第31話 戦死は■■の始まり




──最初から違和感があった。




 村の住民と一緒に避難している最中に感じ取った魔力。

 ずっと遠くにあるのに、すぐ傍にあるかのような不思議な感触だった。


 今なら分かる。

 あれは余りにも強大過ぎる余り距離感がおかしくなっていたのだと。


 事実、村に到着した時にも感じた魔力はずっと遠くに感じられていた。

 その時は目の前の悪魔に気が向いていたから気のせいだと断じていたが、悪魔を退治してからもねっとりと肌に纏わりつくような感触は拭いきれていなかった。


 だが、今理解した。




──“奴”が答えだ。




 次元の違う魔力の塊。

 眼前に佇んでいるというのに、巨大過ぎる魔力はその全容を把握できそうもなかった。


 あれは人間?

 いいや、違う。

 あんなものを人間と同じ括りにしてはいけない。


 だとすれば何か。

 天使か、悪魔か、はたまた──










 死神だ。











 ***




 戦場に赤い死神が降り立った。




 しかし次の瞬間には従魔隊の5人が一斉に動き出す。


「鶴翼の陣!!」

『はっ!!』


 シーコーン、あるいはシーホースに跨った従魔隊が一気に赤い乱入者を挟み込む。

 鶴翼の陣──相手を両側から挟み込む陣形だ。大将への守りが薄くなってしまうという欠点こそあるが、相手が一人であるならばその心配もいらない。


「一気に畳みかけるぞ!!」


 イェリアルは大音声を響かせ、部隊の士気を上げる。

 呼応するように隊員の騎士は武器を構え、大声を上げながら乱入者へと殺到していった。五方向からの騎槍による刺突だ。並みの人間では防御することもままならない。


「フフッ」

「っ、待て!!」


 だが、奴は並みの人間ではない。

 俺は待ったをかけるが、すでに奴は動き出していた。


「まずは一人」

「ぐあっ!?」


 その場で上へ跳躍したサンディークは、危うげもなく五方向からの刺突を軽々と回避する。その際、最も近かった騎士に目掛けて長い脚を振るい、頭部に重い蹴りを喰らわせた。

 騎士は一瞬で意識を刈り取られ、シーホースの上から落馬する。


「ローラ!!」

「二人目」

「がっ!?」


 仲間がやられた光景に動揺した隙を突かれ、二人目の騎士が杖剣の刺突を喰らってしまう。

 すぐさま二人がフォローに入るも、


「三人目。四人目」

「なっ!?」

「きゃあ!?」


 鋭い騎槍による刺突を軽々と腕で払ったサンディークは、返す太刀で馬上の騎士を切りつけていく。


「おのれえええええ!!」


 それを見たイェリアルの怒りは頂点に達する。

 すかさず罪化を遂げ、全身から魔力の炎を立ち上らせる彼は愛馬のシーコーンと共に水流の槍を乱入者目掛けて突き出した。


 生身の腕で払えば肉ごと抉られるであろう一撃だ。

 ピリピリと肌を突き刺すような魔力を感じ取ったサンディークの顔には、途端に笑みが零れた。


「ほう! これはこれは……」

「貴様にやられたゲネロの仇だ!!」

「ゲネロ? ……ああ、もしやあの騎士の名でしょうか」

「命で償え、〈戦死〉!!」

「ああ──良かった」


