第34話 誕生日は家族の始まり
激しい戦闘音が響いていた夜に、静寂さが取り戻された。
そんな中、一人の少女の走る足音だけが鮮明に奏でられる。
「ライアー!」
息を切らしながら駆けつけたアータンは、ちょうど罪化を解いた俺の隣に並び立った。
「大丈夫!? 怪我はない!?」
「おお、アータン。怪我なんてこれっぽっちもしてないぜ~」
「そ、そっか……安心したぁ」
ホッと安堵の息を吐こうとするも束の間、アータンは落とした視線の先に広がる光景に、逆に息を吸い込んでしまった。
「……この人……」
「もう動けない。安心しろ」
「……そう」
俺達の前に広がる血だまり。
そこに沈むサンディークは、まさに虫の息であった。
流石の奴とは言え、これ以上の戦闘は不可能だろう。
罪化に伴う自壊も取り返しのつかない時点まで進んでいたのか、全身の末端が灰のようにボロボロと崩れ落ちていくのが見える。
「まさかあの場面で罪器を使うとは……してやられましたね」
しかし、その口元には笑みが浮かんでいる。
やはりどうしようもない戦闘狂だ。自分が殺されたというのに恐怖よりも歓喜が勝っているらしい。
「しかし……良かったのですか? あの場面……わざわざ罪器まで使わずとも良かったのでは……?」
「リスクヘッジだよ。あの時、お前を確実に倒したかっただけだ」
「フ、フ……ワタクシも随分と高く買われたものだ……」
「俺にとっちゃ安い買い物だけどな」
「嬉しいことを……言ってくれますね、アナタは」
そんな死に体のサンディークは、ゆっくりとこちらへ──やってきたアータンの方へ視線を向けてきた。
「さっきの矢……アナタでしょうか……?」
「ッ……!」
「とても……良い狙撃でした……」
「そうだろそうだろ。アータンは凄くて凄いんだよ」
「ら、ライアー!」
アータンが何やら窘めようとする口調で語りかけてくるが、別にこいつにそんな悲壮感漂う空気は必要ない。
「いいんだよ、アータン。こいつ暫くしたら復活するから」
「えっ……?」
「ふきのとうぐらいの間隔で蘇るからな。文句言っとくなら今の内だぞ」
「いや……文句とかは別に……」
若干理解できていないような──いいや、理解したくないような面持ちを浮かべるアータンは、狼狽しながら俺のマントの裾を掴んでくる。
うん、そうだよね。
信じたくないよね。こんなのが定期的にリポップしてくる現実なんて。
ところがどっこい……!
事実……! 圧倒的事実……!
そうじゃなきゃ全シリーズ皆勤なんてできない……!
つまり、こいつは定期的に復活しては襲い掛かってくる訳だ。
はた迷惑な変態である。復活まである程度時間を要することが救いだろうか。いや、救いかコレ?
