第33話:登下校・向井樹希視点

「すまないね、シナノに登下校の送り迎えをさせようと思ったけど、駄目だったよ」


 銀子さんがあやまった。


「俺が由真を守るからいいよ」


「PTAに五月蠅いのがいるらしくて、犬だけだと『子供が怖がる』と難癖をつけられると校長が言うんだよ」


「分かった」


「だけど、大人が手綱を持てば大丈夫だから、三郎か手の空いた奴に、シナノを連れて登下校に付き添わせるよ」


「いそがしいんじゃないの?」


「色々忙しかったから、三郎たちの従兄弟が手伝ってくれる事になった。

 だから登下校の付き添いができるようになった、安心しな」


「うん、分かった」


「だから由真の事は心配いらない、樹希は野球でもサッカーでも好きな事をやりな」


「別にやりたくない、由真と一緒の方がいい」


「そうかい、だったら無理にとは言わないが、やりたくなったら言うんだよ」


「うん」


 次の日から、施設から学校に行くのに、男の人たちとシナノが一緒になった。


「しなのぉ~、私がたづなもつぅ~」


 由真がワガママを言う。


「1人じゃ危ないから、一緒にも持とう」


 男の人たちは、シナノの手綱を持ちたがる由真を怒らず、一緒に持たせてくれた。

 由真はうれしそうにシナノ手綱を持って毎日登下校した。

 

 何日かして、シナノ以外の番犬が一緒に登下校するようになった。

 これまで見た事のない犬が多く、ナガト、ムツ、ヤマシロ、フソウと言った。

 男の人たちだけじゃなく、1番大きな、中学三年生が手綱を持つようになった。


 直ぐに男の人たち以外の、大人の女の人が登下校に加わるようになった。

 毎日ではなかったが、同じ女の人でもなかったが、加わるようになった。


 1人知っている人がいた、文野綾子という、子ども食堂で会った人だった。

 子供の鈴音ちゃんとは遊んだことがあった、由真がお姉ちゃんぶっていた。

 

