第16話 紹介は自己の始まり


 スワローラーとヴォラレフィリアの襲撃から数時間後。

 すっかり空は橙色の絵具で塗りたくられ、カラスもお家に帰る時間だとカァカァ鳴いている。


 俺達を乗せた馬車はと言えば無事宿場町に到着していた。

 魔物の剥ぎ取りやらなんやらで時間を食ったが、夜になる前に辿り着けて一安心である。流石に真っ暗闇の中で野宿など、野盗と魔物に襲ってくださいと言っているようなものだ。


「疲れ……たぁ~……」


 一方、アータンはと言えば疲労困憊を体で表現するかの如く、その場にへたり込んだ。

 慣れない馬車での移動に加えて巨大な魔物の襲撃。そりゃあ体力と魔力も限界が近いだろう。


「もう動けない……このまま眠りたい……」

「眠るなら宿屋のベッドにしなさい。変なところで寝て平気なのは若い内だけだ」

「誰目線?」


 ツッコミする元気があるならまだ平気だ。


「寝るにしてもメシ食ってからにしとけ~。お腹空かせたままじゃ明日動けないぞ」

「うぅ~、何も食べられる気がしない……」

「本当に何も? パンケーキも?」

「パンケーキなら食べたい……」

「パンケーキ一丁ぉ!」


 しかし、こんなところにパンケーキなんてありはしない。

 食材がなぁい! 調理器具がなぁい!

 できても精々小麦粉を練り、それっぽく薄く焼くくらいしか……チャパティだ、これ。


 冗談はさておき、疲れすぎて胃が食べ物を受け付けないことはあるが、だとしても何かしらは食べておかないと魔力は回復しない。

 魔力だって無から生まれるわけじゃないのだ。


「じゃあ軽く摘める物でも買って宿屋に行くか。歩けるか?」

「……がんばる」

「分かった、おぶる」


 アータンが徹夜三日目みたいな顔をして言い放ったので、有無を言わさず背負うことにした。これに抵抗することなく素直に背負われる辺り、本当に限界が近かったのだろう。


「ごめんね……私なんかの為に……」

「良いってことよ、仲間だろ?」

「ライアー……!」

「それはそれとして宿屋でお湯を出してもらえると非常に助かります」

「あ、うん」


 感動していたところ済まんな、アータン。

 でも、何の見返りも求めないよりは気が楽だろう。まだまだ自己肯定感の低いきらいが見て取れる以上、ちょっとずつ改善していけたらいい所存である。


 そんなことを思いつつ宿場町の散策を開始する。

 アータンの胃ータンが重い物を受け付けない以上、疲労回復も見込んで果物辺りを摘ませるべきと考え、青果店を探していた。


 この時間帯だと──否、この時間帯だからこそ宿場町のあちらこちらが活気づいている。街道を進み、疲れた体に一杯ひっかけようという野郎共が酒場なり飯屋なりに押しかけている光景がいたるところで見受けられた。


「でも青果店がなぁ~い! 八百屋でもいい! 果物! 果物売ってる場所は!?」

「ごめんね……ライアー……」

「か細い声で囁くのはやめて! トラウマ抉られちゃうから!」


「もし……」


「年甲斐もなく号泣しちゃう……はい、どちらさまでしょうか?」


 突然知らないおばあちゃんに話しかけられたので応対に移る。

 後ろから『急に真面目……』と聞こえた気がするが気にしない。

 何故なら俺はいつも真面目だからだ。たとえそれが馬鹿をしているように見えたとしても、真面目に馬鹿をやっているだけだ。


 まあいいや。


 俺達の前に現れたおばあちゃんであるが、俺にはまったく見覚えがない人だった。

 その為、アータンの知り合いかと思い振り返ってみるも、すぐさま首を横に振っている姿が目に入った。


 じゃあ誰なの? と思っていると、


「貴方……アイベルじゃないかしら?」


 ああ、なるほどね。

 の人か。


「おばあちゃん。あのね、この子はアイベルじゃなくて……」

「久しぶりに顔を見れて嬉しいわぁ。しばらく見なかったから、何かあったんじゃないかと思って……」

「おばあちゃん?」

「でも、安心したわさ。町の皆も貴方の顔を見たがってたから、会いに行ってあげて」

「おばあちゃん。あのね、この子ね」

「そうだ、最近ひ孫が生まれたのよ……! 小児洗礼がまだだったけど、貴方にだったらぜひ……!」


 訂正しようとするも、おばあちゃんの笑顔が眩しすぎて憚られる。

 クソッ、お年寄りの好意を無下にすることはできねえ!

 これにはアータンも眠気と疲労を押し殺し、目の前のおばあちゃんに戸惑いながらも作り笑いを浮かべていた。


「え、えぇ……じ、時間があれば……」


 アイベルに間違われたままそう答えれば、おばあちゃんは満足そうにその場から去っていった。


「……行っちゃったな」

「……行っちゃったね」


 期せずしてアイベルの情報を耳にはしたが、結果だけ言えば求めていたものではなかった。


 しばらく彼女はこの宿場町には寄っていない。

 つまり、グラーテとペトロ間の行き来がなかったという意味だ。


「グラーテからは離れてるってことか……」

「……そう、みたいだね……」


 後ろから聞こえてくるアータンの声は弱弱しい。


 近づけたからこそ感じてしまう、遠くに離れているという実感。

 心身共に疲弊している少女にとっては、少々心に来るものがあったはずだ。


「ま、ここに居ないってことが分かっただけでも十分手掛かりだな」

「……うん」


 フォローの言葉を投げかけても、余り響いてはいない様子だ。

 今は下手にあれこれ言うのも逆効果だろう。さっさとお腹に何か入れて休ませるべき……そんなことを思いながら往来を歩こうとしたのだが、


「おぉ、アイベルじゃないか! 元気でやってたか!?」


「アイベル、久しぶり! 冒険者やってるって聞いてたけど本当だったんだね!」


「よぅ、アイベル! どうした? そんな死にそうな顔して……これでも食って元気出しな!」


「来てたなら言いなさいよ、アイベル! 泊まるところ探してるの? だったらうちに泊まりな! 安くしてあげるよ!」


 数歩進むごとに住民らしき人々が声を掛けてくる。

 全員が全員、ものの見事にアータンをアイベルの方だと間違えている。恐るべし、双子パワーだ。


「あ、あはは……どうも……」


 その度にアータンが愛想笑いを浮かべ、その場をやり過ごしていた。

 逐一訂正しても良かったのだが、懇切丁寧に説明しているといつまで経っても宿屋に辿り着けなさそうだと挨拶だけに留めておいた。


 そんなこんなで宿屋に辿り着く頃には、外はすっかり夜の帳が降りていた。

 俺は宿屋のベッドにアータンを横たわらせると、ここに来るまでの道中頂いたリンゴの皮を剥き、普段使いしている木皿に並べた。


「アータン、リンゴだぞ~。甘いぞ~、美味しいぞ~」

「うん……ありがとう……」

「ウサギさんだぞ~」

「……ホントだ、カワイイ……」


 プルプルと体を起こすアータンは、もしゃ……と小さいお口で飾り切りのリンゴを頬張った。


「おいしい……」

「明日、リンゴくれたお店の人にしっかり説明してお礼言わないとな」

「……うん……」


 リンゴを咀嚼するアータンの顔色が優れない。

 疲労が原因かと考えられたが、思い詰めた表情はまた別の悩みを抱えているように俺の目には映った。


 アイベルの行方……は今更か。


「み~んな、アータンのことアイベルと間違えてたな」

「!」


 反応が分かりやすくて助かる。


「たしかに他人と間違われたら大変か」

「……ううん、そうじゃなくって……」

「じゃあなんでそんな顔なんだ?」

「私……どうすれば良かったんだろう、って……」


 シャク……、と瑞々しい果実が弾ける音を立てて齧り取られた。


「……どうしてそう思う?」

「皆、私の顔を見て喜んでたから。アイベルお姉ちゃんに会えた! って」

「他人が喜んでるところに水を差してまで訂正する必要があるか、ってことか?」


 アータンはこくりと頷いた。

 なんというか……優しいと繊細が過ぎる。


 俺だったら『別人です』の一言で済ませてしまうところだが、アータンはそうではないのだ。


 相手が自分を通して見た姉との再会を邪魔する気にはなれないと。

