第8話 ザリガニはマウントの始まり
揚げバター──なんと背徳的で暴力的な料理だったのだろう。
医者に中指立てて喧嘩を売る油と脂の塊を討伐した俺達は、ギルドの外に出て風を浴びていた。
「はぁ~、美味しかった」
隣で顔をテカテカさせながら、アータンは先程の揚げバターに思いを馳せている。
そうか……お前はあのカロリー爆弾を素直に美味しいとだけ思えてしまうのか。俺でも一個食べたらもういいやってなるとこを三個平らげてたもんな。血糖値爆上がりぞ?
「将来が楽しみだ」
「えっ?」
『何が?』と言いたげな表情をするアータン。
うん、ずっとたくさん食べる君で居てくれ。カロリーコントロールはこっちでどうにかする。
「ねえ、ライアー。ギルドの登録は澄んだけど次は何するの?」
「次はそれだな」
俺はトントンとアータンの手枷を指で叩く。
「……これ?」
「〈
アータンは油でテッカテカな唇を結び、首を横に振った。
なるほど。それなら説明し甲斐があるな。
「じゃあ罪冠具が何なのか解説してしんぜよう」
罪冠具とは、〈
そもそも〈罪〉は一定以上の魔力がないと発言しないが、罪冠具はその発動に必要な魔力量を補助する魔力増幅機能を備えている。
それだけでなく本人の〈罪〉に応じた刻印やら素材を用いることで、より強力な〈罪〉の発動──先日の一件を例に挙げれば〈罪化〉を促進することができる。
要は漫画とかアニメとかでよくある能力発動のアイテムぐらいに思ってくれたらいい。
ギルシンを象徴する〈罪〉を発動する為の道具。初期は手枷なり足枷なり拘束具染みた見た目が数多く、当時健全だった青少年の多くを厨二の道へと堕とした罪深い一品でもある。
しかし、今では普通の装飾品みたいな見た目の物も増えてきた。ゲームの開発会社は作中における〈罪〉への見方や価値観が変わった世界観の変遷を意識したらしい。
それでも俺は初期の拘束具系の罪冠具が好きなんだよなぁ……。パワーアップアイテムなのに拘束具っていうギャップがさ。
それで当時はジョークグッズの手錠を買って満足していたものだ。まあ、ある時身に着けてところを妹に見られ、しばらく白い目を向けられたんだがな。今となっては懐かしい思い出である。
閑話休題。
「今、アータンが着けてるのはあの陰険クソ眼鏡に無理やり嵌められた奴だろ? そいつを一回ちゃんとしたやつに直す」
「え……これちゃんとしてないの?」
「具体的に言うと悪魔堕ちが早まる……的な?」
「いやァーーーっ!?」
アータンがガチャガチャと罪冠具を外そうとする。
だが残念。外れないんだな、それが。
「罪冠具は一回罪化しちゃったら内部の魔力回路と自分の魔力回路が繋がっちゃうから外せなくなる」
「外せないの、これ!?」
「外せないのよ、奥さん」
むくんで外せなくなった結婚指輪みたいにな。いや、別に石鹸塗ったら外せるわけでもないし、事態はもっと深刻なんだけど。
けれど、まったく対処法がないという訳でもない。
「対処法三つあるけど、どれから聞きたい?」
「どれって言われても……」
「じゃあ一番おすすめしない奴から紹介するわ」
「そっちからなんだ」
「罪冠具と癒着した部分ごともぎ取る」
「えぇ……やだぁ……」
「だから一番おすすめしないって言ったじゃん」
そんな泣きそうな顔で縋りつかないで。こっちの心が痛むから。
「じゃあ次。罪冠具がぶっ壊れるくらい魔力を流す」
「そんな力技あるんだ。ちなみにどれくらい流し込めばいいの?」
「ん~、この罪冠具の素材だとアータンの罪化が結構進んだら……?」
「……それって私が先に悪魔堕ちしちゃうんじゃないの?」
「堕天するとも言う」
「き、却下で……」
震えた声で却下された。