 凄絶な一閃が大地を貫いた。

 抉り取るような激流は固い地表をものともせず、数メートルはあるであろう穴を大地に穿ってみせたのだ。


 しかし、


「がっ……!?」

。おかげでワタクシは彼という尊い戦士の名を、記憶に刻み続けることができる」

「そ、そんな……!?」


 なんてことはない。

 サンディークはたんに杖剣を振り抜いただけだ。


 ただそれがイェリアルとシーコーンの水槍を切り飛ばし、彼の脇腹を鋭く切りつけたのである。

 直後、イェリアルは口から血反吐を吐いた。


「ゔッ……!!」

「よろしければアナタ方の名前をお教えいただけないでしょうか? ワタクシはアナタという戦士の名を是非とも覚えて帰りたいのです」

「貴様に名乗る名など……無い!!」

「そうですか……」


 心の底から残念がるように首を振ったサンディークは、今にもシーコーンの上から落ちそうなイェリアル目掛け、杖剣を持っている方とは逆の手を手刀の形に整える。


「ならばせめて、ワタクシの〈罪〉に刻みましょう」

「っ──!!」


 手刀が放たれる。

 狙いは、イェリアルの心臓の位置──。


「させるか」


 だが、そこへ俺が間一髪剣を滑り込ませた。

 手刀は刀身に阻まれて止まった……あれ? なんかパキッっつった? 嘘でしょ?


 何はともあれ、俺はサンディークをイェリアルから引き離すように間に割り込んだ。


はお前の勝ちだ。こっから選手交代でオーケー?」

「……フフッ、フフフフフ、フフフフフフハハハハ、アーッハハハハハ!! 勿論ですとも!! アナタならそう言ってくれると信じていました!!」

「声デカ。ちょ、もうちょい声量下げてもらってよろしくて?」

「ああ、これは失礼」


 大人しく引き下がるサンディーク。

 一方俺は今にも崩れ落ちそうだったイェリアルを馬上から下ろし、安静にできそうな場所に寝転がせる。


 傷は……浅いとは言い難いな。

 とてもじゃないがこっから戦える状態じゃあない。


「アータン!」

「う、うん!」

「傷薬と包帯渡すからイェリアル達を介抱してやってくれ!」

「わかったけど……ライアーはどうするの!?」

「この変態をしばく」


「アッハァ♡」


「え? なんで今語尾にハートマークつけて笑った?」


 ヤダヤダヤダヤダ怖い怖い怖い。

 こいつ、ホントにテンションが読めないから怖いんだよぉ……いや、戦士を前にしてハイテンションになるぐらいは既プレイヤーだから分かってるんだけども。


 俺があからさまに怖がったフリをしてみれば、サンディークは『おっと』と言葉を漏らしながら、気障ったく前髪を弄って整える。


「失礼致しました。久々にアナタと剣を交えられると思うと胸が高ぶってしまって……」

「恋する乙女か、お前は」

「えぇ……たしかに今のワタクシはアナタという戦士に恋する姫のような高ぶりを覚えております。例えるのなら魔物に囚われ失意と絶望の中暗闇に閉じ込められた姫……そこに白馬に跨った騎士が駆け付けたような、まさにあの感覚! この鮮烈な衝撃はまさしく恋に近い! あぁ……この胸の高鳴りをアナタに教えて差し上げたい! 胸と胸を重ね合わせ、互いの鼓動で旋律を奏でるように──」

