第30話 嘲弄は戦死の始まり




「フォルネウス……あの馬鹿者が」


 一人の悪魔がやられ、もう片方の悪魔が毒を吐いた。

 奇襲用に用意していた戦力は全滅。残るは最初から自分が引き連れていた戦力だけとなるが、それも騎士たちの奮闘によりほとんどがやられてしまっている。


 こうなってしまった以上、すべて自分が片をつけるしかない。


 そう考えていたアガレスであったが、


「そらよっとォ!」

「でぇい!」


 二人の人間が目の前に立ちはだかった。


 一人は鉄仮面の剣士。

 一人は従魔隊の隊長。


 どちらも手練れ。

 どちらも厄介だ。


 二人の攻撃を凌ぎながら、アガレスは忌々し気に呟く。


「貴様らさえ居なければ……!」


 それ以外の相手はどうとでもなるというのに。

 幸いにもフォルネウスを屠った魔法を放った少女は、魔力が尽きたせいか地面にへたり込んでいた。


 すなわち、この二人さえ倒してしまえば勝利は自分達のものとなる。


「おいおいおい、夜だからって夢見てんじゃねぇよ」


 だが、思考を中断するように鉄仮面の剣士ライアーが斬りかかってくる。


 こいつだ。

 こいつが最も厄介だ。


 しかし、厄介と分かっていても倒せないのが現状。

 歯がゆさの余り、思わず歯を噛み砕いてしまいそうになる。


「人間はいつも我々の邪魔をする……!」

「お宅が俺らの生活の邪魔してるからだろうが。近所に引っ越したいだけならお蕎麦持って出直してきなぁ!」

「我々が人間に贈るものなど……死しかあるまい!」


 アガレスが豪腕を振るった。

 刃翼を携えた豪腕の一閃だが、やはりライアーを前にはあとちょっとのところで躱されてしまう。


 一方で、まんまと距離を取ったライアーはニマァ……と鉄仮面の奥の目を歪ませる。


「さぁ~て。あっちも済んだようだし、俺も全力出しちゃおっかなぁ~」

「……世迷言を。今までは全力ではなかったとでも言うつもりか?」

「そらそうよ」


 ライアーがそう言い放つや、


──ジクリ


 顔の左側、いや、左目に違和感が走った。


「なッ……!?」


 アガレスの視界が潰れた。

 世界の半分が赤く染まった。


「何が、ぐッ!!」


 訳も分からぬまま刃翼を振るうアガレス。

 すると、歪んだ虚空からもう見慣れた鉄仮面の剣士が現れた。


 血の尾を引く剣を振り抜いた剣士は、追い打ちと言わんばかりに切りつけたアガレスの左顔面を蹴りながら飛び退く。

 その間、鉄仮面の奥からは人をせせら笑うかのような軽薄な笑い声が響いてくる。


「あれれ、おっかしいなぁ~? 俺らの攻撃は通じないんじゃないのぉ~?」

「貴様……!」

「ギャハハッ! いくら皮膚固めたところで目は弱ぇみたいだな……イェリアル!!」


「任された!!」


 ライアーが呼びかければ、シーコーンに乗ったイェリアルが前かがみになった。

 騎槍を構えた彼は、水流を蹄に纏わせるシーコーンの腹を蹴った。すると間もなくシーコーンは嘶き、額の巻角に逆巻く水の槍を形成しながらアガレスへ吶喊した。


 人と馬。

 二つの水槍が悪魔を貫かんと前を向く。


「──〈双大水魔槍ドゥオ・マグナ・オーラハスター〉!!」


 螺旋を描く二つの水槍は、刃翼を構えるアガレスへと直撃した。

 先程まで有効打は与えられていなかったが、回転することで貫通力を付与した〈ハスター〉系の魔法──それも〈マグナ〉の等級を冠す上級魔法だ。


 螺旋の水流は、刃翼を打ち破り悪魔の皮膚を抉り始める。


「ッ……えぇい!!」


 焦燥が滲んだ声を上げながら、アガレスは地面に尻尾を叩きつけて大地を揺らす。

 足元が不安定になるのを察したイェリアルは、本格的に地面が震動に襲われるよりも早く、宙に向けて無数の〈水魔法〉を放ち、シーコーンの足場を作り出す。