まあ、元より俺もその方法を取るつもりはない。悪魔堕ちを避ける為に罪化を進行させて結局『悪魔堕ちしちゃいました、てへぺろ☆』なんて笑い話にもならない。
だから、選択肢は事実上最後の一つだけだ。
「最後。罪冠具を浄化してもらう」
「……デメリットは?」
「お金がかかる。そんだけ」
「……お、おいくらになる……?」
「安心しなさいお嬢さん。俺がちゃんと立て替えてあげるから」
だから、涙目で財布の中身を見せつけないで。
うん、分かるよ。孤児院暮らしだし、餞別に貰ったお金も大した額じゃないのは理解している。ぶっちゃけ全額俺が払うつもりだけど、それだとアータンが気おくれしてしまうだろうから『立て替える』と嘘を吐いていく。
「じゃあ、今からお清めに行くの?」
「だな。こういうのは大抵罪冠具専門の彫金士にやってもらうのが一番なんだが、多分そろそろ向こうの方から来る」
「来る? って、誰が──」
アータンが聞き返そうとした時、どこからともなくドタドタと激しい足音が聞こえてくる。耳を済ませれば遠くの雑踏から短い悲鳴が上がるのが聞こえた。
「よし、予想通り」
「……なんか向こうで砂煙が上がってるんだけど」
「気を付けろ、嵐が来るぞ」
「え?」
「──こんにちはぁ」
「きゃあああっ!!?」
俺は背後に現れた一人の女の声を聞き、悲鳴を上げた。
「なんでライアーが驚いてるの!?」
「だって……だって後ろからくるとは思わなかったもん……」
「お久しうございます、ライアー様! わたくしは会いとうございましたわ!」
「ぐぇ」
急に背後に現れた女は人目を憚らずに抱き着いてくる。両腕は首に、腰には両足を回されている。いわゆるだいしゅきホールドだ。何が何でもこちらを離すまいという強い意思を感じられる。
「だが幻影だ」
「あおん!?」
抱き着いた俺が幻影であったことから、四肢を投げだした女は重力に惹かれて尻を強打する。ぶつけた尻がたぷんと波打つ辺り、かなりのボリュームと見た。
「お、お尻が……!」
「騎士団長様とあろうお方が公衆の面前で抱き着いてくるんじゃないよ。ハレンチ衛兵が出張ってくるぞ」
俺がそう言うと、金春色の髪に聖歌隊の服を着た女は、お尻を擦りながらガンギマった野獣のような視線を投げかけてくる。
「覚悟ならできております。公に認められるのであれば、わたくしはいくらでもあなたと濡れ場を演じましょう」
「〈
「あっ、逃げないでくださいませ!」
俺は魔法で複数の分身を生み出しつつ姿を消した。
『覚悟ならできております』じゃないんだよ。そんな大衆の面前でプレイだなんてどこのエロゲーだよ。……初代ギルシンだったわ。
女が幻惑魔法に惑わされている間、俺はアータンの背後へと逃げ込んだ。
機を見て魔法を解除すれば、終始困惑していたアータンがげんなりした表情で問いかけてくる。
「ライアー、この人は?」
「インヴィー教国聖堂騎士団の騎士団長様だよ」
「……え?」
「〈
女が着ている聖歌隊服に縫い込まれた金糸の団章がその証拠だ。
大抵どの国でも団章は所属を、色は地位を示す役割を担う。
人魚の団章。
金糸の刺繍。
ここまで来れば、世俗に疎い人間以外は相手がどういう人物が嫌でも分かる。
「〈海の乙女〉団長、セパル。聖堂騎士団の中でも魔法に特化した
魔法を扱わせれば、このプルガトリアの大陸において上から数えた方が早い。
そんな超絶とした存在が、今──。
「はぁ……はぁ……! こんなにもライアー様がたくさん! し、幸せですわぁ~!」
台無しだよ。
『堅物なデキる女社員がぬいぐるみに囲まれるのが好き』とかならギャップでカワイイと思えるが、対象が人間になると途端に危ない雰囲気が拭えなくなる。
だ……だがまだだ。
まだこの程度ではセパルの有能なイメージが損なわれるわけじゃない!
