3本目の理由

秋雨みぞれ

雑談編


「あの兄妹、また来たんスね」


 新人の声に、俺は振り返りながら


「――いっつぁ‼」


 ……我ながらキレイに決まった。


「え? いきなり何スか⁉」

「兄妹じゃない、お客さんだよ」

「そこ⁉」


 大事なことである。

 新人がブーブー文句を言っている間に、俺は兄妹お客さんの返却本を整理する。


 1階のものか2階のものか。

 ヤングアダルトか9類か。

 きちんと整理しなければ、配架が面倒になるのだ。


 自由研究に苦労するのは、どこの時代も同じらしい。

 小学生くらいの妹は兄の手を引き、新設した『自由研究コーナー』へ向かっていった。


「にしてもあのきょうだ――お客さん、ずいぶんと大荷物っスね~」

「……そんなに気になるの? 

 そろそろ仕事してほしいんだけど」

「いやぁ、おれも妹いるんで」


 初耳だ。

 こんな頼りない兄がいたら苦労するだろうなぁ……と、見たこともない妹さんに同情する。


「傘も3本持ってましたし、誰かと待ち合わせっスかね?」

「こんな過疎図書館で集合する? ふつう。

 ……っていうか『3本』?」


 入り口の傘立てを見る。

 職員用のものと、1時間前に来た老夫婦のもの……そして、さっきまでは無かった傘が『3本』。


「…………ほんとだ。3本ある」

「ですよね? やっぱり誰か迎えに来たんじゃ――。

 あれ。でもそれだと、迎えられる人がするっスね?」


 相変わらず、外は雨が降り続けている。

 ――20年以上ずっと。





 昔の話だ。

 人々は国を超えて、環境問題の解決に取り組もうとしていた。

 SDGsという共通の目標が作られ、干ばつや地球温暖化を何とかして止めようとしたのだ。


 もう、手遅れだというのに。


 酸性雨という言葉をご存知だろうか。

 大気が汚染されることによって、酸性の雨が降る現象だ。

 それが起こった……世界中で。

 おかげで天気予報は雨マークで塗りつぶされ、傘は命を守る必須アイテムとなった。


 まあ、大やけどするほど酸性が強いわけではないけど……。


「『お客さん』の待ち合わせ相手が傘を持ってないなら、ビショビショになって入ってきてるでしょ?

 そんな人いたら、たぶん入館お断りしてるし」

「じゃあ待ち合わせじゃないかぁ……。

 こんな時、灰色の脳細胞とやらに憧れるっス……」

「意外と懐かしいのを読むんだね」

「これでもミステリマニアなんスよ」

「……『ぼくは頭脳なのだよ、ワトスンくん――』」

「『残りはただの付け足しだ』。

 オーソドックスがすぎますぜい、先輩」


 この会話が理解できないからって、落ち込む必要はない。

 暇人どもの会話は、いつだって解読不能なのだ。


「――年の離れた2人の兄妹に、傘が3本必要な理由か……」

「気になりません?

 そーだ。この際、推理勝負しましょうよ!」

「推理勝負?」

「3本目の理由を推理するんス。

 負けた方が、昼メシおごりってことで」


 お客さんが来る気配はない。

 ……正直、そろそろまぶたが重くなってきていた。

 この辺りで少し、頭を使ってみるのもいいかもしれない。


「…………男に二言はないよ?」

「おっ、乗りましたね!」


 最後の本を片付けると、俺は休憩用のイスに腰かけた――。



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