第6話 嘘吐きは冒険の始まり
あらかじめ王都の知り合いに要請していた衛兵は、その日の内に来た。
「ライアー殿、罪派の逮捕にご協力いただきありがとうございます!」
「いいえー。遠路はるばるお仕事ご苦労様でーす」
「これが我々の仕事ですので! ……ほら、乗り込め!」
インヴィー教司祭・アイムは捕らえられた。
うーん、残念でもないし当然。
罪状は拉致に暴行、罪化等々……まあ、叩けばいくらでも埃みたいに出てくるだろう。聖都に護送された後は、裁判を受ければ数十年は牢の中からは出てこられないはずだ。
当の陰険クソ眼鏡はと言えば、護送車の中で魂が抜けたように白目を剥いている。金的食らった衝撃で、マジで魂が抜けたかもしれない。
そんな俺の杞憂も、いよいよ護送車が動き始めて聞こえてくる『あひんッ!?』という情けない悲鳴で露と消える。護送車の揺れが蹴り上げられた陰嚢に響いているのであろう。
車体が上下に揺れる度に悲鳴が面白いほど木霊する。
なんだろう、小さい子が履く音の鳴る靴みたいだ。
「ギャハハハッ! 聞いたかよ、あの声。よっぽどアータンの蹴りが効いたらしいな」
親指を立ててみる。
が、隣のアータンからの反応は芳しくない。
「……うん」
あからさまに顔が暗い。
膝を抱えて縮こまるアータンに、俺も真面目に笑い声を収める。
「浮かない顔してんな。疲れたか?」
「ううん、別に……」
「これまた分っかりやすい嘘を……」
顔があからさまに『元気がありません』と訴えている。
それも考えてみれば当然だ。仔細までは知らないが、聖都に向かう道中で司祭の手によって真実を告げられ、強引に〈罪〉を覚醒させられ、挙句の果てには目の前で激しい死闘を繰り広げられたのだ。これで疲れるなという方が無理な話だ。
けれど、少し違和感があった。
多分肉体的な疲れではない。精神方面で参っているのだろうと俺は直感した。
「どうした? 俺でいいなら相談に乗るぜ?」
この時ばかりはふざけた言動を収める。流石に疲れ切った相手に見境なくふざけ倒すほど非常識じゃあない。俺は笑ってほしいからふざけるんだ。
だから、真面目な時は真面目に決める。
そんな俺の真摯な雰囲気を感じ取ったのか、地面をジッと見つめていたアータンはゆっくりと振り返ってきた。
「……聞いてくれるの?」
「おう。いくらでも」
「……ありがとう」
アータンはポツリポツリと紡ぎ始めた。
自分の故郷が魔王の手先によって滅んだこと。
流れ着いた先でひどい待遇を受けていたこと。
孤児院に引き取られてからも、けっして裕福な暮らしではなかったこと。
何より、それらすべてが自身の〈罪化〉を促す為に作り上げられたストーリーであったこと。
どこからどこまでが真実かは、それこそあの男にしか分からない。
もしかすると、故郷を焼いたのがアイムだという自白から嘘だったかもしれない。アータンの境遇を知った上で、どうすれば嫉妬の感情を引き出せるか──その一点を追求して練られた嘘という可能性も否定できない。
だが、過去は覆らない。
故郷を焼かれたこと。
養親から虐待を受けたこと。
何より、信じていた人間に裏切られたこと。
「今までの私の人生……なんだったんだろうなって」
語っていく内に、アータンの声が震え始める。
「お父さんとお母さんは死んじゃってッ……お姉ちゃんとは離れ離れになって……ぐすっ。別にさ、孤児院での生活が不満とかじゃなかった……ホントだよ? まだ友達が居たから……でもッ、こんなのって……こんなのはあんまりだよ……ッ!」
涙はとめどなく溢れ出す。
孤児院に居る間は、他にも同じ境遇の子が居るからと我慢できていた感情。それが今になって爆発したのだろう。
「どうして、私ばっかり」
聞いたことのあるフレーズだった。