 その際、空への移動手段を持たぬライアーに向けて、イェリアルは手を伸ばした。


「ライアー殿、こちらへ!」

「助かる!」


 イェリアルの手を取り、軽やかにシーコーンへと跨るライアー。

 直後、地面は大きな振動に襲われ亀裂が広がっていく。震度で言えば5か6と言ったところ。ロクな耐震構造をしていない村の建物にとっては余りにも大き過ぎる地震であった。

 次々に土煙を上げ、村の建物は崩れ落ちていく。


「おのれ! 住民の生きる場所を……!」

「……」


 義憤に駆られるイェリアルに対し、ライアーは物憂げな視線を倒壊していく建物へと向ける。


 一方、この惨状を引き起こした当のアガレスは、空に打ち上げられた水を足場にする二人──特にその内の一人に凄絶な眼光を飛ばしていた。


「目に焼き付けよ、人間よ」


 巌の如き形相から言い放たれる、地鳴りのような声色は離れた場所に居ても腹の奥底にズンと響き渡るようだった。


「これが貴様らの罪だ。人間などという低劣な下等種族の分際で我々に……魔王様に仕えるゴグ・マゴグに楯突いた、その結果だ」

「やったのお前だろ。責任転嫁しないでもらえますぅ~?」

「ほざけ。そして──今のが儂を殺す最後の機会だったと知れ」


 アガレスの魔力が急激に高まる。

 少し離れた場所に降り立ったライアーとイェリアルの二人は、ピリピリと肌を刺すような魔力に各々の武器を構えた。


「これから貴様らに勝機が訪れることは永劫ない」

「ホントかなぁ~? ……今から試してやろうか」

「それすらも、ない」


 強く区切り、刃翼を開いたアガレスが丸太のような巨腕を地面に叩きつける。

 直後、アガレスを中心に亀裂が広がった。さらにそこからは眩い閃光が迸り、亀裂をどんどん押し広げていくではないか。

 蜘蛛の巣のような亀裂が村中に広がっていくのにそう時間は掛からなかった。


「儂の目の借りだ……反撃の暇すら与えん!!」

「──全員海へ逃げろ!!」

「我が〈嘲弄ちょうろう〉のシン魔法を喰らうがいい!!」


 刹那、大地より魔力が炸裂した。

 いや、それは最早爆裂と称すに等しい衝撃だった。大地を揺らす激震は一斉に波及し、年季の入った木造の家を瓦礫の山へと変貌させる。


「あ、あぁあ、あぁああ……!?」

「アータン、こっちだ!!」

「村が……皆の家がッ!?」


 倒壊する建物を見て錯乱するアータンを抱え、ライアーは海へと飛び込む。

 何故ならばアガレスの罪魔法により、村があった土地は原形を留めぬ程不自然に隆起と陥没を繰り返していたからだ。

 単なる〈土魔法テッラ〉ではこうはいかない。あくまで人為的な魔力操作で引き起こされている現象なのは火を見るよりも明らかであった。


 地上に残れば隆起と陥没に巻き込まれ、圧死してしまうことだろう。

 それは他の従魔隊も理解したのか、それぞれ己の従魔を従えて海の方へと飛び込んだ。海は激しく波立っているものの、地上に残るよりは遥かに賢明な判断であった。


「どうだ、人間。理解しただろう?」


 崩れていく村の風景を見て、アガレスは嘲笑うように口角を吊り上げる。


「これが我々に刃向うという罪……それへの罰だ!!」


 アガレスは、今一度地面に魔力を注ぎ込む。

 トドメと言わんばかり激震が村を襲った。大きく割り砕かれた地面の上には、最早生き残っている建物はなかった。


 家族が暮らしていた家も。

 仲間と釣りをした波止場も。

 愛していた故人を弔う墓も、全て。


「精々貴様らは己が無力に絶望し死んでゆくがいいィ!!」


 嘲り、弄び、悪魔は吠えたてる。

 そして、






 景色が、歪んで、割れた。






「……な、」

「──逆に訊くけどさぁ」

「ッ!!」


 迫る殺気。

