8話目 妖魔全員集合

夕暮れも近づき、廃れた見張り砦には4人の騒がしい汎用蛮族語が響いていた。


「あぁ、帰ってきた。」と胸の中でつぶやきながら、砦にたどり着いた。


人間の仲間といる間は常に気を張っていなければならなかったが、ここではもう変装の必要はない。衣のを羽織り、ふわふわと宙を浮きながら壊れた屋上の屋根から声がするホールへ進む。


屋根の隙間から砦に入り、階段下を見下ろすと、仲間たちは見慣れない少女を囲み言い合いをしていた。




「おかえり、プリマ。早かったね。」


軽く手を振りながら声をかけてきたのはカイだった。


「あら、驚かそうと思ったのにバレちゃいましたか。」

プリマは口元を軽く隠しながら冗談めかして答える。


「同じ飛ぶもの同士だしね。空気の流れでわかったんだよ。」


「それで……これは何があったんです?あの少女は……?」


「あー、それは──」


と、カイが言葉を発そうとした瞬間、ローグがイライラとした表情で怒声を上げる。


「あー、うっセェ、うっセェ、うっセェわ!!

おい!インテゲル!!憂さ晴らしにフッドでも狩りに行くゾ!!」


「やはりフッド狩りか、いつ出発する?同行しよう。」


怒りで周りが見えてなかったのか、ローグはプリマが帰ってきたことを気づかず扉を荒々しく開けて去っていっく。

インテゲルはプリマに気が付いたのか、一緒に行くか?と親指を扉に指差しジャスチャーをする。


「プリマ、帰ってきたか。今から楽しいフッド狩りだが同行するか?」


「いや、もう昨晩仲間と共に戦闘したばっかりなので......」


「そうか、人間の街に行ってもフッドを狩っていたとは。流石は私と同じ神を信仰する同士だ。では、今日は休むと言い。」


インテゲルはうんうんと頷き、プリマの肩をポンと叩きローグを追って出て行った。


「えぇっと……?」


「おかえりなさいプリマ。悪いわね、ちょっとゴタゴタしてて。」


帰宅したプリマは、ひとまず早めの夕食を摂ることにした。

いつもは、インテゲルが料理をしているのだが、今日は助けた牧場主から貰ったラム肉をシンプルに丸焼きにする。

暖炉に入れたラム肉から、美味しそうな脂と肉の濃厚な匂いが漂う。

無表情ながら、興味深そうに肉が焼かれる様を眺める少女。

レプティがナイフで一口サイズに切り分け、皿に盛っていく。


少女は目の前に並んだ食事を見て、少し困惑しているようにも見えた。きっと、それがなんなのかよくわかっていないのだろう。けれどラム肉のいい匂いが鼻腔をくすぐった瞬間、その小さなお腹が「ぐう」と鳴る。


「あはは、お腹空いていたのね?」


プリマは小さく切ったラム肉をフォークで刺し、口元に運ぶ。


「どうぞ!」


その言葉に、無表情な少女は肉を口に入れた。

次の瞬間、目を見開いて、プリマを見上げる。さらには、必死にもぐもぐと口を動かす。


「かっわいいですぅ〜!!!」


レプティもカイもその様子をみながら食事を始める。肉汁が抜けていてそのままではパサパサするが、貰ったソースをまぶすとしっとりとなって、柔らかい肉の感触と味わいを取り戻す。

