時に見ていたら絶対夜中にトイレに行けなくなっていた自信がある。


「さあ、ライアー! ワタクシと熱いヴェーゼを交わしましょう!」

「切り結ぶのヴェーゼっていうのやめてくれない?」


 杖剣を振り下ろしてくるサンディークに、俺は仕方なく剣を構えた。

 やっぱりガチンコでやり合うしかないのか──。




──と決めつけるのはまだ早い。




「ッ……!!?」


 不意にサンディークの背中から血飛沫が舞った。


「なんです……って!!?」


 奴が振り向いた先──そこには俺と瓜二つの剣士が剣を振り抜いて立っていた。


「こちらが本も──ッッッ!!?」


 サンディークがそこまで言いかけた瞬間、目の前に立っていた方の俺が奴のどてっぱらに蹴りをぶち込んだ。

 罪化によって獅子と化した脚で繰り出されるヤクザキック。

 サンディークの体は、まるでサッカーボールのように地面の上を弾みながら吹っ飛んでいく。


「ハッ。今のは効いたろ?」

「──ええ、とても」


 吹き飛んだ先でぶつかった木を支えにサンディークが立ち上がってくる。

 その際、起き上がる勢いが凄まじ過ぎたのか、支えの木は根本からバキボキと繊維が引き千切れる音を奏でながら倒れてしまった。おいおい、細い木ならまだしもそこそこ太い木だったろ?


 事もなげに馬鹿力を発揮するサンディークに若干引いていると、奴は半脱ぎになっていた燕尾服の襟を正しながらクツクツと喉を鳴らした。


「成程、

「〈虚飾〉の罪魔法──〈聖者の嘘ホーリーシット〉ってな」

「偽物と言えど魔力で実体化している以上、それを具象化させるのも容易いと……そういうわけですね?」

「パンパカパ~ン♪ 大正解~♪」


 変態の癖に大した慧眼である。いや、変態だから慧眼なのか?

 どちらにせよ、これで俺は手の内の一つを明かしたことになる。


 たった今、サンディークに切りかかったのはただの幻影ではない。

 〈聖者の嘘〉で具象化した、正真正銘もう一人の俺だ。


 つまり、偽物勇者の偽物の偽物──ニセモノユウシャニセモノニセモノだ!

 嘘である。

 そんなトゲアリトゲナシトゲトゲみたいな名前にするかよ。


「──〈もう一人の自分アルター・エゴ〉」

「ほう……!」

「具象化した俺自身の幻影だ」


 ただ見えるだけではない。

 触れることもできるし、動くこともできる。攻撃や防御だってこなせてみせる。


 たった今やってみせたように、急襲だってお手のものだ。

 それが罪化し、人外の力を得た姿なら尚更。


「フフッ。偽りが真の刃を持ったと」

「ジャパニーズ・ニンジャで言うところの“影分身”ってとこだな」

「ニンジャ? それについてはよく分かりませんが……実に素晴らしい技ですねェ!!」


 興奮したように声を上げるサンディークは、一瞬で距離を詰めてくる。

 それを俺は〈もう一人の自分〉と共に迎撃する。ヌルリと俺から剥がれるように生まれ堕ちる幻影は、罪化に伴って向上した身体能力から痛烈な一閃をサンディークに放つ。


 これをサンディークは横に構えた杖剣で防ぐ。

 が、こうすればもう一人──つまり本体の俺がフリーになるわけだ。すかさず刺突を相手目掛けて繰り出す。


 しかし、これは刀身の側面を蹴り上げたサンディークによって弾かれた。

 えらい威力だと思えば、どうやら脚だけを器用に魔人化していたらしい。魔力回路が全身に拡張される罪化において、一部分だけを魔人の肉体に変貌させることは逆に至難の業だ。そこもやはりシリーズ皆勤賞の大ボスといったところだろう。


