第32話 虚飾は戦争の始まり
罪冠具は自身の魔力回路と結合する。
それゆえに、一度〈罪〉を解放すると罪冠具を外すことが困難になる。
ライアーから教えてもらった知識を、アータンは今一度反芻していた。
たしかに彼に言われた通り、自分の手首に嵌められた罪冠具は完全に固着しており、力を入れて外そうとしたところでうんともすんとも言わなかった。
これはまだ腕輪だから生活に大した支障は出ていないのだろう。
もし、これがもっと巨大で普段の生活を送るにも支障が出るような部位に装着されていたら──当時はそんなことを考えていた。
「あの鉄仮面が……?」
だが、彼の場合はどうだろう。
鉄仮面。頭部全体を覆う兜だ。頭部を守る防具としてはこの上ないが、日常を送る上では余りにも邪魔過ぎる代物。
それが彼の──ライアーの罪冠具であった。
「ライアー……!」
彼の鉄仮面からは広がった金色の
目の周りを中心に、罪紋は首元にまで及んでいた。東方の国出身の人間であれば、その目の周りを彩る紋様を隈取だと捉えたかもしれない。
だが、ライアーの罪紋はアータンに比べて非常に規則正しかった。
具体的に言えば楕円形が羽根のように整然と並んでいたのである。波打つような紋様のアータンの罪紋とはまるで違うことが分かる。
そのようにじっくりとライアーを凝視していたアータンであるが、不意にその観察対象であった剣士が振り返った。
「見てるか、アータン」
「う、うん……」
「罪化には段階がある。それを今から教えるぞ」
「えっ……?」
「まず
折れた状態から元通りになった鉄の剣を握り直し、ライアーはサンディークの下へと肉迫する。
それを待ち侘びていたように笑みを湛える赤い死神は、相手が懐に飛び込んでくるタイミングに合わせて速い……
「罪冠具を中心に魔力回路が広がる」
否。
速過ぎる一閃を見舞った。
「きゃあ!?」
剣を振るっただけで周囲に暴風が吹き荒れる。
それどころか剣閃の軌道にあった木々が無数に切り倒されるではないか。
しかし、当の斬られたライアーはと言えば何事もなかったかのようにサンディークの懐に潜り込んだままだった。
「これは……幻影ですね!」
「正っ解!」
おもむろに振り返るサンディーク。
その流れで杖剣を振るった彼であるが、一拍遅れたのか背中からブシッ! と鮮血が飛び散った。
「フハッ! これですよ、これ!」
笑いながらサンディークは虚空目掛けて杖剣を突き出した。
すると、空間が歪んだ。刺突を中心に歪んだ景色が破れるように裂かれては、そこから剣を振り抜いた剣士が佇んでいるではないか。
その姿を確認したサンディークは突き出した杖剣を薙いだ。
しかし、次の瞬間にはまた剣士の姿がブレ、その場から消え失せる。
「どこですか、ライアー!? さあ、そう恥ずかしがらずに!! ワタクシの前に姿を現してください!!」
「絶対ヤだね!!」
「そこですか!!」
背後から聞こえる声に、サンディークは嬉々として背面斬りを披露する。
「──まあ、これは幻影でしょう」
だが、そこにあったのは揺れる幻影。
本物ではない。
「本命は……こっち!!」
「!」
サンディークはこれまた別方向から姿を現したライアー目掛け、背面斬りから流れるような斬り上げを見せた。
凄まじいキレだ。剣圧だけで地面に亀裂が刻まれ、土煙が木の天辺よりも高く舞い上がった。
が、
「〈
「っ──なに!?」
声はまた別方向から。
咄嗟に身を捩ろうとすれど、迫りくる魔法の弾丸はサンディークの背中に着弾した。巻き起こる爆発に赤い燕尾服は激しく踊った。
所詮は初級魔法。大したダメージにはなっていないが、態勢を崩すことには成功した。
そこへ、
「斬りかかる幻影出したからって剣で襲うと思ったか?」
「くっ……!!」
「〈
警戒していた場所とはまったくの逆方向から、先程より一回り巨大な魔法の弾丸が迫ってきた。
しかし、一度魔法による狙撃を喰らったことによる警戒が活き、今度は命中する直前で回避することができた。
逃げた場所は上だ。
これならば三百六十度、どの方向から攻撃が来ても確実に避けられる。
サンディークは直後、足元を通過していく魔法を見てほくそ笑む。
「アハ♡ 今度はワタクシの勝ちですねぇ!!」
「それなら勝ち星一個取り戻させてもらおうか」
「ハ──?」
声は。
光は。
頭上からやってきた。
「──〈
「ぐぁ──ッ!!?」
サンディークの頭上に先回りしていたライアーが、かつてないほど巨大な魔力の砲弾を叩き込んだ。
燦燦と光り輝く魔法の勢いは凄まじく、大の大人であるサンディークの肉体をすっぽりと包み込んでは、そのまま彼を地表へと叩きつけて大爆発を起こした。