しかし、そんなことは知らないアータンが恐怖に慄いている間、サンディークはいやに満足そうな表情で俺の方に語り掛けてきた。
「アナタとは暫しの別れとなります……そう思うと、胸が張り裂けそうな思いですよ……」
「今すぐ介錯してやろうか、おぉん?」
「あぁ……そんなにも生まれ変わるワタクシと早く会いたいだなんて……」
「やっぱやめた。縄で縛って海の底に沈めたらぁ」
「無駄ですよ」
ぴしゃりと奴は言い放つ。
「生命の樹の実を食べた我々は、肉体が滅びることはあろうと魂まで尽きることはありません……再び
「ッカァー! モテる男は辛いねぇー! これが男相手じゃなきゃねー!」
「では、次は女性の肉体を見繕いましょう……」
「やややややめてもらえませんか?」
突然のTS宣言に驚いて狼狽えちゃったよ。
ヤダよ、度々勝負吹っかけてくるライバルキャラが女体化する展開なんて。特定層にしか需要がないだろうよ。いや、別に俺は嫌いじゃないけど……けどこいつだけは何か嫌だわ。
「アナタは照れ屋ですねぇ……」
「照れ屋ってことにして俺がお前の女体化自体は許容してる風にすんのやめてくれない?」
「では、今のワタクシの体が好きと……?」
「誤解を生むような言い方はやめろぉー!! しばくぞ!?」
「……必死なアナタも素敵ですねぇ」
「「!」」
本当に介錯してやろうかと思った時、サンディークの肉体が本格的に崩壊を始めた。
四肢の末端がボロボロと崩れ落ち、全身が灰のように白く色が抜けていく。燃え上がる炎を彷彿とさせる赤髪も、すっかり白髪と化していた。
命の終わり。
たとえそれが敵のものであろうとも、アータンは息を飲みながら、その一部始終をジッと眺めていた。
「……ほら、さっさと逝けよ。俺達が帰らねえうちにな」
「見送りとは、お優しいことだ……」
「お前が最期に変なことしでかさないか見張ってんだよ」
「用心とは、アナタらしい……ならば、冥土の土産に一つだけお聞かせ願えますでしょうか?」
「ああ?」
「──彼らは元気でやってますか?」
サンディークの問いに、俺はほんの僅かな時間口を噤んだ。
「……ああ、そりゃあもうバリバリよ」
「それなら良かった……」
「聞きたいことはそれだけか?」
「えぇ……これでまた楽しみが増えました、よ……」
とうとう灰化は心臓や顔面にまで及ぶ。
ここまで来れば魔法や罪化を発動させることもできない。文字通り手も足も出ない状況という奴だ。
しかし、不滅の魂を持つ存在であるが故に、サンディークは最期まで笑みを崩すことはない。
こちとら残機1だってのにズルい奴等だ。
「……来るなら早めに来い。弱い内にまたぶっ飛ばしてやるからよ」
「フフフ……今度はもう少し時間を掛けて肉体を慣らすつもりです……でなければ、アナタのシンなる姿を拝見することはできないでしょうから……」
「今後一切披露する予定はないので安心してブチ飛ばされに来なさーい」
「……こうも邪険に扱うのに、ワタクシを待っていてくださるのですね……嬉しい、です」
「……まぁ、別にお前のことは嫌いじゃないしな」
こればかりは本当だ。
だってこいつ、こんなにキャラ濃いんだぜ? なんかもう、好きとか嫌いとかそういう次元ですらなく受け入れているというか……。
「そう、ですか……なら、今度も遠慮なく……──」
そこまで告げて、サンディークは完全に灰と化した。
〈戦争〉に命を捧げ、〈戦死〉していった罪人。
奴こそが〈戦死のサンディーク〉。
〈戦争〉に殉じる大罪人の名だった。
「……」
「……ねえ、ライアー」
「どしたんアータン?」
「くっつけないで!?」
神妙な面持ちで声をかけてきたアータンは、不安そうな眼差しをこちらに送ってくる。
「あの人……またライアーのこと襲いにくるの?」
「みたいだなぁ。ま、なんとかなるっしょ」
「ノリが軽い!?」
「だって今回勝てたしぃ? それに俺様にはとっておきの奥の手もあるからな。また次襲い掛かってこようがボッコボコよぉ」
「……そっか」
アータンは俺の態度に呆れたように頬を綻ばせる。
「わかった」
そして、それを言ったっきり喋らなくなった。
……あれ? この沈黙の時間イズ何?