それをまるで口にしてはいけない呪詛を紡いだと言わんばかりに、アータンは苦々しく歯を食い縛る。
きっと司祭の言葉を耳にした時の感情を思い出しているのだろう。
血を分けた唯一の肉親に対する嫉妬の念を。
それに強い罪悪感と嫌悪感を抱いているのは、他でもないアータン自身だ。
「私、自分が怖いよ……自分が自分じゃなくなっちゃったみたいで。私、これからどうなっちゃうの……? 〈罪〉は天使にも悪魔にもなれる力だけど……このままじゃ、私……!」
アータンは手首に嵌められた枷を握りしめる。
司祭の手によって嵌められた枷。彼女の〈罪化〉はそこを起点に広がっていたことを思い出す。
──もしも、このまま〈罪〉を犯せば。
──〈嫉妬〉の念を抑えられなければ。
──その時は悪魔に堕ちるのだろうか。
「そんな自信、私にはないよ……」
「……」
「馬鹿馬鹿しいよね……そうなった時は自業自得なのに。でも、もう駄目なんだ……嫉妬してるのを他人の所為にしようとしてる自分が居るの……!」
本人にはどうしようもない生まれや境遇はある。
それらを比べた時、どうしたって“差”は生まれてしまうものだ。
この場合、アータンは他人よりもずっと不幸な人生を歩んできただろう。
俺はゲームのテキストでしか彼女の過去を知らない。
けれど、画面上では数秒で読み飛ばせてしまうテキストの裏側には、現実時間で流れた彼女の苦痛の日々が詰め込まれていたことは想像に難くない。
俺だってアータンと同じ人生を歩んでいたら、他人に嫉妬しないなんて難しいと思う。というか、無理だ。
衣食住の何を取っても他人と自分を見比べ、きっと嫉妬の炎を燃やしてしまうだろう。
俺でさえそういう風に想像できてしまうのだ。
だからこそ、当人にとってはそれ以上に周囲が恵まれて見えるに違いない。
その時に生じる負の感情──〈嫉妬〉こそ、彼女を悪魔へと至らせる〈罪〉だ。
「どうすればいいのかな」
遠い目を浮かべ、アータンは空を見上げる。
以前であれば遥か遠くまで続く世界の涯に思いを馳せ、生き別れた家族に出会うことを夢見ていたはずだ。
だが、今の自分にはその資格がない。
アータンはそう言わんばかりに力なく項垂れ、空から目を背けていた。
そんなアータンを見て、俺は。
「──お前、凄いな」
「……え?」
「そんな風に自分を客観視できてさ」
大したもんだ、と思わず感心が漏れた。
一瞬ピクリと反応したアータンであるが、顔はスカートに埋めたまま動かさない。
「……別に……凄くなんかないよ。嫌な自分に気づいただけ」
「チッチッチ、違うんだなぁ~。それが凄いんだって」
俺は指を振って食い下がる。
「嫌な自分を知るってのは中々出来るもんじゃないぜ? 大抵の人間は都合の悪い自分から目を背けたがるしな。心の強い人にしかできない立派な行いだ、うん」
「……でも、」
「俺にも中々できないからさ、そういうアータンには嫉妬しちゃうね。でもさ、これって悪いことか?」
「え?」
生返事を返そうとしていた少女も、思わぬタイミングでの質問に顔を上げた。
そのまま俺の方を向けば、当然俺と目が合った。くりくりと真ん丸な瞳だ。泣き腫らした目元が痛々しく赤に染まっているが、それも相まってより翡翠色の瞳が輝いて見える。
「どういう……意味?」
「人間生きてりゃ大なり小なり他人と比べて嫉妬するもんだろ。『あいつの方がお金持ってる!』なり『あいつの方が背が高い!』とか。裏を返せば相手の良いトコに気づけちゃうってことじゃん?」
俺はありのままの言葉を口にする。
その内のどれだけが彼女の心に届くかは知らない。
けれど、せめて言葉を尽くしたい。
人生に絶望しかけている少女に、少しでも希望を抱かせたい。
その一心で、言葉を尽くす。
「それって良いことだろ?」
だってそうだろ?