爆発を起こした地表が抉れ、クレーターが出来上がるほどの威力。
当然、地表を吹き抜ける爆風も凄まじく、舞い上がった土埃はアータンを襲おうと吹き付けようとしてきた。
その寸前だ。
「
目の前に割り込んだ人影が、爆風と土埃から彼女を守る盾となった。
「全身に魔力回路が広がり、それでも尚体内に収まり切らない魔力が炎のように全身から噴き上がる」
爆風と土埃は、アータンの目の前に立ったライアーを避けるように横へ逸れていく。
単純に彼が遮蔽になったというのもあるが、それ以外にも理由があった。
彼の全身から噴き出す紫色の魔力が、その理由だ。
まるで炎の如くゆらゆらと噴き上がっている魔力は、その噴出の圧で殺到する爆風からライアーとアータンを守っていたのである。
そしてようやく爆風が収まった頃、ニッと鉄仮面の奥の双眸を細めるライアーが少女の方へと振り返った。
「これがさっきのアータンの罪化だな」
「……すごい」
「ヘヘッ、もっと褒めてくれちゃってもいいんだぜ?」
「──フフフ、フフフフフ……」
「「!」」
ライアーが普段の軽薄さを取り戻した瞬間、穿たれた地面のクレーターから不気味な笑い声が響き渡ってくる。
のそり、のそり、と。
赤い死神は、少し焦げ付いた燕尾服の埃を払いながら、平然と地上に這い上がってきた。その衣服の損傷具合に対し、彼自身の肉体にはさほどダメージがあるようには見えない。
「流石は〈虚飾〉。中身を伴わぬ上辺だけの飾りこそアナタの〈罪〉。やはり、ただの〈幻惑魔法〉とは一線を画す力だ……」
乱れた前髪を整えながら、サンディークは真紅の双眸を妖しく光らせる。
そして、鋭い眼光は辺りへと向けられる。一見何の変哲もないただの風景に。
「アナタの罪魔法はいわば『魔力による
「ヒュ~♪ 流石は〈
皮肉たっぷりに声音が弾んだ。
だが、それを厭わず言葉は続いた。
「ただの〈幻惑魔法〉が視覚に作用するだけなら、アナタの〈虚飾〉の対象は五感。視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚……そして、魔力知覚に至るまでね」
「はいはい続けてー。先生採点してあげるから」
「実体化できる偽物は人、物、そして空間」
革手袋を嵌めた貫手が虚空に突き刺さる。
繰り出された場所には何もないはずだった。だのに、虚空にはみるみるうちに崩壊する魔力の粒子と共に、眩い亀裂が走っていくではないか。
「──アナタは周囲の空間さえも模造し、隠れ蓑とすることで完全に気配を消し去ることができる。外の景色が描かれた室内に置かれた人間が、自分がまるで外に居ると錯覚してしまうようにね。だがこれは体外まで拡張された魔力回路によってようやく為せる神業……まさしく、アナタにしかできない罪深き御業だ!」
「ん~、まあ60点ってとこかな。再テストは免除してやるよ」
「ありがとうございます」
しかし、とサンディークは杖剣を振るった。
次の瞬間、彼の周囲の風景が歪に裂かれた。すると間もなく周囲の風景はバラバラの魔力の粒子へと帰し、元の森の風景が幕の合間より顔を覗かせるように現れた。
「……所詮、〈虚飾〉は〈虚飾〉。中身を伴わぬ世界など、容易く崩れ去ってしまう」
ライアーが〈罪〉の力で生み出した虚構の空間は、死神の手によってあえなく崩壊した。
「ただの〈幻惑魔法〉と侮った者であればアナタの手の、そして舌の上で踊らされて真実を掴むことさえままならずは敗北を喫したでしょう」
「お前は違うってか?」
「ええ。ワタクシはアナタと手を取って踊りたいのです! その為に磨いてきたのです、全てを!」
「……大して効いてねぇらしいな。ま、分かってたけどよ」
「いえいえ、さっきのは効きました。おかげでアナタの為に見繕ってきた一張羅がボロボロだ」
サンディークは自身の燕尾服を指し示しながら告げた。
「こうなってくるとワタクシもお色直ししなくては……お時間少しよろしいでしょうか?」
「よし、帰れ! そして二度と戻ってくるな!」
「そう言わずに」
クツクツと喉を鳴らすサンディーク。
彼はそっと掛けている鼻眼鏡に手を添えた。
「やはりアナタとの戦いは心が躍る。血潮が煮え、肉が火照り、骨の髄まで燃え上がるようなこの感覚! これこそが生の実感……生きている者の特権ですよ」
「だからっつってそうポイポイ命懸けて戦いたかないけどな。けっ!」
「だからこそ尊いのです。生き延びる為、自ら死地へと臨んでいく人間の精神は」
真紅の魔力が噴き上がる。
それは他でもない、サンディークより放たれる魔力だ。罪化していないにも関わらず、アガレスやフォルネウスさえも上回っている。
(この魔力……今のライアーよりも……!!)