 たとえ自分が認知されずとも、相手が喜んでいるのならばそれでもいいと。


 この少女は、そう言っているのである。

 でもな──。


「アータン、そいつは違う」

「え……?」

「他人を騙って相手を騙すのは、相手にも騙った本人にも誠意に欠ける……違うか?」


 俺の言葉にアータンは『うっ』と言葉を詰まらせた。

 やはり、自覚自体はあったのだろう。


 ただ、そこに己への不快も合わせて相手の喜びと天秤にかけた時、後者に傾いてしまっただけで。


 けれど忘れてはならない。

 その喜びがあくまで一時的であることを。


「嘘なんてすぐバレるんだ。そうなっちゃあ後に残るのは騙した事実と騙された事実だけ……それで相手が本当に良い気持ちになると思うか?」

「……ううん」

「だよな。面倒臭くてもしっかり後で誤解は解く──それが本当に誠意ある行動ってもんだ」


 実際、それで原作の偽物勇者おれは破滅したしな。

 やっぱり相手のことを想ったとしても、自分の利益になってしまうなら他人を騙るのは良くない。


「アータンは優しいから気後れしちゃうだろうけどな。でもこれがアイベルだったらすぐさま訂正するんじゃねえか?」

「……お姉ちゃんだったらそうかも」

「『はぁ!? 私アータンじゃなくてアイベルなんですけど!? その目は節穴なの!?』……的な?」

「フフッ! 絶対そう言う……」


 俺の物真似にアータンは噴き出した。

 ゲーム本編時のアイベルをイメージしてやってみたのだが、どうも幼少期の頃にはもう完成していたらしい。小さい頃から気の強いツンデレ魔法少女とは末恐ろしい……流石は人気投票上位に食い込むだけはあるキャラクターだ。


 アータンもそんな姉の猛抗議する姿を想像したのか、しばらくクスクスと控えめに笑い続けた。


 それがようやく収まる頃、彼女は半分ほど齧って残したままだったリンゴを勢いよく口に放り込んだ。


 そのままハムスターのようにほっぺたを膨らませて頬張る。

 シャクシャクと瑞々しい咀嚼音を響かせること十数秒、しっかり噛み締めて味わったアータンは口一杯に広がる果肉と果汁を飲み込んだ。


「ふぅ……ちょっと元気出たかも」

「そっか。それならもっと元気が出るリンゴの食べ方を教えて進ぜよう。アータン、ちょっと火ィ出して」

「え? 何々……!」

「こうやって火を通すと甘みが増して美味いんだな、これが。ほら」

「ホント? じゃあ……いただきます!」


 アータンは自身の火魔法で炙ったリンゴに齧りつく。

 直後、ジュク! とトロトロとした果肉が口に広がったアータンは、その目に衝撃と驚愕の色を浮かべた。


「……ホントだ、甘い! 焼いたリンゴってこんなにおいしいんだ……!」

「残りも焼くか?」

「うん! 火なら任せて!」

「おう! ……ぐああああ、熱ぃ!! 熱ぃウサァ!! されどこの程度の炎、地獄の業火に比べれば生温ィウサァ……!!」

「変なセリフ当てないで!? 心が痛むから!」


 炙られるウサギリンゴのアテレコをしたが、すぐさまストップがかかってしまった。


 迫真でいいと思ったんだけどなぁ……。

 だが、こうして出来上がった焼きリンゴを存分に使った料理で、アータンに元気を取り戻させてやるぜ!


 皆ぁ、集まって!

 ライアークッキングの時間よぉ!


 まずは小麦粉の入ったボールにバターを入れてパイ生地を──作ろうとしたけれども、バターがないので水で代用する。


 チャパティになるな、これ。


 いや、まだだ。

 バターの代わりにイースト菌を入れればモチモチのナンに──なるんだけれども、やっぱりないので小麦粉単品で行く。


 もしかしてチャパティか?


 薄く伸ばした生地を熱した鍋で焼いた後、直火で炙れば生地がちょっとばかり膨らんで……完成よぉ!