「その手腕を買われて今は晴れて団長の座に収まったが、中でも
「ヒュドラって、あのヒュドラ?」
「あのヒュドラよ。いやー、アイツヤバイんだわ。竜のくせして蛇みたいに熱感知してくるから幻惑魔法見破られるんだもの」
デカい、強い、毒がヤバイ。
その三拍子が揃ったヒュドラはまさに怪物だ。ゲームでも上位の魔物として設定されており、ギルシンがアクションRPGだったナンバリングでは何度も苦渋を味わわされた。
当然、ギルシンの舞台であるこの世界でも危険度はトップクラス。それこそ聖堂騎士団の最高戦力が出張ってきて討伐されるレベルだ。
そんな超絶とした強さの存在が、今──。
「全員持って帰りたいですわ! 大聖堂に一人! おうちに一人! お風呂にもベッドにも一人ずつ! そしてあんなことやこんなことを……!」
台無しだよ。
本当にこの女はよぉ。
だがまだだ。まだ慌てる時じゃない。
シリーズ全てをやりこみ、『悲嘆の贖罪者』を何度も周回した俺だからこそ彼女のフォローできる点は挙げられる。
「魔法は勿論こと、罪冠具にも精通している」
「! それってつまり……!」
「まさに今回に適任だろ? 良かったな、アータン」
「あぁ、なんて幸せな空間なのでしょう! でゅえへへへ……あっ、いけないいけない。涎垂れてきた」
「……」
「……良かったなぁ、アータン!」
「う、うん!」
台無しだよ、こんなもん。
俺とアータンが呆然としている間、セパルは幻影の俺に抱き着いては地面とキスしてを繰り返す。まったく、お熱い光景を見せてくれるぜ。あとでちゃんとお口濯いどけ。
彼女との付き合いは俺が駆け出しの冒険者だった頃まで戻る。出会いはとある依頼で蛇の魔物と戦っている最中だった。偶然彼女を見つけて介抱した、それだけだ。
たいしたことはしたつもりはないのだが、彼女はその一件でやけに好意を抱いてくれたようだ。以降、彼女とは時々会うぐらいの仲にはなっている……というか、向こうから勝手に会いに来る。
しかし、今回に限っては俺から呼び出した形だ。
本題に入る為にも現実にお戻り願おうか。
「セパルさん。こっちこっち」
「ハッ!? そちらにもライアー様が! はぁ、はぁ、抱き着いて幻か確かめねば……!」
「やめて、鯖折りにされちゃう」
「ウフフ、恥ずかしがる姿も愛おしいですわ……ですが、あなたのラブコールはしかと受け取っているのですよ!? その為にわたくしは今日のお仕事を速攻終わらせてきたのですから!」
教団内部の罪派が逮捕された際、罪派の位階が高いほど引き渡しにやってくる聖堂騎士団の位階も高くなる。
今回の場合はインヴィー教の罪派がやらかしたから、〈海の乙女〉の誰かが来ることは既定路線。後は誰が捕まえたか一言添えれば、耳聡いセパルなら速攻で来てくれるだろうという俺の魂胆だ。
結果、セパルは来た。
『お仕事』の内容とやらは大体察せるが……まあ、あの司祭はご愁傷様である。自業自得だから同情はしないが。
「さあ! わたくしの愛をお受け取りになってください! さあ! さあっ!!」
「待て、それ以上近づくんじゃない……この人質がどうなってもいいのか!?」
「くっ、無辜の民を人質にとるとはなんと卑劣な! こうなったら背後から抱きしめるしか……うん?」
セパルは差し出された人質を視界に入れ、怪訝な声を漏らした。
「あら、アイベル」
「え?」
「どこに行ったかと思えば……こんなところに居たのですね!」
セパルはプリプリと怒る。
大分アイベルに鬱憤が溜まっていたのか、腰に手を当てて歩み寄ってくる間、ぐちぐちと文句を垂れ流していた。
「まったく! 『魔王を倒す』なんて大口を叩いた騎士団を飛び出していったあなたが、どうしてライアー様と居るのですか!? 当てつけですか? わたくしへの当てつけですか!?」
おっと?