そして、罪化したライアー──罪度Ⅱと称した今の状態よりも上だった。
けた違いだ。次元が違う。
ここまで来れば、そもそも戦おうという考え自体間違っていたのではないかと脳裏に過ってしまう。
(ライアー……どうするの……!?)
「──ゆえに、ワタクシは戦士を尊敬するのです。家族の為、友の為、恋人の為……ありとあらゆる戦ってでも守りたいものの為に戦う戦士を!」
「そいつは結構なお考えだ。お前が誰彼構わず喧嘩吹っかける通り魔じゃなけりゃな」
「自覚はあります。ですが魅せられてしまった以上、それを追い求めずにはいられない……それが人間の欲というものでしょう? ワタクシはかぶりつきで見たいのですよ、人間のその高潔な精神を」
赤い死神は、嗤いながら杖剣を構えた。
「一度アナタにお聞きしたかったことがあります」
「住所はやだぞ」
「それは実に興味深いですが……いや、本当に興味深い。むしろそっちを教えていただきたい!」
「嘘嘘嘘嘘!! 元のにして!!」
本気で住所を知られるのが嫌なライアーは首を横に振る。
それはもう全力で振った。
太陽光発電で動くお花の置物ぐらい横に振った。
その姿を見て心底残念そうにした赤い変態は、仕方なしと元の質問を投げかけることにした。
「アナタは一体何の為に戦っているのです?」
「ほほう?」
「〈
「ははーん、なるほどね?」
ぼりぼりと頭を掻く仕草を見せるライアーは、ちらりと後ろの方に振り返った。
そこには従魔隊の看病をしながら、こちらに心配そうな視線を向けてくる一人の少女が居た。不安に押し潰されそうで、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
「……単純な話だ」
「ほう?」
「好きな人には笑っていてほしい。それだけだ」
改めてサンディークに向き直すライアーは、鋭い眼光を赤い死神へと突きつけた。
そして、彼もまた自身の魔力を高める。自分に向けて当てられる魔力の圧に押し負けぬように。
「魔王やお前らを倒すなんざついでだよ、ついで。誰にも邪魔されないでこの世界を最ッ高に楽しみたいんだ。悲劇なんて付け合わせは無ぇ方がいい」
「ふむ……」
「俺が好きなのは一流の悲劇より三流の喜劇だ。折角高くて美味いフルコース食ってたのに、最後に嫌いなモンが出てきたら台無しだろ? それと同じさ」
閉じた瞼の裏に一人の少女を思い浮かべ、鉄仮面の剣士は剣の柄を強く握りしめた。
「──悲劇はもう腹いっぱいだ。こっから先降りかかる悲劇は俺が嘘にしてやる。馬鹿みてぇな
「……フフ、フフフ、フフフフ!」
──アーッハッハ!! アーッハッハッハッハ!!