「けど、そいつをやっちゃあ益々俺が有利になっちゃうなぁ!!」


 分身と斬り合うサンディークに対し、俺は次々に斬撃を見舞っていく。

 “数”は明確な強みだ。たとえ相手が格上であろうとも、数さえ勝れば有利に立ち回れる場面はいくらでもある。


 その点、〈もう一人の自分〉は手軽に人手を増やせて非常に便利だ。

 相応の魔力を必要とするのと、本体おれよりも耐久が脆いという欠点こそあるが、それを有り余って補うほどの活躍をこいつはしてくれる。


「どうしたどうしたぁ!? このままじゃ時間一杯耐えきるどころか、俺がお前をぶっ倒しちゃうぜぇ!? ギャハハー!!」

「それもまた一興! ですが!」

「!!」


 分身と切り結んでいたサンディークが、一瞬の隙を突いて分身の心臓目掛けて貫手を突き刺す。心臓を貫かれた分身は、そのまま限界を迎えてサラサラと魔力の粒子となって崩れ去っていった。


「アナタにも時間制限タイムリミットが迫っている」


 違いますか? と、分身を倒したサンディークはこちらを振り向いた。

 直後、俺の頭上に浮かぶ光輪に罅が入る。


 チッ、かよ。


「先の戦い……広範囲に〈聖域〉を展開して戦っていたでしょう。それだけ魔力を消費した後ともなれば、罪化がそう続かぬのも道理」

「悪いな。これは蛍光灯だ」

「おっと、消えてしまいましたね……消えてしまいましたねぇ!?」

「二回言ったな」


 グイっと鉄仮面に生えた冠羽を引っ張り光輪を消す俺に、おどけたサンディークは血と興奮で頬を激しく紅潮させる。


「たしかに制限時間が分からない方がスリルがあって楽しいですねぇ!」

「そうだろそうだろ。だからありがたくコイツを受け取ってくれよ」

「それもいいですが……アナタにはワタクシから贈り物があります」

「死ですよ、ケヒャー! 的なもんは受け取らねえぞ?」

「お忘れではないでしょうか? ワタクシにも罪魔法があるということを」

「死でしたよ、ケヒャー!」

「おっと!」


 咄嗟に斬りかかるが、予想通りこいつは防がれてしまう。

 しまった、今のは攻撃が単調だった。焦りで功を急いてしまった。


 

 ゲームをプレイしている俺だからこそ知っているが、こいつの罪魔法はアガレスやフォルネウスとは別方向で厄介だ。


 正直に言えば俺と相性が悪い。


 だからこそ発動させる前に仕留めたかったのだが、そう簡単にいくほど甘い敵ではないことは嫌というほど思い知らされていた。


「チッ!」

「分かりますよ、ライアー。アナタほどの罪使いであればこそ、ワタクシの罪魔法は忌むべき存在でしょう……しかし! しかしです! 罪使い同士の戦いともなれば、〈罪〉によって勝敗を決めて然るべきでしょう!」

「然るべきじゃないよぉ~!」


 泣き言を言っても相手は止まってくれない。


 純粋な膂力と剣技では向こうが上。

 あれこれ斬り合っている間にも、奴の足下から広がる魔力回路が地面に、血走ったような紅い魔法陣を描いていく。


「ワタクシの〈罪〉は〈戦争〉! ゆえに罪魔法の揮う力もまた〈戦争〉! 今からアナタに〈戦争〉の〈罪〉のなんたるかをご覧に入れましょう!」


 サンディークが空いた腕を振るう。

 翼の生えた腕が一薙ぎすれば、目に見えぬ真空の刃がこちらに向かって迫ってきた。これを叩き落すのは容易いが、その間にもサンディークは握っていた杖剣を地面へと突き立てる。


