第12話 ガチ恋は教祖の始まり




 王都で起こった脱獄事件は幕を下ろした。


 事実を言ってしまえば、インヴィー教の司祭が起こした騒ぎ。

 最悪、インヴィー教全体の評判を落とす一歩手前まで迫ったわけであるが、セパル達聖堂騎士団が教区内で事態を収束させた為、王都全体からしてみればそこまで大きな話題になっていないようだ。


 アイムの処断は聖都に移送されてから行われるだろう。

 罪状が罪状なだけに軽い刑で済むことはないが、せめて牢屋の中で心を入れ替えてほしいものだ。


 人間なんて、きっかけさえあればどうにでも変われるのだ。


 それを教えてくれたのは他でもない『ギルティ・シンこのゲーム』だ。


「それではわたくし達は聖都へと帰還いたします」


 明くる日、セパルは別れを言いに来た。

 昨日は個人的な頼みに付き合わせてしまったが、本来彼女達聖堂騎士団は忙しなさに追われる立場。

 罪派に魔王。対応に動かねばならない敵はまだまだ残っている。


「名残惜しいですわ……」

「こっちこそ。セパル、色々と助かった。メシありがとな」

「いえいえ。こちらこそ罪派の捕縛にご協力いただきありがとうございました」


 恭しく頭を下げた彼女は、それでも寂しそうに眉尻を下げる。


「ライアー様は今後どうされるので?」

「ギルドで適当に依頼こなしながらアイベルを探す。気長にやっていくさ」

「それでしたらしばらくグラーテを拠点にするのは如何でしょう?」

「インヴィー教国の聖都か?」


 ええ、とセパルは微笑を湛えながら頷いた。


「あの子──アイベルにとっては第二の故郷も同然です。彼女の養親ならば、少なからず動向を把握しているかもしれません」

「ヒュウ♪ 名案」

「養親の住所はこちらで調べておきます。分かり次第ご連絡差し上げます」


 非常に助かる申し出だ。

 なにせアイベルの──原作における彼女の、仲間に加わる時点までの動向がはっきりと分からないからだ。

 ざっくりと分かる範囲で説明するならば、『魔王を倒す仲間を探して各地を巡っていた』ぐらいだ。ざっくり過ぎるわ。ざっくりザクザクスナック菓子かよ。

 目的がアバウトなのに行動範囲が広いと来た。困っちゃうわよ、ホント。


 これが聖堂騎士団所属時代だったならまだ行動範囲が絞れるが、ギルド所属の冒険者ともなればそうはいかない。

 ギルドでの身分は国境を超えて通用するものだ。つまり、冒険者は拠点を王都か七大教国のいずれかに自由に決められるわけである。


 アイベルは行動派だ。やると決めたら兎にも角にも自らが動く性分である。


 そんな彼女の話はゲーム作中においても各国のNPCから聞ける……聞けちゃうんだよ。


 あの子、ほぼ全部の町に立ち寄ってるのよぉ!

 その所為でいつどこに居たかとか全然断定できないのよぉ!