 咄嗟にアガレスは刃翼を盾のように広げた。魔力を込めた刃翼は、羽の一枚一枚が岩石に等しい硬度を誇る。

 それを以てすれば眼前に現れたライアーの斬撃を受け止めること自体は難しい話ではなかった。


 しかし、アガレスのかつてないほど焦燥に駆られた表情を湛える理由は別にあった。


……!!?」


 割れる景色の中から現れるのは、何の変哲もない森だった。

 少し森が開けているのは村の建物や船に使う木を、ここから切り出しているからに違いないということまでは察しがついた。


!!?」


 だが、そこに倒壊した建物の影は一切存在していなかった。

 木、木、木……アガレスの罪魔法により倒れたであろう無数の木々が、この景色が現実とアガレスに突きつける。


 そうすれば一つ疑問が生じた。


──今まで目に映っていた村は?


?」

「……全て幻覚か!!?」

「当ったりぃーーーッ!」


 軽薄な声で正答と認めるライアー。

 しかし、その声色に反して目は笑っていなかった。


 彼は刃翼を広げるアガレスに対し、次々に斬撃を浴びせていく。

 強靭な皮膚を切り裂けこそしないが、動揺から立ち戻れないアガレスはその鬼気迫る猛攻撃を前に防戦一方だ。


「ぐ、うぅ……!!?」

「ギャハハ!! 動揺してんなぁ、おい!! 村に攻め込んだと思ったら全く違う場所に誘い込まれたんだもんなぁ!?」

「どうやって……これも貴様の罪魔法か!!?」

「教えませ~~~ん!! てめぇの消費期限切れて腐ったクルミみてぇな脳味噌で考えな!!」

「──〈聖域〉か!!」

「えっ。ちょ、答えんの早くない?」


 僅かな動揺。

 ライアーは思いの外早く正解に辿り着いたアガレスに一閃を弾かれる。


「貴様……村とその近辺を〈聖域〉で覆い、場所を誤認させたな!!?」

「チッ、バレちまったもんはしょうがねえ。そうでぇ~す。この村に居る間ちまちま地面に魔法陣書いてましたぁ~」

「無駄な努力を……!!」

「今の今まで偽物に気づかなかった奴のセリフかぁ!? 負け惜しみが旨いなぁ~、ご飯が進む! 三杯食べれちゃう!」

「いいや、無駄な努力だ。貴様はこれから儂に殺される。そして今度こそ村を滅ぼし、〈嫉妬〉を我らが手中に収める!!」


 全身に魔力を込めるアガレス。

 こうなっては彼の全身が鋼の如き硬さを得て、攻撃が通じにくくなる。

 先ほどのように目玉を狙えばその限りではないだろうが、一度手の内を見せてしまった以上、もう一度通用する可能性は限りなく低い。


 しかも、この状態では刃翼の硬度も高まり、斬撃の威力も上がるというオマケ付きだ。

 まさに攻防一体。


 相手の手の内を出し尽くさせ、勝利を確信したアガレスはほくそ笑む。


「終わりだ、人間!!」

「そのセリフさっきも聞いたぞ、ジジイ。痴呆症なら良い医者紹介すんぞ」

「そのよく回る舌……今に引き千切ってくれるわぁ!!」


 アガレスの刃翼が閃き、ライアーの首へと向かう。

 対するライアーもまた両手で柄を握り、アガレスの喉笛目がけて剣を振るった。


 しかし、その剣閃の進路上にはこれまた硬質化した悪魔の刃翼が待ち構えていた。完全に受け止める構えだった。


(──勝った!!)


 攻撃さえ受け止めてしまえば勝ちだ。

 そう信じて違わぬアガレスは迷いなく刃翼を振り抜いた。


 視界が自身の広がる翼に覆われる。

 一瞬視界が遮られるものの、これは問題ではない。次の瞬間には鬱陶しい鉄仮面の剣士の首が撥ねられている光景が見られるのだから。


「……?」


 違和感があった。

 いや、むしろ“無い”というべきだろうか。


 いつまで経っても敵の首を撥ねた手応えがやってこない。

 それどころか斬撃を受け止めた感触を感じられなかった。


(これも幻影か?)


