4話目 新米冒険者の旅立ち

「レベッカ。寂しくなったら、いつでも帰ってきていいからね」


旅立ちの朝。 そう義母に声を掛けられたが、アタシは内心では「二度と帰らないだろうな」と思っていた。


「あなたは女の子なんだから、無理しちゃダメよ……。あなたのお父さんみたいに……いえ、なんでもないわ。」


娘を見る心配げな義母の顔。その気持ちはもちろんわかるけど、「女の子だから」で生き方を決められたくはない。

アタシの本当の両親は冒険者だった。

 冒険者になるという決意は、揺るがない。冒険者として、村を守るために蛮族の群れと戦い、目の前で命を落とした父と母の背中を、忘れたことがないから。両親と同じように、少しでも多くの人々を、救う人間になるために。

そして広い世界を見る為に。自分でも制御しきれないほどの好奇心と、湧き上がる魔力の奔流を抑えきれない。


だからアタシは、「大丈夫だよ」と笑みを浮かべて、別れのあいさつをすませた。

義母さんには悪いけど、アタシももう十五歳──立派なひとりの大人なのだ。自分の生きる道は、自分で決める。蕎麦畑で一生を終えるなんて、まっぴら御免だ。 アタシは荷物を背負い、青々と育った蕎麦が並ぶ畑の間の道を進む。


「行くのか?」


蕎麦畑を抜けた先の広場。そこにやってくると、コントラバスのような太い声が、アタシの名前を呼んだ。 見れば、そこには弓筒を背負った人間の男性がそこには立ってた。たわしの様な硬い茶色の髪に愛想のないうつろで覇気がない黒い瞳。 歳はアタシと同じ十五歳で、彼も最近成人したばかりなのに、目のせいか妙に威圧感がある。


「サーマル! もう来てたんだ!」


アタシは幼馴染みにして親友の名を呼んだ。彼は自警団の四男であり、村で一番弓扱いが上手い狩人ハンターでもある。アタシの両親は、この村で私を産み自警団をしたいたこともあり、昔からの幼馴染だ。ドワーフのアタシが身長が小さいのもあって昔はよく言い合いをしたっけ。


アタシは、自分の小柄な体を見てみて、ふっと笑みを浮かべた。 成人したとはいえ、ドワーフの外見は村人たちからすれば頼りなく見えだろう。そのため、ずっと戦士戦士魔動機術マギテックの技術を磨き鍛え、村を出る許可がどうにか下りたのだ。


「ごめん、待った?」


「いや、自分もいま来たところだ。」



慌てて駆け寄る私に、彼はニヤリと笑う。

用意周到な彼に先んじようと早めに出たのに、サーマルはいつもアタシの先を行く感じだ。なんだか悔しい。口に出すと、どうせ「レベッカは鈍足だからな」なんて、からかうのだろうから言わないが。


「忘れ物は?」


「ない!」


アタシは背中の荷物を担ぎ直し、大きく頷く。

野良仕事の手伝いで貯めたなけなしの銀貨も、腰の小袋にちゃんと入っている。

サーマルの背負い袋は、アタシに比べたら結構小さかった。けれど几帳面な彼のことだから、効率的に物が詰まっているのだろう。


「じゃぁ、行こう!」


「ああ」


先導するように、アタシは村の外へ向けて歩き出す。 彼が成人して一月。アタシが成人して一週間。長年の説得により義母の許可を得て、アタシ達はついに王都へと働きに出るのだ。 さらば一面の蕎麦畑! 今日から私とサーマルは本格的に大人の仲間入りをする。 アタシたちは、〝冒険者〟になるんだ!















村から魔道列車に乗り込みこみ、約半日。

朝一番に出発した2人だったが、その外壁が見えてきた頃には、もう昼過ぎだった。


列車の窓の向こうに、キングスフォールの外壁がゆっくりと姿を現した。 圧倒的な大きさの白い巨壁は、都市全体を守るかのように空へそびえ立っている。


魔動機文明アル・メナス時代の技術である混凝土コンクリートを用いた

巨壁は、陽の光を受けてまるで巨大な神殿のようだ。 



「久しぶりだなぁ・・・・・・。」


「そっか、お前は村の外に出たことがあるんだったな。」


「両親が健在だったころ、何度か買い物にね。一人では初めてだけど。」


ラクシア世界全体を揺さぶった巨大な天変地異と、それに乗じて大反攻に出た蛮族たちとの闘い―― 大破局デアボリック・トライアンフ。隆盛を誇った魔動機文明アル・メナスは滅び、快適で安全な社会は消滅した。すでに大破局デアボリック・トライアンフから三百年以上が経過していた が、いまだ人族社会の文明は、数百年分は後退したまま、不便な生活を強いられている。

