第25話・大化の改新

 何かのきっかけで世の中は急激に変わる。人々が望むとも望まなくとも、時代の波は動く。

 軽皇子は、蘇我大臣の時代から滞っていた制度改革を次々と進めていった。

 今までの豪族の寄合のようだった政治が、官僚制の中央集権政治に変わる。蘇我大臣が古くからの豪族や地方の反発を恐れ、なかなか進められなかった改革である。豪族とのしがらみのない軽皇子なら、天皇の名で改革を進められる。あれほどの権勢を誇った蘇我大臣が、天皇家によって滅ぼされた効果は絶大であった。


 大嘗祭を行った後、軽皇子は十二月には飛鳥から難波へ京を遷し、難波長柄豊崎に宮を作り始めた。新宮が完成するまでの間は難波に既にある宮で政務をとる。皇祖母や皇太子もそれぞれ難波の宮や行宮に住んだ。

「新宮が完成してからの遷都でもよろしいのでは」

 群卿たちは言ったが、軽皇子が急がせたのだ。

「飛鳥は血なまぐさい臭いがする。それより我は、鎌子の別荘、摂津の穏やかな川の流れる様を広々とした野を、大変気に入ったのじゃ。摂津の近く、心が晴れ晴れする地、難波こそが新しい世にふさわしい」

 飛鳥は血なまぐさい臭いがする……僕もそう感じていた。飛鳥板蓋宮の前を通る度、凄惨な光景を思い出し恐怖が蘇る。僕はできるだけ思い出さないようにした。子麻呂も網田も勝麻呂も、あの日のことを一度も話題にしなかった。皆、同様の気持ちだったのかもしれない。

 自分で事件を起こしておいて身勝手だとは思うけれど、僕は、上宮王家のことも入鹿のことも忘れたいと願っていた。


 難波遷都にあたり、当初、僕は摂津三島の別荘に住むつもりだった。長柄豊崎宮から十キロ程度の距離だから、馬や舟で通おうと思えば通える。しかし準備のために何度か難波に通っているうち、暗いうちに家を出たり帰るのが面倒くさくなって、結局、難波に土地をもらって単身赴任用の狭い屋敷を建てた。いずれ余裕ができたら広くして、家族を呼び寄せる予定だ。

 身分の高い人たちは元々難波近辺に別宅を持っていることも多い。そうでない人は単身赴任用の家を作り、一般の官人たちは、質素な家や官舎のような共同住宅を与えられた。

 飛鳥の民の間でも難波への遷都に反対する声のほうが多かったが、軽皇子は遷都を決行した。


 難波への引っ越しが近くなった日、僕は安媛の部屋に呼ばれた。

「お髭の形を整えましょう」

 安媛と小刀を手にしたトヨがいた。

「え、ちょっと、何を」

「殿様も内臣となったのですから、内臣らしい威厳のあるお髭の形にいたしましょう」

 安媛がにっこりして言った。

「あ? 」

 僕は元々、色白髭薄めタイプだから、普段は髭は生やしっぱなしで時々邪魔になったら切る、くらいの感じだった。

「どういたしましょうか。もみ上げは剃ったほうがよろしいかしら」

「殿様はお髭が濃くないですから、熊のような猛々しい感じにはなりませんね」

 トヨも楽しそうに言う。結婚前は時々トヨに剃ってもらってたんだっけ。

「普通の形でいいです」

 俎板の鯉状態。でも、ダリみたいなのはやだな。ヒットラーもやだ。

「元のお顔がお綺麗だから、邪魔をしないように、控えめのお髭にしましょうか」

「鼻の下は八の字で揃えて」

「顎は、先の方だけ残して丸く整え」

 うわぁ、薄く油を塗った頬を刃が滑ってく感触、こわい。

「はい、できました」

 安媛の声に、トヨが鏡を持ってくる。

「いかがですか、こんな感じで」

「……うむ、悪くない」

 内臣らしい威厳があるかって言われるとあやしいけど、ちょっとインチキ臭い貴族っぽくて、逆にいい。

「では」

 安媛が横で見ていた下男に言う。

「よろしいですか、この形を覚えて、無駄な毛は剃るか抜くのですよ」

「承知いたしました、奥方様」

 この下男が難波での僕の身の回りの世話係になるのだ。

「ふうむ」

 僕が角度を変えて何度も鏡を眺めていたら、安媛とトヨがくすくす笑っている。

「気に入ったようですわ」

「くすくす」

「あっ」

 むちゃ恥ずかしい。


「ここで飲むのも最後か」

 飛鳥京のスナック鎌足に来た子麻呂が言う。

 子麻呂は、近衛兵に昇進していた。先の古人大兄の謀反事件でも、皇太子の命令で吉野に行った。僕は子麻呂とその件について話すことはなかった。彼だって任務を遂行しただけなのだ。

「難波の家は狭いからな。妻子を住まわせるには増築しなければならぬ」

 子麻呂でなくとも皆からは不満の声が出ている。

「木材も工人も宮のほうに取られちゃってるからね。いつになることやら」

「もう少し、余裕を持って移してもよかったと思うのに、天皇がどうしてもと言ってきかないのだ」

「まあね、この辺りは前の大臣の本拠地だったし。離れたい気持ちはわからんでもないが」

「僕も、子供はまだ幼いから離れるのはつらいよ。次に会った時には顔を忘れられるんじゃないかと」

「俺もだよ。お互い一番可愛い頃だもんな」

「そうだ、いずれ三島の僕の別荘に遊びに来いよ。妻君も連れて。難波から川を上ってすぐだし」

「おお、また、妻孝行でもするか、暖かくなったらそれもよいな」



 そして翌正月、新たに百官を設け、位階、官位を授けた。国中から難波の宮に集まった豪族たちを前に、国博士と僕とで作っていた法律、新法を発布し、軽皇子が改新の詔を発した。

