第7話 冒険者は馬鹿騒ぎの始まり


 王都ペトロ。


 七つの宗教国家にちょうど囲まれる立地の城郭都市であり、あらゆる人種・宗教を拒まぬと謳う永世中立国だ。

 それゆえに100年前の大戦以降交易や文化の中心となり、今では最も栄えていると言っても過言ではないくらいの発展を遂げた。


「おい、見ろよあの団章」

「人魚に蛇? あれってまさか……」


 しかし、普段から賑わいを見せる町の一角が騒然としていた。

 ただの通行人も露店の店員に至るまで、彼らの視線は城門からやってくるある一団に注がれていた。


 純白で統一された聖歌隊服を身に纏い、肩からぶら下げるスカプラリオには人魚と蛇が描かれた団章が糸で刺繍されている。

 整然とした隊列を崩さず歩む一団の姿は、一般人からしてみれば近寄り難い雰囲気が漂っている。ただ道の中央を歩むだけで人波が左右へ分かれていく光景は、まるで絵画の一場面のようだった。


「──〈海の乙女シーレーン〉」

「おいおい、たしかインヴィー教の聖堂騎士団だろ? どうして王都まで来てんだ、おっかねぇ……」

「あれだよあれ。最近インヴィー教の司祭がとっ捕まった話」


 王都の噂は広がるまで短い。

 こと不祥事に関しては尚の事だ。


「なるほど、罪派関連か」

「それなら聖堂騎士団も出張ってくる訳だ」

「それに見ろよ、先頭の女。金刺繍だぜ」

「マジかよ!? ってこたぁ……」


 ただならぬ雰囲気を纏う一団の中でも、特に厳かなオーラを纏うのは先頭を歩む金春色の長い三つ編みをベルトのように腰に巻く女性だった。彼女の聖歌隊服のみに縫われた金色の刺繍は〈海の乙女〉の中でも団長にしか許されぬ装飾である。


「つまりが……」

「おい、あんまり見るな。何されるか分かったもんじゃねえぞ」

「聞いた話によると前の団長を蹴落として今の椅子に座ったらしいしな」

「楯突いた司教や司祭が不審死したっても聞いたぜ」

「なんで野放しにされてんだ?」

「下手に手ェ出したら返り討ちにされるからだろ」

「この前は魔王軍の放ったマーマンとクラーケンの大群を一人で壊滅させたとさ」

「バケモンみてぇな強さだよな。どっちが魔物か分かったもんじゃねえっての」



「……」



 聞くに堪えない。

 そう言わんばかりに団長の斜め後ろに付く女性が紺碧色の瞳で一瞥する。底冷えするような眼力で睥睨された人々がいそいそと視線を外す。


「まったく……好き勝手言ってくれます。誰が魔王軍や罪派から市井を守っていると思って……」

「まあまあ。わたくしは構いませんわ」

「ですが、団長……」


 自身も含め騎士団を率いる長が馬鹿にされていると我慢ならぬ彼女の聖歌隊服には銀刺繍が燦然と光り輝いていた。


 それの意味するところはただ一つ。


「自分は副団長として〈海の乙女〉の悪評は広まる前に潰すべきと愚考致しますが」

「潰すってそんな物騒な。いったい何をする気ですの?」

「物理的に、こう……グシャッと」

「愚考が本当に愚考なことあります?」

「冗談です」


 真顔で言われたら通じる冗談も通じない。

 団長の女は苦笑を隠せぬまま、目的地がある方角を向いた。


「しかし、我が教団からも罪派が出てくるとは……いよいよ魔王の手が回ってきたということでしょうか」

「今に始まった話ではありません。奴等は蛆虫の如く湧いてくるので」

「はぁ……頭の痛い話です」


 やれやれと団長は頭を抱える。

 聖堂騎士団の仕事は多い。教団本部が構える聖都の防衛に始まり、各地で起こる教団関係の事件の解決。特にその中でも罪派による事件は、いつの時代になっても清く正しく生きる大多数の教徒にとっては悩みの種となっていた。