その最たるものが、都市のありようだ。


魔動機文明時代には完全に駆逐されたと思われていた蛮族が地上にはびこり、いつどこで襲われてもおかしくない状態となっている。蛮族たちは森や洞窟の中でその数を増やし、徒党を組み、旅人や集落、ときには町や人都市を襲うこともあった。


人々は必然的に高い城壁を築き、その中に都市を作って引きこもった。いまなお、多くの人々はこうした城塞都市の中だけで生活し、子を産み、育て、死んでいく。

生涯一度も城壁の外に出ないほうが、普通なのだ。


だが、城塞都市に住める者は、まだ幸運だ。レベッカの生まれ育った郊外の農村には、そこまで高い防衛機能は存在しない。

当然、キングスレイ鉄鋼共和国とは主従の関係にあり、税を納める代わりに、蛮族の襲撃があれば鉄道ギルドなどの軍隊がこれに対処する義務がある。 しかし軍隊の兵力にも限りがあり、領域内を常時巡回できるわけでもない。結果として、辺境の農村が蛮族に襲われても、防衛はおろか救援すら間に合わないことなどザラなのだ。


だからこそ、高い戦闘能力を有するリカントなどの他種族の集落と共存もするし、時には余金を払って冒険者を雇うこともある。


そしてレベッカの両親は、子供を授かったのを契機に冒険者を引退し、村に新居を構えた。冒険者として培った戦いの技を村のために生かしつつ、狭い城塞都市内ではなく、のびのびとした空の下で育てようと思ったのだろう。


結果として、両親は村を襲った蛮族と戦い、村を守って命を落とした。


(本望だったのかなぁ……。)


両親の最期を思い出すと、いつも複雑な気持ちになる。

だが少しでも両親のことを理解したくて、レベッカは冒険者を目指した。そしていま、その第一歩を記すべく、キングスフォールへとやってきたのだ。


キングスフォール、そしてキングスレイの経済の大部分は大陸に広がる鉄道網の総元締めであることから得られる貿易力と既得権益から成り立っていることで有名だ。地方全体の鉄道網を用いた迅速かつ容易な交易による一大経済圈——“鉄と鋼の同盟”から、「すべてのものが キングスフォールに集まり、キングスフォールからすべてが散っていく」という言い回しがある程である。


キングスフォールは城壁内――通称“内円部”に土地を持ち住居を構えている人数だけを見れば2万人弱とさほど多くはないが、外円部に住む者を足せばその3~4倍、更に観光客や短期居住者、周囲の集落から鉄道で通ってくる者 などを足せばその7~8倍にも膨れ上がる。

そして鉄道の"始まりの地"とうたっている鉄道国家であり、鉄道の路線は城壁の上を走る環城線と、都市を横断する首 都東西線の2つがある。どちらも1回5ガメルで乗車 することができ、庶民でも気軽に列車が利用できる都市なのだ。




列車が速度を落とし始め、キングスフォールの東の入り口であるグランドターミナル駅が間近に見えてきた。

グランドターミナル駅は、キングスフォールの象徴であり、 単なる鉄道駅を遙かに超えた大きさと偉容を持つ、常識はず れの存在だ。

まずは赤煉瓦と白い窓で彩られた石造りの三階層に始まり、その上から同じく煉瓦化粧を施され、ステンドグ ラスやガーゴイル像などで飾られた建物や尖塔が屹立している。その数の多さとそれを可能とする広さは、まさにひとつの街なみを作り上げており、内部には鉄道ギルド本部と国会議事堂の両方が存在し、国の政治と経済の要となっている場所だとか。



その中で最も大きな建築の頂きには白亜の丸屋根に覆われた神殿の如き建物が鎮座し、両脇からは石造りのアー チ橋が伸びている。そこかしこに建て増しされた尖塔と繋がり、窓 からは色取り取りの垂れ幕がなびく。両親とともに来たころ、夜には魔動灯でライトアップされ、祭りの宵ともなれば極彩色に光り輝く様は荘厳にして華美。

そしてその駅から城壁上を悠々と走る列車の姿は、「鉄道の始まりの地」を象徴する光景だった。


「城壁の上を列車が走ってらぁ……」

と、サーマルが感じた嘆きの声を漏らした。ただただそのスケー ルに圧倒されているようだ。いつもは無表情で、どこか冷めた印象の彼が、今は目に光が見えている。死んだ魚のような彼の瞳が、今はまるで新鮮な鮮魚のように活き活きとしていて、私は思わず笑ってしまった。