なんとなく居た堪れない雰囲気になってしまい耐えられなくなった俺は、話題を変えるように伐採地のある森の方を指差す。
「あー、ここで突っ立ってるのもあれだ。
「あっ……そ、そうだね」
「そうと決まればゴーゴー! 走れ、風のように!」
「待ってよ、ライアー。私疲れてそんなに速く走れな……速ッ!!? なんで鎧着てるのに私より走るの速いの!!?」
鍛錬が足りんな、アータンよ。
鍛錬さえ積めば、鎧を着ていようともこれぐらい速く走れるのだよ……まあ、俺着てるの軽鎧だけど。
こうして俺達は談笑しながら負傷した従魔隊の下へ向かった。
頭上で輝く月は、戦いが始まる前よりも随分と西に傾きかけていた。
夜明けは、すぐそこだった。
***
「うーわ、ヒッデェー有様」
村に到着したライアーが開口一番口にしたセリフがそれだった。
今回、悪魔を誘い込みつつ村への被害を抑える為、村から少し離れた伐採地を主戦場とした彼らであったが、如何せん戦闘の余波が激しすぎた。
特に〈嘲弄のアガレス〉──彼の罪魔法である地震の規模は凄まじく、耐震構造などしていない村の家屋にとっては致命的なダメージとなったらしい。いくつかの家屋が倒壊している光景が目の前には広がっていた。
「こりゃ復興にも時間が掛かるな……」
「そうだね……」
『おーい!』
「ん?」
「この声は……」
村につくや否や、見慣れたシルエットがこちらに近づいてくる。
人数は二人分。どちらも恰幅のいい輪郭をしている。
この村でそんな体形をしている者達と言えば、彼らしか居ない。
「アータン、無事だったかい!?」
「パーターさん!? どうしてここに?」
「ケガはない!? 恐ろしい地鳴りが聞こえてきたもんだから、心配で心配で……」
「マーターさんまで……!?」
駆けつけて来てくれたのはアイベルの養親であるパーターとマーターの二人であった。
戦闘が終わったとはいえ、安全が保証された訳でもない村に戻ってくるとは中々の胆力であると言えよう。避難する住民の護衛に付いていた従魔隊の騎士も、やれやれと首を振っている。
「戦いが終わったと聞いた途端、飛び出していってしまって……余程貴方のことが心配だったようですよ」
「そう、ですか……」
騎士の言葉に、アータンはなんだか嬉しいような申し訳ないような複雑な気持ちを抱く。
孤児院では身寄りのない一人の子供であった自分を、ここまで特別愛してくれる存在が居るという事実は嬉しい。
しかし、それで彼らを危ない目に遭わせてしまうことも不本意だ。
苦笑を浮かべるアータンは、おいおいと涙を流しながら抱き着いてくる二人の肩にそっと手を置いた。
「もう……大丈夫だって言ったじゃないですか」
「子供を心配しない親なんているかい!」
「!」
だが、パーターの言葉を受けて少女の肩は揺れた。
まるで頭をガツンと殴られたような衝撃だったのだろう。目をまん丸に見開いたアータンは、しばし呆然とその場に立ち尽くしていた。
「……いくら強くたって親にとっちゃ子供は子供なのさ。だから、私達の気持ちも分かっておくれ」
続くマーターの言葉に、彼女は交互に二人を見やった。
彼らの言葉に偽りはない。
その涙にも、その態度にも。
自分を思いやるからこその出てきた言葉だと理解したアータンは、静かに目を伏せた。
「……ごめんなさい」
「ううん、謝る必要はないよ。だってアータンは村を守ってくれたんだ。私達の……ううん、アイベルの故郷をね」
「そうだよそうだよ! あの子が帰ってきたらドンと胸を張って自慢してやりな!」
互いに見合った二人は、直後にドッと笑い声を響かせた。
このような状況になっても胆が据わっている夫婦だ。
流石は姉を育て上げた人達だと感心するアータンであったが、笑い合っていた夫婦は突然『あっ!』と声を上げる。
「ど、どうしたんですか!?」
「い、いやぁ……別になんでも……」
「え? で、でも……私にできることだったら何でも言ってください!」
「……アナタ、別にもう隠さなくてもいいじゃない」
「?」
困惑するアータンを余所に、パーターは『それもそうだな』と納得したように漏らす。
それから二人はアータンの方をジッと見つめる。優しい眼差しを送り、泥まみれの手を取った彼らは、実に穏やかな笑みを湛えてこう告げたのだった。
「「──お誕生日おめでとう」」
「……え?」
思考に空白が生まれる。
アータンは思考停止し、その場で固まった。
「あ、あれ? 今日じゃなかったかい?」
「アイベルの双子だし、今日が誕生日だと思ったんだけれど……」
「まさか間違えた……? い、いいや! 私達がアイベルの誕生日を間違えるなんてことはあるはずが……!」
狼狽する夫婦を目の前に、アータンの思考はやっと動き始める。
「私の……誕生日……?」
思考が固まった理由は、突然の祝福に驚いたのもある。
だが、本質はそもそもそれ以前の部分にあった。
(誕生日? 今日? あれ、私……いつから自分の誕生日を忘れてたっけ?)