「一刻も早く主犯の司祭から話を聞き出さなくては……ザンちゃん、被害者からの証言はすでに取れているのですよね?」

「はい。被害者である孤児院の子供や、司祭が携わっていた教会関係者まで確かに聴取しております」

「重畳。では、司祭からの聴取は貴方に──」

「そう言えば、」


 思い出したかのように副団長の女が声を上げる。


「司祭逮捕に携わったギルドの冒険者から言伝を預かったと伺っています」

「冒険者から? またお金の無心でしょうか……報奨金でしたらあらかじめギルドに提示している金額で話はまとまっているはずですが」

「いいえ、金銭関係ではありませんね。どうやら『ライアー』と名乗る人物から」

「その話本当ですか?」


 言い切るより早く団長が副団長に詰め寄る。

 あれほど隊列を崩さなかった団長が、自らの意志で整然とした行進を中断させたのだ。副団長よりも後方に居る面子は全員が全員困惑していた。

 しかし、副団長は慣れた様子で……というより、呆れた様子で溜め息を吐く。


「……冗談で団長の前でこの名前は出しません」

「なるほど……ザンちゃん、気が変わりました。聴取はわたくしが請け負いましょう」

「よろしいので?」

「わたくしがやった方がスムーズに終わるでしょう。悪名も使いようです」


 言い切るや否や、団長の女は足早に去っていく。


「……まだ伝言の内容伝えていないんですがね」


 やれやれと首を振る副団長の女は、居なくなった団長の代わりに取り残された団員の先導を務める。


 ここは王都ペトロ。


 中立を謳ってはいるものの、100年前の戦乱の火種は依然としてくすぶり続けているままだ。




 ***




「は~るばる来たぜ王都まで~!!」

「着いたの昨日だけどね」


 気にしないでくれ。

 一発歌っとかないと気が済まないだけだから。


 という訳で王都にやって来た。

 王都とか言っているが、ここが登場したのはギルシンシリーズ8作目『ギルティ・シン外伝 悲嘆の贖罪者スケープゴート』からだ。

 だが、発展度なら全作中一と言っても過言ではない。

 料理に施設等々……ありとあらゆる便利な施設がここに詰まっている。原作主人公の活動拠点に選ばれるのは伊達じゃないという訳だ。


「にしても事情聴取だけで1日掛かるとはな」

「本当だよ……」


 そしてこちらがお疲れのアータンとなっております。

 俺らが王都に着いたのは昨日だが、その日は事情聴取だけで潰れてしまった。事情聴取疲れるよね、分かる。その前まで馬車で長々と揺られていたのだから尚更だろう。

 宿屋で一泊してHPが全快するのはゲームの中と小学生だけだ。無限に遊べると思っていたあの頃が懐かしくなってくる。


「あっ、でも昨日泊まった宿のベッドがふかふかだったの! 気持ち良くてすぐ眠っちゃった……えへへ」

「カワイイ生き物がよぉ……」

「カワッ!?」


 しまった、心の声が漏れた。

 何なのこの子? 普通の宿屋取ってあげただけでこんなに喜んでくれることある?

 まあそれだけ孤児院の設備が粗悪というか、お金を掛けられなかったんだろう。だが今の俺は罪派を突き出してたんまりもらった報奨金がある。


「まずは孤児院に全額寄付するところから始めるか」

「話が数段階飛んでる!?」

「ミスった」


 報奨金を全ブッパするのは変わらないが、初めにしなくてはならないことは別にある。


「とりあえず服買うかー」

「服? ギルドに行って名簿登録とかはしないの?」

「はぁ~~~……甘い。甘いよ、アータンさん。グラブジャムンぐらい甘いよ」

「えっ、急に他人行儀……? それに前にも思ったんだけどグラブジャムンって何?」

「実物がこちらになります」

「あるの!?」


 あるのよ、グラブジャムン。

 中世風ファンタジーなのに何故? と思うかもしれないが、発端は『ギルティ・シンⅡ 暴食の晩餐会バンケット』にある。

 シリーズ2作目にして料理要素を追加した本作は、当時の映像技術としては変態級の美麗グラフィックで料理を描写していた。目で見て食欲をそそられる。そして戦闘の役に立つ便利アイテムなのも相まって、当時のプレイヤーに広く受け入れられた料理要素は次回作も続投。