 すると、サンディークを中心に魔法陣が眩い輝きを放ち始めた。

 現れたのは、奴と俺を囲むように浮かび上がる円形だった。


「これがワタクシの罪魔法──〈血闘場コロセウム〉」


 杖剣を地面から引き抜いたサンディークは、血で塗れた真っ赤な唇を三日月の如く歪めてみせた。


「この〈血闘場〉はありとあらゆる魔法を封じられる罪人の処刑場」

「その割にゃあ罪化は使えるんだな」

「当然。ここで許される武器は、その手に握る得物と己が肉体のみ」


 試しにサンディークが指先に魔法を灯そうとすれば、瞬く間にそれは分解されてしまった。


「〈戦争〉には規範ルールがあります。使ってもいい武器、使ってはならぬ武器。殺していい相手、殺してはならぬ相手。このように守るべき規範を定め、それを守ってこそ戦争という行為は、勝敗を定める手段足り得るのです」

「ルールは魔法が使えねえだけかぁ?」

「ええ」


 〈戦争〉の罪魔法。

 それは領域内の規範の締結。奴が魔法を使ってはならないと決めれば魔法が使えなくなる、言ってしまえばシンプルな能力だ。


 


 俺の強みは〈虚飾〉による攪乱。それを封じられるだけで俺の戦闘力は激減する。

 ならばと〈血闘場〉から出ようとしても、


「それはおススメしませんね。場外は“敗北”を意味しますから」

「……そんなに俺と斬り合いたいか? なぁ、サンディークさんよぉ~!」

「ええ、勿論ですとも! アナタのを見る為ならば!」


 爛々とした瞳でサンディークは語る。


「ワタクシはを見に来たと言っても過言ではありません! と戦えるというのであれば、この肉体うつわを捨てることになっても構わない!」

「ヤだよ。あれ使ったら酷い目に遭うんだから」

「そう言わずに……ちょっとだけでも駄目ですか?」

「ちょっとでも駄目だから言ってんだろうがよぉ!」


 分かれぇ!? と叫んだら、あからさまにサンディークがしょんぼりとする。


 するな、しょんぼりと。

 悪いのは全面的にお前なんだから。


「そうですか……では、こうしましょう」


 気を取り直したかのように、サンディークは杖剣を構え直す。


「この身が焼き果てるより前に──アナタからを引き出してみせましょうとも」


 サンディークから噴き上がる魔力が一段と勢いを増す。

 魔力回路から噴き出す魔力は凄まじく、焼かれて罅が入った肌がみるみるうちにボロボロと零れ落ちていく。


「……そんなに見たいかよ」

「ええ。死ぬほど」

「そうか。じゃあ、見せてや~~~らねッ」


 吹き付けられる魔力の圧に圧倒されながらも、俺は徹底抗戦の構えを取る。

 だけは使えない。いや、使ってもいいが使

 その為には、シリーズによってはラスボス並みに強敵であるこいつを、なんとかこの姿でやり過ごすしかない。


 手段はなんでもいい。

 相手が自滅するのを待つでもいい。

 隙を見て反撃して倒すのでもいい。


 とにかく勝つ。

 それしか俺が生き残る道はないのだ。


 俺が頑なに拒絶する姿を見て、サンディークは不敵な笑みを湛える。

 今までの恍惚とした表情ではなく、相手の出方を窺う戦士の顔をしていた。


「……そう言うと思っていましたよ。ならばアナタは、ワタクシとその姿で立ち向かうしかないでしょう」


 つまり、魔人と化した肉体での接近戦。

 肉体の強さが物を言う戦いだ。


「魔人の肉体は魔力によって強化される。その魔力は罪冠具より増幅される。すなわちこの戦いは、アナタの〈罪〉がどれほどのものかを証明する戦いとなる」


 いやに淡々と、それでいて熱を帯びた声音だった。


「どれだけ〈罪〉の力を引き出せるか──それは己のカルマの深さの証明」


 善だろうと。

 悪だろうと。


「罪使い同士の戦いの鉄則です。罪深き者が力を制す。罪深き者が魔法を制す。罪深き者が……全てに勝る」


 より深く、その深淵に近づいた方が力を得られる。


「ならばこそ決めなくてはならない。我々の勝利を飾る、冠する罪の深さを」


 故に、その力はこう呼ばれた。






「──罪深き罪ギルティ・シンをね」






 ……。

 …………。

 ………………。


「ぅおおおおおおおお!!!」

「おお、ライアー!!? どうしたのです!!? そんなに叫んで!!? まさかやる気になってくれたのですか!!?」

「そりゃあビンビンよぉ!!! これでテンションマックスでお前をぶちのめせるぜぇ!!!」

「ああ……理由はよくわからないですが、アナタがやる気になってくれたならばヨシとしましょう!!!」


 理由だ?