「やめろぉーッ! 具体的に何したいか言うなァーッ!」


 男と男が肌重ね合わせて何が嬉しいんじゃ。

 いや、でも可愛い男の娘だったら……ううん、だとしてもコイツだけはイヤだわ。ツラはいいけどイケメン方面のツラの良さだからな。

 俺は別にメス墜ちはしたくないんだよ……あ、でも男装の麗人だったらオーケーです。心から女の子になってみたい。


「そうですか……残念です」

「本気で残念がるな。俺にそっちの気はないんだよ」

「ならば血の気はあるのですね?」

「うう~ん? どういう文脈?」

「ならばりましょう、夜が明くまで! ワタクシは今日という日の為、血と汗を流して舞踏ダンスの練習をしてきたのですから!」


 満面の笑みを湛えながらサンディークはそう言って杖剣にへばりついた血を振り払う。

 あー、駄目ですわ。こいつ本当にやる気ビンビンですわ。


 この戦闘狂めぇ……折角人が大勝利を飾って祝勝会しようというとこやってきやがって。どっちが勝利の美酒に水を差してんだかって。


「あー、わかったわかった。戦ってあげるからちょっと待ってなさい。倒れた人達横にどかすから」

「そんな! ここまで来て焦らすのですか!?」

「うるせえ! 呼んでもないのに来やがった癖に厚かましい奴め! 俺とやり合いたきゃあ大人しく3分間正座して待ってなさい!」

「では待ちます!!」


 俺の要望に応えたサンディークはその場に正座し始める。


 無駄に聞き分けのいい奴め。

 こういうところが微妙に憎めないんだよな……いや、憎めないか? でもそういうところ好きよ。


〈戦死のサンディーク〉──そいつはギルシンプレイヤーならば誰でも知っているであろうシリーズ皆勤キャラクターの一人だ。

 〈四騎士メメントモリ〉と呼ばれる魔王を信奉する一団であり、ゲーム内では度々主人公パーティーに襲い掛かってくるという、中ボスから裏ボスまでなんでもござれなお邪魔キャラである。


 しかし、そのインパクトのある性格と無駄に律儀な性格で、一部の人間に妙な人気を博していた。

 挑んでくるタイミングは最序盤から最終盤まで。『え? 絶対勝てないでしょ?』というタイミングでやっては来ることもあるが、勝敗の条件はある程度相談に乗ってくれるという妙な律儀さがあるのだ。


 襲い掛かってくるくせに設定した条件によっては命を取らないでくれるし、逆に熟練プレイヤーなどが技術や戦略に物を言わせて勝とうものなら、最大限の賞賛と評してこちらに莫大な経験値なり貴重なアイテムなりを授けてくれる。


 要はあれだ。

 勝っても負けてもいいけれど、勝ったらリターンが大きい系のボスキャラだ。


 けれどここは現実。

 勝ったところで目に見えるような経験値などありはしない。戦ったところで損しかないお邪魔キャラである。


 本当は戦わないのが一番なんだけどなぁ……。

 でもこいつなぁ……無視すると面倒だしなぁ……。

 戦い吹っかけて色んな人迷惑被るしなぁ……やるしかないか。


 若干憂鬱になりながら、俺とアータンは負傷した騎士たちを安全圏まで移動させる。

 その間、サンディークはニコニコワクワクしながら正座して待っていた。わぁ、すっごい良い笑顔。そのまま殴りたいわぁ。


「よし……ここならまあいいだろ」

「ライアー……」

「ん? どうした?」


 騎士を移動させ終えるや、不安そうな声色のアータンが声をかけてきた。

 それどころか震えた手で俺の手を掴み、引き留めようとしてくる。


「本当に戦うつもりなの……?」

「ああ。このまま素直に帰ってくれそうにないしな」

「駄目だよ!!」


 柄にもなくアータンは声を張り上げた。


「私わかるんだよ!? あの人の魔力が……!!」

「ああ」

「さっき戦った悪魔とは比べ物にならない!!」

「そうだな」

「それでも戦うの!? それなら私も──」



「それはおススメ致しませんね」



「っ……!?」


 アータンの訴えに割り込んできたのは正座していたサンディークであった。

 喜色を隠さない笑みを湛える奴は、涙目で訴えていたアータンにも笑顔で語りかけてくる。


「ワタクシに刃を向けた時、ワタクシはアナタを戦士と認めなくてはなりません」

「っ……!」

「戦士と戦士が戦えば勝敗を付けなくてはならない。時にそれは死という形で決着がつくこともあるでしょう」

「わ、私だって……!」

「いえ。アナタは自分の死を恐れている。それ自体は本能に従った正しい反応でありますが、覚悟なき戦士が戦場で死すほど悲しいことはありません。他者の命を取ろうというのに、自分の命を懸けるお覚悟がないのであれば、手を出さぬ方がいいでしょう」