嫉妬や羨望を抱くのは、いつだって他人の自分より秀でた部分だ。劣っている部分を羨む人間なんて皆無に等しい。
だからこそ、俺は思う。
──嫉妬するって悪いことか?
妬みや嫉みは人間として当然だ。
だからこそ人を罪に走らせやすい──そういう根源的な欲望としての意味合いで七つの大罪に選ばれたのが、この〈嫉妬〉という感情である。
じゃあ嫉妬は罪ですか? と訊かれたら、大半の人は首を傾げるだろう。
「嫉妬し過ぎて怪我させたとか物盗んだとかならともかく、そういう他人の秀でたところに気づけるのは罪どころか十分長所だろ。なんなら、そいつを口にして褒めてやりゃあ善行じゃね?」
「そ、そうかな……?」
「たりめぇよー。人間ってのは長所を褒められたら伸びるもんなんだぜ?」
ニヤリと悪戯な笑みを浮かべながら、俺はアータンの頭にポンと手を置いた。
画面上では終ぞ触れられなかった存在が、今はこうして手が届く場所にある。
この世界に来てから何度も経験してきたが、やはり思い入れの強いキャラクターとなると感慨もひとしおだ。
そして、より強く実感する。
──この子は生きている。
掌を伝う熱がそう訴えていた。
ああ。
俺は湧き上がってくる感情をグッと飲み込み、鉄仮面の奥で笑顔を作る。
「だからさ、そんな小難しく考えんなよ。じゃないと、人生楽しくないだろ?」
「そう……そうかな?」
「そうともよぉ! このプルガトリア一の勇者である俺様が保証してやりますとも」
「……フフッ、それ嘘じゃん」
ここに来て初めて少女が笑みを零した。
それを見て、俺は思わず固まった。
「アータン、お前今……」
「えっ? ど、どうしたの……?」
「やぁ~~~っと笑ったなぁ! あらやだ、笑った顔がキュートだこと! やっぱり女の子は笑顔に限るわぁ~、ねえ奥さん!?」
「あれ……私、笑った顔見せてなかったっけ?」
「ああ。苦笑いはしてたけどな」
「……それ、全部そっちのせいじゃない?」
「そうとも言う」
「……」
「……」
「……フフッ」
「フッ」
アハハハハッ! と。
顔を見合わせた俺達は弾んだ笑い声を空の下に響かせた。
「アハハッ……もう、ホントおかしい」
「それに命賭けてるんで。なんたって俺はどんなシリアスな場面でも最初はネタ選択肢を選ぶ男だからな」
「ネタセンタクシ……? って、また変なこと言ってる」
「いいんだよ、こいつは俺に向けてのネタだから」
「フフッ、変な人」
頬を紅潮させるアータンは、目尻から溢れ出した涙を指で拭う。
苦痛や悲痛とは別の理由で溢れ出したであろう雫は、不思議な温もりで冷えた指先に熱を宿す。熱はポカポカと体の中心まで駆け巡る。
それで大分元気を取り戻したのか、アータンはスカートに顔を埋めることなく、両膝の間に顔を挟む形で前の方を向いた。
「……ありがとう。貴方のおかげで元気出た」
「どういたしまして……で?」
「え?」
「アータンはこれからどうするんだ?」
「これから? そうだなぁ……」
聖都に推薦された話が嘘だったとして、身寄りのないアータンは孤児院に戻るしかない。
独り立ちするにしても準備が不完全だ。このまま聖都なり王都に向かったとしても、職を見つける前に野垂れ死ぬのが関の山だろう。
「孤児院に戻って……小さい子の面倒を看て……それからは……」
「姉ちゃんを探しにはいかないのか?」
「っ──!」
一度は胸にしまいかけていた願望を掘り起こされたアータンは、瞬く間に悲痛な面持ちとなった。
けれども、先の励ましがあったおかげか、彼女はゆっくりと桜色の唇を動かし始める。
「……行かない……行けないよ。そもそも生きているかも分からないのに」
「そうかぁ? じゃあ、名前教えてくれよ。知ってるかもしれないし」