 んなもん決まってるだろ! オタクはタイトル回収が大好きなのさ!


 やっちまったな、サンディーク。

 今の俺はアータンの声援の次ぐらいにバフを受けた状態だ。たとえ罪魔法が使えなくたってお前をぶちのめすのに不足はなくなった。


「いいぜ、ノッてやるよ。お前なんぞ縛りプレイで何十回もぶっ倒してやったんだからな」

「ほほう! それは実に興味深い……ならばワタクシも全力を賭さねばッ!」


 翼腕を広げて肉迫してくるサンディーク。

 杖剣を突き出してくる奴相手に、俺もまた背中の黒翼を羽搏かせて距離を詰める。


 眩い火花が飛び散った。

 それは暗い夜の中でも、ありありと浮かび上がる目印だった。




 ***




 これはライアーとサンディークが離れてすぐの出来事だった。


「お、お待ちください……!」

「止めないでください! 彼の……ライアーの下に行かなきゃいけないんです!」


 騎士達の応急処置を済ませたアータン。

 とても戦える状態には見えない彼女であったが、やるべきことを済ませた──否、まさにこれからやるべきことを残した彼女は、〈戦死〉を連れ去っていった鉄仮面の剣士の下へ赴こうとしていた。


 だが、それを制止しようとするのは他でもない、〈戦死〉にやられたイェリアルであった。


「相手はあの〈戦死〉です! 相手取れるのはそれこそ騎士団長や聖騎士でなければ……!」

「ッ……それは、」

「死にに行くようなものです! 今一度お考え直しを!」


 〈戦死〉の強さを身をもって感じたからこそ、イェリアルは必死に少女を止めようとする。


 必死の説得を前に、アータンの歩みは一瞬止まった。

 けれども、食い止められたのはほんの僅かな時ばかり。すぐに少女は二歩目の為に足を進めようとしていた。


「アータン殿!」

「──お姉ちゃんはどんな人でしたか?」

「え……?」

「お姉ちゃん──アイベルは、どんな騎士でしたか?」


 振り返るアータン。

 その双眸に宿る力強い瞳は、けしてダメ元で死にに行くような意思は見えなかった。


 力が足りぬことは重々承知だ。

 それでも自分にやれることをやるのみ。


 口には出さずとも、騎士として似たような気概を持っているイェリアルだからこそ、彼女の気持ちは痛いほど理解できてしまった。

 しかし、今問われているのは彼女の姉──アイベルの騎士像の話だった。


「アイベル……貴方の姉上は実に勇敢な騎士でした。知略にも創意工夫にも長けた……」

「お姉ちゃんは次期騎士団長候補と聞きました。その強さに偽りはないですか?」

「それ、は……」


 そこでイェリアルは言葉に詰まる。


 主観的な感想は持っている。

 が、しかし、果たしてこの場面でそれを口にしていいものか。


 イェリアルは悩んだ。

 悩んで、悩んで、悩んで……。


「お願いです。彼を……大切な人を守りたいんです」


 悩んで──腹が決まった。


「……当時でも聖歌隊の部隊長クラスの実力はありました。今も研鑽を積んでいるならば、その実力は騎士団長に届いてもおかしくはないかと……」

「ありがとうございます。それなら……」

「待ってください! いくら双子の姉とは言え、アイベルが出来たから貴方ができる道理は──!」

「出来ます」


 アータンは力強く言い放った。


 その瞬間、イェリアルを含めこの場の騎士全員が幻視した。


