2話目 緊急会議
3人は赤子を抱えて、数百年前に築かれたといわれる、現在は放棄された廃れた見張り砦へ帰宅した。
元々は、
足元の砂利がわずかに音を立てる。それは侵入者を警戒するための仕掛けではあるが、仲間である彼らにはもう慣れ親しんだ音だ。
砦の中に入り、扉を開けると、簡素な机や樽、木箱、椅子が並んだ広い空間が広がっている。
そこには、分厚い魔導書を片手にハンモックでくつろいでいる影が、ランプのほのかな明かりで石の壁に映し出されていた。
紫色の体毛をした小柄なグレムリン、カイが寝そべったまま目だけをこちらに向け、帰宅した3人を見つめる。
「みんな、お帰――」
しかし、抱えられた赤子を目に写した瞬間、その言葉の先が続くことはなく、次第に目が胡乱げなものへと変わっていく。
「うわぁ......ついにやったか......。赤ん坊の誘拐まで手をそめたんだね……。」
「違うけど!?」
レプティは白目を剝きながら、幼子を腕の中でしっかりと抱き寄せながら大声で反論する。
「この子は遺跡で、私が――」
あれ?考えてみれば誘拐なのは間違いないのかもしれない。
ど、どうしようとローグとインテゲルに助けの視線を求めたが...
ローグは薬草片手に食べる気満々だし......
インテゲルは説明をレプティに任せるかのように後退し、武器の手入れをしている。
こ、こいつら......
「私が――」
嘘は吐きたくないけれど、このままではカイは納得しないだろう。
カイは人間によって生み出された蛮族で、人間には比較的好意的なのだ。
何かいい説明はないものか。
そういえば、私が台座に座って、その時のスイッチと私の血が原因でジェネレーターが起動してこの子が出て来たのではないかとインテゲルは言ってたし。えーと、つまりは私が……。
「――産んだのよ」
口から出たのは最悪の回答だった。
途端、全員の動作が止まった。
閑話休題
「ただでさえ理解が追い付かない出来事を処女受胎に持ち込んでさぁ......。
うん、でもまぁ事情は分かったよ。確かによく見れば首元が金属だし、胸には機械もつけられてる。ルーンフォークなのは間違いないようだね。」
あーびっくりしたと言いながらカイは赤ん坊をしげしげと見つめている。
「そうなのよ。でも私、
「
そういって、ジトっと夕食の準備をしていたローグを見つめて牽制する。
「いや、デモよぉ、首は金属製だし、機械にも繋がってるだロォ。遺跡内で拾ったモノは好きにして良いって言ってたじゃネェカ。」
「だーからー......。首の輪っかは人間と見分けがつくように付けられてるだけ。体の構造は人間と変わんないだよ。」
よく誤解されるが、ルーンフォークは機械人形ではない。人間を模して造られた、言うなれば複製人間だ。身体構造はほぼ人間と同じで、食事もすれば眠りもするし、怪我をすれば赤い血を流し、病気にかかれば熱を出す。
そこに、武器の手入れをしていたインテゲルも会話に入る。
「ローグの肩を持つわけじゃないが、私は世話は無理だと思う。二人がこの赤子を食べたくないのは分かった。だが、どうするんだ?」
「まずは必需品を揃えないと。乳や衣服などを調達するにも街で入手しなきゃ。」
「今一人、プリマが街に潜入しているわ。だけど暫くは帰れないって。」
ん~、と全員が赤子を囲み首を捻る。
彼らはしばし静寂の中、赤子を囲むように見つめ合った。灯されたランプの柔らかな明かりが、砦の石壁をぼんやり照らし、微かな温もりをもたらしている。誰もが言葉を飲み込んだまま、どうするべきか決めかねていた。
「こういう時は多数決よ!」
「ちょうど2対2に分かれているじゃねェカ。」
「だから、プリマが帰ってくるまで保留って事よ!」
「それなら僕は異論はないよ。プリマなら絶対育てるって言うだろうしね。」
「まったく…本当に手のかかる事をしてくれる。」
とインテゲルが肩をすくめ、低くぼやいた。その鋭い目はじっと赤子の顔を覗き込み、どこか観察するようにわずかに細められている。