 根無し草というか風来坊というか……。

 そんなアイベルを相手に噂を頼りに追いかけるなんざ愚の骨頂。確実に彼女が立ち寄るであろう人や場所に伝言を残すのが、現状ベストな考えと言えるはずだ。


「ああ、頼んだ」

「お任せください。必ずや、アイベルの動向を掴んでみせますわ」

「いやぁ~、それにしてもグラーテに行くのは久々だな」

「ライアーは行ったことがあるの?」


 俺の言葉を聞いて、アータンが至極真っ当な疑問を投げかけてくる。


「まあ昔な。滞在してたのは少しの間だったけど」

「あの頃が懐かしいですわね……」

「本当にな……」


 俺とセパルは一時期行動を共にしていた。

 それこそセパル達を嵌めたインヴィー教の罪派をブチ潰す為にだ。


 感慨深く回想に浸っていると、何かを汲み取ってくれたアータンも神妙な面持ちになっていた。


 おっと、そんなつもりじゃなかったんだが。


「まあまあ、そんな顔しなさるな。辛くもあったが楽しい日々だったんだぜ?」

「ライアー……」

「24時間耐久くじらベーコン作り……クラーケンロシアンタコ焼き……帰ってきた超越鱏ウルトラマンタ……」

「何してたの!? ねえ、本当に何してたの!?」

「大聖堂マイクロビキニヌルヌルローション相撲……」

「大聖堂マイクロビキニヌルヌルローション相撲!? 神聖な大聖堂で何してるんですか、セパル様!?」


「あっ、それに関しては自分ですね」


「副団長さん!?」

「アータンちゃん? 今しれっとわたくしのこと当事者だと決めつけました?」


 勝手に大聖堂マイクロビキニ(ryの当事者だと思われたセパルの横で、平坦な声色で副団長のザンが自己申告する。残念だったなセパル。アータンの中だとお前は大聖堂でローション相撲する人間の括りに入れられているらしいぞ。


 いやあ、しかしあの時のザンはまさに鬼神だった。

 コンブの魔人に罪化した罪派相手に、ヌルヌルになった聖歌隊服を脱ぎ捨てて肉弾戦をくり広げた姿はよぉ。

 大理石の上でやる上手投げって、あんなえげつない威力出るのな。


「まあ、色んな思い出があるんだよ」

「思い出で胸やけしそうになることある?」

「またまたぁ」


 こんなの序の口だぜ?


