第38話:ケガと捨子・文野綾子視点

 登校の途中で、ドブに落ちて脚から血を流している子に出会いました。

 放って置く事ができないので、救急車を呼び電話番号を聞きました。

 残念ながら電話番号は覚えていませんでした。


 ですが、小学1年生なのにスマホを持っていました。

 恐らくですが、子供の位置を確認するために持たせているのでしょう。

 学校以外の場所、病院に長時間居れば連絡があるはずと思いました。


 それでも、子供だけ救急車に乗せる訳にはいきません。

 ついて行く覚悟をしましたが、鈴音を放って行けません。


 施設の中学生が小学校まで連れて行くと言ってくれましたが、あの男の顔が浮かんでしまい、預ける事ができませんでした。

 ケガをして泣く子を慰めながら、鈴音と一緒に救急車が来るのを待ちました。


「大丈夫ですよ、私たちが責任をもってご家族に連絡します。

 お母さんはお子さんを学校に連れて行ってあげてください」


 直ぐにやってきた救急車の隊員さんが、全て引き受けると言ってくれたのです。

 そのお陰で鈴音を遅刻させずにすみました。


「ありがとうございます、お陰様で大事にならずにすみました」


 救急車を呼んであげた男の子のお母さんが、お礼を言いに来てくれました。

 菓子折を持って、子ども食堂までお礼を言いに来てくれました。


「幸い頭は打っていなかったのですが、本人も知らないうちに手をついていたようで、分かり難い竹節状骨折をしていたそうです。

 最悪の場合は、骨を成長させる所が壊れて、手が伸びなくなるところでした。

 本当にありがとうございます!」


「いえ、いえ、当然のことをしただけです、気にされないでください」


 助けた子は、代々地元に住んでいる旧家の子供でした。

 朝早く家を出すようにするので、一緒に登校させて欲しと言われました。

 地域に知り合いがいない鈴音と私には、何よりの縁ができました。


 栄治君のお母さんが帰ってから白子さんが教えてくれたのですが、骨を成長させる場所は骨端線と言って、そこが潰れたり離れたりすると骨が伸びなくなるそうです。

 子供が強く手をついた時には、特に心配なケガだそうです。


 子供は骨がやわらかく、骨を包んでいる膜が厚くて丈夫なので、中で折れていても大人のようにプラプラしない事があるそうです。

 登下校では何があるか分からないので、覚えておくように言われました。


 ですが、その後は穏やかで幸せな日々が続きました。

 特になに事もなく、地元の子とも仲良く遊んでいます。

 地元の子と施設の子の間に差別もなく、本当に良い小学校に通えています。


 鈴音はシナノだけでなくサツマとも仲良くなりました。

 今でも1番はシナノですが、サツマのお世話もするようになりました。


 最初は奇異の目で見られていたドッグカートも、子ども食堂と借家までの道、小学校の通学路では珍しくなくなりました。


 時々、近所の人が飼っている犬に乳母車や手押し車を引かせる練習をするのを見かけるほど、私の周囲では受け入れられるようになりました。


「今日は思いっきり遊んで眠くなったのだろう、このまま寝かせてやりな。

 雨も降っている、朝早めにここを出て学校に連れて行ってやればいい」


 一時里親宅へのお泊り日で、1番仲の良い香ちゃんと妹の南ちゃんが子ども食堂に来ていたので、鈴音と一緒に白髪稲荷神社の境内でずっと遊んでいたのです。


 広く安全な境内は、子供たちの格好の遊び場です。

 ボディーガード犬が20頭以上いるので、母親たちも好きな事ができます。

 私のように一緒に遊ぶお母さんもいれば、勉強するお母さんもいます。


「ありがとうございます、そうさせていただきます。

 このままここで勉強させてもらいます」


「介護福祉士の模試が良い成績だったと聞いているよ。

 次の試験を受けてみればいい、合格したら無理のない範囲で働きな。

 老人福祉施設で働けるように話はつけてある。

 そこで働きながら、介護支援専門員の勉強をすればいい。

 受験するのに5年間の実務経験がいるから、早めに働きだした方がいい」


「はい、次の試験日までに絶対合格できるようになります」