 かつて〈海の乙女〉で名を馳せた〈嫉妬〉の後ろ姿を。


「お姉ちゃんに出来るなら私にも出来るって……他でもないお姉ちゃんが、私をそう勇気づけてくれたから」


 だから行くんです、と。

 そう言ってアータンは烈風の巻き起こる戦場に向かわんと進み始めた。


「待っ……!」

「ごめんなさい、もう行きます!」

「違います! 貴方を止めるつもりはありません」

「えッ……?」

「行くというなら……せめて力添えを!」


 脇腹に巻かれた包帯に血が滲むのも厭わず、イェリアルは立ち上がる。

 直後、失血によって倒れそうになる彼であったが、寸前で首をもたげたシーコーンが支えとなって倒れずに済んだ。


「だ、駄目ですよ起き上がっちゃ!? 傷が開きます!」

「〈戦死〉に殺された仲間の痛みに比べれば、この程度……! それより貴方はどうやって彼を救うおつもりで?」

「え? あ、あぁ……魔法で遠距離から狙撃しようかなと」


 すでに魔力は〈海蛇神の大水魔槍レヴィアタン・オーラハスター〉によって空っぽもいいところだった。そう大技を何発もくり出せる状態ではない。


 であれば、一発に全てを掛けて〈戦死〉の気を引く。

 万が一の場合、自分に横槍を入れるよう伝えてくれたライアーに応えるには、それしか方法はなかった。


「狙撃の手段はいかほどに? まさか目視でやるつもりでは?」

「ッ……その、つもりです」

「……無謀! この暗闇の中、目視で〈戦死〉を狙撃するなど」

「それでも!」

「──ですが、方法がないわけではない」

「え……?」


 思わぬ言葉にアータンのくりくりとした瞳が見開いた。

 脂汗を額に滲ませるイェリアルは、シーコーンに寄りかかりながらフッと口元に笑みを湛える。


「先の罪化……実に見事でした……! あの段階まで罪度が進んでいるのならば、貴方にはが使えるはずです!」

……って……?」

「アイベルが考案した魔法です」

「! お姉ちゃんが……?」

「それを使えばあるいは──」




 姉が残してくれた光があった。

 それは進むべき道を煌々と照らしてくれていた。


 こっちだよ、と。

 明るく、優しく。




 ***




「おらぁ!!」

「フハッ!!」


 紫電が奔る。

 火花が散る。


 何度これを繰り返しただろうか。


「そろそろ体が限界迎えてきたんじゃねえのォ、サンディークさんよぉ!!」

「なんのこれしき……まだまだワタクシはイケますよ!!」

「やめとけやめとけ!! そうやって無理して後悔するまでがセットなんだからよォ!!」


 剣を交える度、押し負けまいと羽搏かせる翼から羽根が舞う。

 そして、それらはすぐに魔力の粒子と化して消えていった。この場を吹き抜ける暴風の前には余りにも脆い存在だった。


 しかし、本体はその限りではない。


 幾たびもの刃の交錯を経て尚、俺達の体には致命の傷は刻まれていなかった。鎧や肌に浅い切り傷こそ作っているものの、それが命に関わるようなものでないことは素人目から見ても明らかだろう。


「っつーけどよぉ!! いい加減倒れてくんねーかなぁ!?」

「弱音とはアナタらしくもない!! このまま踊り明かしましょう!!」

「ヤダァ!! アタシそんなに踊れないわぁ!!」


 お前という不運ハードラックダンスっちまうのはちょっとの時間で十分なんだよ。幼い子供のプレイ時間のこと考えろぉ? 一日一時間が限界ぞ?