「ね、すごいでしょ?」


「規模がデカすぎて口が塞がらねぇ。村じゃ考えられない……」


サーマルは、どこか憧れと興奮が湧いた口調で応えた。





その後駅へと降りたのだが、物流の要ともなる港町だけに、人の出入りも多く、人種や種族、職種も様々だ。ドワーフが多いのは、鉄道神王ストラスフォード神がドワーフだからだろうか。

2人が向かう内円部への通り口も、商品を満載したキャラバンが入国審査のために列をなし、旅人たちが個人向けの入口に集まっている。

そこに並び、審査を待った。門番は手慣れたもので、列はすぐに消化されていく。

入国書類に名前を記し、他の入国者とまとめて詰め込まれた部屋でライフォス神官の魔法による人族鑑定を終えて、ようやく城塞都市内へと入ることが出来た。



──蛮族の中には、人族の姿に化けて侵入する者もいるのだ──



「冒険者になるんなら、死ぬんじゃないぞ。がんばれよ。」


「「ありがとうございます。」」


門番が、そう言って見送ってくれる。冒険者を目指す若者が、それだけ多く訪れているのだろう。

その勇気は称賛されるが、同時に死の危険が極めて高いことも意味している。



「さて、と......。」


かつて来たことのあるグランドターミナル駅区。

そこから街の中心へ向けて進む大通り沿いに、冒険者ギルド支部〈軌上の鉄獣〉があるはずだ。中堅ギルドだが、初心者冒険者のケアを売りにしており、かつて両親もそこに所属し名を挙げたと聞いている。


真昼間の大通りは、かなりにぎわっていた。以前来たときよりも活気があるように見え、既視感があると同時に違和感も大きい。自分の目線が高くなったことも原因だと気づき、レベッカは自分も大人になったのだと、少し感慨深く思う。


「さぁ、行こうか……!!」

と一歩踏み出したところで、サーマルがぽつりと呟いた。


「いや、たいして身長伸びてねぇだろ。」


心を読んだの言葉に、アタシは思わず拳を振り上げて叫んだ。









 閑話休題









大通りに面した三階建ての建物。

それが冒険者ギルド支部〈軌上の鉄獣〉の外観だった。

大通りに張り出した支持棒の下に吊るされた、レールの上を魔導列車が走る旗。

入り口にはかなり大きめに取られ、誰でも入りやすいようにという意図を込めてか、

開放的なスイングドアになっていて、気軽に中が覗けるようになっている。



サーマルでも初めての場所に入るのは、いくらかの戸惑いがあるようで、スイングドアの前で足を止めていた。


普段は冷静で皮肉屋な彼も、初めての場所では少し戸惑っている様子を見てアタシはふっと笑みがこぼれた。 彼がこんな風に戸惑っている姿を見たのは久しぶりだ。


「ねぇ、ちょっと緊張してんの?」

とからかうように言いながら、アタシはその手を握ってスイングドアを押し開く。


「緊張してるわけじゃねぇよ!」とサーマルが少し照れたように言うが、手に取れる少し力が入っているのを感じて、また小さく笑った。



広い空間。正面にはカウンターがあり、その横では数人のギルド職員が適当に動いていた。 右には、依頼が優先された掲示板があり、左側には休憩や談笑ができるテーブルと椅子が何セットも並んでいる。酒場も兼任してるようだ。

冒険者たちが集まり、声を掛け合いながら、掲示板を先に手に取って依頼を決めたり、みんなで情報を交換したりしている。武装はしているが兵隊のように決まった格好はしておらず、実に自由な雰囲気だ。


次の依頼を吟味しているナイトメアや、剥ぎ取り品の査定を待っているリルドラケン。チンピラの様なハイエナのリカントが、フードを被っている黄緑色の女性神官に愛の言葉を捧げている。実に自由だぁ......。



「あら、見ない顔ね。ひょっとして、冒険者登録に来たのかしら?」


きょろきょろと店内を見まわしていた2人に、カウンターから声がかかる。


そちらに顔を向ければ、そこには二十代と思しき女性がひとり、こちらを見て微笑んでい ていね た。赤を基調にしたベストを身に着けており、長いだろう髪は丁寧に結われて、清潔感のある髪型にまとめられている。


