第四話『六花創という男』


「………………」


シェアハウスのリビングに響くトントントントンと言う貧乏揺りの音。その音を出しているのは六花だ。普段からは想像出来ない程の顰めっ面で延々と貧乏揺りを繰り返している。


「…創さん?どうしまし──わぁっ!?」


五十嵐が様子を伺いに六花の顔を覗き込むと、六花は勢いよく五十嵐の身体に抱き着いてきた。その勢いでバランスを崩しかけるが、何とかその場で踏ん張る。


「な、ななな、何ですか創さん!?」

「ッはあ〜〜〜〜〜!!!最高!」

「最高?」

「最・アンド・高〜!まさに至福のひととき!しかも丁度いい明ちんが来てくれるだなんて〜、今日の創くんはツイてる〜♪」


抱きついたままスリスリと頬擦りをする六花。謎の安心感とゾワゾワとした悪寒が走った五十嵐は、何とかして逃げようと身動ぎするが、相変わらずの怪力で抜け出せそうにない。その間にも謎の安心感が大きく膨れ上がってきて、それが恐ろしくて堪らなかった。このまま抜け出せないのならいっその事、そう考え、はぁ、と溜息をついてから五十嵐は六花に向き直り言う。


「分かりました。この五十嵐明、今日この時は創さんの為にハグをされ続けましょう」

「本当〜?!明ちんやっさすぃ〜♪じゃあ後三時間はこのままでよろしくね〜!」

「さささ三時間!!??嘘でしょ、勘弁して下さい。いくら私でもそれは流石に…」

「……嘘、つくんだ」

「…はい?」

「見てたよね?創くんがストレス溜まって貧乏揺りしてたとこ」

「……はい」


いつもの間延びした口調が消え、威圧感のある口調になり、五十嵐は思わず肯定してしまう。六花はそれにうんうんと頷いてからまたひとつ、またひとつと問い掛ける。


「知ってるよね?創くんは定期的に何かをギュッとしないとストレスでおかしくなっちゃうこと」

「……はい」

「言ったよね?ハグをされ続けてくれるって」

「……はい」

「それなら良いの。じゃあ三時間宜しく〜♪」

「はい……って、いやいやいやいや!嘘でしょ?え、嘘ですよね?嘘って言って???」


謎の理論で丸め込まれる寸前で、五十嵐がこれはおかしいと気付き再び腕の中から抜け出そうと試みる。それに六花は頬を膨らませて不満があると示す。


「何〜?今創くんは至高の三時間を過ごしてるんだから〜、邪魔しないで〜?」

「三時間ハグし続ける事が確定している!?勘弁して下さい創さん!私は他にもやらなければいけない親切が沢山あるんです…!」

「創くんにハグされ続けるっていう親切以外に必要な親切、ある〜?」

「ありますとも!!!」

「うっそだ〜!」

「何笑ってるんですか……」


ケラケラと笑い声を上げる六花に呆れた視線を送る五十嵐。

そろそろ本気でヤバい。ずっと立ったままハグされ続けてるから足の疲労が凄い。このまま同じ姿勢でハグされ続けたら三時間後にはきっと足の感覚が終わる。本当に、離してほしい。


「あの……」

「ん〜?な〜に?」

「ナンデモナイデス……」


有無を言わさない笑みに怯え本心を言えない五十嵐。

いやそもそもそんな恐怖政治みたいな事に従っていては私の親切が出来なくなってしまう。それは嫌だ。親切とは思いやりをもって相手に尽くす事。恐怖により従う事では無い。


(よし……創さんに恐怖政治はいけないと教えてあげねば!男、五十嵐明!行きます!)


「創さん!」

「わっ、いきなり大声上げてどうしたの〜明ちん?」

「その。……あのですね!」

「うんうん〜。な〜に?」

「……こ」

「こ〜?」


優しく微笑む六花。

いけない、コレに騙されては。この笑顔は恐怖政治を行う為のもの。騙されてはいけない。


「う〜ん?」


騙されては……


「どうしたの〜?」


だ、騙されて、は……


「お話、聞くよ〜?」


………………………………………………。




「このままでお願いします……」

「は〜い♪」




結局、最初から感じていた謎の安心感も相まって六花のハグ三時間コースを受け入れてしまった五十嵐。解放された頃には足がガクガクして小鹿の様になってしまっていたのは言うまでもない。


「今度は五時間ギュッとさせて〜?」

「もう勘弁して下さい!!!!!」




第四話     fin

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