 淡々と、しかし、理路整然と告げられた言葉にアータンは言葉に詰まっていた。

 彼女だって言い返したいであろう。

 だが、眼前の存在から感じられる莫大な魔力──天と地ほども隔たれた力の差を理解してしまっていた。


 まあ、こればかりはアイツの言う通りだ。


「大丈夫だ、アータン。気持ちだけ受け取っとくぜ」

「……ライアー?」

「う、うおおおおお!! な、なんだこの力は……アータンから魔力が流れてくる……!?」

「私そんなことしてないよ!?」

「ハハッ、嘘嘘」


 アータンの頭をポンポンと叩き、俺は少しだけ屈む。

 涙目の少女と目線を合わせるように。


「負けないさ、俺は。何があっても」

「ライ、ァ……」

「でも、もしも俺が負けて死にそうになった時は横槍入れて助けてくれ」


 真っすぐ見つめながら告げた後、俺はマントを翻しながら座して待つサンディークに向き合った。


 アータンから目線が外れれば、俺は軽薄な声色でこう謳った。


「ま? そんなこと天地がひっくり返ってもないだろうがな、ギャッハッハ!」

「ライアー……」

「──

「っ! ……うん!」


 最後だけ神妙な声色を紡ぎ、アータンと目線を合わせる。

 すると彼女からは力強い応答が返ってきた。


 これでもう大丈夫だ。


 俺はゆっくりとサンディークの下まで歩いていく。


「よぉ! ちゃんとお座りして待てが出来たようだな。良く出来たワンちゃんだ、褒めて差し上げよう」

「フフッ、ワタクシはできる騎士ですからね。ご主人様の命令にはちゃんと従えるのです」

「誰がご主人様だ……うわっ、やめろ! 舌を出してハァハァするんじゃあないッ! 目をトロンとさせるなァー!」


 アータンが俺の真後ろに居て良かった。

 でなきゃ、この汚いものを目にしていたであろう。誰が成人男性がハァハァしてる姿なんて見たいんだ。たとえ需要があったとしても俺にじゃないんだよ。ちゃんと欲しているところに供給してくれ、頼むから。


 そうしてきっかり3分経った頃、サンディークは立ち上がった。

 チッ、脚が痺れている様子はねえな。痺れているところをズバッといく作戦がおじゃんだ。


「ライアー! 3分間待ちましたよ! さぁ、さぁ、さぁ!」

「お黙りよ、〈戦死〉。今何時だと思ってるんだ。森の動物さん達が起きちゃうでしょ」

「おっと、これは失礼。ですが〈戦死〉なんて……もっとフランクに『サンディーク』と呼んでください。ワタクシ達の仲じゃないですか」

「お前と仲良くなったつもりはミジンコ程もないんだが?」

「またまた……アナタとは大勢で乱れ合い、夜を明かした仲じゃあありませんか」

「アータン、違うからね!! 俺達そんな破廉恥してないからね!! 信じて!?」


 アータンに変な勘違いされる言い方するんじゃないわよォー!

 この子に変な印象を植え付けないでちょうだい!


「あ、そう言えば」

「はい?」


 怒りのボルテージが一段上がったところで、俺はとりあえず聞きたかったことがあるのを思い出した。


「王都で罪派の司祭が罪化して脱獄した」

「はい」

「あれ、お前らだろ」

「はて? なんのことやら」

「正確に言えばお前んちの白いのだろ」

「……ああ、アルブスですか。それならありえますね」

「ありえますねって……」


 そこんとこ把握してないんかい。

 これだからこいつらは……全員の思想が一部除いてバラバラ過ぎて行動が読めないんだよ。


 俺があからさまにげんなりすれば、サンディークも困ったような笑みへと変わる。


「別にワタクシと彼は仲が良い訳ではありませんので」

「世知辛ぇ~」

「例えるのならば、同じ職場に居るけれども必要に迫られなければ会話することも飲みに行くこともないぐらいの距離感ですので」

「世知辛ぇ~」

「ですが、ワタクシがアナタを探しているのを知ってくれていたおかげで、アナタの居場所を突き止めることができたのです! それに関しては本当に感謝ですよ、ホント!」

「殴りてぇ~」


 あの白塗りピエロ、憶えてろぉ……?