「名前って……そんなの言ったって」
「いいからいいから」
「……『アイベル』。それが私のお姉ちゃんの──」
「アイベルか……聞いたことがあるな」
「っ!!」
今度こそ、アータンは全身を使って振り向いた。
真偽を問い質すような視線を注がれるが、俺も真っすぐな視線で応じる。茶化すつもりは毛頭ない。
「ホント……なの……?」
「ああ」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃねえって」
「でも……」
やはりアータンは踏ん切りがつかない様子だった。
人を信じる心。今、彼女に欠けてしまったものはそう易々と癒えるものではなかった。
(あの陰険クソ眼鏡……)
余計な置き土産をしやがって。
今度見つけたら完全にタマを潰してやると俺は誓った。
閑話休題。
息を整え、改めてアータンの目を見つめる。
彼女はくしゃくしゃな表情を浮かべていた。元々童顔なのも相まって、それは今にも泣き出しそうな幼子を彷彿とさせた。
「アータン」
視線を外さぬまま、俺はこう続けた。
「俺は、相手を傷つける嘘は吐かない」
「っ……!!」
「嘘つきなりの流儀って奴だ。信用してくれていいぜ」
他人を傷つける嘘を吐く奴は三流だ。
面白くもなんともない嘘吐きは二流。
そして他人を笑わせられる奴は一流。
これ俺の価値観だ。
嘘は相手を喜ばせてナンボだ。
ゲーム然り、アニメ然り、漫画然り、小説然り。
この世に溢れるありとあらゆる
自慢じゃないが、俺はかなりのファンだ。
ゲームは全作クリアしたし、アニメや漫画といったメディアミックスは全部履修している。設定資料集なんかも随分読み漁ったものだ。
でも、実際に転生してみて分かったこともあった。
この世界には、俺の知らない世界がまだまだ広がってる。
「……別にアータンの人生をどうのこうのって言うつもりはないけどさ」
ゆっくりと、興奮を抑えながら俺は続ける。
「巻き返そうとかは思わないか?」
「巻き返す……って?」
「辛い日が続いてたからって辛い人生で終わる訳じゃない。これからも何十年と生きてくんだ。だから、これからの人生の
俺は少女の傍らに置かれていた絵本を指差した。
彼女が好きだと言った勇者の物語。
魔王を倒し、世界に平和をもたらす、それはもう黴が生えるほど使い古された英雄譚だ。だけど、物語の勇者も最初から順調な旅路であった訳ではない。数多もの苦難や困難を乗り越え、ようやく魔王討伐という偉業を成し遂げたのである。
俺が知っている勇者もそうだ。
色欲の勇者も。
暴食の勇者も。
強欲の勇者も
怠惰の勇者も
憤怒の勇者も
嫉妬の勇者も。
傲慢の勇者も。
そして、悲嘆の勇者も。
「アータンの人生は、こっからだ」
指先を少女の方へ移す。
「
「まあ、それは……」
「きっとその中にゃアータンが嘘だと思ってたもんが実在してるかもしれないぞ?」
「そ、そうかな……?」
「ああ。俺が保証してやるよ」
俺も全部見てきた訳じゃない。
一生かかったって巡り切れる自信もない。
それでも、この世界には感動が満ちていたとだけは胸を張って言い切れる。
たくさんの人々。
たくさんの建物。
たくさんの料理。
たくさんの娯楽。
たくさんの風景。
たくさんの物語。
全部が全部、この世界では確かに現実として在った。
俺はギルティ・シンが好きだ。
俺はこの世界が好きだ。
「だからさ、俺の嘘を一つ信じてみないか」
「貴方の?」
「ああ」
だから、俺はこの世界で生きている人間が好きだ。
「これからアータンは、今までが嘘みたいに思える馬っ鹿馬鹿しくて最っ高な人生を送れる!」
「!」