そして、これまでの出来事をお互い説明しながら食事を進める。


「なるほど、遺跡から保護した成長するルーンフォークですか。とても愛くるしいお顔で可愛いですねぇ。しかし、何でローグさんは少女に名前つけるの反対したのでしょう?」


「・・・・・・名前を付けると、手放しづらくなるってさ。」


「そんな、犬猫じゃないんですから。」


「まぁ、ローグは最後までこの少女を育てる事を反対してたしね。

インテゲルは成長するならフッドを殺す術を伝授しようと息まいてたけど。」


「あの二人は純粋な蛮族ですし、そういった面が強いんでしょうかね。」


「素直じゃないだけよ、あいつローグは。」


なるほど、などと言いつつ、プリマは少女の頭を愛おしげに撫でる。そんな彼女のの様子は、新しいペットを買ってもらった子供と遜色ない浮かれようだ。顔が緩み切っている。


「ローグもローグだけど、プリマの溺愛っぷりも半端ないわね。」


「弱者救済と女性の守護神とされる女神を信仰してるんだからそりゃね。

弱者の中でも特に子供と女性を守る為に戦うんだから。」


「インテゲルは、同じ神を信仰してるのよね?」


「勝手に信仰してるだけな気もするけどね、インテゲルの場合は。

フッドを殺せば弱者は死なないだろう?という理屈でゴリ押すし。」

まぁ、間違ってはいないから厄介なんだけどとカイは呟く。


「そういえば、名前の話が上がっていたということは皆さんいくつか候補があるんですか?」


「ローグは、肉・飯・デザートとか言ってたわ。」


「ダメです!!食べちゃいたいくらい可愛いですが、物理的なのは絶対ダメです!!!」


「まぁ、ローグも本気で言ったわけじゃないよ。騎獣にはちゃんとアルム凶器とか名付けているんだし。」


「僕は、フィリア・レプティとかが良いと思うんだけどね。」


「フィリア・レプティ......何故姓を同じに?」


「そこの少女はレプティが産んだからね?」


「だから、そうだけどそうじゃないって!」


「あ....え......?産ん......?え?えぇ?」


「壊れちゃった!!」








憤りがじりじりと胸の奥に食い込こませる。

内臓を内側から噛まれるような苛立ちを腹から練り上げ、それを妖魔を率いて列車を襲っていた蛮族ににぶつけている。


その蛮族は、青黒い肌で、肩や肘、指先などが鋭く尖っていた。顔立ちは人間やエルフに似ており、 大きな角を持つのが特徴だった。

実力本位の蛮族社会において、ドレイクやバジリスクと並ぶエリート、魔人と蛮族のディアボロカデット幹部候補は見るも無残な姿で地に這いつくばっていた。



「オォい。テメェが指示を受けたのは聞いてんだヨォ。犬みてぇに腹這いになってんくらイダァ、従順にご主人様の言う事聞いていたんダロォ!!」

恫喝するように語気を荒げる。


「うぐ……きさ、まぁ!!誰に抗争を仕掛けたか、わかっているのか……!」


「さっきまで俺に部下になれトカ、無残な死をくれてやろうとか言ってたよナァ……。もういっぺん言ってミロヤァ!!」


ローグは自身がすっぽり隠れる程の大盾を、振りかぶりその鉄塊をディアボロカットの頭を潰した。


「次はテメェダァ……。」


インテゲルは息の無い蛮族の剥ぎ取りを行いながら、八つ当たりのように蛮族と魔神の小部隊を痛めつけるローグを傍目にみる。


「デ、デミアン!!〝悪路魔人〟のデミアン様です。」


「誰だそいつはァアア!!」


あまりに理不尽。ローグ再び大盾で頭を潰し、痙攣する死体に蹴りを入れていた。

口汚い言葉を罵りながら、肩で息をしている。


ディアボロカットの剥ぎ取りも終え、インテゲルはローグに声をかける。


「なぁ、ローグ。今日はどうした。やたら苛ついてるが、そんなにあのルーンフォークの少女が気に食わないのか?」


「楽しげにフッドを殺す復習鬼のオメェには言われたくネェヨ。」


ローグはガリガリと頭を掻き、ハァ、と深いため息をつく。


「あのガキが笑うたび、腹の中から囁かれるだヨォ。

弱きものを守れ、命を育むのは尊い事だってナァ.....!!!」


「ふむ?お前にそんな人間のような弱者救済の意思があったとは。お前もミリッツア様を信仰するか?」


「俺がそんなモノ持ってる訳ねぇダロ。俺の身体に入ってる忌々しい魔剣のせいダ。」


自分の胸が裂け、細かく割れ、そこに陽だまりの様な風が吹き込み、自分を作り替えよるとする。自分を高潔か何かに変えようとするその魔剣を苛立ちで抑え込んでいたとローグは語る。