死神の哄笑が、夜闇に轟いた。
「やはり!! やはりアナタは素晴らしい!! 彼らと同じ答えだ!!」
嬉しそうにサンディークは嗤う。
そして、余りの嬉しさに目尻からは涙を流していた。
“彼ら”が誰を指すのかは分からない。
しかし、それほどまでの歓喜。
それほどまでの恐悦であったのは確かだった。
「ワタクシが思っていた通り、アナタはかつての彼らのように全力をお見せするに相応しい御方だ!!」
サンディークより解き放たれる魔力が、加速度的に膨れ上がる。
大地は揺れ、海面も荒々しく波立っていた。月明かりに照らされる雲の流れも速くなっていく。
山が、海が、空が。
森羅万象がサンディークという一人の〈死〉そのものに恐怖し、慄いていた。
超常とした存在を前に、アータンは汗ばんだ掌をギュッと握った。
「ライアー……!」
「──見てたか、アータン」
「……へ?」
突如話を振られたアータンは間の抜けた声を上げる。
「見てたって……な、何を……?」
「さっきの悪魔の罪化をだ。姿が変わったろ?」
「う、うん……」
それがどうしたの? と聞くより前に。
「あれはな、莫大な魔力によって体に眠る魔の因子が覚醒したからだ」
「魔の因子……?」
「遥か太古の昔……それこそ神話の時代だ。かつてプルガトリアに暮らしていたのは人間だけじゃなかった」
ライアーはゆっくりと語り始める。
「かつて神々によって天国より追放された魔の眷属……魔人。その内、地獄に堕とされなかった魔人は人間と手を取り合って生きていた」
だが、と彼は語気を強める。
「地獄から、そんな魔人を妬み憎む魔人の軍団が襲い掛かってきた……自分の悪行を省みず、今じゃ悪魔と呼ばれる人類の天敵種だ」
つまり、アガレスやフォルネウスもその末裔だ。
一方で浮かび上がる疑問があるだろう。
──かつてプルガトリアに生きていた魔人たちは何処へ?
「地獄から来た悪魔の軍団を、プルガトリアの人間と魔人は協力して追い払った……が、その戦争で人間を守るべく矢面に立った魔人の一族、特に男が大勢死に至った。それこそ子孫を残せないまでにな」
「っ……!」
「だから一人の勇者が立ち上がった。そんな彼らの血を絶やす訳にはいかないと。〈色欲〉の〈罪〉を持った勇者──デウスがな」
ライアーはドン! と自分の胸を叩いた。
ちょうど心臓のある位置。今も鼓動を打つ心臓は、彼の全身に血を送り流していることだろう。
「今、プルガトリアに生きる人間は〈色欲の勇者〉と魔人の血を継いだ子孫達だ」
「……え?」
「俺達が魔力を極限まで高めた時、デウスと七種の魔人族の姫達が継いでくれた魔の因子は覚醒を果たす」
──それが罪化の正体だ。
ようやく結論を口にした時、ライアーの肉体に変化が訪れた。
ビキビキと奏でられる異音。それは紛れもなく彼の肉体より発せられる、組み変えられる音だった。
「罪冠具はあくまでその補助具に過ぎない。罪化に必要な莫大な魔力を、〈罪〉の力で後押しする為のな……ぐっ!!」
「ライアーッ!?」
「平気だ。つまりこいつがッ……」
──
異形への変貌は止まらない。
ライアーの腕は猛禽類の如き形状へと変貌し、その鉄仮面も嘴を彷彿とさせる形状へと変形していく。
鉄仮面を流れる魔力の影響か、鈍色だった鉄仮面はどんどんと黒ずんでいき、最終的には光を吸い込まんばかりの漆黒に彩られていた。
漆黒は広がる。
肩も、胸も、脚も。そのすべてが全身が突き出すように生えてきた鋼の羽毛に包まれるや、それらが組み合わさることで一つの鎧と化していく。
まるで防具そのものが彼の体の一部であるかのように、だ。
「うおおおおおおッ!!!」
そして、極めつけと言わんばかりに。
前のめりになったライアーの背中に靡くマントが二股に捩れた。さながらアサガオ。螺旋の蕾。
しかし、直後の開花。
蕾が開き、咲いたのは一対の黒い翼だった。闇よりも深い黒翼の花弁。一枚一枚が鈍い光沢を放っており、不気味な神々しさのようなものを宿らせていた。
空中を黒い羽根が舞っている。
それらの内、いくつかがライアーの頭上に集まったかと思えば、妖しい紫紺の輝きを放つ光輪が出来上がった。
その姿は、まるで天使のようだった。
けれども、どこか悪魔のようだった。
「ライ、アー……?」
それからピクリとも動かなくなったライアーを見て、少女が不安そうに問いかける。
その時だった。
風を裂く音が啼いた。沈黙していた翼が羽搏いたのだ。
片翼だけで大人一人分の背丈はあろうという長さの翼が羽搏けば、それだけで周囲には激しい風が巻き起こった。
「きゃあ!?」
「悪い。この姿は久々だからな」