誕生日。
たしかに意味合い上はただの出生日に過ぎないかもしれないが、当人とその家族にとっては特別な記念日へと昇華する。
特に子供にとっては自分が生まれた日というだけで、両親からたくさんの愛情を感じ取れる主役の一日。普段よりも豪華な食事と共に、贈り物さえもらえる最高にハッピーな一日だ。
だというのに、アータンはその日を忘れていた。
幼い頃、姉と一緒に両親に祝われていたというのに。
しかし、パーターとマーターからの祝福を受けた瞬間、幼い日の記憶がとめどなく溢れ出してくる。
──そうだ。
──お父さんは遠い町で買ってきたリボンをプレゼントしてくれた。
──お母さんは腕によりをかけた料理をテーブル一杯並べてくれた。
──裕福な家ではないのに、ケーキなんかも作ったりなんかして。
──お姉ちゃんと一緒にたくさん喜んだのに。
──お姉ちゃんと一緒にたくさん笑ったのに。
──どうしてそんな大切な日を忘れていたんだろう。
──どうして。
瞼を閉じれば、故郷を焼かれた日の出来事が思い起こされる。
両親は自分達を庇って殺され、唯一となった肉親の姉とは離れ離れになった。
その日からは地獄だった。自分を虐げてくる家に引き取られ、孤児院に引き取られてからも貧しい暮らしを強いられた。
自分の誕生日を祝われる日なんて、一度たりともなかった。
だから忘れてしまった。
だから思い出せなかった。
大切な家族との思い出のはずなのに──。
けれど、思い出せた。
目の前の二人のおかげで。
自分を子供と受け入れて愛してくれる、彼らのおかげで──。
「……」
「ア、アータン? もし違ってたら、その……正直に言ってくれると助かるんだ。日を改めてお祝いするから……ね?」
「そうそう! 昨日の夜からご馳走の仕込みはしてたのよ。これを笑い話にでもしながら食べましょう?」
「……ぐすっ」
「「アータン!?」」
ポロリと少女の目尻から零れた瞬間、夫婦は慌てふためいて少女の肩を抱き寄せる。
「ごごご、ごめんよぉ!! そうだよね!! 自分の誕生日間違われたら悲しいよね!!」
「泣かないでおくれ、アータン!! アナタが悲しいと私も悲しいよぉ!!」
「ち、違います! これは悲しいんじゃなくって、嬉しくて……」
己の言葉に『え?』と呆気に取られる二人を前に、少女は涙を流しながら笑顔を向ける。
誕生日とは、本来自分が知り得ない日。
何故それを自分が知っているかと言えば、それは自分を愛する親が誰よりもそれを記憶しているからである。
すなわち誕生日を知ることとは、他ならぬ親からの愛の証明であろう。
であれば──。
「ありがとう……パパ! ママ!」
「……アータン!?」
「今、パパとママって……」
「オマエ!」
「アナタ!」
自分達をそれぞれ『パパ』と『ママ』と呼ばれた夫婦は、互いの肩を抱き合って歓喜にむせび泣く。
それを眺めていたライアーは、こっそりアータンに耳打ちをしてみる。
「なんでパパとママなんだ?」
「え? だって……なんかパパとママって感じだから……」
「分かるぅ~」
アータンは肉親の呼称は『お父さん』と『お母さん』であった。
しかし、あえて養親の二人を『パパ』と『ママ』呼びするのは、肉親と区別するという意図以上に、彼らの立ち振る舞いがそう印象づけている部分が強いのだろう。
(たしかにアイベルもパパママ呼びだったな)
と、ライアーはここでも双子の血縁の強さを認識した。
感性含めて、いい意味で血は争えないらしい。