「難儀な体質だな。今はいいのか?」


「アギャァ?」


「ある程度暴れたお陰デナァ。はぁ、帰りたくネェ......。」


鉛の靴を履いているように重い足でアルムに乗りる。

後ろにインテゲルを乗っけ、2人と一匹は見張り砦に帰ったのだった。







帰りたくないとウジウジするローグの意思とは関係なく、アルムは歩を進める。

荒れた山道を抜け、頂上見張り砦が見えた頃だった。

古びた石造りの建物は、夕焼けに照らされて陰影をまとい、ローグの心境を反映させているのか不気味な迫力を放っている。

着いてしまったという顔をローグがしていた時――


「きゃぁあああああああぁああああ!!」

それは、絹を引き裂くような、耳をつんざく悲鳴が辺りに響き渡った。2人は顔を見合し―――


「行くぞ!」


足音を砂利を鳴らし、急いで扉へ向かう。

扉の前で一瞬だけ息を整えた後、一気にそれを押し開ける。 錆びた蝶番が悲鳴を上げ、砦の中の闇が、まるで口を開けた獣のように二人を飲み込む。


そして、2人の目に入ってきた光景は――


「きゃあああ!!!もうこの子本当に可愛いですぅううう!!!」


ルーンフォークの少女を抱きしめているプリマの姿であった。

2人はすっころんだ。








 閑話休題








少女は、眠くなったのかうつらうつらと船をこぎ始めていた。

レプティが優しくブランケットを被せてあげる様子を全員は見つめる。

そして、全員席に着いていることを確認し、レプティは口を開いた。


「ではみんな、この子に名前を付けましょう!」


「このこ、ローグの発言に結構傷ついていていたんですよ?

悲しそうに『では、〝じっけんたいいちごう〟と呼んでください。』って。」


「悪かっタヨ。今度はちゃんとやルサ。」


シーブス食事とかもダメだからね?」

とからかうカイに対し、


フィリアもダメよ。」

とレプティは牽制する。


「それで、どうやって決めるんです?納得いく名前にしたいですよね。」


「私とローグが居ない時は、どういった案があったのだ?」


「僕は、人間の本の童話からアリスって名前にした。」


「静かな子だからシレンテ、人形みたいに可愛いからプーパとかも上げました。」


「まぁ、こんな感じで全然決まらなくてね。なので私が傭兵時代の仲間に伝わる名前の儀式をやろうと思うわ。」


この紙に名前を書いてちょうだいと全員に紙を配る。


そして、レプティは名前を書いた後、紙を折りたたむ。


「...紙飛行機?」


「そう!全員でこの紙に名前を書いて紙飛行機に折るの。最後まで飛んだ名前こそ、この子の未来ってことよ!!!」


「ええっ、本気でやるんですか?」


「もちろんよ。傭兵仲間の誰かが子供を身ごもったらこれで命名してきたの。公平で、やはり運命的で楽しいでしょ?」

レプティはにっこりと微笑みながら、自分の紙を丁寧に折り始める。


「ケケッ。そりゃ面白そうダ。」


「当時は紙も高いだろうによくやる。」


「なかなか斬新な決め方だね。なら、僕の『アリス』が勝つに決まってる。」


「えぇっと、それじゃ私も参戦する!『ルーナ』って名前を提案するわね。」






「よし、準備はいい?全員、せーので飛ばすわよ!」


「「「「「せーのっ!!!!!!」」」」」


レプティが掛け声をかけて、全員が同時に紙飛行機を放つ。

紙飛行機の行方を全員が見守る中、部屋は混沌とし


「あぁああ!僕のが最初に墜ちそう!?頑張れ!!」


「よし!よし!いいぞ私のデストロア!!」


「そんな名前なんです!?」


「フッーー!!フッーー!!」


「あ!ズルいぞローグ!!」


「私の紙飛行機どれでしたっけ!??」


「ええい!みんな無駄に魔法とか息で遅延行為しないで!」

レプティが笑いながら注意するが、全員の熱は止まらない。


紙飛行機たちは部屋を飛び回り、一部は途中で失速しながらも、それぞれの軌跡を描く。 各々が飛行能力や魔法等を使い各々の紙飛行機を一秒でも長く飛ばそうとする。そして、そんな混沌のなか最後に残った紙飛行機がフワフワとゆっくりな歩道を描きながら、静かな寝息を立てる少女の枕元に着陸する。

その瞬間、部屋の声が少しだけ静まり返り、全員がその紙飛行機を見る。

レプティが歩みを進め、そっと紙飛行機を拾い上げて開くと、中には「リベリス」という名前が書かれていた。


「リベリス……。うん、子のいい響きだわ。この子の名はリベリスよ!」


レプティが微笑みながらそう言って、全員が納得したように頷く。

リベリスを見ると、その顔にはほんの少しだけ笑っているような表情が浮かんでいた。

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