7話目 目覚める者達
カーテンの隙間から、日の光が差し込む。
その光を受けてプリマは目を覚ました。
ぼやけた視線がはっきりとし出し、見慣れない木目の天井が目に入る。
「知らない天井......ここは......。」
ずいぶん長く眠った感覚があり、体全体が心地よく痺れている。
周りを見渡すと、木製の簡素な梁と、壁に掛けられた雑多な荷物がある。
窓の奥からは羊の鳴き声と、穏やかな風景を彩る鳥のさえずりが聞こえてきた。
太陽の高さから昼頃なのだろう。
プリマは自分が羊牧場の家のベッドの上にいることに気づいた。
そこにガチャリとドアノブを開ける音がする。
「……あ、目が覚めましたか!」
驚いた声に振り向くと、部屋の扉の辺りに若い男性が立っていた。
たしか、アローフッドに肩を射られた牧場主の息子だったはずだ。
「今親父を呼んできます!少々お待ちください。」
彼は慌てた様子で部屋を出て行った。プリマは首を傾げながら、自分の喉元を軽く触れた。どうやら自分が
あれから、一体どうなったんだろうか。
あの3人は無事だろうか。蛮族の群れはどうなったんだろうか。そういった疑問が浮かんでくる。
プリマが考えに沈んでいると、静かにドアが開かれ牧場主が入って来る。
「おお、
「はい、おかげさまで体の疲れもだいぶ癒されました。……あの、襲撃はどうなったのですか?」
牧場主は、深く感謝の言葉を述べ、襲撃後の説明をしようと口を開く。
その時、ドタバタと忙しない足音が近づき、部屋の扉が勢いよく開いた。
「よっかたですぜぇ! プリマ様が目を覚ましてくれたおかげで、俺ぁほんっと安心したぜぇ!」
口の周りには涎の跡があり、目には目ヤニが付いたままである。
しかし、そのようなことは、気にならないとばかりに、声には大袈裟ともいえるほどの熱意が溢れている。
「もちろんよ!寝顔も、それはもう人とは思えないほど美しくてよぉ! でもその元気な姿と瞳が何より美しいぜぇ!俺、また惚れ直しましたぁ!!」
この人、〝
そんな事を考えながらも、ペプシの求婚を「はいはい。」と受け流し、2人に襲撃のあとどうなったかを聞く。
「襲撃自体は、なんとか無事に退けられました。あなたが倒れた後、ペプシ様方はグレムリンから拠点を割り出し、残党を始末したそうです。」
「グレムリンの野郎スグ嘘を付きやがるもんで、その度に指を折ったりと大変でしたぜ!ですが、そのおかげで拠点はあっさり見つかり、敵もフッドが数体居ただけで、寝てたもんだから簡単に仕留めれましたぜぇ!」
「レベッカ様とサーマル様は、ギルドに報告する為、先にギルドに帰られました。
緊急依頼であったのでギルドには朝一に報告したほうが良いだろうとのことです。」
「なんで冒険者じゃない俺ぁこうしてプリマ様に付き添っていたわけです!」
「レベッカ様とサーマル様から、言伝を預かっています。
『プリマさん、目覚めたら、ギルドに来て下さい!感謝を伝えきれてませんし、報酬の分配もあります!受付の方に私たちの名前を出してください!』
とのことです。」
レベッカとサーマルが無事であることに、プリマは安堵の息を漏らす。
そして、情報を整理し、静かに目を閉じて深く考える。
人間からセイレーンとなり、周りには男を憎むセイレーンしかおらず孤独だった日々もあった。今は蛮族の仲間のお陰でそんなことはないけど、人間だった頃に思いを馳せることもあった。
