10話目 スラム街での乱闘

薄暗い空の下、日が出始める前からキングスフォールは活動を始めている。鉄道の町として知られるこの大都市は、夜明け前から活気に満ちていた。


キングスフォールの東の入り口であるグランドターミナル鉄道駅のプラットフォームでは、魔動列車が壮大な音を響かせながら出発し、蒸気の白い柱が空へ向かって昇る。鉄道職員が、ダイヤグラムを確認しており、運搬人が荷物を下ろし、夜勤の労働者達のグループを組んで談笑しながら仕事を続けている。


鉄道職員が迅速にダイヤグラムを確認し、運搬員達は荷物をせわしなく積み上げている。 内円部のパン屋からは、焼きたての香ばしいパンの香りが漂い、暖かい雰囲気をそこに作りあげた。




こんな暖かい場所とは程遠い、キングスフォール外部部のスラム街。 夜明けの光が少しずつ街を染め始めている中でも、この一角はどこか沈んだ空気に包まれている。


歪んだ石畳の路地には泥とゴミが散乱し、歩くたびに足元が不快な音を立てる。 建物はどれも古びて崩れかけ、陽光を遮るように張り出した木の梁や洗濯物の影が道を覆っている。


通りを行く交う者たちは誰もが目を伏せ、急いで歩いていく。 壁際には痩せ細った子どもたちがうずくまり、ボロ切れに包まれて寒さを凌いでいる。 遠くから聞こえる酔いっ払いの大声や争うような泣き声が、この場所の厳しさを物語っていた。


そんな薄暗い路地の中、チンピラの集団が、歩く足音を響かせながら子連れの二人組に近づいてきた。

片方は黄緑色の髪を持ち、桃色の瞳が優しさにあふれている人間で、シンプルな衣服を纏っている。しなやかな肢体と、整った顔立ちはどこか神秘的で、自然と欲望を掻き立てる魅力を放っていた。明らかにこちらを見て動揺しており、目が泳いでいるカモだ。

もう一人は小人族グラスランナー、もしくはドワーフの女性だろうか。子供程の背丈で黒フードを深くかぶり、不気味な笑顔の仮面を被っている。背には身の丈程の長銃を担いでおり、腰には鉤縄を輪に巻いたものが付いている。

子供はルーンフォークなのだろう。首は金属であり、笑顔の仮面の魔動機師マギテックに抱っこされている。靴は履いておらず、布で巻かれている。



そんな奇妙な3人に、数人の男たちが不穏な笑いをじっとしながら近寄って来る。リーダー格の男が足音を響かせながら近づいてきた。 彼の髪は後ろで無造作に結ばれ、額の右側に大きな十字の傷が深く刻まれ、その傷のせいで一層、威圧的な表情が際立っている。首元の痣や額の小さな角から、一度命を落とし、禁断の魔術で蘇った人生の落伍者の証......穢れ付きか悪夢の子ナイトメアだということが分かる。

長身で少しの体型は、どこか軽やかに見えながらも、その立ち姿にはどこか危険な匂いを感じさせる。


「おい、お前ら。何してんだ?」


低い声が響き、リーダーはじっと子どもを連れた二人を見つめた。 赤いロングコートが道にひらりと揺れ、白いシャツと黒いズボン、丸みを帯びた黒靴が、威圧的な強者の佇まいを作っていた。その精錬さとは裏腹に、言葉にこもる威圧感は尋常ではない。


その後ろにいるチンピラたちは、無駄に声を上げながら笑っているが、その目は冷たくて、イチャモンをつけるための理由を探しているようだった。

そんなチンピラを横目に、フードを被った仮面の人物は、抱っこをしていた子供を地面に下す。



「俺はよぉ、ここらを縄張りとしているヒクマってもんだ。お前ら、流れ者だろ?

俺に挨s『徹甲弾クリティカルバレット装填、ターゲットサイト、ロック』

仮面の人物が発した魔動機文明語の起動語コマンドワードに即応し、魔動制御球マギスフィアが銃と瞳に力を与える。


仮面の人物は無駄のない動作で長銃の銃口を喋っているヒグマの膝に向けて何の躊躇もなく引き金を引いた。


ドン!といった魔弾の音が静かなスラム街に響き渡る。

『なんだ、貴様。フッドのように臭い体臭で私に喧嘩を売ってきおって。』


ヒクマは、片方の足が撃ち抜かれたことで重心が傾き、苦悶の表情をしながら地面に倒れた。


「「「「お、お頭ぁ!?」」」」


『ちょーーい!何してんのインテゲルさん!?リベリスの教育に悪いでしょ!!』


『む?......だが、こんな道を通る時点で教育も糞もないだろう。』


『ひとがたせいぶつにこえをかけられたらそくざにこうげき......きおくしました。』


『即座に攻撃じゃないよ!?駄目だよリベリスちゃん!?』


「ザッケンナコラー!」

「スッゾオラー!」

「ダッテメッコラー!」

「ナンオラー!」

「ドグサレッガー!」


魔動制御球マギスフィア起動。弾けろ炸裂弾グレネード。』


正確に飛んだ銀色の球体が空中で炸裂。爆炎が夜明け前のスラム街を明るく照らし

チンピラの周りに猛炎と爆風が広がる。


「「「「「アバーーッ!!!」」」」」


『ですから、インテゲルさん!?まずいですって。』


『確かに、魔動制御球マギスフィアにも限りがある。だが、私たちはどちらも後衛だ。初手に全滅させるしかなかろう。』


『私が〝恋歌ラブソング〟でも歌って傀儡にすればよかったんですよ!』


『しかたない、さっそくカイの魔石を投げてガスト魔法生命体で足止めしよう。プリマ、頼む。』


『もう!絶対避けられた出費なのに!!』

プリマはそういうと魔石を精一杯投げつける。


その投擲には全く勢いがなく、ヒクマの目の前でポトッと落ちる。


『な、なんで出てこないんです!?!?』

そういいながら焦りながら魔石を投げ続けるが、軽い音と共に地面に落ちるだけである。


『そういえば、強い衝撃が必要と言っていたな。』


インテゲルは残り少ない魔石を一つ握り、思いっきり地面に叩きつける。

とたん黒い靄の様なものが人の子供様な形となり、チンピラに襲いかかっていった。


『うぅ、やっぱり私は貧弱です......。』


『何を分かりきった事を。ほら行くぞ。』




3人は人目を避け、スラム街の奥にある薄汚れた建物へと足を運んでいた。扉をノックし中に入る。誰も居ない様に見えたが、空気が揺らめき、透明だった姿が徐々に現れた。口元が見えないほどの長いのヒゲを揺らし、ぼろぼろの服を身にまとい、大きな獣耳が特徴的な、挙動不審な手配人レプラカーンの手配人が姿を現す。


「ヒスウさんから話は聞いてますぜ。」


彼は耳をぴくりと動かしながら小声で言うと、大きな目を周囲に走らせて警戒するように見回した。薄暗い建物の中は湿気とカビの臭いが立ち込めており、床にはひび割れた石板が敷かれている。


「先に例のモノ、お願いしやす。」


インテゲルが小袋を取り出し、手配人に放り投げる。彼は小袋を手に取ると、素早く開け中身を確認し満足げに微笑んだ。


「間違いないっすね。お金さえいただけりゃ、人族だろうが蛮族だろうが俺にゃ関係ないってもんです。ですが......。」


『今回の人数は3人とでもいいたいのだろう?』


「申し訳ございやせんが、あっしは蛮族語は疎いもんでして。」


「そうだったな。ではこれはどうだ?衝撃を与えるとガスト魔法生命体が出てくる魔石だ。」


「へぇ!これまた珍しい。言ってみるもんですね。へっへっへ。」


手配人は下卑た笑いを浮かべつつ、壁際に積まれた木箱を動かし、その裏から鍵を取り出して足元の石板の割れた面に差込みぐるりと回した。隠し扉の錠が開けられ、扉が重たい音を立てて開くと、暗く湿った空気が3人を迎えた。地下へと続く階段は狭く急で、足元には水が溜まっている。


「さあさあ、中に入って。先ほど戦闘があったもんですから、急がないと巡回が来るかもしれないんでね。」


手配人は慌ただしく階段を降り始める。3人はその後に続き、湿気のこもる地下水道へ足を踏み入れた。


「ここは昔、外壁を作る時に掘られたもんでしてね。今はあんまり使われてないんですが、俺たちには便利な抜け道でして。」


彼の声はどこか得意げでありながら、警戒心を捨てきれない様子が見え隠れしていた。一行が無言でついてくると、彼は時折振り返りながら道を進む。


やがて、前方に鉄格子が現れる。手配人は再び鍵を取り出し、手慣れた手つきで錠を開けた。


「ここを抜ければ内円部でっせ。ただし、ここから先は自己責任でお願いしますぜ。警備に見つかっても俺は知らねえっすから。」


鉄格子を開けると、薄暗い地下道から石畳の街路が見えた。その先には華やかな街並みがそびえ立ち、洗練された美しさを湛えていた。


「それじゃあ、お達者で。」


「あっ、ちょっと待ってください。」

手配人は軽く手を振り、3人に背を向けると、そそくさと立ち去って行こうとする。

プリマは手配人を引き留めると背負い袋からから小さな紙片を取り出し、小銭と共に手配人に手渡した。


「これもヒスウさんに頼んでおいて下さい。」


手配人は紙を受け取り、その内容をざっと目で追うと、再び微笑みながら頷いた。


「了解っす。伝えておきますよ。この内容であればお昼にここに来て頂ければ。」

では、今度こそ、そういいながら手配人の姿は徐々に薄くなり、透明となって去ってしまった。


出口を抜けた瞬間、日が昇り始めた街が視界に広がった。淡い朝焼けの光が石畳を照らし、商人たちが露店を開く準備を始める姿がちらほらと見える。まだ静けさを保つ街路には、昨夜の喧騒の名残がわずかに漂っていた。目の前に広がる華やかな街の息吹を感じられ、近くのパン屋からは、店先に並べ始めた焼きたての香ばしいパンの香りが漂っている。

その香りを嗅いだリベリスのお腹がかすかに、くぅーっと情けない音を発する。


「ふむ、先に腹を満たすとしようか。」


「お昼まで時間が出来てしまいましたしね。食事が終わったらリベリスの服も買いに行きましょう。」


一行は朝焼けに包まれた街の中へと足を踏み出していった。


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