 そんなこんなで空気が温まってきた頃、セパルは目線をアータンへと移した。

 姉・アイベルと同じ顔。そこにセパルは何かを見出したのか、フッと目を伏せた後、アータンの手を取って握ってみせた。


「アータンちゃん。お姉ちゃんに会いたいですか?」

「私は……」


 まごまごと言い淀むアータン。

 拒絶、というよりは不安だろう。数年ぶりに生き別れた姉が自分の知っている人間と同じままなのか。

 たとえ姉がそうだったとしても、自分の方が変わってしまっていないか。


 仲の良い姉妹だったからこそ、その思い出が壊れてしまわないか恐ろしい。

 少女の顔はそう訴えていた。


 だが、セパルは少女の心の機微を見抜き微笑んだ。

 その笑みはこう告げている。


 何も心配する必要はない、と。


「良いですか? この世には誰一人として代わりがいる人間は居りません」

「セパル様……?」

「大切なのは人です。アイベルもまたそれを理解している子でしたよ」


 セパルが言わんことをしている言葉を察し、アータンは瞳を見開いた。

 次の瞬間、少女の耳を、そして肌を。セパルのさざ波のように穏やかな声音が撫でていき、少女の表面に浮かび上がっていた不安を攫っていた。


「アイベルはきっと、“妹”ではなく“アータンあなた”を探しているはずですよ」

「っ……はい!」

「いつか再会できることをわたくしは心よりお祈りしております」

「あ、ありがとうございます、セパル様。罪冠具のことも──」


 言いかけた瞬間、アータンの口はセパルの立てた人差し指に塞がれた。


「しー」

「もごもご?」

を持っていることは余り言いふらしてはなりませんよ。いいですか?」

「も、もご……」

「いい子です」


 口を塞がれながら頷いたアータンを見て、セパルは満足そうに人差し指を自身の唇へ当て、


「わたくしとの約束ですからねっ」


 茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。

 ずきゅん! とまでは言わないが、アータンの身体が前後に揺れる。見目麗しい美女にウインクされれば同性だろうが関係ないということだろう。


「罪深い女だぜ」

「誉め言葉として受け取っておきますわ」


 ぺこりと一礼。

 馬車に乗り込むセパルは、今度こそ聖都に向けて出発した。


 アータンは馬車が遠ざかり、いよいよ見えなくなるまでジッと見つめていた。


「寂しいか?」

「……うん」

「そっか。でも聖都に行けば向こうから会いにくるさ」

「……うん!」

「朝起きたら布団の中に入り込んでたり、風呂に入ろうとしたらお湯の中に潜んでたり」

「そんな妖怪みたいな?! いくらなんでも扱いがあんまりだよ! あんまりひどい嘘言わないで!」

「……」

「……えっ、嘘だよね?」

「……世の中、嘘であってほしいことに限って本当だったりするんだよ」


 俺はアータンの目をジッと見つめながら言った。

 少女の瞳は恐怖と戦慄の色に彩られた。




 ***




 一方その頃。


「ぶえーっくしょい!」


 馬車に揺られるセパルは派手にくしゃみをかました。

 端正な顔立ちが台無しになるほどの鼻水を垂らした彼女は、淑女のたしなみとして持ち歩いているハンカチでそれを拭う。


「ずびっ……ライアー様がわたくしの噂でもしているのかしら?」

「でしょうね」

「ザンちゃんもそう思うのね!? となれば相思相愛! わたくし達の愛の道は誰にも妨げられな──」

「そのように不審者一歩手前のニヤケ面を晒していたら、嫌でも噂したくもなるでしょう」

「……そんな顔してた?」


 指摘されてセパルは自身の口角が異様に吊り上がっていることに気が付いた。

 カァッ、と顔が紅潮する彼女は、そのままムニムニと頬っぺたをマッサージし始める。


「グッ……酷い顔を見られて幻滅されたかしら……」

「大丈夫です。元々底値でしょうから」

「どうしてザンちゃんはいつも急所を狙ってくるの?」

「そうでもしないと貴方を止められないからです」

「不死の化物扱い?」


 ある意味では間違いない。


 愛の為ならば、たとえ死んでも蘇る。

 そういう気迫をこの騎士団長はビンビンと放っていた。


「くっ。こうなったらゾンビアタックでもなんでもしてやりますわ……! 最後は愛が勝つ!」

「昔、夜這いしたり湯浴みを共にしようとして引かれたの忘れましたか?」

「あれはそういうのじゃありません!」


 セパルは真っ赤になって否定する。

 『昔』とは、それこそ教団内部の健全化に動いた結果、囚われの身になった時を指す。


「あ、あれは命を助けてもらったお礼をしようと思ってぇ……でも、あの時お礼に渡せるものなんてなかったのでぇ……」

「0か100の100の方を出力したと」

「……若気の至りです」

「それで本気で恋をしてあわよくば、と」

「……」

「そこは否定するところです」


 クールな副団長の顔に青筋が浮かんだ。

 彼女とて元からこのような性格だったわけではない。元々はどこにでもいるような普通の騎士の一人であった。


 だが数年前、教団内部の腐敗を正した流れでセパルが騎士団長に収まったことで、彼女は弾けた。

 すっぽり穴が空いた上層部、人材不足に悩まされる騎士団、止まらぬ魔王軍による被害。


『やってらんねー』というのが当時の感想だった。

 結果、ストレスに耐えかねたセパルは想い人とのムフフな妄想に逃避するようになったのである。


(どれもこれもあの男のせいで……!)