 結果、料理の種類は爆増。

 『これだけでゲーム一本作れんじゃね?』と言われるぐらい多種多様なレシピを取り揃えた事実を反映してか、どこかしらで見慣れた料理が出てくる。元日本人としては嬉しいところである。


 要はシロップ漬けにしたドーナツのグラブジャムンくらい再現は容易い。


「食べる?」

「あっ、じゃあいただきます……あっっっま!!? 甘い甘い甘い!! 歯が痛くなってきた!!」

「その反応が見たかった」


 アータンは余りの甘さにペンギンみたいなよちよち歩きで回っている。人がバグる挙動をするほどの甘さ、それがグラブジャムンだ。

 反応を堪能した俺はあらかじめ用意していた水をスッと差し出した。

 ひったくるように奪ったアータンは喉を鳴らして水を飲む。染み渡るだろう? グラブジャムンの後の水はよぉ……。


「ぷはぁ!? はぁ……はぁ……!」

「自分がどれくらい甘いか分かったか?」

「なんとなくは……」


 グラブジャムンに悶絶していたアータンは戦々恐々と頷く。


「いいかアータン。冒険者ギルドってのはてめえの腕っぷしだけが自慢の脳筋野郎共の集まりだ。提示された依頼を我が物にしようと他人を蹴落とし合う戦場だぜ?」

「ごくりっ……」

「そんなところに『私田舎から来たばっかりです』みたいな恰好の奴が来たらどうなると思う?」

「ど、どうなるの?」

「奴等は金に飢えた亡者さ……『お? アイツ田舎から出て来たばっかりで何も知らなさそうなカモだねぇ……騙くらかして売り飛ばしてやるカモ! カーモカモカモ!』と売り飛ばされた挙句地下で変な棒を回す羽目になる」

「ひ、ひぇえ……」


 自分が奴隷になる想像をしてアータンは蒼褪めている。

 多少誇張はしたが割とよくある話なのが怖いところだ。地下に奴隷が回す謎の棒あるか知らんけど。


「……あっ! そう言えば……」


 アータンは思い出したかのようにトランクを開ける。

 取り出したのはどこかで見たことがある黒いローブ。それにたどたどしい動きで袖に腕を通したアータンはその場でくるりと身を翻す。


「これどうかな? 聖都に行くって決まった時、マザーが昔使ってたお古をくれたんだ」


 見覚えのある格好だった。

 具体的にはゲーム画面で見た服装だ。ゲームの中で動いていたアータンがそっくりそのまま目の前に現れた。


「古いけど生地はしっかりしてるから使ったらいいんじゃないかって……これじゃ駄目かな?」

「ちょっと待ってマヂ無理尊い」

「泣いた!?」


 俺は眉間を押さえて感涙にむせぶ。


 え、なに? それそういう裏話あったの? 孤児院でお世話になったマザーからのおさがりだったの? 設定資料集とかにも載ってなかったから知らなかった。


「そういうことなら俺は何も言えん……好きなだけ着なぁ……」

「あ、ありがとう……私、背が小さいからブカブカで似合わないかもしれないけど」

「大丈夫、世界一似合ってる」

「世界一なの!?」

「ごめん嘘。宇宙一似合ってる」

「スケールが大きくなった……!?」


 しかしアータンは悪い気はしていないようだ。

 自身はともかく、マザーから貰ったローブを褒められたことに関しては素直に喜んでいる。満足そうな顔で頬を赤らめながらローブの裾をパタパタさせている。きゃわたんだ。


 けど、やっぱり自己肯定感が低い点が気になる。

 ゲームでもそうだったが、アータンは自分を褒められたところで一旦謙遜が入ってしまうのだ。


 そこはもう育ってきた環境が原因だから仕方のないところだが、これが原作だと結局改善されないままだったから、終盤で闇堕ちががが……ア゜ッ、心臓が『ギュッ!!』てなるッッッ。


「アータン……」

「う、うん?」

「カワイイ」

「っ!」


 オタクだから褒めようとしたら一言に凝縮されちゃうんだ。

 自己肯定感を高めるには褒めるのが一番だけど、推しを目の前にした時の我々はどうしてこうも無力なのでしょう?