なんだか風向き変わってきたな。
「後釜さえ用意できれば、わたくしだって騎士団長なんて辞めてるというのに……!」
「おい、騎士団長。騎士団長、おい」
「あんな箸にも棒にも掛からない上の馬鹿共が権力争いをしている組織の頭なんて、誰が好き好んでやりたがると思うんですか! あ、でもあなたが騎士団に入っていただけるのであれば、わたくしは喜んで組織に骨を埋めましょうとも!」
「アタイ、乙女じゃないから」
「ぶぅー!」
ぶぅー、じゃないんだよ。
いや、別に〈海の乙女〉って男が入れないことは全然ないんだけどね。それは今は別にいいや。
じりじりとセパルが距離を縮めてくる途中、徐々に違和感に気づき始めた彼女の眉尻がピクリと動いた。アータンの目の前に立ち、やや上にずれていた視線を下の方へと調整する。
「……あなた縮みました? なんだかやけに小さい気が……」
「あ、あの……」
「アイベル……じゃ、ないッ?!」
ようやく気付いた。
いや、ファンからすればさっさと気づけやと言いたくもなるが、それくらいアータンとアイベルは瓜二つなのだ。それこそ片方をよく知っている人間が違和感を覚えるレベルである。
「あぁああぁ……なんというっ、なんということでしょう!?」
「どう? ビックリした?」
「言われてみればアイベルがこんなに小さいはずがありませんわ! あの子と来たら無駄に身長は高いわ、それ以上に態度が大きいですもの!」
「さてさてセパルさん、そこから導き出されるこの子の正体は?」
「アイベルの……娘?」
「正解ッ!」
「違う違う違う!? 妹! 妹です!」
嘘を吐いたら速攻訂正された。
それもそうか。双子の姉の娘に間違われるなんて、ある意味尊厳破壊も甚だしいだろう。
しかし、訂正されても尚セパルは怪訝そうにしている。
「妹……? でもアイベルはわたくしが一言注意したら十倍は言い返してくる子ですよ? 挙句の果てには重箱の隅をつついてまで言い負かそうとすし、そんな子の妹なんて……」
「実姉の評価を聞いた今のお気持ちは?」
「あっ、えっと……お姉ちゃん、です。はい……」
妹からもお墨付きをいただけた。
アイベルがお転婆なのは昔からだったらしい。
実際、彼女はゲーム内でもそんな子だった。
元〈海の乙女〉所属の若き天才魔法使い。魔王によって脅かされる現状を良しとせず、自ら聡明な仲間を集めて魔王を打ち倒すべく騎士団を飛び出すアクティブな性格。
そのような性格だからこそ、シリーズでも一際陰鬱なストーリーにおいてズバズバ物を言ってくれる清涼剤のような存在──それこそがアイベルだ。
まあ、だからこそ後半で恩師を手に掛けたり実妹を手に掛けたりと曇らされるんだけどね。グヘヘヘ……カハッ!(吐血)
「ってなわけで、アイベルの妹のアータンだ」
「あらあら。わたくし〈海の乙女〉団長セパルと申します。以後お見知りおきを」
「は、じめまして! 姉がお世話に……なりました?」
「えぇ、本当に……ッッッ!」
「ステイステイ。She is little sister」
瓜二つな顔を見て過去の怒りを呼び起こされそうなセパルをなんとか宥める。
どれだけアイベルと仲悪かったんだ。いや、仲が悪いというよりは気質が似ているから互いにズバズバ言い合う遠慮のいらない関係ってのが正しいんだろうが……あ、これ仲悪いのか?
「それにしてもあの子に妹が居ただなんて初耳です」
「えっ、じゃあアイベルの家族構成とか知らないの?」
「知りません」
「どこ出身とかは?」
「し、知りません……」
「今どこに居るかは?」
「……知りません」
「おいおいおいおい」
騎士団長様ともあろうお方がなんてこったい!
「それなら俺達の方がアイベルをよく知ってるぜ! なぁ、アータン!? よし、今なら騎士団長様にアイベルの知識でマウント取れるぞ! いけ!」
「えっ!? あっ……お姉ちゃんが一番ザリガニを獲ってきた時の記録は50匹です!」
「なにそれ俺知らない」
「い、言ってないもん……」
たしかに。
いや、普通に考えて家族内の話なんて知らないのが普通なんだけどね?