 チャパティだな、これ。


 もうチャパティでいいや。

 そいつで焼きリンゴを挟んで包み込めば偽物アップルパイの出来上がりよぉ! 小麦粉本来の香ばしい風味に焼きリンゴの甘みが合わさりゃあ、疲れた体でもパクパク食べられちゃう甘~いスイーツに早変わりである。


「どうだ、アータン。美味いだろぉ~?」

「おいひい!」

「もっと食べるか?」

「うん!」

「たんと召し上あがれぇ!」


 アータンは俺が作るアップルパイ擬きをドンドン食べ進めていく。

 一個、二個、三個……五個目に差し掛かった頃、俺は『おや?』と首を傾げた。なるほどな、アータン結構食うな?

 食べ盛りの男子高校生かよ……いやでも王都でも揚げバター三個食ってたな。この子の胃腸は並みの人間よりも丈夫であるらしい。

 クックック、何も知らない幸せそうな顔で頬張りやがって……ガキが、お腹いっぱい食べろよ……。


 なんてことを思いつつ、俺はアップルパイ擬きの作成を続けていく。

 貰ったリンゴがどんどん減ってくぜ。こりゃあ焼き甲斐があるな……。


『あぢぃい!!!』


「ライアー、もういいよ……」

「今の俺じゃないけど」

「え?」

「え?」


 なんてやり取りをしていたら、どうにも外が騒がしい。

 急遽焼きリンゴ作りをやめ、窓から外を覗く。

 往来には街道を行きかう商人や冒険者向けの酒場がずらりと並んでいるが、とある場所に人だかりができており、その中央が何故か煌々と燃え上がっていた。


「おいおいおいおい……燃えてんの酒場じゃねえか!?」

「嘘!?」


 慌てて身を乗り出して確認するが、やはり燃えていたのは酒場だった。

 よく見てみると、酒場の奥の方から火が上がっている。恐らくは厨房辺りから出火し、人にも燃え移ったというところだろう。


「早く火を止めなきゃ!」

「アータン、魔法で水出せるか!?」

「! ……うん!」


 察したアータンは迷いなく宿屋から飛び出し、火災現場へ急行する。

 俺も一緒に付いていくが、水魔法を使えない俺は建物自体を崩すストロングスタイルな消火方法しか使えない。

 でも、それでは折角の建物をダメにしてしまう。


 この事態を文字通り鎮火させるには、やはり……。


「──主よ、満たしたまえ」


 詠唱が、始まった。


あま真清水ましみず、流れ出でよ」


 澄んだ声が歌のように夜空に響く。

 騒然としていた野次馬の視線も、一斉に少女の下へと注がれた。


 一方、少女は己に注がれる視線を気にも留めず、構えた杖先に生まれる魔力の制御に全神経を集中させていた。

 魔法にとって詠唱とは重要なファクター。魔力の変換は勿論のこと、術の威力や制御を担保する為には必要不可欠だ。


 だからこそ、絶対に失敗できぬ場面では唱える。


 歌うように、願うように。

 この祈りが、天に届くように。


あまねをぞ、うるおしたまえ」


 やがて杖先に球体の水が生まれた。

 しかし、これだけではまだ炎を鎮めるに足りない。初級魔法の〈水魔法オーラ〉では、燃え盛る炎を前には文字通り焼け石に水だ。


あま真清水ましみずあふでよ」


 詠唱が、一段進んだ。

 宙に浮かぶ水の塊が淡く光り、一回り大きく膨張した。


きぬめぐみを、もたらしたまえ」


 刹那、魔法の水はアータンの背の丈を超える程に成長する。

 満ち満ちた魔力は今にも表面張力を打ち破り、弾けてしまいそうなくらいに暴れている。それを制御するのは他ならぬ術師であるアータンだ。


 膨大な力を緻密に制御する。

 口で言うのは簡単だが、実際にやってみせることのなんと難しいことか。


 だからこそ、周囲の人間は彼女の御業に目を──そして、心を奪われていた。


「──〈大水魔法オーラス〉!」


 轟音と共に、波濤が猛火を飲み込んだ。

 みるみるうちに真っ赤な炎は奥へと追いやられていく。だが、アータンはわずかな火種も残さぬように波濤を制御する。

 指揮棒の如く振り回される杖。その動きに呼応するよう魔法の水も暴れまわり、火元という火元に水を浴びせては、建物全体に水気を帯びさせていく。


 そして、


「んッ!!」