「あ、ありがとう……」


 気を遣わせちゃったよ。

 アータンはそっぽを向いてお礼を言ってくれたが、実際には何とも言えぬ表情を隠しているのだろう。

 クソッ、俺はいつもこうだ。初見プレイ時、ヒロインとの恋愛ルートを進めようとする度に選択肢を間違えては最終的に誰とも結ばれない独身ルートに辿り着く……!

 『貴方は大切な仲間だから……そういう目じゃ見れないの』と何回断られたことか。周回前提のゲーム設計じゃなかったら俺は絶望に打ちひしがれてたぞ。


 でもギルシンは神ゲーだ。

 異論は認めるけど好きは否定させられねぇ……。


(人を褒める言葉を勉強しよう)


 ノスタルジーに浸ったところで、俺は心の中で誓った。


「まあ服があるなら話が早いな。このままギルドに行ってパパっと用事済ませようぜ」

「う、うん」


 さっさと本題に戻っては足を動かし始める。

 勝手知ったる街並みをズンズン進み、目指す先は王都でも屈指の大きさを誇る建物だ。


 ある者は金を。

 ある者は夢を。

 そして、ある者は人を求めて“そこ”に集う。


 王都が永世中立国を謳った折にある教団が引き払い、ポツンと空白地帯になった大聖堂カテドラル

 そこを買い取ったのはとある組合だ。


──冒険者ギルド


 今や各国から集う冒険者の寄り合い所。

 外からでも聞こえてくる喧噪を前に、散々脅かされたアータンはガチガチに固まっていた。


「大丈夫かな……変な人に絡まれたりしたらどうしよう」

「キンタマ蹴っ飛ばせば万事解決よ」

「その話は掘り起こさないで……」


 アータンは頬を赤らめ、恥ずかしそうに面を伏せる。


 あんなに良い蹴りだったのに……。

 世が世なら黄金の右足と呼ばれていたに違いない。どっちかって言ったら黄金破壊する方だけど。

 そんな良い右足を持っているのに初めてのギルドを前に緊張しっぱなしだ。

 ここは先輩として一つ手本を見せねばなるまい。


「結局こういうのは最初が肝心よ。だからこうするんだ……ドーンッ!」

「ちょ、ちょっと待って!? まだ心の準備が……!」


 アータンの手を取った後、入口の扉を勢いよく開いた。

 スイングドアが激しく振れる音が建物内に響き渡る。次の瞬間、ギルド内に置かれたテーブルに着いていた冒険者たちの視線が一斉にこちらへ集まってきた。


 おーおー、今日も柄の悪い連中が集まってらぁ。

 どうしてもこういう冒険者はむさ苦しい男の比率が高くなる。今日も昼から酒を呷っている連中共は、突然ギルドにやって来たカワイイ女の子の登場に騒然としていた。


 俺は集った面子を一瞥した後、チラリと後ろへ目を向ける。

 当の衆目に晒されたアータンは滝のような汗を掻いていた。手汗がすっごい。なんかヌメヌメしてきた。


 だが、この程度の注目で緊張してるようじゃあまだまだだ。


 俺は背中からひょっこり顔を覗かせていたアータンをスッと前に移動させる。

 そして、


「鎮まれ、鎮まれぇい!! こちらにおわす御方をどなたと心得る!!」


「!?」


「畏れ多くも今日より冒険者となる魔法使い、アータンにあらせられるぞ!!」


「!?!?」


「一同、アータンの御前である……頭が高い!! 恩恵にあやかりたい奴は平伏し『アータンきゃわたん♡』と崇め奉れぇい!!」


「!?!?!?」


 目玉が飛び出そうならくらい瞠目するアータンがこちらを凝視してくる。

 言葉にして抗議してこない辺り、脳の処理が追い付いていないことが窺える。


「おうおうおう……なんだぁ?」


 ギルド中に響き渡った宣言を耳にした冒険者の一人が席を立つ。

 金髪を短く刈り上げたチンピラのような風貌をした青年だった。右手に握られたジョッキには飲みかけのエールが波打っている。