けどさ、俺もギルシンファンじゃん? ある程度設定集とか読み漁ってるわけよ。でも完全に予想外の方から球がきたよね。魔球が過ぎるわ。
「ざ、ザリガニを50匹……? なんて恐ろしい子……!」
セパルはセパルで何を恐れてるんだよ。ザリガニを舐めるな。生態系の破壊者ぞ? 50匹捕まえたぐらいで奴等が絶滅するはずないだろう。
「フッ、ザリガニで怯んだところで本題に入らせていただこうか」
「ちなみにその時はすり潰してパスタにしたんだけど……」
「ん~~~~~、めっっっちゃ気になるけどまた今度お願い。でも一つだけ聞かせて。おいしかった?」
「おいしかった!」
「おいしかったんだぁ。よかったねぇ」
でも今はザリガニパスタより罪冠具を優先したい。
その為にわざわざ自分の名前を出してまでセパルに来てもらったのだ。
「仕事を済ませてきたってんなら話は大体把握してるんだろう?」
「えぇ。一度膿を出し切ったかと思えば下からポコポコと……どうやったって罪派は出てきますものね」
「ああ。それに関してなんだが、アータンの罪冠具がいわくつきでな」
「まあ」
呑気な声を上げたセパルは、早速と言わんばかりにアータンに嵌められた手枷──もとい、罪冠具をペタペタと触り出す。
「なるほど、穢れた魔力を感じます。悪しきカルマを増幅させる呪印が施されているようですね」
数秒触った程度でそこまで分かるのか。俺は『罪派のブツだしろくでもない代物だろ』ぐらいの認識だったが、プロはしっかりと中身を把握できるらしい。
「じゃあ浄化を頼めるか? いくらだ?」
「お金なんていいですのに。罪派の被害を被った方への治療や補償は教団負担ですもの」
「だから物入りになるんじゃないか? ちょっとくらい懐に入れとけって」
「わたくし個人へのお金なんて受け取れませんよ。教団への献金でしたらいくらでもお預かりしますが」
立ち振る舞いがいささかぶっ飛んでいても、やはり中身は聖職者だ。教団を通じず聖職者に直接依頼なんてそうそう認められるものじゃない。現代社会なら事務所を通さず営業する……闇営業なんかが近いだろう。
だから、基本的にはギルドなりなんなりに正式な依頼を出すのが正道だが、手続きが面倒だから今回は近道をさせてもらう。
「今回の罪派の孤児院……結構な額、寄付しようと思うんだよなぁ~。あ~あ、これを見て感銘を受けた親切な聖職者さんが浄化してくれたら嬉しいんだけどなぁ~」
「喜んでぇ!」
あらかじめ銀行で切っておいた小切手をセパルへと手渡せば、二つ返事で了承を得られた。ヘヘッ、ちょろいな。因みに俺は全財産の半分を失ったがまだ息はしている。
懐が少々寂しくなったが、それで罪冠具を真面にしてもらえるなら安上がりだ。あれはほとんど一生ものだからな。
一先ず約束を取り付けた俺はセパルの下へ歩み寄る。
彼女は未だにクネクネと身を捩らせているが、俺は大縄跳びのタイミングを見計らうが如く耳元へと顔を寄せる。
「あぁ、それと一つ伝えておきたいんだが……」
「なんですか? サービスならいくらでもしてさしあげますよぉ~!」
「この子の〈罪〉──〈嫉妬〉だ」
「!」
ピタリ、とセパルの蠢きが止まった。
「……本当ですの?」
「あぁ。
「なるほど……後でわたくしも確かめてみます」
「浄化、どれくらいかかる?」
「そうですねぇ、一刻もあれば」
「そうか。じゃあ、その間アータン頼めるか」
「えぇ、構いませんとも」
えっ、と声を漏らすアータンを背にするように俺は踵を返した。
「というわけだから! アータン、この人に罪冠具直してもらっちゃって」
「え!? こ……この人と?」
「大丈夫大丈夫。普段はちゃんとしてるから。時々ヤバイだけで」
「今その『時々』じゃないの?」
「アータンちゃあん、お姉ちゃんの分もよろしくねぇえ……?」
「ひぃー!?」
ねっとりボイスを発しながらアータンの肩を掴んだセパルが、そのまま教会がある方へと引っ張っていく。色々と道具の用意が必要だから当然だ。
「さて」
俺は俺で必要なものを揃える。
こいつがなければ冒険は始められない──それくらい重要な代物をだ。
「どこに売ってたかな~」
なけなしの金を握りしめ、俺は町へと繰り出す。
王都ペトロは、今日もゲームと変わらぬ風景をこの目に映し出していた。感動。
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