 これが後の世に言う大化の改新だ。中央集権国家がここに樹立したのである。

 窪田先生、僕やりました。大化の改新です。


 その夜の宴の席で、僕の隣で旻法師と高向玄理が話していた。

「全く、唐が隋を滅ぼした時のように鮮やかだった」

「今まで蘇我氏が推し進めていた税制改革、律令や遷都をそのまま新政権で発布しただけなのに、人民は、世が大きく変わった、新しい時代が来たと受け入れる。同じことを蘇我大臣の時にやったら反発が大きかっただろうに。鞍作臣を人身御供にして結果的には成功した。見事としか言いようがない」

「驚いたのは、右大臣に気を遣われているのか、蘇我氏の功績を否定することなく、過去の天皇に仕えたことを労っていましたね。滅ぼされた人間の墓を暴き遺体に鞭打つような政権交代が当たり前と思っていた私は、ただ驚かされるばかりです」

「やり方が甘い、と皇太子は批判していたらしいが、天皇は、これがこの国やり方だ、と言ったそうだ。天皇になるまではいろいろあったが、天皇として国をまとめる人物としては存外良いのかもしれぬ」

 軽皇子は天皇の地位を手に入れるまでにかなり乱暴な手を使った。しかし結果として改革が進み国が落ち着いたのだ。改革を進めるためにはそれも仕方がなかったのかもしれないと、僕は思っている。少しの間は新制度に戸惑いがあるだろうけれど、これからは平和に暮らせるはずだ。

 請安先生と一緒にこの国を作っていきたかった、と少し寂しく思ったけれど。



 新政府は改革への人民の不満を吸収するために「鐘櫃の制(かねひつのせい)」を作った。人民の不満や要求を直接訴えることができる「目安箱」だ。

 以前からそういったことを族長などに申し立てることはできたが、族長や伴造の裁量に任せていたので、不当なことも多かった。それを、納得できない結果になったら直接朝廷へ申し立てることができる制度を作ったのだ。「天皇に直接訴えられる」という、新政府が国民のことを考えていますアピールだ。

 朝廷の櫃に投書を入れると、天皇に届けられ、群卿会議で審査する。

「これ、なんですか?隣家の娘が自分を誘惑するのを罰してほしい、とは」

「またですか。先月もきましたよ。こういうのは族長で止めてほしいですな」

 制度として、族長の裁定が気に入らなければ上告できるシステムなのだから、時折こういった案件が上がってくる。

「族長が何を言っても聞かないのでしょう」

「どうします」

「本当に誘惑しているのかどうかわかりませんからねえ」

 ありがちだ。ただ挨拶しただけで「自分に気がある」と勘違いするヤツ。

「互いに結婚していない場合、誘惑するだけでは罰することはできない、とでもしましょうか」

「次は? 年貢を納めに行ったら、そのまま賦役をさせられてしまった。税の二重取りではないか、と」

「これは調べたほうがいいですね。京の造営に人手が必要だとはいえ、旅人を働かせるのはよくない」

「受け取った年貢を着服している人間がいるのかもしれませんし」

 こういう案件は上からの調査が必要になるので、本来の役割を果たしている。

「結婚を約束していた女が不義を犯したので罰してほしい」

「何年も前に別れた夫が、再婚した途端に物品を要求してくる」

「娘が、夫によって奴婢に売り飛ばされた。何とかしてほしい」

「男女関係の訴えが多いですね」

 この時代の夫婦関係は、法律で定められていない曖昧なことが多い。身分が高い人間はそれなりにきちんとしているが、一般人は特にルーズだ。双方の親族に結婚したと宣言すれば結婚になるし、宣言して離婚すれば再婚もできる。子供ができたら戸籍を登録するが、子供がいない場合の戸籍登録は曖昧だ。一緒に住んでいない夫婦の場合、妻の生活の面倒を長年見ていないくせに夫婦だと言う夫や、ひと晩限りの関係を夫婦だと言い張り財産を奪おうとする人間などもいて、ケースバイケースなのだ。

「それまで訴えることができなくて我慢していたものが一気に出てきたのであろう」

「これらの訴えは、双方の言い分を聞いて証人の言うことに矛盾がないかよく調べよ、ということで」

「それから……、庭の畑の野菜を盗む狸がいるから、捕らえてほしい」

「国でやることじゃないです。地元の狩人に相談してって言っといて」

「次。飛鳥の近くにも海を作ってもらえないだろうか」

「それは無理」

「何でもかんでも言えばいいっていうものじゃないのに、全く」

 僕らは苦笑した。


 ところで、安媛の子マヒトとトヨの子トメを将来結婚させたいと僕が言って以来、爺は俄然教育熱心になった。

「まずは飛鳥寺で読み書きから始めましょう」

 飛鳥寺では、大人向けの講義をしていると同時に、子供向けの学習塾も開いている。まず、幼小児向けの読み書きと算術、それを終えると男子は歴史や文学を学ぶ。僕も幼い頃から寺に通って学んでいた、らしい。爺が言うには。

 隠居したくせに、爺はしょっ中、難波の単身赴任先に成長記録の文を送ってくる。端午の節句に子供たちの可愛らしい手形を送ってきた時には、さすがに僕もグッときた。

 僕の子と推定される有間皇子は、阿倍臣の娘である小足媛が難波で育て、旻法師がいる安曇寺へ通っている。軽皇子は、有間皇子の妃にトメを迎えたい、などと言っている。トメはモテモテだ。さすが僕の娘。

 僕が子供を持つなんて、あのまま二十一世紀に生きていたら絶対なかった。人生とは不思議なものだ。

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