妄想編




 2人で図書館にやってきた兄妹が、3本の傘を必要とした理由。

 俺は傘立てを眺め、その理由を妄想する。




「……はい」

「ハイ先輩! どぞ!」

「あのお客さんに対して、『また』って言ったよね?」



 覚えてはいるが、一応確認する。



「はいっス。

 1週間前もここに来てたんで。

 気になって覚えてたんスよ」

「つまり、結構な頻度で本を借りに来ているってことだ。

 から守るために、手を尽くしていてもおかしくない」


 後輩の頭に、はてなマークが浮かんだ……ような気がした。



「ふぇ? どういうことっスか?」

「これは例えばだけど……。

 自分が、好きな作家の直筆サイン本を持って外出するとして」

「そんな世界遺産、ショーケースぶち込んで国銀へ郵送しますよ?」


 『例えば』だっつの。


「……まあ、で絶対に外出しなければならないとして。

 その時、どんな物を持っていく?」

「えっと……まあまず傘っスよね。

 あと財布にケータイ、鈍器になる懐中電灯、タオル、袋――」

「ストップ」


 懐中電灯の話は……聞かなかったことにして。


「タオルと袋は、何に使う?」

「え?

 そりゃあもちろん、本を包んで…………あぁ‼」




 教科書、雑誌、小説。

 どんな物にせよ、紙で作られたものに共通する弱点――それは水だ。

 雨の降り続けるこの世の中、紙類の扱いは慎重にしなければならない。彼らが俺たちに似た重度の本好きなら、そのくらいしてもおかしくないだろう。

 ……図書館の本だし。




「実際、あのお客さんの返却本はキレイなものだった。

 今どきはずさんなやからも多いのにね」

「3本目の傘は、『本を雨から守る専用傘』ってことスか?

 でも……」


「気づくか、そりゃ」

「あの傘……1本濡れてないっス」



 問題の傘の3本中、2本はボタンが外されていた。その2本は濡れているのが見えるし、恐らく使われたんだろう。

 しかし、残りの1本はボタンでいて、水滴もついていないようだ。



図書館ここに来るまでに使ったなら、濡れているはずっス。

 でも、開かれてすらいないみたいだし……う~ん……」

「ふりだしに戻ったね。

 ……もうちょっと、傘をきちんと観察してみようか」


「おれたち、『見ているだけで観察できてない』スね……」



 何やらブツブツ言っている後輩は放っておいて、傘立てをじっと見る。




 数は3本。

 黒色で、他の傘より長めのもの。

 赤い花の描かれたもの。

 青色無地のもの、の3種。

 黒傘と赤傘は濡れていて、ボタンが留められていない。

 濡れていないのは青い傘で、ボタンが留まっている……。




「ハイ!」

「…………どうぞ?」

「黒と赤いの、同じところに詰め込まれて窮屈そうっス!」



 言われてみると、黒傘、赤傘は同じ場所に差し込んであるようだ。は少し離れたところにあって、色がよく映えている。



「…………んで、それのどこが『推理』なの?」

「報告しただけっス!」



 素直でよろしい。

 カウンターの木目を意味もなく眺めて、窓の外に目を向け、また傘立てに視線を戻す。

 ……先に口を開いたのは、いじけていた後輩だった。




「――疑問は3つっスね。

 ひとつめ、あの傘はいつ使われるのか?

 ふたつめ、誰が使うのか?

 そしてみっつめ、何のために使うのか?」




「『いつ』『誰が』『どうして』……だね。

 高校の英語を思い出して、胃が痛い…………」

「英語にどんなトラウマが……?」


 疑問をまとめても、それに答えられなければ意味がない。


「さすがに手詰まりか。ヒントが少なすぎる」


 今日の昼もコンビニ弁当かと、俺が遠い目をした時。






「あ…………そっか、そういうことか。

 ――先輩、すんません」

 うな重はいただくっス。



 冴えない後輩はそう言って、俺に手を合わせた……。



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