 まあ、神出鬼没な白塗りピエロを殴るのはまた今度にするとしてだ。


 今は目の前の赤塗り紳士が最優先だ。


「よしっ、徹夜は嫌だからそろそろ始めようぜ!」

「やっとですか! さあ、早速……」

「待て待て。その前に勝敗の決め方だろ」

「おっと!」


 気が急いてしまいました、と舌を出すサンディーク。別にお前がやっても可愛くないんだよなぁ。


 でもツラがいいのがムカつく。

 殴りてぇ~。


「それでは勝者の決め方はいかほどに?」

「ん~、そうだな~」


 俺は顎に手を当て、悩む素振りを見せる。


「やっぱあれかな~」

「と、言いますと?」

「──お前が死んだら、俺の勝ち」

「成程」


 俺が剣を構えると同時に、サンディークも杖剣を構える。

 刹那、辺りに旋風が通り抜けていった。サンディークの剣圧だ。魔力をまとわせぬただの一振りでここまでの威力。油断していれば一撃で命を持っていかれること間違いなしだ。


 そんな赤い死神は凄絶に笑っていた。

 紅い唇は弧を描き、笑顔は妖しい色気を漂わせている。


「それならばワタクシは……アナタを殺せれば勝ち、ということですね?」

「万に一つもねぇがな」

「……フッ」

「……ヘッ」

「フフ、フフフフフ」

「ヘヘ、ヘヘヘヘヘ」

「フフフ、フフフフフ、アァーッハッハッハ!!!」

「ヘヘヘ、ヘヘヘヘヘ、ギャーッハッハッハ!!!」




「ライアァァァアアアアアアアア!!!!!」

「うるせぇぇぇええええええええ!!!!!」




 剣と剣がかち合う音。

 死闘の火蓋は斬り落とされた。




 ***




 サンディークと名乗った存在。

 人間か悪魔かも定かではない、まさに超人。


 ただ、人間をも悪魔をも超越した圧倒的な力を有していることだけは確かだった。

 まるで大海。罪化した悪魔が赤子に思えるほどの魔力を前に、アータンは心の底から恐怖していた。


 だから止めた。

 大切な人を。


 それでも彼は戦いに行ってしまった。


「ライアー……」


 目の前では鉄仮面の剣士が、真紅の紳士と刃を交えている。

 戦況は驚くべきことに互角……否、やや後者の方が優勢であった。従魔隊を一気に倒した相手にこの戦況は凄まじいことだが、それでも劣勢を強いられている事実に変わりはない。


「フハッ!」

「チィ!」


 あのライアーが。

 どんな時も飄々とした態度を崩さない、あのライアーがだ。


 サンディークを相手取る間、全くもって余裕のない様子で剣を振るっていた。


(ライアー)


 アータンは自然と手を組み、祈っていた。

 どうか彼が負けないようにと。


(ライアー)


 重なる刃の間から、三度火花が飛び散った。

 どこからか飛んできた破片が、地面に転がった。


(ライアー)


 涙を流しながら、アータンは祈り続ける。

 ガキンッ、と今までにない鈍い音が夜闇に響いた。

 何かと空を見上げてみれば、クルクルと回る細長い何かが飛び退いたライアーの真横の地面に突き刺さった。


 それは折れた刀身だった。

 鉄仮面の剣士が握る剣は、中ほどからぽっきりと刀身を失っていた。


(──死なないでッ!!)