 毎日がとても楽しかった。

 いつもお腹一杯で、温かくて、由真が笑っている。


「三郎さん、子ども食堂までシナノをさんぽさせちゃダメ?」


 俺が中学校に行くまで後1月くらいになった頃、小学校から直接子ども食堂に行く日に、由真が三郎さんに言った。


「給食はちゃんと食べたか、お腹空いていないか?」


「ちゃんと食べた、お腹空いてない」


「樹希は大丈夫か?」


「大丈夫」


「綾子さん、お願いして大丈夫ですか?」


「私1人で大丈夫でしょうか?」


 今日は三郎さんだけじゃなく、文野綾子さんも一緒だった。

 春から小学校に行く鈴音ちゃんは、綾子さんが手綱を持つフソウの背中に乗っていて、とてもうれしそうにしていた。


「綾子さんも知っておられる通り、フソウもシナノもとても賢く強い子です。

 何かあっても必ず守ってくれますから、大丈夫です。

 それに、何かあったら子ども食堂に電話してください、直ぐに迎えに来ます。

 由真ちゃんが疲れて歩けなくなっても、直ぐに迎えに来ます」


「私ちゃんとあるけるよ」


「分かっているよ、でも、疲れるのは普通の事なんだよ」


「わかった」


「ウォン」


「そうか、由真ちゃんが疲れたら背中に乗せてくれるのか。

 だが無理はするなよ、車が突っ込んで来る事や、狂人が襲ってくる事もある、みんなを守れるように、俺を呼ぶべき時には必ず呼べ」


 三郎さんがシナノとフソウを見ながら言う。


「「ウォン」」


 シナノとフソウが同時に返事する。

 俺と由真を迎えに来た三郎さんは、そのまま車に乗って帰って行った。

 由真はとても楽しそうで、シナノの手綱をとってはずむように歩く。


 だけど、だんだん歩くのが遅くなってきた。

 疲れたと言わないが、絶対に疲れている。


「由真ちゃん、迎えに来てもらおうね」


「……わたしも鈴音ちゃんのようにシナノの背中に乗りたい」


 由真がワガママを言った、しかろうと思ったけど。


「ウォン」


 シナノが由真に背中に乗れと言った。

 由真が乗りやすいように、歩道でフセをしてくれている。


「ありがとう、シナノ」


 由真がうれしそうに言いながらシナノの背中に乗った。

 両手でシナノの背中の毛をつかんで座った。

 鈴音ちゃんより大きな由真だけど、シナノが平気で歩き出した。


 それからは早かった、休むことなく歩いた。

 足が痛くなったけど、お兄ちゃんだから言わない。

 痛いなんて言わずに、子ども食堂まで休まず歩いた。


「樹希君、よく頑張ったね、足をマッサージしてあげようね」


 子ども食堂の庭についたら、綾子さんが言ってくれた。

 子ども食堂の庭は境内だと教えてもらったけど、つい庭と言ってしまう。

 シナノたちを境内に放して、子ども食堂に入った。


「銀子さん、頑張って歩いた樹希君が脚を痛そうにしています。

 マッサージしてあげたいのですが、軟膏か何かありますか?」


「おにいちゃん、ごめんなさい」


「お兄ちゃんは大きいから大丈夫だ」


「よく頑張ったな、銀子母さんがマッサージしてやる、横になりな。

 綾子さんありがとう、気疲れしただろう?

 夜食は別に出すから、早飯にして休んでくれ」


「そんな、いつもお世話になっているのです、これくらいの事……」


「いいから、いいから、三郎、定食を出してくれ」


「はいよ」


「逃げんるんじゃない、じっとしていろ」


 マッサージされるのが恥ずかしくて、逃げようとしたけど、ダメだった。

 ズボンを脱がされなかったのは良かったけど、すそをあげられた。

 スッとする軟膏を塗られて、柔らかい手で優しくマッサージされた。


 恥ずかしくて、うれしくて、泣きそうになった。

 泣いてしまったら恥ずかしいので、下を向いた。

 顔を手で隠して、下を向いて、優しい手を感じた。


「いいなぁ~、お兄ちゃんいいなぁ~」


「由真が小学校からここまで歩けるようになったら、同じ様に塗ってやる。

 だけど、無理をしてお兄ちゃんを困らせるんじゃないよ」


「……うん、もうわがまま言わない」


「今度はもっと早く疲れたと言いな、言えるね?」


「うん、言える」


「それと、家の犬たちは特別だから背中に乗れるけど、他の犬に乗ると、犬が痛くて怒るから、絶対にやるんじゃないよ、咬まれるからね」


「他の犬は背中に乗れないの?!」


 びっくりした、シナノが喜んで由真を背中に乗せていたからびっくりした。


「ああ、乗れない、同じ様に見える秋田犬も無理だし、もっと大きなグレート・デーンやアイリッシュ・ウルフハウンドでも無理だ、凄く怒って咬むかもしれない。

 樹希、由真、綾子さん、鈴音ちゃん、忘れるんじゃないよ!」


「「「「はい」」」」


「良い返事だ、手を洗ってうがいをして、ご飯を食べな」


 いつの間にかマッサージが終わっていた。

 泣いたところを見られなくてよかった。

 由真はまた銀子さんに甘えて、歯磨きを手伝ってもらっていた。


 夕ご飯はいつもと同じようにとても美味しかった。

 甘辛く煮た鶏の手羽元は柔らかくて美味しかった。

 一緒に煮たダイコンやニンジンも美味しかった。


 好きなだけ食べてもいい、鶏の内臓を甘辛く煮たヤツは、玉ヒモが好きだ。

 同じように好きなだけ食べていい、ピクルスと糠漬けも好きだ。


「八郎、ヤマトたちにご飯を持って行ってやってくれ」


「てつだう、てつだいたい」


「由真にはまだ早い、凄く怖いとこを煮てご飯にしているから、大人になるまでは手伝えないんだよ」


「そんなぁ~」


「由真が見たら、眠れなくなるくらい怖いとこを煮てご飯にしているんだ。

 由真が寝込んだら、今日みたいに誰かを困らせる事になるんだよ。

 樹希が朝まで寝ずに看病する事になる、大人になるまで待ちな」


「わかった、まつ」


 由真が怖くて眠れなくなるような怖いところ?!

 そんなところをシナノたちは食べているの!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る