「ぁ……」
「力加減間違ってもいいように、ちょっくら場所移してくるわ」
黒翼の剣士が振り返る。
鉄仮面はすっかり前方へと延び、色も相まってまるで鴉のような印象を与えた。
けれども、その猛禽類の腕や獅子の如き太い太腿は、鴉よりも勇猛で偉大な印象を少女の目に焼き付けた。
そうだ、それはまるで──。
「
漆黒の鷲獅子。
それが、ライアーの罪化。
〈虚飾のライアー〉の
「……っつーわけだ。場所変えようぜ、サンディーク」
ペストマスクのような風貌になった鉄仮面の口元が開く。
黒い嘴は笑っているように引き裂ける。
「ここじゃ俺とお前が全力でやるにゃあ」
衝撃は、すでにサンディークの顔面を襲っていた。
「狭過ぎるしな」
「お──おおおおおッ!!?」
サンディークが猛烈な勢いに体が浮いたと思った時、すでに彼らは宙を疾駆していた。
黒翼を羽搏かせ、ライアーは空を走る。そうやって赤い死神との戦場の地を、アータンや従魔隊の近く──延いては村からできる限り引き離すのであった。
宙を駆けること数十秒。
伐採地からも離れたライアーは、文字通り鷲掴みしていたサンディークを地面に向けて放り投げる。
罪化し、極限まで高まった身体能力から行われる投擲だ。サンディークは強風に煽られ、ろくに受け身を取ることもままならないまま地面に叩きつけられた。
しかし、
「フフフフフ、アハハハハ、アハハハハハハハッ!!」
すぐさま墜落した場所より、哄笑を響かせる赤い燕尾服が土煙の合間より覗いた。
「これを、これを待っていたのです!! アナタのその姿を!!」
「お待ちかねってことか? でも残念。この姿は3分ぽっきりだ。それ以降は延長料金をたっぷり貰おうか。法外な利子付きでなぁ」
「ええ、いいですとも!! しかしこの一瞬を味わう為にも、ワタクシは全身全霊を以てアナタと戦うことを誓いましょうとも!!」
ビキリ、と鼻眼鏡より紅い魔力の光がサンディークの顔面に広がる。
「……いいぜ、かかって来いよ。赤い3倍野郎」
「ええ!! 胸を借り、告解いたしましょう!!」
その速度は凄まじく、あっという間に全身へと至っていく。
「ワタクシの〈
告解に伴い、サンディークの肉体に変化が訪れた。
両腕の下からは羽毛が生え揃い、燕尾服の胸からは白から緑、そして赤へ変わるグラデーションに染まった羽毛が豊かに生えてくる。さながら貴族が身に着けるジャボ《ref》襞のついた胸の飾り《/ref》のようだった。
しかし鼻眼鏡の位置も相まって、その姿はまるで──。
「ハトが〈戦争〉とはな。笑わせてくれるぜ」
溢れ出る真紅の魔力を浴びつつ、ライアーは軽口を叩いた。
そう、サンディークの罪化はさながら鳩のような姿への変身であった。アガレスやフォルネウスほど生物に寄ってはいないが、それでも人外と称すには十分過ぎる変化だ。
罪化を遂げたサンディークは『自己紹介が遅れました』と仰々しく礼をする。
「ワタクシは──〈
以後お見知り置きを、と。
赤い死神は礼儀正しく名乗った。
しかし、〈罪〉とは違う二つ名だ。
それは彼ら〈四騎死〉が〈死〉そのものを司る存在が故。
〈戦争〉がもたらす死、それすなわち〈戦死〉。
ゆえに彼は〈戦死〉。
ゆえに冠す名は〈戦死のサンディーク〉。
「これで舞台に役者は揃いましたねぇ、ライアー!!」
「二人だけの舞台だぁ? 閑古鳥がポッポー泣いてやがんぞ?」
「フフッ。この舞台に観客なんて不要でしょう」
翼腕と化した腕で杖剣を振るうサンディークは、裂けんばかりに口角を吊り上げて、真っ白な歯を剥き出しにて嗤ってみせた。
「戦場は相手の目を釘付けにしてこそ……でしょう?」
「……違ぇねえ」
ライアーもまた剣を構える。
罪化し、刺々しさを増したシルエットとは裏腹に、元の無骨なシルエットを残した鉄の剣を。
「だったら、さっさとお前をブチのめさせてもらおうか。この後祝勝会が控えてるんでな」
黒い翼が広がった。
切れ長に変形した鉄仮面の目元から紫色の眼光が迸った。妖しい輝きが流線型不安定な軌道を描く。まるで涙の軌跡のようだった。
「成程。ならばワタクシも贈り物をしなくては」
同時に、白い翼も広がった。
時を同じくし
「死者には手向けを」
体表を駆け巡る
「勝者には
その時、杖剣には体表に刻まれているものと同じ紋様が浮かび上がった。
「どうか──お受け取りいただきたいッ!!!」
迫りくる赤い死神。
その手には命を刈り取る凶刃が握られていた。
コンティニューは、許されない。
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