 鈴音が可愛い寝息をたてる横で勉強しました。

 誰かが勉強している時には、子供たちも静かにしています。

 騒ぎたい子は、境内に出て遊びます。


 少し前に雨が降り出したので、もう境内では遊べませんが、陽も暮れています。

 白子さんたちに褒めてもらいたい子供たちは、小上がりに並んで勉強しています。

 遊びたい子も、勉強する子の邪魔にならないように、将棋やトランプで遊びます。


「もういい時間だ、これを食べて寝てしまいな。

 みんなの分もあるから、お腹一杯食べな」


「「「「「やったぁ~」」」」」

「「「「「おっと」」」」」


 白子さんは、酢豚風の酢鶏を白御飯と一緒に出してくれました。

 一緒に勉強していた子供たちも甘酸っぱいのが好きなようで、歓声をあげました。

 でも直ぐに、寝ている子に気を使って手で口を押さえるのが可愛いです。


 幾ら食べても良い鶏モツ甘辛煮が大皿に入れて置かれます。

 ピクルスと糠漬けも大皿に入れて置かれます。

 酢鶏以外で1人1つあるのは、具だくさんのチキンスープです。


 お腹一杯食べて、お風呂もいただいて、熟睡する鈴音と2階に上がって寝ました。

 白子さんたちは子ども食堂の2階とは別の場所を自宅にされました。

 一時里親でやって来る子と寝泊まりできる部屋にされたのです。


 朝早く起きて、鈴音と一緒に子ども食堂に降りて行きました。

 いつもよりも早く出ないと、学校を遅刻してしまいます。


「朝飯ができているよ、しっかり食べて勉強しておいで」


 今朝の当番は黒子さんでした。

 五郎さんが私に運んできてくれたのは、具だくさんの塩ラーメンでした。

 濃厚な鶏白湯スープが病みつきになる、絶品の塩ラーメンです。


 他では絶対に食べられない、平飼い親鶏で出汁をとった鶏白湯です。

 塩ですから、鶏臭さを感じさせないような出汁をとるのが凄く難しいのです。

 黒子さんたちは、それをいとも簡単にやってしまうのです。


 栄養も考えて、野菜も肉もたくさん入っています。

 肉は、我を忘れるくらい美味しかった鶏ハムが一面に載せられています。

 こんな贅沢な朝ご飯が食べられるようになるなんて!


 子供たちも常連さんたちも無言で食べています。

 普段はラーメンと白御飯を食べる常連さんも、今朝はラーメンのお替りです。

 替え玉ではなく、鶏白湯スープごとお替りしています。


「気を付けて行くんだよ」


 お腹一杯食べて、苦しいくらい大きくなったお腹を抱えて、小学校に向かいましたが、流石に鈴音が疲れても抱きかかえる余力がありません。


 歩いている間にお腹がこなれたら別ですが、とても無理でしょう。

 そこで、最初から鈴音をドッグカートに乗せて小学校に向かいます。

 梅雨時で、昨日からの雨がまだ止まないので、親子で合羽を着て登校です。


「うわぁああああん、うわぁああああん、うわぁああああん」


 登校の途中で、泣いている子供に出会いました。

 まだ3歳くらいの子が、こんな時間に雨の中をびしょ濡れで歩いているなんて、自分や周囲のケースを知っているだけに、嫌な想像をしてしまいます。


「どうしたの、なにがあったの?」


「うわぁああああん、うわぁああああん、うわぁああああん」


 聞いても子供は泣きじゃくるだけです。

 3歳くらいだと、正確な事を聞き出すのは無理でしょう。


「お母さんはどこにいるの、家はどこなの?」


「おかあさん、おかあさん、おかあさん、うわぁああああん、うわぁああああん」


 聞きながら額に手を当てると、怖くなるくらい冷たいのです。

 首元からチラリと見えた肩一面に、むごい青痣が有ります。

 もう疑問の余地はありません、緊急保護案件です!


「黒子さん、びしょ濡れになった3歳くらいの子を保護しました。

 直ぐに救急車を呼びます、後どうすれば良いですか?」


「小学校に行く途中だね、直ぐに八郎を迎えにやる。

 119番は私がするから、綾子さんはその子を連れて戻って来な。

 ドッグカートに乗せたらサツマが全力で運んでくれる」

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