「姉ちゃんにも会えるし友達もたくさんできる! 色んな町に出かけて美味しい料理やカワイイ服なんかも着て、将来はいい旦那さんも見つけて家族もできるんだ! ──どうだ、最高だろ?」
真っすぐアータンを見つめていれば、みるみるうちに彼女の翡翠色の双眸が潤み始める。
スンッ、と鼻で息を吸う音が響く。
すると、ポロポロと少女の目尻から透明な雫が零れ始めた。小刻みに震えながら唇を結んだ彼女は、小さな嗚咽を立て始めた。
「ひっく……ぐすっ……」
「嫌だったか?」
「ずびっ……ううん、ありがとう。全然……嫌なんかじゃない」
手の甲で涙を拭うアータン。
今までどこか怯えた様子が拭えなかった彼女は、堂々と面を上げる。
だが、その泣きっ面には流す涙に負けないくらいに輝く笑顔が咲いていた。
「私もっ……そっちの方がいい!」
「──よしっ、じゃあ行くか!」
「えっ?」
俺の言葉にアータンが呆気に取られる。
「行くって……どこに?」
「冒険」
「誰が?」
「アータン」
「なんで!?」
いや、今そっちの方がいい言うたやん。
ってのは半分嘘で。
「とりあえず姉ちゃんには会いたいだろ? だったら現実的に実現可能なとこから狙っていくのは当然ですわよ、オホホホホ」
「それはそうだけどいくらなんでも急過ぎない!?」
「神はこう申されました……『
「絶対嘘だよね!? 今のは嘘だって私にも分かる!」
ツッコむ元気も戻ってきたようで何よりだ。
「じゃあ、アイベルは探しに行かなくていいのか?」
そう訊けばアータンは『うっ』と言葉を詰まらせる。
さっきとは打って変わって苦悩している様子が窺える。けれども、人生に諦観していた時よりかはずっと前向きな悩みであろう。
考えること10秒弱。
両の手を握りしめた少女は、熟考の末に言葉を搾り出した。
「行……く……けどッ!」
「じゃあ決まりだな! 安心しろ、王都までなら案内してやる。そこで聞き込みと準備を済ませりゃ、後はトントン拍子よ」
「待って! まだ貴方と行くなんて言ってない!」
「え……行かないの……?」
「かつてないほどショックを受けた顔……!?」
うん、割と真面目にショックは受けた。
だって……だって……。
「アータンに言われるとショックだわぁ……」
「なんで私のせい!? 別にそこまで付き合い長くないでしょ!」
「それはそうだけどさぁー……」
実際現実の時間での付き合いは皆無に等しい訳だけども、そこはホラ。あの陰険クソ眼鏡から助けたからある程度の信用は勝ち取ってたと思ったじゃん?
むしろ『頼りにしてるよ!』ぐらいのテンションで来てくれると思ってました。はい、思い上がりも甚だしかったです。解散!
「ちくしょう……」
「えぇ……逆になんで私とそんなに冒険行きたいの……?」
「だって……」
俺が転生する前、一度だけギルシンの人気投票があった。
好きなキャラに票を入れて、上位数名に輝いたキャラは公式からグッズが発売されるっていう感じの催し物だった。
俺も当然投票した。100や200を優に超えるギルシンの登場人物であるが、俺は迷いなく一人のキャラに清く一票を投じた。
そのキャラこそが──。
「アータンが一番好きだから」
「…………………………へ?」
そう。
俺の最推しこそ、『ギルシン史上最も不幸な悲劇の死を迎えたヒロインランキング1位』こと、アータンだった。
だってカワイイんだもの。
バックボーンとか本編の活躍とかも抜きにして、キャラデザがドストライクだ。
そこに他の要素をぶち込んだらもう一番は揺るぎない。家のショーケースに飾られてるコンビニくじで当てたアータンのフィギュアは宝物だ。ご神体と言っても過言ではない。
って、待て待て待て。
(あれ……もしかして今だいぶ気持ち悪いこと言った?)