 軽口を叩きつつ、俺はサンディークの剣を凌ぐ。

 相手は格上とは言え、俺と同じ土俵に立っている以上、魔法が使えるわけじゃないのだ。杖術と剣術を織り交ぜたような戦闘スタイルこそ厄介ではあるが、それに関しては鷲獅子と化した眼の動体視力でどうにかやり過ごしている。魔人化万歳だ。


 けれども、現状勝っているとは言い難い。

 一秒が長く感じられてしまうほどに濃密な剣戟を数分間続けているだけでも、精神はゴリゴリに削られていってしまう。


 一時は向こうのタイトル回収でテンション爆上げしていたものの、こうも有効打が当てられない時間が続いていくと、どうにも集中力が途切れていってしまう。


 マズイ、このままではやられる。

 もっとテンションブチ上げていかなくては……過去の思い出よ! 俺に力を分け与えてくれ!


『──Butter-Flyにですねぇ~、カース・マルツゥ仕入れようと思うんですよぉ~』


 違う! フレティ、そういうのは求めてない!

 精神的な意味でも料理的な意味でもね!


『──守るべきものを失った騎士が、王家に切り捨てられた姫を救い仕えるのって……?』


 マスター! たしかにそれはグッとクるものがあるけれど!

 今欲しいのそっち系の高揚じゃないんだ!


『──弱めに撃った〈風魔法ベント〉がおっぱいに近い感触って聞いたからよぉ~、フレティに頼んだら体ごとぶっ飛ばされちまったんだよぉ~! これって全身おっぱいに包まれたってことだよなぁ~?』


 黙れバーロー殺すぞ! てめえの猥談は今求めてねえんだよ!

 でもそれめっちゃウケる。あとで皆に言いふらしとこ。


『たけのこご飯って、たけのこ自体に味はないよな。やっぱりきのこが至高だ。旨味も香り高さもある』

『それだけで料理を語るとはナンセンスだね。食感も大事だよ。たけのこの美味しさを理解できないなんてかわいそうな人だ』

『『……あ?』』


 やめろ! 俺を捨て置いて喧嘩するんじゃあないッ!

 でも俺はたけのこ派なのでたけのこご飯に与するぜ。美味しいよね、たけのこご飯。


「ロクな思い出がねぇーーーッ!!!」

「グッ!!?」


 サンディークが俺の剣を空中に弾き飛ばした。

 その瞬間、空いた片腕で奴の頬を殴り抜ける。


 猛禽類と化した腕から放たれる拳は、岩石程度ならば割り砕けるくらいの破壊力を秘めている。それを喰らったサンディークは案の定その場から数メートルほど後方に下がった。なんで数メートルなんだよ、もうちょい吹っ飛んどけ。


 だが、この間に俺は剣の下へと赴ける。

 背中の黒翼を羽搏かせ、一気に飛翔することで宙を舞っていた剣の柄を手に取った。


「らぁっ!!!」

「フハッ!!!」


 そのまま空中から一気に斬りかかるが、すでに態勢を立て直していたサンディークは斜めに傾けた刀身で刃を滑らせ、俺の斬撃を受け流す。いなしが上手いな、こんちきしょうめ。