 堪らずアータンは杖を構えた。


──これまでだ。


 これ以上、ただ見ているだけなど堪えられない。

 その一心で杖先に魔力を集中させるアータンであったが、


「アータン!」

「っ……止めないで、ライアー!」

「いーや、待つんだ。なぜならこれからお勉強の時間だからなぁ!」

「……へ?」


 突如、この場に似合わぬ素っ頓狂な単語が飛び出し、アータンは呆気に取られる。

 その間、ライアーは地面に突き刺さった刀身を引き抜かんと、指で摘まんでみせた。


 すると次の瞬間、折れたはずの刀身が不自然に


「っ……嘘!?」


 歪んだ刀身は、やがて魔力の粒子となって元の剣の下へ回帰する。

 全てが回帰した時、ライアーの握る鉄の剣は何事もなかったかのように傷一つない姿へと戻ったではないか。


 瞠目するアータン。

 一方で、その一部始終を眺めていたサンディークはクツクツと喉を鳴らす。


「フフッ……やはり、その剣は罪器ジンギでしたか」

「罪使いなら武器が罪器になってたところでおかしくないだろ?」

「その通りです。ですが、剣が元通りになったところでは形勢を傾けるには不十分ではないでしょうか?」

「何が言いたい?」

「罪化を」


 サンディークは端的に告げた。


「仮にもワタクシは〈四騎死〉の一柱……〈罪〉も使わぬ相手にやられるほど低い“格”だとは思っておりません」

「お高く留まりやがって……ま、正論だけどな」

「ということは?」

「見せてやるよ、俺の〈罪〉を」

「ほう!」


 瞬く間にサンディークが満面の笑みを咲かせた。

 待っていましたと言わんばかりだ。頬は紅潮し、血塗られた唇は引き裂けんばかりに口角を吊り上げている。


「ようやく……ようやくアナタの全力を拝めるのですね!! ハァ……これを、これを待っていたのです!!」

「ああ、出血ドピュドピュ大サービスだ。しっかりその目に焼き付けておけよ」

「ライアー!」

「今のはアータンに向けて言ったんだ。お前じゃねえ」

「ライアー!!」


 自分の体を抱きしめてクネクネと踊る赤い変態は無視された。


 一方で、


「ライアーの〈罪〉……?」


 アータンは困惑していた。

 彼が〈罪〉を持っている。それ自体は別に不思議には思っていない。むしろこれまで見てきた不自然な現象にはすべて彼の〈罪〉が関与しているであろうとまでは考えていた。


 しかし、ずっと不可解な点があった。


(ライアーの罪冠具って……どれ?)


 〈罪〉の解放となるのは罪冠具だ。

 だが、彼の身に着けている装飾品にそれらしきものは見当たらない。


 ただ一つを除いては──。


「──告解する」


 夜闇に声が響いた。

 鉄仮面から漏れだす、くぐもった声だ。


 次の瞬間、異変が訪れた。


 ズァ! と、魔力が膨れ上がる。

 罪の第一段階は罪冠具より増設される魔力回路の展開。


 それがライアーの場合、


「っ!!?」




「我が〈シン〉は〈虚飾きょしょく〉」




 不鮮明な声が暗闇に広がる。

 おかしい。

 彼は目の前に居るはずなのに、まるでそこに居ないように魔力の所在が不安定になっていく。


「──ようやく、出てきましたね」


 片やサンディークはと言えば、待望の瞬間を前に恍惚とした表情を浮かべていた。

 興奮を隠さない頬の紅潮は、ライアーより放たれる紫色の光に照らされ、妖し気に色づいていた。


(それがアナタの〈罪〉。中身を伴わない上辺だけの飾り……それが〈虚飾〉)


 しかし、眼前の勇者は上辺だけではない。


(ワタクシは知っていますよ。アナタの強さを……そして、成してきた功罪を)


 だからこそ震える、興奮に。

 だからこそ奮える、勇猛に。

 だからこそ揮える、存分に。


(そう、アナタは嘘吐きライアーだ)


 彼は、嘘吐きの偽物勇者。

 何を嘘とするか。

 何が偽物なのか。


 それは戦いの中でのみ理解し得る。


「アナタは──」

「俺は──」






──〈虚飾きょしょくのライアー〉






──またの名を〈虚飾の勇者〉





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