ほとんど初対面に等しい女の子相手(1アウト)。
呼ばれてないのに勝手に助けに来た(2アウト)。
理由が『好き』とかいう下心丸出し(3アウト)。
なるほど、ゲームセットですね。
ほら、アータンをごらんなさいよ。顔を真っ赤に染めてこっちを凝視してるよ。憤怒に染まった形相を浮かべてるもの。
「ごめん。やっぱ今の忘れて」
「えっ、いや、あのっ」
「こういうのは本人のタイミングだもんな。出過ぎた真似だな、こりゃ。まあ、アータンには俺なんかよりずっといい旅の仲間が見つかるさ」
それこそ森で保護した友達なんかとか。
知り合いがヘマしてなければ初期段階の悪魔堕ちぐらいどうにでもなるから、治った後に仲良し四人組で冒険に出ればいいさ。
「それじゃあまたな。帰りはそこの衛兵さんの馬車に乗せてもらって──」
「ま、待って!」
「ま゛ぅッ!? ……急にマント引っ張らないでよぅ……」
「ご、ごめん……」
マントを引っ張られ、俺は後頭部から地面にぶっ倒れた。
うん、危ない。急にマント引っ張られるの本当に危ない。色々便利だから着けてるけど、こういう不意を衝かれて引っ張られた時がめちゃくちゃ危険。
恥ずかしさでさっさと逃げ出したかったが、こうも引っ張られて止められた以上、何か一つぐらいは物申したいことがあるのだろう。
「どうした?」
「……さっきの話だけど──」
***
引き留めたのはほとんど反射的だった。
けれど、急にマントを引っ張っちゃったせいで彼は激しく転倒してしまった。
やってしまったという後悔を抱きながら、私は仰向けのままこちらを見つめてくるライアーの顔をジッと覗き込む。
「い……いいよ」
「いいって……何が?」
「王都に連れてってくれるって話」
彼はああ言ってはいたが、私にとっては渡りに船の申し出だった。
田舎の孤児院で暮らしてきた私にとって、王都で準備を済ませて姉を探しに行くなんてことは少々……いいや、かなり気が引ける。
その点、曲がりなりにも冒険者として経験がある彼の案内があれば幾分かスムーズに事は進むはず。
──というのが建前。
「……俺でいいのか?」
「うん。貴方がいい」
「先に言っとくけど、俺は嘘吐きだぜ?」
「知ってるよ」
コツン、と。
未だ素顔も見せてくれない彼の鉄仮面に額を乗せる。
すると、真っ逆さまな彼とは否が応でも目が合った。こんなに人と顔を近づけるなんてこと、今まで経験したことがなかった。胸も凄くドキドキしている。
でも、不思議と嫌ではなかった。
「もっと、聞かせて」
希う。
「貴方の嘘を」
彼の嘘は、優しい。
彼の嘘は、私を傷つけない。
彼の嘘は、私を慰めてくれる。
彼の嘘は、私に希望を見せてくれる。
「信じたくなったの」
だから、もっと彼の傍で聞きたくなった。
たとえそれが嘘だと分かっても。
きっとくだらないと笑い飛ばせるって。
そんな信頼だけがにわかに私の中に生じていた。
しばし、私と彼の額が触れ続ける。
それからどれくらい経っただろう。辺りを吹き抜ける風が少し冷たくなった頃、ライアーは仰向けのまま私の肩をちょんちょんと突いてきた。
私は顔を上げ、彼が起き上がるのを邪魔しないようにする。
向こうを向いた彼は、それから数秒固まっていた。
「ライアー……」
「アータン」
「!」
ふと彼が振り返った時、私の目の前にはあるものが差し出されていた。
手だ。
握手を求める、なんてことはない仕草。
「これからよろしくな」
軽い口調で彼が言う。
それを受け、私は恐る恐るその手を取った。
「うん……よろしく!」
「それじゃあ改めて自己紹介しようか」