「いいですねぇ!!! ようやく体が温まってきたと言ったところでしょうか!!?」


 全身から魔力を炎のように噴き上げるサンディークが吼える。

 ボロボロと皮膚が焼け落ちるのも厭わず、こちらに斬りかかってくる姿はまさに修羅だった。


 かつての大罪の勇者達とやり合った実力に嘘偽りはない。


「どうしました、ライアー!!? 息が上がってきていますよ!!!」

「うるせえ!!! 俺はこっからの粘りが凄えんだよ!!! ネッバネバだぞぉ!!? ネバネバのネバーギブアップなんだよぉ!!!」

「いいですねぇ!!! ならばワタクシも……」


 何度交えたかも覚えていない刃を交えたようとした時、不意に光が視界にちらついた。


「これは──?」


 それはサンディークの手の一点を照らしていた。

 科学が現代ほど発展していない世界において、余りにも不自然な光の点。それがサンディークの杖剣を握る手にピタリと定まった。


 その次の瞬間だった。


 どこからともなく飛来した光の矢が手の甲に刺さった。

 直後、真っ赤な鮮血が辺りに撒き散らされる。


「なに゛……ッ!!?」


 驚愕に目を剥いたサンディークが、光矢が飛来した方角を見遣った。

 場所は先程まで俺達が戦っていた伐採地のある森。そこに不自然に光がポゥと灯っていた。

 あれは淡く光る魔力の光だ。しかもそれは揺れる水面に反射するかのように、不安定に揺れているではないか。


「この距離を……!!?」


 距離で言えば数百メートル。

 現代の銃であろうと専用の装備でなければ不可能の狙撃をこなした存在が、あの森に潜んでいる。


 その存在とは──。




 ***




『理論は簡単にだけ説明いたします』

『まずは〈水魔法オーラ〉で水のレンズを作ります』

『その上から〈光魔法ルクス〉を放つのです』

『そうすればレンズから照射された光が照準となります』

『……レンズの詳しい理屈は私にも分かりません。アイベルは理屈を説明して理解させるより、手順をやってみせて、その結果で納得させるタイプでしたので』

『ですが、これならば長距離であろうとも精密な狙撃が可能でしょう』

『〈光魔法〉は敬虔な信徒……あるいは〈昇天〉に近づいた罪使いのみに扱える魔法』

『そして、〈雷魔法フルグ〉を超える

『的確に、それで確実に当てるには〈光魔法これ〉しかありません』

『アイベルは罪冠具を授かってすぐに〈光魔法〉を使いこなしてみせました』

『貴方が彼女と同じことが為せるのであれば、きっと〈光魔法〉も扱えるはず』

『貴方が心の底から彼を救いたいと願うのであれば──』


──そう聞かされた。


 まったく、姉も無茶を言うものだ。

 こんな複雑な術式──しかも、使えるかも分からない魔法を組み込んだ代物をぶっつけ本番で成功させろと言うのだから。

 せめて他人にもう少し理屈を説明してくれれば、具体的なイメージもしやすかっただろうに。


「ホント、お姉ちゃんったら……」


 だが私は今、宙に浮かぶ魔法陣と、その中央に真円を描く水球を覗き込んでいた。

 魔法で生成した弓に番える光の矢は、鏃から真っすぐ光を放っている。これが奥の景色を拡大する水球──水のレンズを通せば、遠方を一部分だけ照らし上げている光景が見えた。


 あとは、この光の照準を相手に合わせるだけだ。


(当たらなくてもいい。一瞬でも奴の気を引かせられれば)


 ライアーがああ言った手前、自分が援護をすること自体は織り込み済みだろう。


(……いや、)


 もしも、これで彼の気を散らしてしまったら。

 それこそ目も当てられない事態になる。敵ではなく味方の邪魔をしてしまうなど言語道断だ。


 そうならない為には、気を引くにしても確実に相手を妨害することが第一となる。


 腕でもいい。

 頭でもいい。

 体のどこに当ててでも、相手の体勢を崩せばこちらの勝ちだ。


 そうだ、当てるのだ。

 何がなんでも当ててやる。


 そう決意した時、光矢を引き絞る魔力の弦がギリリと苦しい声を奏でた。


(ライアー)


 自分を地獄から救いあげてくれた噓吐きの偽物勇者。

 彼は自分を偽物と謳うけれど、私は決してそうは思わない。


 たしかに彼は嘘吐きだ。


 でも他人を傷つける嘘は吐かない。

 他人の利益を害する嘘は吐かない。

 非があればちゃんと謝ってくれる。


 とても優しい人なのだ。

 優しくて、温かくて。

 まるでお日様のようにポカポカした人だった。


 私はそんな彼に惹かれた。

 私はそんな光に魅せられた。


 辛いことや苦しいことがあっても、それを笑い飛ばすような嘘を吐いてくれる彼に。


(ライアー)


 もっと彼と一緒に居たい。

 もっと彼と冒険をしたい。


 たとえこの先姉と再会することがあっても、きっとこの気持ちに変わりはない。


 だから、彼を救いたい。

 その全てを、この一矢に懸ける。


 当てる。

 当てる。

 当てる。

 当てる。

 当てる。




 彼の隣に立っていたいなら──当ててみせろ!