「そうです!冒険者登録をお願いします!」


カウンターに歩み寄り、堂々と告げた。本当は少し声が震え、上ずっていることを自覚し、 自分がギルドの雰囲気に飲まれていたのだと遅れながらわかった。


「冒険者登録をするのは、 うちの支部が初めて?」


「あ、はい。大丈夫っスか?」


「もちろん。装備はしっかり整えてきたのね。いますぐお仕事できそうで、頼もしいわ」


思いがけず軽いノリに、2人は少し戸惑う。もっと強面の担当者が出てきて、値踏みされたり面接されたりするのかと思っていたので、困惑したのだ。


「交易共通語の文字は書ける? こっちの紙に、名前と種族と年齢、得意分野を記入してね。住所があればそれもよろしく。書けないなら、代筆するけど」


「書けます。大丈夫です」


2人は用意された紙に、自分の名前と年齢を書き込む。だが、住所の所で手が止まった。


「ひょっとして、キングスフォールに来たのは初めてで、住む所は決めてない?」


「そうですね...。これから探す予定でした。」


来たのは初めてではないが、確かに住む所は決めていない。


「じゃあ、おすすめの宿屋を紹介するわ。いまなら狭いけど空き部屋もあるはずだし、家賃も安いし」


「「いいんですっスか?」」


「もちろん。本来はギルドメンバーの宿を提供するのも、支部の仕事の一環なんだけどね。うちは宿舎を併設してなくて。元冒険者の宿屋の主とけ違約してるの。」


2人の名前が書き込まれた用紙に、カウンターの女性は住所を書き加える。


「それで、ギルドに所属するのに、資格や試験はなにかないんスか?」


「試験? ふふ。そんなのないわよ。少なくとも、うちは来る者拒まず去る者追わず、でやってるから。」あえて言えば、あからさまに資質のなさそうな人・・・・・・そうね、犯罪行為に躊躇がなさそうな人とかは、ちょっと調査とかすることはあるけれど。でもお二人さんなら問題ないわ」

あの人の様にね......とまるで甘い囁きに酔いしれたように、神官を見つめるリカントを見ながら呟く。


「合格、なんですか?」

「まじっすか」


「もちろん。手ぶらで『冒険者になりたいです』って来る若者もいるぐらいだもの。それだけ万全の装備をしてきてくれた人を断る理由なんてないわ。登録完了よ」


「そうなんですか・・・・・・」


なんだか、拍子抜けだった。そんなあっさり登録が完了するとは思ってなかったのだ。


「改めまして。ようこそ、冒険者ギルド支部〈ドラゴンファイア〉へ。わからない事があったら何でも私に聞いてね。」


登録完了ということは、これで「冒険者になった」ということなのだろう。しかし、まったく実感が伴わない。そんな茫然としたレイドの背後で、ギルド職員らしき人物が早足で依頼受付担当のカウンターへと向かう。


しばらくカウンターで何かを話してたかと思うと、ギルドの職員が大きな声で冒険者に

「依頼受付担当職員の職権により、ブロードソード級以上の冒険者の皆様に緊急依頼の協力を要請します!」


その声がギルド内に響き渡り、瞬く間に周囲の空気が変る。 緊張感が高まり、冒険者たちの間で様々な言葉が飛び交う。オーロラという言葉や奈落の魔域シャドウアビス等の言葉が、特に注目を集めた。


奈落の魔域シャロウアビス、異界へ続く穴。

奈落の魔域シャロウアビスが現れるとき、北の空にはオーロラが輝き、やがてそれが天空を走って、新たに生まれた魔域の場所を示すとされており、“導きの星神”ハルーラによる啓示だと考えられている。

奈落の魔域シャロウアビスは、法則性や合理性が曖昧で、入ったものの欲望を具現化する。やがて、徐々に周辺の建造物を飲み込み、異界の悪魔、魔神を呼び寄せるのだ。


そして、今回の奈落の魔域シャロウアビスの脅威度は7。

熟練冒険者でも油断できない数字だ。


その後、しばらくして、中断した冒険者たちが数人ずつ、別室へと足早に向かっていった。 彼らの動きは無駄がなく、何度も繰り返したであろう冒険の年季が感じられた。冷静に依頼の詳細を確認し、即座に準備を整えるさまは流石熟練冒険者といったところだろう。


2人はその様子を見守りながら、自分達がどんな世界に足を踏み入れようとしているのかを感じる。自分もいつかはあのように動けるようになるのだろうか、と。



そうしてより気持ちを引き締めようとすしてると...乱暴な足音が飛び込んできた。スイングドアを壊しかねない勢いで、やはり赤いベストを身に着けた中年の男性が荒い息のまま依頼受付担当職員のカウンターに駆け寄っていく。