「こんな昼間っから騒ぎやがってよぉ……」

「なんだぁ? てめえもアータンの恩恵にあやかりてぇ野郎かぁ?」


「ちょっ、ライアー! あのっ、ごめんなさ……」


「──あやかりたいです! アータンきゃわたん!」


「あれぇーーーッ!!?」


 突如、平伏して魔法の呪文を唱える青年にアータンが絶叫する。

 だが続々と集まってくる冒険者の列は絶えなかった。


「オレもあやかりたいです!」

「ならば平伏してこう唱えよ、『アータンきゃわたん♡』と!」

「アータンきゃわたん゛!」

「よし! 次ィ!」

「へへっ、随分カワイイ子が来たじゃねえか……僕もあやかりたいです! アータンきゃわたん!」


「なんなのこの流れ!?」


「甘いぞてめえらァ!! このライアー様が手本見せてやるよォ!! スゥーーー……──ア゛ー゛タ゛ン゛き゛ゃ゛わ゛た゛ん゛!!」


「ライアーもそっちに混ざらないでッ!!?」


 床を舐めるような姿勢でアータンへの愛を叫んだところで俺は立ち上がる。

 いやあ、気持ち良い。それに楽しい。


 困惑するアータンの周りでは既に出来上がった奴等とそうでない奴等の人だかりができていた。全員が全員愉快な笑い声を上げている。


「……ってな訳で、こいつらがギルドの冒険者だ」


 一応皆知り合いだ。

 でなきゃ、あんな真似はしない。


「何一つ紹介になってないんだけど……」

「悪ノリの化身共だ」

「あぁ、うん」


 その点については納得したのか、汗を流すアータンが迷いのない動きで頷いた。


 ここのギルドの面子はノリの良い馬鹿共ばかりだ。

 新参の頃はちょくちょくトラブルがあったりはしたものの、今となっちゃあ依頼をこなした後に一杯ひっかけに来る俺の拠点ホームと化している。


 目の前に居る金髪の男・バーローも俺と同じだ。

 歳が近いのも相まって、俺がこのギルドに来てからそれなりに長い付き合いとなっている。


「なぁ~、ライア~! どこでそんなカワイイ子見つけてきたんだよぉ~⁉ 俺にも紹介してくれよ~」

「いいぜ、カレー一気飲みしたらな」

「おっ、マジで!? そう言われたら……おーい、フレティ~! カレーちょうだ~い!」


『かしこまりました~』


「かれぇ……って飲み物なの?」

「いんや。シチューのルー辛い版みたいなやつ」

「それ飲むのっ!?」

「本人が言ってるんだから……ねぇ? おーい、フレティ。あいつのカレーに唐辛子ぶち込んでくれー」

「悪魔の所業!」


『かしこまりました~』


「かしこまりました!?」


 かしこまっちゃったのはギルドに併設された酒場『Butter-Fly』のウェイトレス、フレティだ。ファイアーレッドのショートカットが眩い美人さんである。

 その為、女日照りの野郎共からはしばしばアタックをしかけられるも、誰一人として成功者は居ないとされている。ちなみにバーローも敗北者の一人だ。


「頑張れよ、バーロー。俺は今からアータンの名義登録しに行ってくるから」

「おうよぅ! 待っとけよぅ……今年こそ俺はカワイイ女の子とチョメチョメやるんだぁ!」

「お待たせしました~。カレーライスです~」

「来た来た~! 見てろよ……こいつをおれが一気飲みしてやっ──辛ぁああああああああ!!?」

「ライアーさんに言われて唐辛子入れようと思ったんですけど~。普通の切らしてたんでレッドドラゴンペッパー入れときました~」

あいえあええあぅガチでやべえ奴!!? いぅう死ぬぅ!!」


 レッドドラゴンペッパーってと唐辛子の100万倍辛い奴じゃん。

 おいおい、死んだわアイツ。余りの辛さに食べたらドラゴンでも火ィ噴くレベルの超危険食材なのにどこで仕入れたんだか……。




──あああああぁぁぁぁぁ……!!!




