第三話『一之瀬透也という男』


とある日の朝。一之瀬は自身の部屋で猛勉強していた。何故かと言えば、理由は無いがふと思いついたからだ。思いついた時に全力で取り組む。それが一之瀬のポリシーである。


コンコン…!


不意に、部屋の扉がノックされる。一旦ペンを置いて扉を開けると、そこに居たのは六花だった。


「どうしましたか六花さん!僕に何か御用でしょうか!」

「う〜ん。用って程じゃないんだけどさ〜?ちょっと暇だから一緒にお散歩でも行かな〜い?」

「ふむ、散歩ですか!」

「うん〜。お散歩〜」


六花がにこやかに誘う。一之瀬はそれにいつもの大声で答える。


「無理ですね!!他を当たってください!」


そう言い扉を閉めようとすると、六花が扉を掴み無理矢理開ける。


「ちょっと待って〜?」

「なんですか!?」

「今皆出掛けててさ〜、家に居るのは創くんと君だけなの〜。だから誘ったんだけど〜、断られたら創くんはどうすれば良いの〜?」

「おひとりで行けば良いかと!では!」


再び扉を閉めようとするも、六花がその華奢な身体からは想像もつかない程の力で扉を開ける。


「なんなんですか!もう!」

「一人で行くのが嫌だから誘ってるんだけど〜?」

「僕断りましたよね!?」

「うん〜。断られたね〜」

「じゃあ諦めて下さい!僕は勉強しなきゃいけないので!」

「勉強〜?勉強って何してるの〜?」


一之瀬は部屋の中に戻り、勉強に使っていた本を持って来て六花に見せる。

そこには『馬鹿でも分かる!漢字練習帳!』と書かれていた。

六花は呆気にとられて少し黙ってしまったが、すぐに我に返って正直な感想を一之瀬に言った。


「……透也く〜ん」

「何でしょう!」

「キミ、お馬鹿なの〜?」

「失礼な!僕はお馬鹿ではありません!寧ろ賢い方と言えましょう!」

「じゃあなんでこんな〜…小学生がやる様な練習帳で勉強してるの〜?」


そう言われ、一之瀬は首を傾げる。六花も何故一之瀬が首を傾げるのだろうと一緒に首を傾げる。やがて思考を終えた一之瀬が、言い放った。


「何故でしょう!?」

「……はあ?」

「僕はどうしてコレを使い勉強していたんですか!?」

「創くんが知ってる訳なくな〜い?」

「それもそうですね!では!」


三度目の閉めようとしては開けてを行った後、六花は叫んだ。


「いや気になるじゃ〜ん?!ど〜〜〜して???ど〜してこの練習帳を使ってたの〜?気〜に〜な〜る〜!!!」

「そう言われましても分からないものは分からないです!恐らく僕の全力癖が出ただけかと!」

「全力癖」

「思いついた事に全力で取り組む僕の癖です!」


それは知ってるけど、と言う六花。

いやしかしそうでは無いのだ。そもそもの話、どうして小学生がやるような漢字練習帳で勉強しようと思ったのか理解が出来ないのと同時に、よくそんな物持ってたな、と思うのが普通だろう。


「……ま〜、納得してあげるよ〜」

「どうして上から目線なんですか!!」

「仕方ないから創くんは一人でお散歩行ってくるよ〜。それじゃあね〜」


そう言いトボトボと部屋を後にしようとした時、後ろからとんでもない声量で「待って下さい!!!!!」と引き止められる。何事かと振り向けば、外出用の服に着替えた一之瀬が立っていた。


(え、今の一瞬で着替えたの?嘘じゃん)


その早業に驚いていると、一之瀬がズンズンと六花の元へ歩いて来て、満面の笑みでこう言った。


「散歩がしたくなったのでお付き合いしますよ六花さん!全力で!!!」

「……君って本っ当に意味分かんな〜い」




第三話     fin

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