殺人電車
ひとつ、ふたつ。
何度も何度も、
窓の外を紫色の明かりが通り過ぎていく。
踏切を通過した音がした。
気がつくと、私は電車の中に立っていた。
見回すと壁、窓枠、扉がすべて木製で、
対面式の4人掛けの座席が並んでいる。
随分と古い電車だった。
なぜここにいるのか、記憶が曖昧だ。
一瞬だけ窓が明るく照らされ、
また踏切を通過した音が聞こえた。
窓の向こうは暗く、果てしなく田んぼが続いていく。
遥か遠くを静かに街灯の明かりが流れていった。
車両内部に視線を戻す。
五人の人影が見えた。
男性が三名、女性が二名。
年齢も格好もバラバラで、
それぞれが距離を置いて座っている。
一人はスーツ姿の中年の男、
もう一人は古ぼけた服を着た老人、
最後の男性は顔を隠すようにフードを被っていた。
女性の一人は若い女性で、
もう一人は白髪の老婆だった。
それぞれが距離を置いて座っている。
誰もがうつむき、じっとしていた。
多分これは夢なんだろう。
不思議な夢だな、そう考えた。
もし夢なら目覚めるのは簡単だ。
私は自分が夢をみていると自覚している時に限って、
自由に夢から覚める事が出来た。
とりあえず近くの座席に腰を下ろす。
突然、悲鳴が聞こえた。
男のひとの声だった。
驚いて悲鳴がした方向に視線を向ける。
車両先頭付近に座っていた、
年配の男性が通路に倒れている。
その体の周りには赤黒い染みが広がっていた。
どうしよう。
狼狽えていると唐突にアナウンスが流れた。
「次は、活き造り、活き造り」
その直後、また悲鳴が聞こえた。
今度は女性の金切り声だった。
耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。
声の調子は一定ではなく、
高くなったり低くなったりしていた。
何か、されているんだ…。
あまりに恐ろしく、手足が震えて力が入らない。
間違いない、車内で何かが起こっている。
しばらく沈黙が流れる。
なんだろう、活き造りって。
とても次に停まる駅名とは思えない。
嫌な想像が、頭をよぎった。
唐突に車両の扉が開き、
車内販売員の女性が入ってきた。
紺色の制服、首には黄色いスカーフを巻いている。
女性は何事もなかったようにワゴンを押しながら、
ゆっくりこちらに向かって歩いてきた。
私は助けを求めようと声をかけかけたが、止めた。
女性の制服は黒く汚れ、
焦げ茶色の染みが広がっていた。
よく見るとスカーフも黒ずんで縮んでいる。
モノクロの映像を見ているように顔は真っ白で、
首元から口元にかけて血管がびっしりと浮いていた。
張り付いたような笑顔、目は見開き、縮瞳している。
女性がゆっくり、
こちらに向かって歩いてくる。
押しているワゴンには、
灰色の汚いバケツがいくつも載せられていた。
バケツの中には、よくわからない肉のようなものが入っているのが一瞬見え、思わず目を背けた。
蝿の飛ぶ音がかすかに聞こえる。
笑顔の女性は、ゆっくりと隣を通り過ぎていった。
それから扉が開く音がして車両から出ていった。
その時、再びアナウンスが流れる。
「次は、ひき肉、ひき肉」
嫌な予感は、きっと当たるだろう。
何者かが人を殺している。
これは殺人列車だ。
きっと次は自分が殺される。
「これは夢だ。覚めろ、覚めろ」
必死になって強く念じる。
普段ならすぐに目が覚めるが、
今回はその気配がまったくない。
夢から覚めるどころか、
これが本当に夢なのか不安になってくる。
突然、ガラガラと音がして、
車両前方の扉が開いた。
今度は一人の男性が入ってきた。
車掌服を着て、なぜか猿の面をかぶっている。
不気味な木製の猿の面で、
被っている人の口元が露出している形をしていた。
白い手袋をした手には、
アナウンス用のマイクが握られていた。
また車両の扉が再び開く。
猿の車掌のあとを追うように、
銀色の台車が入ってきた。
台車には古い肉ミンチ機が乗っている。
上の穴から肉を入れ、
挽いた肉が前の穴から、
にょろにょろと出てくる機械だ。
それを四人の小人たちが押していた。
大人の半分くらいの身長で、
ボロ切れのように汚れた白い服を着ている。
白い覆面をかぶった、
全身白ずくめの小人たちだった。
何も喋らず手分けして台車を押し、
私のところに近づいてきた。
台車の上の肉ミンチ機の電源が入る。
嫌な音を出し、小刻みに震える機械は一目で汚いとわかる。
過去に挽いた肉片が掃除されず、
あちこちに、こびりついていた。
小人の一人の手には、
肉を叩くためのハンマーが握られていた。
銀色で四角く、トゲだらけのやつだ。
かなり汚れていて、
何かの肉片がトゲの間にこびりついていた。
それらが私に向かって、
どんどん近づいてくる。
早く目を覚まさなければ。
覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ。
肉ミンチ機の音がどんどん大きくなってくる。
小人がハンマーを引きずる音。
覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ。
小人が私の膝に手を触れた。
その膝をめがけて、大きく重いハンマーを振り上げた。
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