第4話 宗教は邪教の始まり
『ギルティ・シン』──略してギルシン。
直訳したら『有罪の罪』。一見なんじゃらほい? ってタイトルだが、それでも『罪』をテーマにしているゲームであることはお分かりいただけるだろう。
その推測に外れず、世界観や設定もそんな作品テーマに準拠したテイストに仕上がっている。特に顕著なのは、作中に出てくる七つの大罪を元にした宗教団体だろう。
『傲慢』を罪とし、謙虚を美徳とする『スペルビ教』。
『強欲』を罪とし、慈悲を美徳とする『アヴァリー教』。
『嫉妬』を罪とし、感謝を美徳とする『インヴィー教』。
『憤怒』を罪とし、忍耐を美徳とする『イーラ教』。
『色欲』を罪とし、純潔を美徳とする『スーリア教』。
『暴食』を罪とし、節制を美徳とする『グーラ教』。
『怠惰』を罪とし、勤勉を美徳とする『ディア教』。
以上七つが、いずれかのナンバリングタイトルの本編に絡んでくる宗教だ。
ギルシンの舞台でもある『プルガトリア』の大陸も、これらいずれかを国教に定める国家が出てくる訳だ。
まあ、実際にプレイしてみると分かるがそこまでお堅い宗教ではない。
一応、子供向け(初代以外)に販売されたゲームタイトルな訳で、作中でお披露目される各宗教の教えもシンプルなものだ。
だが、そこはやはり宗教。
シリーズを通して、現実でも問題になっている宗教問題を描いており、悪事を正当化する為に教義を曲解する過激な集団なんか代表的だ。
特にギルシンでは名物のとあるシステムの為、逆に悪徳を積むことを良しとする宗教団体が現れ、これと戦うといったケースが非常に多い。
作中はでそのような派閥を総じて、こう呼称する──『
要は、ぶっ飛ばしても問題ないクソ野郎共だ。
俺もプルガトリアを旅している最中、何度も罪派とやり合う機会があった。
連中、ああだこうだと詭弁を弄して自己正当化を図ろうとする性質の悪い犯罪者だ。基本的には各教団が所有している聖堂騎士団が厳正に対処するが、時折受注した依頼に罪派が関わっていたなんてケースもザラにある。
というのも、今回俺が依頼を受けたのも罪派が関わっているからと踏んでいたからだ。
あいつらの存在は百害あって一利なし。盗人猛々しいなんて言葉もあるが、完全な悪事に手を染めていても堂々としていやがる。
一般人は勿論、原作キャラも例外ではない。
先日出会ったアータンだって、作中で収集できるアーカイブに邪教の手によって〈罪〉が目覚めたなんてテキストがあったくらいだ。
それで……うん、まあ、察した。
「てめえが事の発端かぁあああああ!!!」
俺は即行で元々の依頼であった人が姿を消す理由──森を徘徊する魔物を撃退した。
多分あの陰険眼鏡司祭の使い魔なんだろうなー、って感じの
したら、途端に正気を取り戻して蛇女の子達がメソメソ泣き出したではないか。
なになに? ヘレナちゃん? マルキアちゃん? リウィアちゃん? あら、ご丁寧な自己紹介ありがとうございます。自分ライアーって言います。別に殺されかけたことは気にしてません。よく殺しに来る変態が居るんで。
ってな感じで事情を聞けば、孤児院を運営していた司祭に無理やり〈洗礼〉を施され、めちゃくちゃ酷いこと言われた結果悪魔堕ちしちゃったらしい。森に居た理由も司祭に脅されて〈洗礼〉に使える人間攫ってこいって指示されたからだって。
はい、絶許。
あの陰険クソ眼鏡、顔面から眼鏡成分を去勢して初めましての顔にしてやる。それだとクソだけしか残らないね。
あの時同行しようとしたのも、俺のこと後ろから刺すつもりだったからだろう。お前らのやり口は知ってるんだよ。だから拒否ったんだ。
ってな訳で、とりあえずその子らは王都に居る知り合いを呼びつけて保護させといて、俺は司祭が居る村へと向かった。
まだアータンが酷いことされてなければいいなー、なんて全力疾走で駆け付けから、もうアータンと司祭が王都に向かってるってシスターさんから話を聞いた。
すっごい良いシスターさんだった。アータンのことめちゃくちゃ褒めてたし、お茶とか頂いちゃった。あとで孤児院にお金寄付しとこ。
的なことを考えつつ、俺はアータンの後を追った。
いや、だってこれ絶対ロクなことにならないじゃん。
だって罪派よ?
悪事の打率9割の強打者よ?
休む間も惜しんで追いかけていたら、街道沿いの宿場の一つである寂れた教会から尋常ではない魔力を感じた。見たことある魔力の色だなぁ。具体的には悪魔堕ちした時のアータンの魔力によく似てるなぁ。
堕ちんちんランド開園!!
始まっちゃってた。
若干遅くなった。いや、依頼とか保護とかやむにやまれぬ事情があったにせよ、若干間に合わなかった。なに? 茶ァしばいてたろ? ごめんなさい。
とにもかくにも、このまま黙って見過ごしたらアータンがひどい目に遭うのは確定だ。いよいよギルシン史上最も不幸な悲劇の死を迎えたヒロインランキング1位の第一歩目を踏み出してしまう。
認めへん。アタイ、そんなの認めへん。
転生したての頃は原作キャラにはあんまり関わらない方がいいかなー、なんて考えてたこともあったけど、もう手遅れなとこまで来ちまってんだよ!
まずはアータンを助ける。
後のことは後で考えるさ。
この世界に来てまだ20年も経ってないが、それでも今まで上手くやってきたつもりだ。
こっちに来て新しい友達が増えた。知り合いも大勢できた。敵味方関係なくふざけ倒しては馬鹿騒ぎし、アホみたいに笑ってきたものだ。
全部が全部楽だった訳じゃない。
死にそうな目に遭いかけたこともあったし、実際死にかけたこともある。
それでも、この世界はこんなにも楽しい。
それでも、この世界は笑顔に溢れている。
だってのに、
あの子の笑顔を見れていない。
そんなのだけは、ごめんだね。
***
「俺が来ちゃったからにはシリアスは死んだと思えよ」
まさに現行犯の現場を目撃した男は、場の緊張感にまったくそぐわない軽薄な声を垂れ流す。
彼が目撃した人影は四つ。
涙を流す一人の少女に、それを取り囲む三人の男。
そんな光景を前に、鎧の男の右手は自然と腰に佩いた剣の柄へと向かって行った。
「ヤダヤダ。大の大人がか弱い女の子を取り囲んですることが虐めかぁ? こんな大人にだけはなりたくないねぇ」
「貴方……あの時の……?」
「おっ、ひょっとして俺のこと憶えてくれてた? ヤダもぉ~、嬉しぃ~~~!」
「……」
名を呼ぶアータンに対し、当人はさながら久しぶりの同級生に会ったおばさんのような反応を返す。
鉄仮面越しでも分かる歓喜の声。そして、手首のスナップを存分に利かせた振りをパタパタと繰り返し、埃が舞い上がる教会内の空気を
しかし、しばらくして正気に返った一人の兵士が槍を構えた。
「お前ェ! 何者だ⁉」
「おっと、これは失礼。俺の名前はご存じないか? それじゃあ挨拶から始めようか。初めまして初めまして、一人飛ばして初めまして! 俺はプルガトリア一の勇者……またの名を──〈転売のバイヤー〉」
「転売のバイヤー、お前の目的はなんだ!?」
「誰が転売のバイヤーだ。俺は転売ヤーがこの世で一番許せねえんだよ。あんな奴等と一緒にするんじゃねえ、殺すぞ」
「今お前が名乗ったんだろうが!?」
「ナイスツッコミ」
兵士の肩に腕を回しながら、ライアーは気さくにサムズアップした。
「──……ッ!!?」
兵士の肩に腕を回しながら、ライアーは気さくにサムズアップした。
「お前、いつの間に──!!?」
「はい、今から首絞めますねー」
「おおお、お前ぇ!!? 事務的な口調でなんて恐ろしいことを゛~……ッッッ!!?」
音も無く兵士に肉迫していたライアーが、宣言通り兵士の首を絞め上げる。
流れるように見事な手際だった。学生の頃、友人の背後を取っては無駄に羽交い絞めにしてきたロクでもない学生生活を彷彿とさせるようだ。
ギリギリと絞められる兵士。
じたばたと手足を動かして抵抗してはいるが、それ以上の膂力を発揮するライアーの前ではまったくの無意味だった。
「ゔっ……」
数十秒後、兵士は膝から崩れ落ちた。
これには未だにアータンを押さえ込んでいた兵士は目を見開き、にこやかな笑みを湛えていた司祭の男の表情にも暗雲が立ち込めてくる。
「……貴様、どうやってここが……」
「おやおや、司祭様。我々どこかでお会いしましたかな? その薄汚れた眼鏡は記憶にありませんねぇ」
「忘れたとは言わせませんよ」
司祭の男はそう言って司祭服の袖を捲り上げる。
腕には、数日前にライアーが腕を掴んだ時の痕がしっかりと残っていた。確かにこれだけの握力で握られたともなれば相当痛かったはずであるが、
「貴様は私の腕に痣を付けた……許されざる罪です。これには相応の罰を以て処せよとインヴィーの神も仰られている」
「絶対仰ってないよ神様……ほら、神様に謝ろ? お母さんも一緒に謝ったげるから」
「不敬者め、口を慎め。他者に暴行を働くのは立派な罪です。子供でも知っていますよ」
「あー、ヤダヤダ。自分がされたら嫌なことは他人にもしちゃ駄目ってお母さんが教えてくれなかったか? 他人を痛めつけるのは良くて自分が痛めつけられるのはだめなんて虫が良過ぎない? お母さんそんな子に育てた覚えはありません」
そう言ってライアーの視線は床の方を向く。
そこには大の大人に力尽くで組み伏せられた少女が、痛みやら何やらで溢れてくる大粒の涙をボロボロ零し、床を点々と濡らしていた。
「……」
神妙な面持ちでアータンを観察するライアー。
視線はドス黒く染まった少女の右目に注がれていた。
「……〈
「っ!」
「悪魔堕ちさせようって魂胆だろ? 罪派の考えそうなこっちゃ」
「……貴様、ただのギルドマンではないな」
「はい、ここで問題です! 俺はギルドから直々に罪派をとっ捕まえるように頼まれたギルドマンでしょーか、それとも聖堂騎士団でしょーか?」
ふざけた口調で騒ぎ立てながら、ライアーはとうとう剣を抜き放った。
鈍色に輝く刃の切っ先はよく磨き込まれたことの証明。瞬く間に魔物の首を斬り落とした切れ味は伊達ではないという訳だ。
人間に振るえば、肉が切り裂かれるどころか骨すら断たれる凶器だ。
それを人に向ける意味は、すなわち宣戦布告。
ライアーは迷いなく、切っ先を司祭が居る方へ突き付けた。
「……答えは牢獄の中で聞かせてやるよ」
「──そこの貴方」
「っ、はい!?」
司祭はドスの利かせた声で、少女を押さえる兵士に呼びかける。
「やりなさい。確実に」
「っ……はっ!!」
「きゃ……!?」
兵士は押さえ込んでいたアータンから手を放し、標的目掛けて槍の穂先を突き出す。
『わっと!?』と間の抜けた声を漏らすライアーであるが、次々に繰り出される突きを剣で何度もいなしていく立ち回りに危うさを感じられない。
「くそっ!? こいつ……!」
「──〈
「!」
一瞬の隙に肉迫したライアーが掌を突き出す。
瞬間、掌に魔力が収束して光を放つ。
〈
兵士の顔が恐怖に染まる。
ほぼゼロ距離からの魔法だった。
恐怖から硬直してしまった兵士にそれを避けられる道理はなく、兵士は迫りくる掌に瞑目し、
「嘘だよ」
「へ? ……ごぁ!!?」
魔力を宿した掌が魔法を放つことはなかった。
代わりにライアーは兵士の顔面を掴み、こめかみに指先を喰い込ませる。
「いっ──いだだだだだだ!!?」
くり出した技はアイアンクローだった。正式名称はブレーンクローである。
「魔力を集中させたから魔法を放つと思ったか? グラブジャムンぐらい甘いな」
「グラ……何!?」
「ドーナツのシロップ漬け。食べると頭が痛くなるレベルの甘さだ。うーん、ちょうどこのくらい?」
「いだだだだッ!?」
グラブジャムンの甘さをアイアンクローで思い知らせるライアーは『ところで』と続けた。
「俺がこのまま指を喰い込ませたらどうなると思う?」
神妙な声色で問いかけるライアーに、兵士がハッとした。
槍を捨てて両腕で引き剥がそうとするも、まったく顔から離れる気配のない男の手。そんな力で顔を掴まれるだけでも激痛だが、問題はこの状態で魔法を使われたらどうなるかだ。
魔法を扱える以上、身体強化魔法を扱えてもおかしくはない。
程度の差はあるが、魔法で身体強化した人間の膂力は常人の想像を優に超えていく。
噂では身体強化した騎士は岩を素手で砕き、鉄すらも切り裂くというではないか。もしも仮にそんな力で握られようものなら……。
兵士の脳裏には、握り潰されたリンゴの光景が過る。
「や、やめっ……!!?」
「ここね、『太陽』」