「よし行くか」

「えっ、見捨てた?」

「アイツの馬鹿はいつものことだから」


 魚にしゃぶられたら気持ちいいなんて与太話を聞いて病院に担ぎ込まれたアンポンタンだ。いちいち付き合っていたら夕方になっても用事が終わらない。生涯男子高校生のノリみたいな奴だからそれが夜まで続くのだ。嘘ではない。


 酒場の奴等と交流するにしても、まずはギルドに登録してからだ。

 前もって決めていた俺は後ろから聞こえてくる咆哮を無視しつつ、受付嬢の居るカウンターへと向かって行く。


「手続き自体は書類書いて魔力印押すだけだ。朝飯前だろ?」

「うん。それならなんとか……」

「こういうのをある国じゃピース・オブ・ケーキって言う。ケーキ一欠片食べるぐらい簡単だって意味だな」

「へー」

「でもこの国じゃ通じない」

「通じないなら嘘も同義だよ」


 手厳しい言葉を口にするアータンは受付嬢さんに預けてしまう。後は受付嬢さんが丁寧に教えてくれるはずさ。

 下手に横槍を入れる真似はせず、俺は俺の目的を果たすことにした。


「マスター」

「……どうした?」


 酒場のカウンターに立っている初老の男。

 顔面の圧だけで弱い魔物なら殺せそうな強面な彼こそ『Butter-Fly』のマスター『ピュルサン』だ。たてがみのようにボリューミーな毛髪が特徴的な渋い爺さんである。


「ちょっと聞きたいことあるんだけどさ。あ、ミルク一つ」

「かしこまりました……で、聞きたいことは?」

「アイベルって最近ここの酒場に寄った?」

「……〈嫉妬〉か?」

「そうそう」


 知っている反応をピュルサンは返してくる。

 ギルドは冒険者の寄り合い所。併設している酒場にも自然と冒険者が持ち寄った情報は流れてくる。


「……いや、最近はここらへんでは見かけないな」

「やっぱそうか」

「少し前に〈海の乙女シーレーン〉を抜けてから個人で冒険者をしている噂は聞くがな。王都で見かけない以上、余所の聖都を拠点にしているのかもしれん」

「その可能性大かぁ」

「力になれなくて済まない……お待たせしました、ミルクです」

「おっ。ありがとうございます」


 マスターから差し出されたミルクを受け取り、俺は口に含む。

 当然原作既プレイ勢の俺ならアイベルの風貌なり経歴なりは把握している。


 見た目はアータンと瓜二つ。

 二人を並べたら100人中99人が姉妹だと答えるだろう。

 が、二人を双子とは思わないくらいにアイベルが頭一つ分大きい。あと胸も。


 二つ名の〈嫉妬〉が知れ渡るぐらい有名な人間ではあるのだが、ワンマン気質が強い所為か元々所属していた聖堂騎士団を抜けて以降、一人で旅をしている……というのがゲーム本編で聞ける経歴だった。