強く手を握り返してくる彼が、鉄仮面の奥で瞳を細める。
「俺はライアー。嘘吐きの──偽物勇者だ」
「偽物って……それ自分で言っちゃうんだ」
「嘘だと思うか?」
「……フフッ」
「ヘヘッ」
アハハハハ! と。
二人の笑い声が響き渡った。
神なんかいない。
勇者なんかいない。
物語は嘘ばっかりだ。
でも、嘘吐きの偽物勇者ならここに居た。
***
──とある孤児院の老シスターより
「えぇ……あの子のことは小さい頃から存じていますよ」
「あの時は知らなかったとは言え、彼女には辛い思いをさせてしまいました……」
「悔やんでも悔やみきれませんよ……ああ、あんな悪魔が近くに潜んでいたなんて。もっと早くに気づいて上げられれば……」
「けれど、時折あの子から手紙が届くんです」
「『今はここを冒険しています』とか『こんなことがありました』なんて」
「……ふふっ、文字からあの子が楽しんでいるのが伝わってくるんですよ」
「これまでたくさん苦労を掛けてしまった分、お仲間の方々とは楽しく過ごしてほしいものです」
「それだけが……私の願いですよ」
──ある冒険者に助けられた少女より
『あの時は……本当に全てを諦めていました』
『信じていた司祭様に裏切られたのもそうですし、何より自分が悪魔になるだなんて』
『でも、偶然出会った冒険者の方に助けられたんです』
『とっても強くて……最初は殺されるんじゃないかって怖かったですけど』
『でも、とっても親身になって『よく頑張った』とか『後は任せろ』って……そう言ってくれたんです』
『その後は王都の方までいって〈罪化〉は解いてもらいました』
『正直、あの人が居なければ私はここには……』
『今はあの子と一緒に冒険してるみたいですけど、あの人と一緒なら大丈夫ですよ!』
──ある少女の友人を名乗る少女より
『昔、孤児院で犬を飼ってたんです』
『森でひとりぼっちになってるとこを皆で見つけて……可愛かったなぁ』
『それから皆で面倒を看たんですけど、その犬……ラキって言うんですけど、アータンがとっても可愛がって面倒を看てたんです』
『朝も昼も、ずぅ~~~とラキと一緒!』
『それで皆が『ずるい!』って言ってアータンから引き剥がしたんですけど、そこからあの子が大泣きしちゃって……』
『普段大人しい子だったのに、その時ばかりは譲る様子がなくって皆困り果ててましたよ……たははっ』
『独占欲、っていうのかな? 自分が好きなものは独り占めしたい的な』
『あの子、元々そういう気質があったみたいで』
『冒険者としては上手くやってるみたいだけど、それが爆発しないかだけが心配っすね~……』
──孤児院を運営する少女より
『今まで……孤児院の暮らしは、とても裕福とは言えませんでした』
『最低限の食事……最低限の寝床……無償で面倒を看てもらっていたから文句は言えなかったし、それが当然だと思っていたけれど……』
『あたしたちが孤児院に戻ってすぐ、寄付があったんです』
『それも、大金が』
『そのお金のおかげで孤児院を修繕できましたし、子供達にもちょっとだけ贅沢をさせてあげられました』
『まあ、そのせいで少しの間あの子らの舌が肥えちゃったんですけど……フフッ』
『今は、せめてたくさんご飯は食べさせてあげられるよう畑を作ってるんです』
『初期費用や人手もあの人から……』
『こういうの、至れり尽くせりって言うんですかね?』
『……アータン、あの人に失礼してなければいいんだけどなぁ~……』
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