それはさておき。
「よぉ~し! 今日はたくさんお祝いだぁ!」
「んもぅ! 元々そういうつもりだったじゃない!」
「それもそうだけども、なんたって今日はアータンが私達をパパやママと呼んでくれた日だからね!」
「そんな、赤ん坊じゃないんだから……」
「「アッハッハ!!」」
「あはは……」
養親二人のテンションに若干付いていけないアータン。
しかし、こうも彼らが喜んでいる様子を目の当たりにし、勇気を持って呼んで良かったと心の底から思った。
そんな時、不意に足下にコツンと何かがぶつかった。
「うん?」
「ニャ~」
「リコリス!? 無事だったんだ……!」
「ニャ~」
今日もカカオの匂いが香しいカカオガトー、リコリスの登場である。
先の地震で村の家屋が倒壊しているにも関わらず、娘を心配して駆けつけた親の次に擦り寄ってくるところを見るに、彼もまたこの地を己が棲み処と心に決めているであろう。
そんな覚悟の決まったニャンコを抱き上げるアータンは、変わらぬフレグランスを漂わせる体にそっと頬を摺り寄せる。
「リコリスもありがとね」
「ニャ~」
「貴方が届けてくれたお姉ちゃんのメッセージ……ちゃんと私に届いたよ」
「ニャ~」
頬をすりすりさせれば、リコリスも気持ち良さげに頬を擦り返す。
リコリスとは彼岸花の別名。
そして彼岸花にはこのような花言葉があった。
『再会』
『想うはあなた一人』
『また会う日を楽しみに』
リコリスはアイベルが残したメッセージ。
誰よりも家族の身を案じ、一人世界の為に魔王を倒しに旅に出た少女が、妹にだけ分かる形で残した愛の便りだった。
「良かったな、アータン」
家族からの愛に涙を流す少女へ、後ろで控えていた鉄仮面の剣士が声をかける。
余り自分が割り込む場面ではない。そう弁えるかのように普段の言動を収めていた彼であるが、どうしてもそれだけは伝えたかったのだろう。
振り返るアータンは、そんな彼に──この村を救ってくれた勇者に満面の笑みを咲かせる。
「うん!」
かくして、リーパの村の死闘は幕を下ろした。
魔王軍ゴグ・マゴグは敗れ、急襲した〈四騎死〉サンディークも斃れた。
これを他人が見れば完全なる勝利と呼ぶだろう。
立役者は彼ら二人。
一人は〈虚飾〉。偽物の勇者ライアー。
一人は〈嫉妬〉。偽物の魔女アータン。
二人の偽物の活躍により、本来来たる滅亡の未来は終息した。
しかし、これはまだ序章。
悲嘆に明け暮れるべき物語の、ほんの一部の悲劇を回避したに過ぎない。
もしもこの悲嘆の物語を変えたくば、彼らは立ち向かうより他に道はない。
たとえ偽物だろうと。
いいや、偽物であればこそ辿れる道を進むのだ。
それがこの物語──〈虚飾の勇者〉の物語なのだから。
***
冥き深淵の底。
闇しか存在し得ぬ空間の中に、一つの光が堕ちてきた。
すると、闇の中よりするりと人影が現れる。
妖しい美貌を備えた美女だった。しかし、恐ろしいほどに生気を感じられぬ顔色でもあった。白を通り越して青白い肌をしており、首より下は骨に皮を張り付けただけかのように、あばら骨や骨盤が浮いて見えていた。
そんな彼女が灰色の髪を靡かせながら光に触れれば、途端に光からボコボコと血の泡が湧き上がってくる。
「──ブハァ!」
血の泡より湧いた肉塊。
それがどんどん肥大化を続けていけば、やがて一人の人間が現れた。
赤い髪から己の血を滴らせる、ついさっき戦死したばかりの男が──。
「フゥー……」
「体の具合はどうだい? サンディーク」