 尊敬していた先輩セパルは馬鹿になってしまった。

 団長が馬鹿になった以上、副団長まで馬鹿になる訳にはいかない。

 クール気取りなど柄でもないのに、団員の気を引き締める為、“飴”と“鞭”の“鞭”の方を今日まで演じてきた。


──本当なら自分こそが団長にとっての飴になるはずだったのに。


 社会の現実に打ちひしがれている先輩の頭をなでなでよしよしして、甘々な騎士団生活を送っていたかった。


 しかし、その計画はある一人の男の存在で頓挫した。

 鉄仮面を被り、隙を見ては嘘をつく不審者丸出しの男だ。


「あんな冒険者のどこがいいんですか……」

「知りたいですか!?」

「いいえ、結構です」

「それでは教えてさしあげましょう! わたくしがいかにライアー様を愛しているかを!」


──こいつ、話を聞いちゃいねえ。


 青筋一本追加。

 団長でなければ頭を引っぱたいていたところだ。


 辟易とするザンは、さっさとこの話を終わらせるべく口を開いた。


「……見ず知らずの団長の為に命を張って助けてくれたことですか?」

「よくご存じで!」

「私の耳にできているたこをご覧になりますか?」


 もう何度も聞いた話だ。

 そう示唆したつもりのザンであったが、案の定、セパルに止まろうとする気配は見られなかった。


「その通りです! 部下を人質に取られ、自らも囚われの身になってしまったわたくし……最早ここまでという絶体絶命の中、後光を受けて闇の中に舞い降りたライアー様の御姿! ……嗚呼、あの光景こそがわたくし信じ、崇め奉る神の降臨を描いた聖画だったのです」

「手遅れですね」

「? 手遅れにならなかったから、わたくしは生きているのですよ?」


 皮肉のつもりだった言葉は、天然か鈍感な団長には通じなかったらしい。


 だが、ザンとて団長があの男を特別視する理由が分からないわけではなかった。

 単純に命の恩人であると同時に、現〈海の乙女〉の中核をなすセパル派閥の問題を解決してくれた立役者──それこそがライアーあの男であった。


「命を助けて金をせびってくるだけならまだ理解できるんですがね」

「だからこそ尊いのですよ、彼の行いは」

「だから、を伝えなかったのですか?」

「……」


 ザンの言葉にピクリと反応を見せるセパル。

 彼女は難しい表情を浮かべるや、ザンの傍らに置かれた一輪の白い薔薇を見据える。


 一見すれば何の変哲もない薔薇だ。

 


「……〈殉死のアルブス〉」


 目の前の人間にだけ聞こえる声量で呟けば、当の副団長はいつにも増して険しい表情を浮かべていた。


「……〈四騎死メメントモリ〉の一人ですか」

「魔王直参である奴等の存在は教団内でもトップシークレット。こればかりはライアー様と言えど教えて差し上げるわけにはいきません」

「……無暗に情報を与えればアイベルを探す彼らの邪魔になるから、と」

「そういう捉え方もあるでしょう」


 剣呑な面持ちだったセパルは柔和な笑みを零す。

 これにザンは呆れたように首を振った。


 結局、団長の中心に陣取るのはあの男の存在だ。

 それがザンにはどうしようもなく面白くなかった。


(まあ、心酔する気持ちも分かりますが……)


 そこまで思い至り、今度は深いため息が出てしまった。

 聖堂騎士団のほとんどは信心深い。信仰の対象は当然ながら教団が信奉する神だ。


 『神を信じているか』と問われれば、全員が頷くだろう。

 『何故神を信じるか』と問われれば、多くの者は『救われたいから』と答えるだろう。


 なればこそ、人は己を救った者に『神』を見出す。


 この団長の場合、彼女にとっての神は二人ほど存在していた。

 一人は教団が謳うインヴィー教の神。


 そして、もう一人は──。


「……インヴィー教に関係ない神を崇めて、天罰を食らわなければいいですね」

「ウフフッ、ザンちゃんは知らないのですね。世の中にはこんな言葉があります」

「はあ?」

「『推しは多ければ多いほどいい』──ライアー様の御言葉ですわ!」

「……けっ!」

「ザンちゃん、それはもう戦争だと思うのだけれど」

「すみません。けっ!」

「狼煙を二度も上げないでちょうだい?」


 団長の浮かれポンチに嫉妬の炎を燃やす副団長と、そんな彼女の態度にヒリつく団長。


 しかし、この時の二人は当時の記憶を思い出していた。


 セパルが彼を慕う一因となったあの日を。

 囚われていた牢獄から解放された、その後の記憶を──。





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