「むぅ~……となると、あそこ行くしかないかぁ~」

「……〈嫉妬〉に用でもあるのか?」

「俺じゃなくてあっちがね」

「……身内か?」


 アータンに気取られぬよう一瞥したマスターが言い当てる。

 まあ、あれだけ見た目が似てれば察せる人間などいくらでも出てくるだろう。


「聞いてよマスター」

「なんだ?」

「あいつ……故郷が魔王軍に焼かれてアイベルと生き別れになった妹なのよ」

「……」


「ライアー、手続き終わったよ。次って何すればいいの?」


「……ミルクです」

「えっ!? あの、私頼んでないですけど……」

「サービスです」

「あ……ありがとうございますっ!」


 マスターからの奢りを受け取るアータン。

 どうだい、マスター? この純朴な笑顔は。

 ほら、このハンカチで涙吹けよ。俺もマントの裾で拭くから。


「なんで二人泣いてるの……?」

「気にするな。向こうのカレーが目に染みただけだ」

「あぁ、さっきの……って、うわっ!? 本当だ目に染みる!? 何これ!?」


 俺とマスターが少女の境遇に涙する間、アータンは近くの事件現場から漂ってくるカプサイシンに目をやられる。出所は紛れもなくあの殺人激辛カレーだ。


「いや違う!! バーローの奴、カレー一気飲みやり遂げやがった!!」

「なっ……やりやがったのか!? やりやがったのか、あいつ!?」

「でもその所為であいつの吐く息が辛ぇんだ!! ぎゃ、目に染みる!!」

「死して尚公害を撒き散らすとは……なんたる災厄だ、バーロー」

「殺さないであげて?」



「床に倒れてると邪魔なので外に持って捨てますね~」



 床で死んでいたバーローがモップを持ってきたフレティに転がされて追い出された。血も涙もデレもねぇ。


「……ギルドっていつもこんな感じなの?」


 ジョッキに並々に注がれたミルクを啜るアータンが問いかけてくる。


「いや、今日は俺の悪ノリのせい」

「そっかぁ……ライアーのせいかぁ……え、ライアーのせい?」

「嫌だったか?」


 嫌と言われたら流石に今後は自重する。

 しかし、アータンはしばし思考の間を置く。


「やり過ぎなければいい……かな?」


 口元に笑みを湛え、ようやく出した答えがそれだった。


「……そっか。なら良かった」

「私なんかの為に気を遣ってくれたんだよね? ……ありがとう」

「それほどでも」

「でも大丈夫。私の用事に付き合わせちゃってるみたいなものだし、気なんか遣わなくたって……」

「いいの? 俺が配慮しなくなったら今から『祝☆登録記念! アータンを祝う会』って名目でパーティー始めるけど」

「え? じゃあ気を遣ってほしい……いや、気を遣ってください」

「丁寧語を使うほど嫌なの?」

「うん……」


 『気が引けるから』とアータンは肩を窄めた。

 そういうことなら今日のところは控えめにお祝いすることにしよう。


「マスター。だしてやってくれよ」


「かしこまりました」


「あれ……?」

「Butter-Flyの名物料理だ。俺が奢ってやる」


 名物料理と聞いた途端、アータンの瞳がキラキラと輝き始める。


「ホント!?」

「おいしいぞぉ? それこそ背徳的にな」

「王都のお店で料理を食べるなんて初めて……!」


 さりげなく俺の作ったグラブジャムンが省かれている。悲しい。

 そうこうしているうちにカウンター奥に佇む厨房から香ばしい匂いが漂ってきた。


「お待たせいたしました~」

「ほら、来たぞ」

「わぁ!」


 カウンターに置かれたのは謎の揚げ物だ。

 外観だけでは、それが何を揚げたものであるか判別がつかないが。


「揚げバターだ」

「……え?」

「揚げバター。バターを揚げた料理だ」

「……バターってあのバターだよね? 牛乳から作れる……」

「あのバターだ」

「バター揚げたんじゃなくて?」

「バター揚げた」

「……嘘だ」

「嘘じゃないだな、コレが」

「牛脂を油で揚げたようなものじゃないの?」

「美味いから食べてみろって。……トぶぜ?」


 『Butter-Fly』名物、揚げバター。

 バターに衣をまぶしてカラッと揚げたカロリー爆弾ではあるが、そのお味はバターの塩味が利いた揚げパンのようで若者からは好評を博している。


「あっ、ホントだ。おいしい……」

「だろ?」


 嘘かどうかは食べてみるまでは分からない。

 ゲームの世界だろうと、初めて食べる料理なんてそんなものだ。


 アータンは実に幸せそうに舌鼓を打っている。

 さて……。


「俺も食べるとするか」

「えっ──鉄仮面のそこ開くの!?」


 面頬の留め具を外して下顎部分をパカッと開いたら大層驚かれた。

 ヤベッ。


「何を仰ってるんですかい、アータンさん。鉄仮面付けたままじゃ人間は料理を食べられないですよ、ヘへッ」

「でも、この前水はそのまま……」

「あれは……こう、良い感じに隙間からゴクゴクと」

「お口ビシャビシャになっちゃわない!?」

「ビシャビシャだったよ」

「過去形!?」


 後になって分かることってあるよね。



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