 視界が開ける。

 すると、世界が反転していた。


 空が地に沈み、地が空に上っていた。


(いや、違う……これは──)


 直後、アガレスは目撃した。


 剣を振り抜いた鉄仮面の剣士の後姿を。

 そして、構えた刃翼と首から上を失った悪魔の肉体を。


現実やられた……だと……!!?)


 どんどん景色が上っていく。

 やがてアガレスの首は、自分が隆起させた大地に墜落し、段差を転がるように落ちていった。


(馬鹿な、一体どうやって──ッ!!?)


 到底認められぬ敗北を前に憤怒の形相を湛えるアガレスであったが、段差を転がり落ちていく最中、不意に剣士の手元が目に付いた。


 遠目故、はっきりとは見えない。

 だが、明らかに人間のものとは違う。猛禽類を彷彿とさせる鋭い爪を生やした腕は、自分達と同じ“異形”と言って差し支えない形状をしていた。


(まさ、か……)


「部分……シ、ン──」


 『甘い甘い』と突きつけるように言い放つライアー。

 彼は切り立った断崖に降り立ち、アガレスを見下ろした。


「お前は初めっから相手を舐めすぎなんだよ。だから魔法で構築した村を見抜けなかったし、俺の剣を受け止められると過信した」


 いつの間にか、鉄仮面の剣士の腕は元通りになっていた。

 そんな彼は剣を振り、刀身に伝う血を払った。いくら凝視しても何の変哲もない鉄の剣だった。


「お前が最初に俺が待ち構えてた事実を加味して……いや、分からないなりにでも警戒してりゃあ、もっと早く違和感に気付けてただろうなぁ。でも気づかなかった。お前は人間の住処なんぞに興味がなかったから」


 ライアーはゆっくりと断崖を降りてくる。

 転がる悪魔の生首を、確実に仕留める為に。


「剣だってそうだ。お前は何度も俺の斬撃を受け止めて『これなら受け止められる』と決めつけた。“聖域”を使ってるとこまで推理できたんなら、その分の魔力を攻撃に注げると思い至るべきだったな」


 とうとう断罪者が目の前に来た。

 アガレスはギリギリと歯を食いしばり、目線だけでも剣士の方に向ける。


「──ま、〈嘲弄〉のお前にゃ無理な話か」

「お……の、れ……」

「嘲り弄ぶのがお前の性分……罪だった。確かにそれも敗因だろうが、ついでにもう一つ良いこと教えてやるよ」


 嘘吐きが剣を振り上げる。

 正真正銘、本物の刃を。




「──油断は待つもんじゃねぇ。自分てめえで作るもんなんだよ」




 ザシュ、と。

 血飛沫が上がるが、すぐさまそれも塵になって消えた。




 ***




 罪魔法これがあるから悪魔は厄介なんだよなぁ~。


 アガレスの頭にトドメを刺した俺は、肘窩に剣を挟んで血を拭う。振り払うだけじゃ拭えない汚い汁が色々付いているからな。


 しかし、色々遠回りした甲斐もあってアガレスとその配下共はやっつけられた。


 討ち漏らした敵もいない。

 こちら側に死人も出ていない。

 戦果としては上出来だ。


「っ~~~!! 疲れたぁ~~~!!」


 けれども、流石に〈聖域〉張りながらやり合うのは疲れたな。

 〈聖域〉ってのは簡単に説明すれば、魔法を付与した結界のことだ。〈聖域〉内に居る人間は、付与した魔法に応じた恩恵を得られる。

 最もスタンダードな使い方を言えば、魔法効果の底上げだろうか。俺はそいつを利用して村とそこから少し離れた伐採地に〈聖域〉を張り、村の位置を伐採地の方へと誤認させた。


 なんでそんなことするって?

 そりゃあ村ん中で戦ったら建物とか色々壊れちゃうでしょ……。


 もしも俺が〈幻惑魔法〉使えないなら、村の中で待ち構えたりなんかせずに、村の外で陣取って迎え撃っていたことだろう。


 でも、村の外で迎撃したら絶対村に向かってく奴出てくるじゃん?