「ラウム……おかげさまでこの通り♪」
肉体が再生したサンディークは、掌をグッパッと開いたり閉じたりを繰り返す。
生気のない瞳を浮かべる美女ラウムは、『そうかい』と返した。
「また負けてきたみたいだね」
「えぇ! あれは実に素晴らしい戦いでした! 皮という膜を破り、肉を貫かれ、血が溢れるあの痛み、あの熱さ! きっと破瓜とはあのような感触なのでしょうね……」
「きみがそう思ったならそうなんだろうね」
「ワタクシは……乙女になりそうでした」
「良かったね」
「しかし、もう少し時間を稼げていれば“あの姿”を引き出せたかもしれないというのに……くっ、実に惜しいです」
「相変わらずだね、きみは」
責めるでもなく慰めるでもなく、ラウムは淡々と続ける。
「いい加減
「我慢はしました! ですが、このザマですよ」
「それで? 引き出せた力は何割ぐらい?」
「……」
痛いところを突かれたと言わんばかりに、一瞬サンディークが笑顔で固まった。
だが、黙っていたところで会話は進まない。それは彼自身よく知るところであった。
だからこそ、一息吐いてから彼女の質問に答えた。
「三……いえ、二割程度でしょうか」
サンディークは真剣な表情で言い放った。
対するラウムは『だろうね』と返した。
「きみはよく肉体を壊してくるんだから、もう少し我慢を覚えないと。いつまで経っても
「それは分かっています……ですが!」
「ぼく達が収まる肉体が少ないんだから。見つけた肉体は大事にしないとダメだよ」
真っ当な反論だったのか、サンディークはくぅ~んと子犬のような悲しい鳴き声を漏らした。
そんな裸の成人男性を捨て置き、ラウムは踵を返す。
骨に皮を張り付けただけのような脚に靴は履いていない。だが踵の骨が床に振れる度、コツーン、コツーンと辺りに音が鳴り響いた。
「もう行かれるので?」
「うん。ここに居てもやることがないからね」
「ニゲルは? 彼はどうしているのです?」
「ニゲルも相変わらずさ。〈暴食〉に負けてからずっと引きこもってるよ」
「変わらないですねぇ、彼も」
「きみとアルブスが出歩きすぎなだけだよ」
「ラウムは? 外に出るつもりは」
「ないよ」
と、ラウムは生気のないガラス玉のような瞳を虚空に向けたまま答える。
「〈
「フフッ! そうでしたね」
「ぼくにとって死とは救済。生命に唯一等しく与えられた明確な終焉。どんな苦痛も死ねばそこで終わりだ」
だからこそ、彼女は〈
圧倒的な力。
超越した魔力。
その全てを持ち得、万物に死をもたらす魔王という存在を。
「ぼくはこれから魔王に会いに行くよ。きみも行くかい?」
「ワタクシは遠慮しましょう。というのも、出先で一人魔王軍の幹部を殺してしまったので」
「そうかい。それなら会わない方がいいね」
怒られるからね、と。
まるで他愛のない会話でもしているかのようだった。
そんな緩い雰囲気のままサンディークと別れたラウムは、足音を響かせながら魔王の下へ歩む。
(さて……千年ぶりに面白いことになってきたな)
口元に笑みを湛え、ラウムは目を細める。
(次の魔王がどんな死をもたらしてくれるか……今から楽しみだよ)
彼女の名はラウム、〈四騎死〉の一柱。
有史以来表舞台に立ったことはなく、しかし、その名だけははるか古代より語り継がれている最後の災厄。
またの名を──〈
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