幼児遺棄
第34話:入学式・文野綾子視点
「お母さん、みて、みて、みて」
鈴音が真新しいランドセルを背負ってうれしそうに言います
これまでのような状態だったら、とても手に入れられませんでした。
家にある物を全て奪っていくをあの男と別れられたから、手に入れられました。
とてもランドセルを買ってあげられる状態ではりませんでしたが、買ってあげたとしても、あの男が奪って行った事でしょう。
「よく似合っているわよ、良かったね」
「うん!」
生活保護を受けている身で、真新しいランドセルを買うのは贅沢だと思って買わない心算だったのですが、白子さんたちが入学祝だとプレゼントしてくださいました。
児童養護施設の子が買ってもらえているのに、母子家庭の子が買ってもらえないのは可哀そうだと言って、プレゼントしてくださいました。
子ども食堂に通っている子の間に差があるのは、見ていられないのだそうです。
白子さんたちには足を向けて寝られません。
そもそも、あの男と別れられたのも白子さんたちのお陰です。
逆らえば暴力を振るうあの男を、警察は捕まえてくれませんでした。
DVを理由に訴えましたが、なかなか捕まえてくれませんでした。
食べる物がなくなり、お腹が空いたと泣く鈴音を抱いて、自殺を考えました。
万引きして捕まったたらあの男から逃れられる。
私が捕まったら鈴音は孤児院に入れてもらえる。
そう思ってスーパーに向かっている時に、優しい眼をしたとても大きな秋田犬が現われ、ついて来いと言ったのです。
誰に話しても笑われますが、本当に言ったのです。
秋田犬、フソウは私たちを子ども食堂に連れて行ってくれました。
強くて温かな白子さんたちの所に連れて行ってくれたのです。
それからは、これまでの事が嘘のように進みました。
白子さんたちが紹介してくださって弁護士が全部やってくれました。
民事は介入できないと言っていた警察が、男を捕まえてくれました。
抵抗できない自分の妻にしか暴力を振るえないような男なので、他に大した罪は犯していませんでしたが、それでも実刑にしてくれました。
しかも、頑として離婚に応じなかった男と別れられるように、男の弁護人や裁判官を相手に戦ってくれたのです。
そのお陰で、私と鈴音はあの男から解放されました。
刑務所を出たあいつの陰に怯えなければいけませんが、法的に分かれる事だけはできたのです。
「ウォン!」
「そうだね、フソウが守ってくれるから安心だったね」
「フソウだいすき!」
私たち母子を救ってくれたフソウが『安心しろ、護ってやる』と言ってくれます。
鈴音が安心しきった表情でフソウに抱きつきます。
戸建ての借家ですが、白子さんたちが家主さんと交渉してくださったので、フソウと一緒に家の中で暮らせます。
生活保護の身で超大型犬を飼うなんて、贅沢だと言う人もいるでしょう。
ですが、フソウがいてくれるから私と鈴音は安心して暮らせるのです。
それに、生活保護は全額頂いている訳ではありません。
頑張って働いた収入が、生活保護の基準額に満たなかった時だけ、不足分を支給して頂いているのです。
私たちが暮らす地域の生活保護費は最高で187690円ですが、全く働けなかった月でも、私がもらえるのは181690円です。
内訳は生活扶助基準額が114100円で母子加算が17400円です。
そこに児童養育加算の10190円が加わります。
住宅扶助基準額は46000円ですが、家賃が38000円で管理費が2000円の戸建て借家なので、40000の支給になります。
その4万円で借りているのが、ここ、フソウと一緒に暮らせる戸建てです。
1階は、正面右側にある玄関を入って目の前に2階に上がる階段があります。
玄関左の突き当りには洋式の水洗トイレがあります。
トイレ手前に、1階の部屋に入る障子戸があり、6畳の板の間、4・5畳のDKと続きます。
6畳の板の間の右側、階段の下に当たる場所には、洗濯機を置く場所、洗面所、小さいお風呂があります。
階段を上がった2階には、6畳と4・5畳の和室が2つあり、それぞれの部屋に小さいですが押入れがあります。
洗濯物を干せるベランダがあるのですが、道に面した玄関側の6畳和室を通って干しにでる事になります。
普段の食事や勉強は1階でするのですが、寝る時には2階に上がります。
2階で寝ていれば、あの男や強盗に襲撃されても、上がって来るまでに少しは時間があります。
間取が3DKで専有面積が52.08m2の築54年物件です。
もっときれいな部屋も、もっと丈夫な部屋も、もっと便利な部屋も有りました。
ですが、1番大切なのは鈴音の安全です。
柏原市の中でも、生徒や親御さんが1番優しい小学校区を選びました。
ご近所の目が有る安全な地域を選びました。
ボディーガード犬を飼っていい借家を選びました。
普通では見つけられなかったでしょう。
地元に住んでいる人しか見つけられなかったでしょう。
生活保護を頂けなけれな、母子生活支援施設に入るしかなかったでしょう。
そもそも批判が増えている生活保護の手続きが通ったかどうかも怪しいです。
役所のルールを知らない私では、通すための文章を書けませんでした。
全部白子さんが親身になってやってくださいました。
「さあ、行きましょうか」
「うん!」
今日は鈴音の入学式です。
鈴音の着るとても可愛い服は、白子さんたちの手作りです。
一時里親になっている子供たちの服も一緒に作るので、大した手間ではないと言ってくださいましたが、嘘だと言う事くらい分かっています。
子供が喜ぶような可愛い服を作るのは、とても大変だと思います。
鈴音が私と他のお母さんたちと比べて恥ずかしい思いをしないように、晴れの日に相応しい素敵な洋服も、白子さんたちが貸してくださいました。
白子さんは入学式に来られませんが、金子さんが来られます。
一時里親になっている子たちの中に、今年入学する子がいるそうです。
その子が寂しい思いをしないように、親代わりに来られるそうです。
今日の鈴音は歩いて小学校に行きます。
普段はフソウの背中に乗せてもらうのですが、新しい洋服がフソウの毛で一杯にならないように、今日だけは歩いて行きます。
普通なら超大型犬を連れて小学校に通学するなんて絶対許されません。
犬アレルギーの子もいますし、犬嫌いの子もいます。
ですが白子さんたちが、不審者から子供たちを守るためだと言って、昨年から強引に試験導入してくれたのです。
白子さんたちが一時里親になっている児童養護施設が、鈴音が通う小学校の校区にあるのです。
虐待を繰り返す親が施設の子供を襲うかもしれないので、登下校にボディーガード犬をつけるのだと、市長や市議会議員たちにねじ込んでくれたのです。
運が良いと言っていいのか分かりませんが、市長の所属している政党の党首と国会議員が、白子さんたちが里親になっている子を脅迫したのです。
本人たちが直接やった訳ではないのですが、その家族や友人が徒党を組んで脅かした動画がネットに流されては、辞職するしかありませんでした。
自分たちの名前を使って多くの人を脅かしていては、辞職するしかありません。
市長や市議会議員には『そいつらが子供たちに報復するのを手助けするために、ボディーガード犬の送り迎えを邪魔するのか、どこの誰に襲われてもお前らが共犯だと訴える!』と言って、ボディーガード犬の登下校護衛を認めさせてくれました。
私も昨年から実績作りに協力して、時々フソウと登下校の護衛をしました。
そのお陰で、鈴音とフソウが一緒に入学式に行けるのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます