9話目 妖魔の会議は進まない
拠点の中に静けさが戻り、月明かりが窓から差し込む中、「リベリス」という名前が決まった瞬間、小さな声が漏れた。散々騒がしくしていたので当然といえば当然だが。
「……りべりす……?」
少女が瞼をゆっくり開ける。そのオレンジがかった茶色の瞳が柔らかく光を反射しながら、周囲を見渡した。
「ごめんなさいね、起こしちゃったわね、リベリス。」
レプティが優しく声をかける。少女の顔に浮かんだのは、ほんのわずかな戸惑いと不思議な安心感だった。
「りべりす……それが、わたしのこたいめいしょう……?」
まだ眠気の残る声で少女が呟く。誰かが静かに頷き、微笑みながら答えた。
「そうだ。君の名前だよ。」
少女は、その名前を何度か口の中で繰り返す。やがて小さな笑顔を浮かべた。そして、そっと自分の胸元に手を当てる。
「では、〝りべりす〟でとうろくしました。よろしくおねがいします。レプティ、カイ、プリマ、インテゲル、ローグ.......ありがとうございます。」
少女──リベリスは深々と頭を下げる。
「んふ~~!やっぱりかわいいですぅ!!」
そんな少女をプリマは抱きしめ、レプティは頭を撫でてあげている。名前も気に入った様子を見て、大役を終えた安堵感が全員の間に広がり、少しばかりの達成感すら感じられた。
「リベンジ+アリスってところか。
「さて、これで一息ついている場合じゃないわ。私たちはリベリスの事をもっと詳しく知る必要があると思う。」
何でもいいから気になったことを教えてとレプティが話を仕切り直すように声を上げた。
「マァ、一晩で急成長するルーンフォークっつーのが不自然だしナァ。」
「遺跡で手に入れたファイルや石板はマナカメラで保存してある。解読しようと思ったが専門用語が多すぎてわからん。」
インテゲルは
「おい、リベリス、笑え。そう、いい感じだ──よし、撮るぞ。」
インテゲルがシャッターを切ると、リベリスは目をぱちくりさせていた。
「ちょっと待った、僕も撮りたい!」
とカイが横から割り込み、指でハートを作りながらリベリスの隣に滑り込む。
「リベリスちゃん、人差し指と親指をクロスさせて!はい、ハート!イエーイ!」
カイはリベリスを抱きかかえ、空中を浮かびながら満面の笑みを浮かべポーズを取る。リベリスは困惑しながらも指でハートを作っている。
私も~とプリマも浮いて、両手でハートマークを作る。
「おいおイ、俺にもやらせロヨ!」
ローグがずかずかと近づき、今度はリベリスを肩に乗せようとする。リベリスが軽く抗議するように身をよじるも、ローグは意に介さない。
「この方が絵になるダロ?さあ、撮レ!」
「まあまあ、落ち着きなさいよ。せっかくだから私も一緒に。」
レプティが蛇の髪をかき上げ、優雅にポーズを決めながらリベリスの背後に立つ。蛇たちが小さなハートサインを作り出している。
「ふふ、これで完璧ね。」
シャッター音が鳴るたび、リベリスの表情はさらに固くなっていく。
「……あと、君たちが遺跡で手に入れた戦利品を区分けしてる時、中身の入っていない細長い箱があった。これは何か関係あるかな?」
ようやく話題を本筋に戻そうとカイが尋ねるが、その手はまだハートマークを作っている。
「あァ、それは遺跡の入り口で見つけた奴ダ。綺麗だったし、売れると思って持って帰って来タ。」
ローグがサムズアップのポーズを取り、堂々と答える。インテゲルがその瞬間をまたも撮影する。
「中身は?」
「元から空だっタゾ。結構硬くて開けにくい箱だから、中身だけ誰かが持ち去ッタんじゃネェカ?」
「では、私も一つ。もしかしたら、この胸に付いている
プリマがリベリスの手を取り、軽くこぶしを握った手を、頬や顎に添える仕草をさせながら写真を撮られる準備を整える。
「確かに、他のルーンフォーク全員がこれを付けてはいないのよね?であれば、きっと生命維持装置なんじゃないかしら?」