今回のこの旅は、人であった頃を思い出す事が出来、疲れたけどとても楽しかった。
だが、自分がこれから冒険者の彼女たちと行動を共にするのは危険だろうと考える。
今回はバレなかったが、冒険者には人と蛮族を見分ける事の出来る人も多くいるだろう。
(私は蛮族……セイレーン。本来人間とは敵対する種族なのだから。)
その事実が頭をよぎり、少し胸が痛んだ。 しかし、現実を無視しても状況は変わらない。
プリマは、この後どうすべきか、心の中で決断を下す。
「プリマ様、どうしました?まさかまだ御身に何か怪我や病気でも!?」
ペプシの声で我に返る。 彼は心配そうにこちらを見つめていた。
プリマは少し笑顔を作りペプシに頼みごとをする。
「ペプシさん。お願いがあるんです。聞いてくれますか?」
「プリマ様の頼み事なら何だってこなして見せますぜぇ!!!」
プリマは、ペプシの耳にやさしい一息に続く言葉で、そよ風のように囁いた。
「では、先にギルドに向かい私が目を覚ましたことを二人に伝えてください。
二人とは仲良くしてくださいね?貴方はもう人を囲い込むチンピラではないのですから。」
プリマはペプシのすぐ耳元で喋っていたので、その言葉はあたたかい湿った息と一緒にペプシの体内にそっともぐりこんできた。
「ですが、それだとプリマ様は一人で帰る事となりますぜぇ......。」
とろけた表情で心配をするがプリマはまるで封をするようにその唇の上に指を一本置いた。
「ここから駅までの距離なら私でも歩いて帰ります。そして、これは足の速い貴方にしか頼めないのですよ、ペプシさん?」
ペプシは放たれた矢の様に勢いよく扉から出て行った。
「うぉおおおおおおおお!!必ずやり遂げますぜプリマ様あぁあぁぁぁ.......!!!」
その後、プリマは牧場主に介抱してくれたお礼を告げ、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
壊れた屋根の隙間から、日の光が差し込む。
その光を受けてローグは目を覚ました。
ぼやけた視線がはっきりとし出し、忌々しいほどの青空が目に入る。
「知ってる空だぁ......腰が痛ぇ......。」
石床の床で雑魚寝していたからか腰が重石をつり下げたような鈍痛がする。
はて、なぜこんな場所で寝てたんだったか。
確か、遺跡から赤子を持ち帰って、世話するという話になった。その瞬間、砦内に
自分がここにいるということは負けたんだろう。そして睡魔に勝てなかったといったところか。
――フンッ
不機嫌に鼻を鳴らし、二度寝でもしてやろうかと寝返りを打とうとすると同時に腕に何か温かいものを感じる。
「んだぁ......?」
カイと一緒に寝ていただろうか―――そうしたローグの考えは一瞬で吹き飛ぶ。
何故なら、ローグの腕にしがみついているのは、見覚えのある―――だが、誰かわからない金髪の幼い少女だったからだ。
「!?!?!?!?!?!?!?!?」
( ゚д゚) ・・・
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚) ・・・
(つд⊂)ゴシゴシゴシ
(;゚Д゚) …!?