 魔力が尽きて水が制御を離れてしまう寸前、アータンは杖を思い切り振り上げた。

 すると、建物の中央に浮かんでいた水の塊が爆散する。飛び散る水飛沫はスプリンクラーの如く酒場全体を水浸しにした。


 火の手は、もう人々を追ってこなかった。


『──ォ、オオオオオ!!!』


 炎が完全に消えたのを見て、観衆から歓声が上がった。

 そのまま消火の立役者となったアータンの下へと駆け寄ったかと思えば、賛辞と感謝の言葉を投げかけ始める。


「助かったぜ、アイベル!!」

「流石は〈海の乙女シーレーン〉次期団長候補!!」

「馬鹿、もう聖堂騎士団じゃねえよなぁ!? いよっ、未来の金等級!」

「本当にありがとう……あのまま火が燃え広がったらと思うと……!」

「アイベルねえちゃん、かっこいー!」


「あっ、その……」


 感謝こそされど、依然としてアイベルに間違われたままのアータンは困ったように笑顔を浮かべている。

 訂正しようとはしているが、周囲からの圧が強過ぎて中々切り出せずにいるようだ。


 こうなっちゃったらしかたない。




注目ちゅうもぉーーーーーくッ!!!!!」




 大音声を上げる俺に一気に注目が集まる。

 『誰だコイツ?』的な視線が突き刺さるが気にしない。


 だって主役はアータンなのだから。

 彼女もまた俺を見つめていた。

 俺が顎をしゃくってやれば、言わんがすることを理解したのか、アータンは大きく胸を膨らませるように息を吸い込んだ。


「あのっ……私はアイベルじゃありません!!」


 え? と人々の視線がアータンへと戻った。

 大勢に目を向けられる状況に慣れていないのが見て取れる緊張具合だが、少女は声が裏返りながらも続ける。


「私はアータンと言います!! アイベルは私のお姉ちゃんです!!」


 周囲にどよめきが奔る。

 ついさっきまでアイベルと思っていた人間が、実はその人の妹だとカミングアウトされたなら妥当な反応だろう。


 しかし、周囲の空気に呑まれることなくアータンは訴える。


「私はお姉ちゃんを探して旅をしています!! 生き別れの姉なんです!! だから、もし姉の行方を知ってる方が居られたら教えてください!!」


 お願いします!! と、アータンは頭を下げる。


 周囲に広がったのは、騒然を通り越して沈黙だった。

 一瞬『何か間違えたか……?』と俺さえも不安になる間があったが、それが杞憂だったことは間もなく明らかになった。


「アータン……? アイベルの妹……?」

「言われてみればちょっと違うような……いや、でもめちゃくちゃそっくりだな」

「そりゃ間違えるわ」

「いや、それより……」

「アイベルの奴、こんな凄い妹が居たのかよ!」


「えっ? ……えっ!?」


 沸き起こる歓声に、アータンは困惑の声を漏らす。

 おーおー、アイベル推しの住民に囲まれてら。


「さすがはアイベルの妹! 良い魔法捌きだったぜ!」

「アータンって言ったか!? 君、〈海の乙女〉に入ったらどうだ!?」

「あらあら、お姉さんに似て可愛らしい子ねぇ……」

「ありがとう、アータンちゃん! 貴方のおかげで助かったわぁ!」

「アンタとアイベルはこの町の恩人だ! どうだ? 一杯奢るぜ!」


 浴びせられる言葉の雨にたじたじのアータン。

 けれど、その中には彼女を罵る言葉など一つも混じってはいなかった。


 アイベルを知る者全員がアータンを受け入れている。


「あ、ありがとうございます!」


 やはり群衆の圧に押され気味であるが、少女の顔にはさっきよりも純粋な笑顔が浮かび上がっていた。


 そうそう、これよこれ。


「良かったな、アータン! やっぱさっさと誤解を解くに限るだろ!?」

「……うん!」


 もみくちゃにされるアータンは元気よく頷いた。

 ありゃしばらくは離されないだろうな。


 そう思った俺は遠目からアータンを見守ることにした。


 見知らぬ土地で誰かに受け入れられる。

 その感覚は何度味わってもいいものだ。

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