「一番大変なのは、昼夜問わず泣く事ね。私がまだ人間だった頃の傭兵時代の仲間は、そういったトラブルも多かったわ。戦力が一人減るだけじゃなく全員でお世話するから大変だったわね~。」
レプティの目は遠くを見ており、3000年前の過去に思いを馳せているようだ。
ローグは腕を組んで少し考え込んだ様子だったが、眉間にしわを寄せて
「だったら、なんでこンな面倒事ヲ......。」と呟くように言う。
赤子の顔には、微かに柔らかな赤みが差し、細いまつげがランプの明かりに照らされてキラキラと輝いている。カイはそんな赤子の顔を見つめながら、口角をわずかに上げて、
「何だかんだでみんな気になってるんじゃない?」とからかうように目を細めた。「だいたいプリマが戻ってくるまで何とか持ちこたえればいいさ。あいつなら絶対にこの子を育てるって言い出すに決まってる。」
その時、赤子が眠りの中で小さくふにゃりと口元を緩ませた。それはほんの微かな仕草だったが、見る者に暖かな安心感をもたらし、まるで赤子自身がこの場所を温かい家だと感じているかのようだった。
レプティはその仕草に小さく頷きながら、腕の中でぐっすり眠る幼子の小さな手にそっと触れた。その手は驚くほど温かく、柔らかい。
「そうね......本当に不思議な出会いだったけど、ここで巡り会ったのも何かの縁かもしれないわ。この子が最高の
そんな雰囲気を壊すようにインテゲルが衝撃の事実を口にした。
「ん?ルーンフォークは成長はしないからずっと赤子のままのはずだぞ?」
「「「はっ......?」」」
砦の中に漂う静かな暖かさが、一瞬で凍りついたように感じられた。レプティは赤子の手を握ったままインテゲルの言葉を反芻し、その意味を理解するのに少し時間がかかった。
「え?……ずっと、このまま?」
とレプティは驚愕した表情でインテゲルを見つめる。彼女の腕の中の幼子は、眠りの中でわずかに手を握りしめる。あどけないその顔には微かな微笑みが浮かび、彼らに何かを期待しているかのように見えたが、もし本当に成長しないのなら、この無垢な姿が永遠に続くことになるのだろうか…。
「そういうことだ。」
インテゲルは、表情ひとつ変えずに頷いた。
「人間とルーンフォークの最大の違いは、〝ジェネレーター〟と呼ばれる円筒形のガラス容器のような装置で造られ、生まれたときから死ぬまで、姿が変わらないことなんだ。」
そのため、生後間もなくの壮年型ルーンフォークもいれば、五十年生きている少女型ルーンフォークもいると、インテゲルは語る。
ローグが思わず鼻を鳴らし、
「なァるほど、つまりその『世話』ってのも一生続くってことかよ。全然割に合わねェナァ……。」
と皮肉っぽく呟く。
「成長しない赤ん坊か……。」
カイは、小柄な体を起こしながら、腕組みして赤子を見つめていた。
「けど、ずっとこの可愛い姿なら、ある意味悪くないかもしれないね。」
そう言って微笑んだが、彼の表情は複雑だった。
「もしかしたら、街にあるという
「どっちにしても、プリマが町から帰って来るのを待つしかないわね。」
——————————————————————————————————————
ルア・レプティ(メデゥーサ)
主技能
3000年以上前の
ローグ(ゴブリン)
主技能
インテゲル(フッド)
主技能
笑顔の仮面を被ったフッド。本来フッドは、自身が醜い事を嫌悪ししていいて、フードを被り、美しいものを憎み殺すことに喜びを見出す。しかし、突然変異で顔が整った女として生まれ、壮絶な幼少期を過ごした。同族を殺すことが生きがいであり、本来蛮族が嫌悪する
カイ(グレムリン)
主技能
狂った人間の研究者によって生み出されたグレムリン。人族の歴史に強い興味があり、人間に惚れやすい性格。
街中で変装魔法が解け、町中の人間から全員が死に物狂いで逃げる羽目になったことがある。たまにポンコツ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます