第24話・新政権発足
<これまでのあらすじ>
二十一世紀、起業を目指してゲイバーでバイトする大学生だった僕は、夜の街で見知らぬ男に刺されて死に、飛鳥時代の舒明天皇の時代に転生して中臣鎌足(後の藤原鎌足)になった。
飛鳥時代の父親である「殿様」が死に、慣れない世界で苦労はするが、小間使いのトヨに助けられ、結婚をしたり子供を持ったり、それなりに楽しく暮らす。
皇后の弟である軽皇子と親しくなった僕は、軽皇子とその息子を天皇にしようと計画を立て、元遣唐使の南淵請安の塾に通い、葛城皇子を計画に誘い込んだ。
南淵請安先生は、古い体制の日本に危機感を覚えていた。日本を発展させるためには制度改革が必要だと言う。僕は請安先生に感化され、軽皇子を天皇にして改革しようと考えるようになった。
軽皇子を天皇にするためには、天皇を傀儡にしている蘇我大臣父子、蘇我大臣の血を引く皇太子古人大兄皇子、カリスマ聖徳太子の嫡男山背大兄皇子が障害となっていた。
やがて舒明天皇が死ぬと、僕らは彼らを順々に取り除いていった。山背大兄一族を滅亡させ、蘇我入鹿にその罪を着せ誅殺した。そうして僕らの革命は成功し、蘇我大臣は滅び、軽皇子が即位した。
<第二十四話・新政権発足>
「おお、鎌子、やったぞ! 我は天皇になった」
実姉の宝皇女から皇位を譲られたその夜、軽皇子は僕の手を握りしめて喜んだ。
「おめでとうございます、陛下」
「陛下とな! 今日から陛下か、我は! 」
「ええ、そうです、陛下」
「おお! これも皆、そなたのおかげじゃ、鎌子」
「いいえ、陛下のご人徳の賜物です」
「なんでも欲しい物を言ってみぃ。女か、土地か、地位か、いくらでもあげようぞ。なにせ我は天皇なのだからな、わっはっは」
と、軽皇子はずっと僕の手をニギニギして上機嫌だった。
大臣蘇我毛人、入鹿父子が滅んだ後、実姉の宝皇女から譲位され天皇となった軽皇子は、皇太子に葛城皇子を、皇后に葛城皇子の実妹の間人皇女を立てた。左大臣に阿倍臣倉梯麻呂、右大臣には蘇我倉山田臣石川麻呂を任命し、新政権を発足させた。
これまで皇太子であった古人大兄は、後援者であった蘇我大臣が滅んだ後は皇太子の地位を捨て、敵意がない意思表示として出家して吉野山の離宮に隠棲した。
軽皇子は新政権下で、旻法師と高向玄理を国博士(国政の顧問)に任命した。
欲しい物はなんでもやると言っていた軽皇子だったが、それは不可能だった。
「そちを大臣にしようとしたら、義母や他の皇族たちに、連の人間を大臣にするなど前例がないと猛反対されて」
時代が変わったように見えて、旧習はそう簡単には変わらないのだ。軽皇子の親世代の皇族は、蘇我大臣の時代で生まれ育った世代だからな。
「玄理までも、大臣とするには若すぎる、私的な感情で大臣を決めるべきではない、と言い出し」
国博士の高向玄理か。さすが律令作成を担当しているだけあって、公正なことを言う。
「そうしたら、旻法師が間に入って良い案を出してくれたのじゃ」
「とはいえ、この改新における中臣連の功績は大きく、その頭脳は、下に置いておくにはもったいない。唐の高祖、
「それで、
令外官。逆にありがたい。今までの型にも常識にもとらわれず、何をしても構わないと言う役職ではないか。要は、陰の実力者だ。
「我はそちを大臣にする約束だったのに。すまぬ」
軽皇子が本当にすまなそうな顔をするので、僕のほうが恐縮する。
「そのようなことを、おやめください。陛下のお心は私がよく存じております。私はこうして陛下が即位なされて、私がお側に仕えることができて幸せなのでございます。内臣という地位をいただけて、誠に嬉しく思います」
「そう言ってくれるか」
「はい」
「そうか、よかった。あの旻法師とやら、良い人物じゃの」
「ええ、信頼できる人物です。きっとこれからも陛下のお力になれるでしょう」
よかった。人格者の旻法師が相談相手として側にいてくれると僕も安心だ。
それからしばらくの後、夕方に僕が外出から帰ると、葛城皇子が自宅を訪ねて来ていた。
葛城皇子が待つ部屋へ行くと、薄暮の部屋の敷物の上に皇子がひとりで膝を崩して座っていた。
「このような暗い部屋に。家の者も気が利かない。すぐ灯りを持ってこらせましょう」
僕が人を呼ぼうとすると皇子は遮った。
「我が望んだのだ。灯りはいらぬ。人を呼ぶな」
皇子は僕の腕を掴んだまま、横へ座らせた。
「いったい、どうなさったのですか。何かあったのですか」
どうもいつもと様子が違う。
「彼女が叔父上の后となるのだと」
葛城皇子の妹、間人皇女のことだろう。
「それはおめでとうございます」
僕は、宝皇女の判断を賢明だと思った。
京にいる皇族や豪族は葛城皇子と間人皇女の関係にうすうす勘付いていた。葛城皇子は、妹と関係を続ける限り天皇になれない。なんとか引き離そうと宝皇女は考えていたのだろう。そうは言っても、彼女を妻にして葛城皇子を敵に回すような人間は出てこないだろうし、足元を見て恩を売る男などは論外である。間人皇女は一生独身で過ごす以外になかった。
しかし、宝皇女の実弟である軽皇子なら、ちょうど皇后に立てる皇女を娶る必要があったし、そういった事情にも目を瞑って彼女を皇后にするだろう。
「めでたくなぞ、ないわ」
葛城皇子の言葉にいつもの力はなかった。
「妹は我のものだ。我のことを一番よくわかっている。ずっと我と一緒にいると言っていたのに、我を捨てていくのだ。我は……」
「また独りだ」
そう言って俯き両袖で顔を覆った。
ズキュン。
いつも自信満々な皇子がこんな姿を僕に見せる。ああ、ヤバイ。
僕は皇子に身体を寄せ、皇子のその右肩にそっと手を置いた。
「鎌足がおりまする」
皇子は顔を上げなかった。
「この鎌足が、皇子のお側におりまする。この先どのようなことがあっても、この鎌足、一生皇子をお守りいたします。決して皇子から離れませぬ」
僕は、手にやんわり力を入れた。
皇子は何も言わず、しばらくそのままでいた。
西日が翳っていく。
僕が手にグッと力を入れ身体を寄せようとした瞬間、皇子は突然顔を上げた。
「必ずだぞ。鎌足。決して我から離れるなよ」
いつもの傲慢な葛城皇子に戻っていた。
「よいか、命令だ。そなたは一生、我の側にいるのだ」
……なんだか今、ものすごくヤバい約束をしてしまった気がするのだが?
天皇となった軽皇子は早速動き始めた。国博士の旻法師と高向玄理、そして僕に律法の整備を急がせた。僕がチート能力で学んだ「六韜」や請安先生の教えが大いに役に立っている。
今日も御前会議が招集され、僕らは改革の進捗状況を報告する。
一時の衝動であんなことした直後だから、葛城皇子と顔を合わせるのが気まずい。葛城皇子は全く気にしていない顔をしているが。
ちらと皇子が僕を見た。
平常心、平常心、平常心。
「……臣」
「……」
「内臣」
「あ、はい」
「どうした、ぼうっとして。熱でもあるのではないか」
「いえ、失礼いたしました」
「このところ仕事が多くて内臣もお疲れなのではないですか」
「そのようなことはありません。大丈夫です」
「ひと段落ついたら、少し休暇を取るが良いぞ」
「お心遣いありがとうございます。私は大丈夫ですので」
ふう、いかんいかん。
いいか、僕。葛城皇子は僕の計画に利用した駒だ。それを忘れるな。
しばらくして僕は葛城皇子に呼ばれた。蘇我大臣も死に誰に気兼ねすることもなくなった葛城皇子は、堂々と僕を宮へ出入りさせるようになった。
大丈夫。平常心、平常心。
葛城皇子は苦い顔をして僕に言った。
「やはりあの時、古人大兄を取り逃したのはまずかった」
葛城皇子は計画段階からずっと、古人大兄も同時に殺害するべきだと主張していた。
「ですが、何の理由もなく皇太子という身分の皇子を殺害したら、逆賊はこちらになる危険もありました。今は出家して、天皇に恭順の意を示しているのですから、よろしいではないですか」
「恭順の意など、当てになるものか」
「出家した人間を信じなくてどうするのです」
「そなたは吉野に行ったことはあるか」
古人大兄が隠棲している吉野という場所、日本史を勉強した人間なら聞き覚えのある地名だ。有名なのは南北朝時代、後醍醐天皇が南朝を開いた。飛鳥時代のこんな昔からあったのか。
「いえ、ございませんが、山深く穏やかな地だと聞いております」
「ふっ、穏やかな地が聞いて呆れるわ。あそこは密議を行なう場所よ。間者が入り込みにくく、絶好の隠れ家だ。我は、吉野に隠棲するなんぞ、腹に一物ある者と思っておる」
「疑いすぎでございましょう。天皇は、蘇我大臣という後ろ盾を失った今、誰も古人大兄を立てようなんて言い出すものはいないのだから、放っておけとおっしゃいました」
「だから叔父上は甘いのだ。この先、誰がどう動くか判らぬ。反乱の芽は早いうちに摘み取る。そうだろう、鎌足」
「今は、そのようなことをお考えになりませぬよう」
僕は嫌な予感がした。だが、僕は新政権の仕事で忙しく、古人大兄のことなど構っていられなかった。
蘇我毛人、入鹿父子が滅びて三ヶ月後のことだった。ある日、僕は軽皇子に呼ばれた。
「古人大兄が良からぬことを企んでると聞いた」
「何ですって」
「改革を良く思わぬ旧勢力が、古人大兄を掲げて政権を奪取しようとの企てがあると」
「誰がそのようなことを言っているのです」
「皇太子の元に、某者が、古人大兄の謀反の謀議に加わったと自首してきたそうじゃ」
「自首、ですか。ではその者を取り調べましょうか」
「いや、それには及ばぬ。既に皇太子が兵を出した」
「は? 」
「古人大兄を捕らえて京に連れてくると。我には事後報告じゃ。皇太子にも困ったものじゃ」
「そのような、陛下を蔑ろにするようなこと、よくありませんね。……どういたします? 」
新政権発足につき、中枢のメンバーを決めた。トップは天皇、次いで皇太子、内臣の僕、左右大臣、その下に群卿という形だ。
葛城皇子はその時、天皇直属の軍隊である近衛兵を作ろうと提案した。かつての蘇我氏のように、日頃から訓練されている兵を持つ必要があると主張した。皇太子の宮で、葛城皇子が責任を持って訓練すると言った。
僕もそれは必要かもしれないと思っていた。一豪族に軍事を頼りすぎないよう、天皇の軍隊を持って牽制するのだ。
しかし、今回、葛城皇子は天皇に相談なく近衛兵を使った。
「どう、とは? 」
「皇太子が勝手に兵を出したことです。陛下に対する謀反と言われても言い逃れができない行動」
「そんな、大袈裟な」
「内密に、国博士に相談しましょう」
「天皇陛下に無断で近衛兵を動かしたのは謀反にあたります。本来ならば処罰して廃太子にしてもよいかと思われますが」
高向玄理は淡々と言った。
「いやいや、そこまでは、のぉ、鎌子」
「皇太子はご自分の地位を、昔の上宮太子のような『摂政』と思い違いをなさっているのではないかと危惧いたします。もしかしたらわざと既成事実を作って、皆に認めさせるおつもりかもしれませんが、どちらにしても歓迎できません」
「鎌子まで」
「内臣と同意見です。ですが、皇太子に兵の訓練を任せるなど、指揮権が皇太子にあると誤解させたこちら側にも落ち度があります。事後承諾とはいえ陛下に報告していることなどを考慮に入れると、今回は厳重注意と、兵の指揮権は天皇陛下にあると徹底させるのが妥当だと思います。兵にも、陛下の命令以外で動いたら処罰すると、固く申します」
高向玄理は言った。
「上の人間が律令を守らねば、いくら下々に言っても通用しませぬ。何の咎めもなく看過するのはよろしくないかと」
高向玄理は情に流されない検察官のようだ。政権にはこういう人間も必要だ。
「皇太子に仰る時は、くれぐれも慎重になさいませ」
旻法師が言う。
「ん? 」
「人前で注意なされると、それまでになかった皇太子の謀反の心を呼び起こすかも知れませぬ」
「そんな、ばかな」
「陛下から仰ると角が立つと言うのでしたら、私から注意いたしましょうか」
僕が言った。
「おお、鎌子、それは助かる」
旻法師が少し考えてから言った。
「なるほど、そのほうがよろしいかもしれませんね」
人の心がわかる旻法師も必要な人材だ。
翌日、僕ら、皇太子と大臣たちは天皇軽皇子の宮に招集された。
「兵からの報告によると」
右大臣の石川麻呂が天皇に報告した。
「古人大兄は吉野にて兵を集めていたため、謀反人として討ったそうです。男子は滅ぼし、妃妾は自害なさりました」
「なんと」
軽皇子も僕も驚いた。
「京へ連れてくるのではなかったのか」
「近衛兵にはそのように命令しました。でも、抵抗してきたため、生きて捕縛することが困難だったとの報告でした」
葛城皇子が言う。
「御子も、妃妾も全員ですか」
上宮一族が滅ぼされた時のようではないか。
「いえ、処罰したのは古人大兄と嫡男だけだそうです。その後、妃妾は自害したのです。兵の話によると、防ぐことはできなかったと、幼い姫君を無事救い出すのが精一杯だったと」
「姫君はご無事なのですね」
「ええ。今は皇祖母の宮におられます」
それがせめてもの救いか。
僕はその後、葛城皇子の宮に行った。
「葛城皇子、この度のこと、真だったのでしょうか」
「この度のこと? 」
「古人大兄が謀反を企てたことです」
「え? あ、ああ、そうだ。
「葛城皇子の判断で兵を動かすのは悪きことにございます。今後は、天皇にご相談の上で決められますよう」
「ああ、わかった、わかった。そうする」
「……あの時と同じですね。斑鳩と」
「我は次世代の争いの芽を摘んだまでだ。これが定石だろう、鎌足」
そう言って僕を見る葛城皇子には、悪気のかけらさえ見えなかった。
この目はどこかで見たことがある。
そうだ、ずっと前、動画サイトで見た猫だ。その猫は、飼い主の玄関先に虫やネズミの屍体を置いていくのだ。気味が悪くなった飼い主が防犯カメラを設置すると、そこには獲物を置く猫の姿が映っていた。飼い主に褒められたくて、もしかしたら飼い主へのプレゼントのつもりなのかもしれない。その猫の顔は誇らしげに見えた。
「兵の動員以外にも、これからは何かする前に、天皇と私にも……」
「父上ー、父上ー」
幼い女児の声が近づいてくる。
「姫様、いけませぬ、そちらは」
「父う……」
幼児が突然目の前に現れた。
「違う、父上はどこ」
乳母らしき女性が現れ、抱き上げる。
「申し訳ございません、さ、姫様、あちらに」
「古人大兄の娘、
葛城皇子は、連れ去られる姫を不憫そうに見た。
「父上と母上はどこ、父上に会いたい、父上に、うえ〜ん」
乳母に抱かれながら、姫は泣き出した。
部屋にいる采女たちが皆、涙を堪えている。
「両親が死んだことをわかっていないのだ。父母と会いたいとぐずるのを、皆が涙を見せぬよう耐え忍んでいる。その姿を見ていると我は……」
「おつらいことでしょう……」
「ああ、人が最も大切な愛する人を失った悲しみが、どんなにつらく美しいものか……、想像すると、体の奥底に熱い炎が生まれる。炎が我の身を溶かして蜜となりとろけていくのだ。なんと労しいことよ」
皇子は恍惚の表情を浮かべていた。
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