刹那、ペッカァアアア! と瞬く閃光が兵士と掌の間から漏れだす。
「目がぁーーーっ!!?」
「眼精疲労に効くツボだ」
太陽光に見紛う閃光と眼精疲労のツボ。
誰も期待していない矛と盾の激突は、当たり前のように前者が勝利した。
直後、情けない断末魔が教会内に轟き、兵士はその場に崩れ落ちた。起き上がる気配はないが胸は上下している。どうやら気を失ったようだった。
兵士を無力化し、ライアーは改めて司祭に向き直す。
やや俯いて見上げるように司祭を睨む彼は、内側に凹むような形状の面頬の鉄仮面も相まって、不敵に笑う表情に見えた。
「……〈
「あ、バレた?」
「ここに現れた時といい距離を詰めた時といい、〈幻惑魔法〉で己の位置を誤認させていましたね」
「おいおい、本人を前に種明かしするなよ。それ、マジシャンに一番嫌われる奴だぞ」
嫌そうな顔を浮かべるライアー。
対して司祭は綽々とした様子で続ける。
「フンッ、そんな無粋な真似はしませんよ。ただ忍び込んで来たネズミ相手には必要もないというだけの話だ」
「残念だったな、実は俺はネズミのマジシャンさんだ。さあ、この場合はどうしてくれんだ? 教えてくださいよぉ、司祭さぁ゛ん゛!」
「……〈幻惑魔法〉で景色を欺けたところで、魔力探知さえできれば位置は把握できる」
今の時代、魔法とは体系化された技術だ。
何百、何千年と歴史を積み重ねてきた人間の努力によって洗練された技術は、門戸を広げて多くの魔法使いを生み出した反面、それぞれの魔法の脆弱性についても周知させてしまった。
魔力で生成した幻で相手を欺く〈幻惑魔法〉も例外ではない。
「幻で虚を突けるのは今が最後だ。もう私には通用しない」
「どうだかな? 試してみるか?」
「では、こうしましょう」
「きゃあ!?」
「!」
甲高い悲鳴を上げるアータン。
逃げる間もなく腕を手繰り寄せられた彼女は、司祭の左腕に握られていたバクルスの杖先を蟀谷に突きつけられていた。
これが魔力のない人間であればなんてことはない状況。だが、魔力を持つ人間が杖先を突きつける=刃物の切っ先を付ける行為に等しい。
迷いなく人質を取った司祭に、ライアーは『うへぇ』と気の抜けた声を漏らした。
「人質て、またベッタベタなことを……」
「黙りなさい。まずは武器を捨」
「そぉい!!!」
甲高い悲鳴を奏で、剣はどこか遠くへ飛んでいった。
「……ほらよ。捨ててやったぜ」
「……分かればいいのです」
余りの判断の早さ、そして雑な投げっぷりだった。
アータンどころか言い出しっぺの司祭ですら若干引いている。
しかし、その行為は司祭にとって人質の少女に重大な意味を与えてしまった。
「フンッ、そんなにこの子が大事ですか?」
「っ……!」
「でしたら、本末転倒もいいところだ。人質を取った程度で武器を投げ捨てるとは……その思い切りの良さが貴様の命取りだ」
ゆっくりと──杖先はライアーの方を向いた。
魔力を扱う者なら分かるだろう。司祭の体内で練られた魔力が腕を、手を、そして杖を通して先端に収束していく感触を。
洗練された魔法使いの魔法は鉄の鎧すら貫く。
たとえ鉄仮面を被っていようと鉄の板を穿ち、脳天を撃ち抜くなど造作もない技だ。
「そいつで俺を殺そうって? 俺の目的とか色々聞いとかなくていいのか?」
「今更命乞いですか、見苦しい。今更我々を目の敵にする背信者共の言葉になぞ耳を傾ける価値もない」
「邪教ここに極まれりって感じだな」
刹那、一条の閃光が迸った。
焦げた臭いが辺りに漂う。ライアーの頬──正確には鉄仮面だが、魔法の弾丸で焼かれて赤熱した部位が甲高い悲鳴を上げている。
「言葉には気を付けなさい。我々を邪教と呼ぶなど万死に値する。我々〈罪派〉こそ、真にインヴィー教の教えに殉ずる教徒なのです」
「それで? その殉教者さんはか弱い女の子を虐めてどうしようってんで?」
「……我々〈罪派〉の目的は常に一つ」
司祭の歪んだ口は、こう紡いだ。
──魔王復活ですよ。
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