第37話:ドッグカート・文野綾子視点

「綾子さん、これを作ったから使ってみてくれ」


 ある日、四郎さんにそう言われました。

 見ると、そこには真新しいリアカーがありました。


「リアカーですよね、何に使うのですか?」


「家の番犬たちは特別で、子供を乗せても平気なんだが、それを観て勘違いする子が現れると危険だから、普通の犬でもできる範囲にしようと思ったんだ」


「それがリアカーなのですか?」


「そうだ、普通の犬は背骨が弱くて人を乗せられないんだ。

 だが荷車を引いて歩く力は結構強い。

 犬ぞりは知っているかもしれないが、昔は普通に荷車を引いていたんだ。

 日本の事例は忘れてしまわれたが、アニメのフランダースの犬では、犬が重い牛乳缶を積んだ荷車を運んでいるんだよ」


「鈴音にフソウの背中に乗らないように言えば良いのですね?

 その代わり、フソウの引くリカーに乗せれば良いのですね?」


「ちょっと違うが、それは俺が鈴音ちゃんに話す。

 綾子さんは理由を分かっていてくれたらいい。

 鈴音ちゃんがフソウに乗りたいと言った時に、止めてくれたらいい」


「分かりました」


 白子さんや四郎さんは、みんなが嫌がる事を率先してやってくださいます。

 子供を厳しくしつける役、父親役を引き受けてくださいます。

 優しく慰める役だけを、私たち実の母親がやれるようにしてくださいます。


 両親ともにいない児童養護施設の子たちには、白子さんたちの中で役割を分担されていて、一時里親登録している人が母親役をやっています。

 それ以外の人が、父親役として厳しい存在となっています。


「鈴音ちゃん、真剣な話があるんだ」


「なあに、わたし、わるいことをしたの?」


「そうだね、知らなかったから、悪い事をしそうになっているんだよ。

 だから、悪い事をしないように、正しい方法を教えるよ。

 正しい方法ができれば、フソウが喜ぶからね」


「フソウがよろこぶの、だったらやる、おしえて!」


 四郎さんが鈴音に事情を話してくれました。

 とても分かりやすく、優しく教えてくれました。

 

「わかった、フソウにのれないのはいやだけど、フソウがいたいことはしない」


 その日から、鈴音がフソウに乗らなくなりました。

 できるだけ自分で歩くようになり、疲れたら私が背負うようになりました。

 犬が引く改造リアカー、ドッグカートはありますが、鈴音は乗せません。


 よほど何かあれば乗せるかもしれませんが、できるだけ乗せません。

 何故なら、ドッグカートは軽車両なのです。

 歩道と車道が分かれている道では、車道を走らないといけないのです。


 ドッグカートは、荷物を運ぶのに使っています。

 助かるようになったのは、多くの夜食と朝食をいただいて帰る時です。

 たくさんの荷物を背負って帰るのは、地味につかれるのです。


「シナノとおさんぽぉ~」


 鈴音がうれしそうにシナノを手綱を持って歩いています。

 鈴音がシナノを散歩させていると言うよりは、シナノが鈴音を護りながら散歩させてくれています。


 どこを歩くにしても、シナノが危険の多い方を歩いてくれます。

 頻繁に耳を動かし鼻も使って、周囲に危険が無いか気を付けてくれています。

 標識の内容も分かっているようで、交通ルール通りに歩いてくれます。


 貸してもらっているリアカーを改造したドッグカートは、別のボディーガード犬、サツマが引っ張ってくれています。


 100kgも載せられる折り畳み式のリアカーで、借家の部屋に入れてもそれほど場所を取らないので、とても便利です。


 普段は人を乗せたりしませんが、一緒に登下校している子がケガをした時や病気になった時は、乗せてあげられました。


 今は、シナノとサツマがいつも一緒にいてくれます。

 鈴音はシナノが大好きで、ついシナノばかり可愛がるので、私がサツマを可愛がるようにしています。


 シナノとサツマの2頭がいつも側にいてくれるので、とても安心です。

 以前はシナノがいてくれても、夜、あの男が家に押し入って来ないか不安になる時がありました。


 武器を持って入ってきたら、クマよけのスプレーを持っていたら、シナノでも鈴音を護り切れないのではないかと、不安になる事がありました。


 道を歩いている時、鈴音がシナノの背中に乗っている時に襲われたら、シナノも自由に戦えないので、鈴音が殺されてしまうかもしれないと怖かったです。


 でも今は、外を歩く時は、シナノが自由に動けるのです。

 シナノが警戒してくれている姿を見たら、安心して任せられえます。


 サツマも、大きなドッグカートを引いて外側にいてくれます。

 鈴音や私を襲おうと思えば、大きなドッグカートを乗り越えなければなりません。

 少しでも手間取れば、シナノが逆襲してくれますし、サツマも助けてくれます。


「すずねちゃ~ん、おはよう~」


 今日も登校中に、小学校で1番仲のいい施設の子と出会いました。

 中学生のお兄ちゃんお姉ちゃんに引率された23人と一緒です。


 施設の子たちを護るボディーガード犬の半数が、ドッグカートを引いています。

 いつも通り、何事もなく小学校まで一緒に行けると思ったのですが……


「うわぁああああん、うわぁああああん、うわぁああああん」


「どうしたの、血が出ているじゃない、直ぐに消毒してあげる」


 通学路の途中で、鈴音と同じ1年生の男の子が泣きじゃくっていました。

 ひと目見ただけでケガをしているのが分かるくらい、脚に血が流れています。


 白子さんたちから、ドッグカートに常用するように言われると同時にいただいた、応急セットを使って消毒しました。


「栄治君がドブくらいとびこえられるといって、とんだんだ」

「うん、えいじくんがじぶんでとぶといったの」

「でもとべなくて、ドブにはまってないているの」

「ちがでてないているの」


 側で心配そうにしていた友達たちが事情を教えてくれました。


「白子さんですか、登校中に足をケガをした子がいるのですが、どうしましょう?」


『何かあったら遠慮しないで電話しろ』と白子さんたちに言われているので、急いで電話して事情を話しました。


「素人では骨が折れているかどうか分からないし、びっくりしている子供も何処が痛いのか正確に言えないんだ、直ぐに救急車を呼びな」


「これくらいの事で救急車を呼んで良いのですか?」


「いいんだ、頭を打っているかもしれないし、ドブに落ちて血が出ているんだろう?

 キズにドブに毒素が入ったら、破傷風になって死ぬ事もあるんだ。

 この時間だと、まだ保健室の先生が登校していない可能性もある。

 何かあったら私が責任をとるから、直ぐに119番しな。

 お父さんとお母さんの名前も聞いておきな、電話番号を覚えているなら聞きな」


「分かりました、直ぐに救急車を呼びます。

 父さんとお母さんの名前と電話番号も聞きます」


 私は白子さんに返事をしてから心配そうにしている子供たちに話しました。


「安心しなさい、直ぐに救急車を呼ぶから大丈夫よ。

 私がついているから、あなたたちは遅刻しないように登校しなさい」

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