 それならいっそ、もう村の中だと勘違いさせた方が悪魔の行動範囲を絞れるはずだ。避難した住民の方にも危害が及ばずに済んで一石二鳥って寸法よ。


 けど、〈聖域〉ってバチクソ魔力消費するのがネックなのよね。

 聖堂騎士団の聖工隊ファブリーなら普段使いしている分、〈聖域〉を使ってもそこまで消耗は激しくないのだろうが、俺はその限りではない。助けて。疲れた。

 ……でも、〈聖域〉の維持分を攻撃に注げたおかげでアガレス倒せたな。ならいいかぁ! 結果良ければ全て良しよの良子さんよぉ!


「ライアー!」

「おっ、アータン! 怪我無いか~?」

「怪我無いか~って……そんなことより!」

「うん?」

「ここ村じゃなかったの!?」


 そうだが?

 そう答えたら、駆けつけてきたアータンは疲労困憊の顔でへなへなとへたり込んでしまった。


「なんで言ってくれなかったの!? 私……村をボロボロにされちゃうんじゃないかって……怖くて……」

「分かってるよ。全部、アータンの大切なものだろうからな」

「っ!」

「だから一つでも壊させたくなかったんだ。騙して済まなかった」


 騙したことは素直に謝る。

 敵を騙すには味方からというが、そこに誠実さを欠いてはいけない。謝らなければいけない時は謝る、それが嘘吐きオレなりの信条ってやつだ。


「ライアー……うん、わかった」

「許してくれるのか?」

「許すも何も、村を守ってくれたのはライアーでしょ? 私は責められない、むしろお礼を言う方だよ……ありがとう、ライアー」

「……ありがとう、アータン」


 互いに感謝の言葉を述べた俺達の間に、しばし沈黙が流れる。


 ……それにしても、


「アータン、やっと〈罪〉を使えたんだな! おめでとう!」

「えっ、あっ、ありがと……」

「罪化したアータンめちゃくちゃカッコよかったぞぉ~!」

「もみゅ!?」


 間近でアータンの罪化を目の当たりにした俺のテンションはうなぎ上りだった。上り過ぎて変なテンションになって、アータンのほっぺたを手で挟んでしまった。


 いやぁ、推しのカッコいい姿見れるとかオタクの誉れよ。

 初めて好きなバンドのライブ観に行った時の感動……あれの10倍以上は感動した。


「杖が水の槍になるなんてカッコ良過ぎるっしょ!! 何あれ俺の方が欲しいんですが!?」

「もみゅもみゅ!?」

「しかもあの魔法よ! 何あれ!? 水の龍!? は? カッコよすぎる~~~!! 俺の方が嫉妬しそうですわぁ~~~!!」

「もみゅ~~~!?」


 思いの丈をありったけぶちまけながらアータンのほっぺを捏ねる。

 それはもう捏ねる。パン生地かってくらい捏ねる。もしくはうどんの生地くらい捏ねる。これはいいコシの出たうどんになるぞ。


 その間、アータンが何か言いたげに口をもごもごしていた。

 だが、俺の掌に柔らかいぷにっとした感触が伝わってくるだけで、何を言いたいかはさっぱり分からなかった。


 ごめんね、アータン。今の俺にはアータンがカワイイってことしか分からない。いつものことか。


「まさか、あの悪魔を二体とも……」

「あれがアイベルの妹……姉妹揃ってなんという強者だ」

「それにあの鉄仮面の方も……まさか」


 従魔隊の人達も無事に陸に上がってきたらしい。

 怪我人こそ居るが全員命に関わるような傷じゃあない。うん、重畳重畳。


「さて、と」


 俺は抜き身のままにしていた剣を握り直し、無数の倒木が転がる地面に黙していたアガレスの死体を見遣った。


「全員集まったから不意でも突くか? アガレスさんよぉ」

『──!!?』


 全員の視線が一斉にアガレスの死体の方に向く。

 首を失った体は微動だにしない。が、それがそもそもおかしいのだ。


。首刎ね飛ばされても死なない生命力は大したもんだが、お前と違って俺はそういうの見逃さねえんだよ」


 返答は、ない。

 だが、剣を握った俺はアガレスの体の方へ向かう。


「いつまで狸寝入りが続くかな? 塵になるまでにその皮剥いで、ワニ革財布製作RTAやってやろうか? ま、作ったところで塵になっちゃ一文にもなりゃしねえが……やだ、売り物にならない……?」

「──思い上がるなよ、小僧ォ!!!」


 突如、沈黙していた死体が叫びながら起き上がる。

 しかし、叫んでいるのは首から上の頭部などではない。下半身から生えている鰐の体……そこからおもむろに鰐の頭部のような突起が生え、皮をバリバリと引き裂きながら開かれた口から迸ったのだ。


「不意を突いたからといい気になりおってェ!!! こうなったら手段は選ばん……〈嫉妬〉の罪冠具は、その小娘の死体から剥ぎ取るだけだぁ!!!」

「はぁ~……おじいちゃん、痴呆進んじゃって忘れたかな? アータンには死んでも届かないって言ったろ」

「ここいら一帯を海に沈めてでも殺してやるぞぉーーーッッッ!!!」


 憤死せん勢いで鰐の頭部から叫び倒すアガレスは、脚を大きく振り上げて激震を起こそうとする。

 込められている魔力量が尋常ではない。

 おそらくは自死を厭わぬ過剰な魔力供給が行われているのだろう。そうとなれば引き起こされる地震は先程の比ではないかもしれない。


 恐ろしい魔力量を目の当たりにし、アータンは目尻が裂けんばかりに目を見開いていた。


「ラ、ライアー!!!」

「大丈夫だ、アータン。すぐ仕留め……」

「違うの!!!」


 そこまで言いかけるのを待たず、アータンが切迫した面持ちで叫んだ。






「何か──!!!」






 刹那、夜闇を“赤”が切り裂いた。


 直後、激震。


「がっ、あ……ッ……!!?」


 だが、それはアガレスが引き起こしたものではない。

 アガレスに突き立てられた杖……否、剣が大地に突き刺さったことによる衝撃。それがまるで大地を引き裂く震動であるかのように、俺達に錯覚させたのだった。


 鰐の頭部に剣を突き立てられたアガレスは、信じられないものを見る眼差しで“赤”を見遣った。


「なぜ……貴様、が……ッ!!?」

「いけませんね、勝利の美酒に水を差すのは。無粋極まる」

「裏切、った……のかぁ……!!?」

「裏切り? ハハッ、面白い冗談だ」


 “赤”は柄を捩じる。

 そうすれば、頭蓋を貫かれていた悪魔は脳髄を掻き混ぜられ、今度こそ絶命に至った。死体は塵も残さず、夜の潮風に吹かれてどこかへと消えていった。


「ワタクシはいつだって従順ですよ。魔王という〈死〉に付き従う騎士の一人として」


 “赤”はゆらりと立ち上がる。


「そして、戦友でもあります。死を恐れぬ勇敢な戦士の……」


 それは血を被った赤髪をしていた。

 それは真っ赤な燕尾服を着ていた。

 それは小さな鼻眼鏡を着けていた

 それは血が滴る杖剣を握っていた。



 それはこちらを向いて、満面の笑みを浮かべた。


「……なんでお前が来るのかなぁ」


 そいつは良く見知った顔だった。

 ただし、ゲームのプレイヤーとしてだ。


 シリーズ全作を通して主人公に付きまとい、場所を厭わず戦いを仕掛けてくる戦闘狂。

 勝っても負けても何度もゲーム中戦うことから、プレイヤーから付けられたあだ名は── 。






──『死の宅急便』

──『デスサンタ』

──『顔だけはいい変態』

──『ド級の変態、ド変態』

──『セクシーノーサンキュー』

──『実刑判決』

──『主文後回し』

──『粘着クソ強勇者ストーカー』






 まだまだあるけどキリがないのでここら辺にして、と。














「ごきげんよう、ライアー。会いに来てしまいました♡」

「帰れ♡」














 奴の名はサンディーク。

 またの名を〈戦死のサンディーク〉だ。



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