 そう思った瞬間、レンズの先に二人の姿が映り込んだ。

 罪化する二人の罪使い。その内の一人に照準となる光の点が重なった。




「──当たれええええええッ!!!」




 かくして、反撃の嚆矢は解き放たれた。

 そして、届いた。




 私の想いを乗せて。




 ***




 完全に不意を突いた一撃。

 同時に攻撃を受けて弛緩した掌から、得物である杖剣が離れた。


 またとない絶好の機会。


 この機を逃せば勝利は遠のく。

 全力で、剣を、振るう。


「サンディークぅーーーーーッ!!!」

「……まだ、」


 しかし、奴はまだ諦めていなかった。

 零れ落ちた杖剣を、もう片方の手で掴んでみせる。そのまま不安定な体勢ながら、俺に一太刀浴びせようとさらに一歩踏み込んできたではないか。


「まだですよ、ライアぁーーーーーッ!!!」


 互いに距離を詰める。

 俺のショートソードも奴の杖剣もそこまで刀身は長くはなく、ほとんど同じぐらいの長さであった。

 すなわち、間合いに入ったまさにその瞬間、より早く剣を振り抜いた方がこの戦いを制する。


 しかし、まず間違いなくサンディークの身体能力は俺よりも上だ。同じ条件で戦ったとして、俺が負けてしまうのは自明の理だ。


 だからこそ、悟った。




「──、サンディーク」




 俺はサンディークよりも早く剣を振るった。

 これには奴も目を剥いた。


 だが次の瞬間、奴は血を見た。


「なん、ですって……!!?」


 肩から腰に掛けて斬りつけられた傷口から、夥しい量の血飛沫が舞う。

 まさに致命の一閃。肉を切り、骨を断ち、臓腑すらも両断せしめる深い斬撃を、俺はサンディークに浴びせたのだ。


「なる、ほど……」


 崩れ落ちるサンディークの双眸は、俺の剣を向いていた。

 ただの鉄の剣──ではない。あきらかにショートソードの範疇に収まらない大剣と化した剣を見て、奴は納得したように声を漏らした。


「その罪器ジンギ……!!」

「──『フィクトゥス』」


 〈虚飾〉の〈罪〉を宿した罪器。

 その名が示す意味は『偽物』。


 これは偽物の剣。これは虚飾の剣。

 不安定で、確固たる輪郭は持たない。

 見えている形は仮初の姿。鉄の剣も仮面の一つにしか過ぎず、その姿は大剣にも短剣にも成り得る。


 故に無形。

 故に無限。


 偽物の勇者が携えし、勇者の剣。


「どうやらアナタの嘘に……踊らされていたらしい……ガハッ!!」


 剥き出しにされる白い歯が、溢れる血によって赤く濡れていく。


「魔力による虚構の実体化……アナタの罪器ともなれば、武器すらも虚飾を纏うと……」


 見誤っていました、と。

 ただ折れた刀身が元に戻るわけではなく、剣そのものの形を変えられる。その事実を警戒していなかったことに、サンディークは自分の油断を嘲笑した。

 それから奴は、遥か遠くを──アータンの方へと視線を遣った。


「フフッ……」


 一筋の汗を頬に伝わせるサンディークが微笑を湛える。それまでの恍惚としたものとは明らかに違う笑顔だった。

 まるで憧憬のような、焦がれるような瞳だった。


「良い仲間を……持ちましたねぇ……」


 心から賞賛するような声音を紡ぎ、とうとう赤い死神は地に崩れ落ちた。


「……ようやくかよ」


 俺は大剣と化した罪器を肩に担ぐ。

 それから血だまりの中に沈むサンディークを見下ろし、やれやれと首を振った。




「分かったろ? アータンは最高なんだって」




──そいつがお前の敗因だ。



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