レプティが髪の蛇たちを動かし再びポーズを決める。蛇たちが「良い角度」を模索しているのが見て取れる。
「だが、あくまで憶測。
インテゲルがようやく写真を撮り終えると、リベリスは疲れ果てた表情でため息をついた。
「え?......また私一人で街に潜入ですか!?」
「いや、今回は私も同行しよう。
「どちらにしても遺跡の戦利品も換金とアイテムの購入はして欲しかったし、時期が早まっただけよ。」
「でも……」
プリマはそう不安に目をつぶる。
「冒険者が不安なのは分かるが、街の情報網を使わない手はない。」
「インテゲル以外、他に誰か行く?」
「レプティと俺は交易共通語が話せ無イ時点で難しいだロウナ゙」
ローグが無骨な声で答えた。
カイは部屋の隅にある散らかった作業机の前に立ち、自分の手で広げた器具や薬草を見下ろしていた。机には様々な魔法道具の素材が並び、どれも一見しただけでは用途が分からないものばかりだ。彼は肩越しに振り返りながら口を開く。
「今回も、僕はパスだね。今マジックアイテムの製作が軌道に乗っててね。完成させたいんだ。」
「リベリスは、連れていくのですか?」
「ああ。こいつ自身が鍵が掛からないかもしれない。」
「それが、あなたがたのしじであれば、わたしはしたがうまでです。」
彼女の決意を感じ取ったのか、インテゲルは微笑みを浮かべることなく短く答えた。
「なに、君ならできるさ。」
その言葉にプリマは少しだけ表情を緩め、安堵したように頷いた。
「それで、もし何かあれば私が対応する。」
インテゲルの言葉はどっしりとした信頼感が伴い、プリマの表情に一瞬だけ安心の色を差した。だが彼女はすぐにそれを隠し、準備に戻る。
3人はそれぞれ必要な荷物を準備し始めた。リベリスには一番綺麗なローブを着せ、服の裾を整えてやるプリマの手つきは慎重だった。荷物の中身も改めて確認し、換金品や武器をひとつずつ吟味する。その様子を眺めていたカイが、机の上から紙と禍々しい紫色の水晶を数個取り出し、軽い調子で渡してきた。
「これが今回街で買ってほしいアイテムね。あと、試作段階だけど、はいこれ。」
プリマは少し眉をひそめながら受け取る。
「これは、魔石?」
「これに強い衝撃を与えると
プリマは魔石を指先で転がしながら微かに笑みを浮かべた。
「ありがとう。使う機会がないのが一番いいのだけれど。」
荷物を詰め終えたインテゲルが外の様子を確認するために窓を少し開けた。冷たい夜の空気が室内に流れ込み、燭台の炎が一瞬揺れる。プリマは肩紐を引き直し、荷物を抱えながら立ち上がった。
「行ってきます。」
短く宣言する彼女の言葉に、カイとレプティ、ローグがそれぞれ手を振った。
「気をつけて。」
レプティが優しい声で送り出す。プリマはその声に応えるように軽く頷いた。
リベリスの手を引き、荷物を持ちながらプリマとインテゲルは見張り台の扉を押し開ける。冷たい夜風が吹き抜ける中、彼女たちの姿は静かに闇の中へと溶け込んでいった。星明かりが僅かに彼女たちの背中を照らし、その影が地面に揺らめく。
見張り砦に残ったカイは、再び机の上の道具へと向き直り、手を動かし始める。
ローグはハンモックで眠りについており、その横で、レプティは窓から夜の闇を見つめながら、どこか遠くを思うように静かに呟いた。
「無事に帰ってきなさい。」
しかし、そんなレプティの言葉を嘲笑うかのように、窓の反対側の空では
冷たい風が空気を揺らし、紅色の光がまるで水の中に絵の具を垂らしたかのように広がり始める。
最初はただのひと筋の輝きに過ぎなかったが、それが次第に大きくなり、紅や紫が広がり、波のように空を覆い尽くしていく。
空全体に広がるその光は、目にぬ異変を告げるかのように、凍えるほど冷たい輝きで空を満たしていた。
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