「緊急依頼だ!マクドブッチャー駅の東北の羊牧場に蛮族の襲撃があったらしい。すぐに使えるパーティはいるか?」


どうやら、今日は厄日の様だ。いや、もしかしたらこれが普通なのだろうか。


「蛮族の種類は?」


「不確かな情報しかないが、ボルグに率いられたフッドの群れらしい。牧人が矢で射られ、牧場主がフッドが去った方角を見るとボルグが居たって話だ。」


その言葉を聞きギルド内を見渡すが、残ったほとんどの冒険者はもう受ける依頼を決めたのか、依頼書を片手に肩をすくめる。


ボルグも、フッドも、レベッカは聞いたことがあった。群れを成して村落を襲い、略奪を繰り返す獰猛な連中。中でもボルグは、大柄で剛力を誇り、恐るべき戦闘力を持つという。普通の村人では、到底太刀打ちできる相手ではい。熟練の冒険者なら、苦戦することもないだろうが、今は都合が悪い事に奈落の魔域シャロウアビスの攻略に向かっている。


レベッカの胸がざわついた。 誰も名乗りを上げない。 牧場主は助けを待っている――そのことが彼女の心を掴んで離さなかった。


「──私たちに、やらせてください。」


「え......?」


気が付けばそう宣言していた。


「悪いわね、勝手に決めて」

レベッカが少し照れ臭そうに笑うと、サーマルも肩をすくめる。


「その依頼、自分らが請け負うっス。」


「本気で言ってるの? 君たちはまだ登録したばっかりで、パーティも二人だけ、その……実力も、まだ──」


受付嬢がなにを言いたいのか、レベッカにはよくわかる。まだ実績も何もない、恰好だけの新米冒険者を蛮族の群れに放り込むなんて、初心者冒険者のケアを売りにしているギルド支部が薦めていい仕事じゃない。

しかし、レベッカの心には揺るがぬ決意が宿っていた。鋭い光を宿す。


「ねぇ、二人とも。相手は下級蛮族とはいえ、群れだよ。若さゆえの蛮勇だけでどうにかなる相手じゃない──」


「蛮族の群れの恐ろしさは……よく知っています」


ぶるっと、体が震える。


それなりに名の通った冒険者として引退した両親も、万全な装備ではな

かったとはいえ、多勢の蛮族の群れと戦い、結果命を落とした。


幼い日、レベッカはその戦いを、物陰から見ていた。だから蛮族の恐ろしさも、残忍さも、油断のならなさも、いやというほど記憶に染み付ついている。


だからこそ、同じような状況にある人達を放置することは出来ない。


「でも、アタシ達だって、冒険者です」

レベッカが静かに言う。ぎゅっと拳を握りしめる。


「まぁ、流石に2人だけで蛮族退治に向かう蛮行はしないっス。」


「アタシ達以外に、新人はいませんか? せめてあと1人か2人いれば、下級蛮族なら対応できると思います。少なくとも、応援を待つ間ぐらいは耐えられます。」


「だけど……」


躊躇する受付嬢を横目に、レベッカはいまいるギルドホール内の冒険者を見た。

そして、聖印を持っている神官プリーストらしき女性と、拳闘士グラップラーらしきリカントに声をかけた。


「貴方、神官ですよね? 話は聞いていたと思いますが、アタシ達と共に蛮族討伐に行きませんか?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その頃、見張り砦の妖魔達は.......



「ああもう!何でいきなり目の前に奈落の魔域シャロウアビスが現れるかなぁ!?―――番人が飛んで逃げそうだ!!」


「上手く落とし穴に嵌めた!レプティ今だ!尻尾切って役目でしょ!」


「やりたいけど、この猪が転ばせてきて―[ゴテン!!]―イライラするぅーーーー!!!」


「レプティ落ちつ―[ゴテン!!]―だあぁあ!この豚ども全員殺して上手に焼いてやる!!!こいつはフッドこいつはフッド!悪即殺!!」


「インテゲルこそ落ち着いて!?流石に四足歩行をフッドと言い張る自己洗脳するのは無理あるよ!?」


「何でこんなヤバい巨大生物が跋扈しているんダよココは!!やっべブレス来るゾ!!!」


「アギャハハハハノヽノヽノ \ / \ / \!!!!!」

「うばぁ~えへへぇ」


「「「「この二人アルムと赤ん坊は楽しそうだな!!」」」」

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