脳天に一撃食らったような気がするほどの驚愕と共に慌てて腕を振り払い、
階段を転げ落ちながら見張り塔をおり仲間たちの元に向かう。
「テメェら起きろぉぉおおぉぉおおおぉオオオオオオオオ!!!!!!」
割れ鐘のような声が、落雷の直撃のように塔内に響き、眠っていた3人の鼓膜を揺らす。
「んぎゃ!?な、なにローグ!?」
「敵襲か!?!?」
レプティとインテゲルがベッドから転げ落ちながら枕元に置いてある各々の武器を手に取る。
「んにゃ......どしたんローグ......」
カイは目を擦りながら身を起こし、フラフラとした動きで飛んでくる。
「いいカラ!!!お前ラこっち来イ!!」
3人は急いでローグが走る先に向かう。
そして、その先の光景に完全に完全に目が覚める。
「「「ファ!?」」」
と3人は、素っ頓狂な声を上げる。
石床に横になっている少女を見下ろす。
「こここ、こここここの子って!?」
「おお落ち着け、鶏みたいになってるよ!!」
「私達が拾った赤ん坊だよな......。」
「知らねェヨ!!!」
インテゲルの指摘にローグは首を振る。
プラチナを溶かしたように輝く髪に、透き通るような白い肌。
整った美しい顔立ちはあの遺跡で拾ったルーンフォークの幼子そのままだ。
胸から伸びた管で四角い箱と繋がっているのも変わらない。
しかし、決定的に違っているのはその体の大きさだ。
昨日はどう見ても一歳かそこらの小さな幼子だったはずが、いまは四、五歳ぐらいの体格になっている。もう赤子や幼子というよりは、立派な子供だ。
「一晩で育った!? それともシャドウアビスで、三、四年は経ってた!?」
レプティは自分の頬を引っ張るが、普通に痛いだけで目が覚めたりもしない。
「・・・・・・ルーンフォークの子供は、一日で成長するの?」
カイは顔を引きつらせ、震える指で子供を指しながらインテゲルに問う。
「いや、聞いたことない。私が人族に詳しくないだけかも知れないが。」
「
ルーンフォークは
生まれてから死ぬまで姿は変わらないんじゃないかしら。」
「じゃあこれハ、どういうことダ?」
「実際大きくなってるじゃん!」
「わからん! そもそも、私は魔動機術の武器しか興味ないし!!」
「私も
「バカめ!使えないナァ!!」
「あ・ん・た だけには言われたくないわぁ!!!」
言い合う4人の声で、目が覚めたのだろうか。
妖魔達に囲まれる形で床の上に横たわっていたプラチナの髪の少女が、ゆっくりと目を開けた。
それと同時に、四角い箱についていた球体がふわっと浮かぶ。
「 む?これは
インテゲルが驚く。様々な効果を発揮する万能魔法道具で、魔動機文明時代人は、全員これを装備していたという説もある。実際インテゲルもこの魔道具を戦闘で使っているので起動した
そして浮遊する球体に釣られるようにして少女は起き上がると、
「お、おはよう、ございます......ごしゅじんさま。」
と、レプティに向けて、たどたどしい口調で挨拶をした。
「ご主人様ダァ………………?」
「レプティ、最初に話させる言葉がそれってさぁ......。いくら傭兵時代、貴族に苦労させられたか知らないけどそれはどうなの?」
「だから何でカイは私をそんな奴にしたがるの!?わざとでしょ!!」
「こいつ、汎用蛮族語をしゃべってる......?」
遺跡で見つけたとき、一言だけしゃべったのは、恐らく魔動機文明語だったはずだ。しかし、今喋ったのは、舌足らずながらも、多種多様な蛮族すべてに理解できる言葉、汎用蛮族語を話している。
「あ......確かに。」
「
「まぁ、交易共通語喋られてもレプティとローグはわかんないけどね。」
「喧嘩売っテル?」
「カイ、余り二人をおちょくるな。」
「はぁ~い。」
「えぇっと、私をご主人様って言ったのよね?」
「はい......。なんと、よべば、よいですか?」
「私の事は、レプティと呼んでくれればいいわ。それで――。」
「カイっていうんだ!」
「インテゲルだ。」
「......ローグ。」
「かいさま、いんてげるさま、ろーぐ......。」
「オイ、何で俺だけ様を付けナイ?」
「まぁ、いいじゃない。私達、様を付けられるほど偉くもないし。なんか堅苦しいし。」
レプティの言葉に、少女は無表情のまま頷く。
「つぎは、わたしの、こたいめいしょうを、きめてください。」
「個体名称......?」
「名前を決めてって事じゃない?」
「名前....か。せっかくだから皆で案を出し合いましょ!」
「肉。飯。デザート。」
「ローグ、真面目にやりなさい。」
そうして、プリマが帰ってくるまで、
4人の蛮族は急成長の謎など忘れ案を出し合うのだった。
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