第31話:ビニールボール・向井樹希視点

 派手な服のおばさんたちが文句を言ってきた次の日、午前の授業が終わって、学校からそのまま子ども食堂に行った。

 今日は施設ではなく、直接小学校に三郎さんが迎えに来てくれた。


「申し訳ございません、私の指導力不足でございます。

 こいつには国会議員を辞職させます、もう選挙にも出させません。

 これは御詫びでございます、どうかお納めください」


 子ども食堂の前に背広を着た人が並んでいた。

 銀子さんたちが、子ども食堂に入れないようにしている。


「何をしても、金さえ払えば許されると思わせるのは、子供の教育に悪い。

 出来の悪いガキほどちゃんと躾けてやらないといけないんだ。

 正しい罰を与えて反省させないと、もっと悪い事をするようになる。

 なにより、私たちは金で子供を売ったりしない、お前たちと同じクソじゃない!

 その金持って帰んな、ブチ殺すよ!」


「「「「「ひぃいいいいい」」」」」


 背広を着た人たちが走って逃げだした。

 銀子さんが塩をまいている、何をしているのだろう?


「お、よく来たね、昼御飯ができているよ、食べちまいな」


 銀子さんがいつものように言う。


「銀子お母さん」


 由真が走って行って銀子さんに抱きつく。

 銀子さんが抱き上げると、胸に顔をすりつける。


「お腹一杯食べて、眠くなるまでいっぱい遊ぶんだよ」


「うん!」


「樹希も早く入って食べちまいな」


「うん」


 銀子さんは由真を抱きながら子ども食堂に入った。

 入口でと僕と他の子が入るのを待ってくれた。

 由真を片手で抱いているのにゆうゆうとしている、力持ちだ。


「先に手を洗ってうがいするんだよ」


「はい!」


 銀子さんに洗面まで運んでもらった由真がうれしそうに返事する。

 

「銀子、代わるから由真の相手をしてやりない」


 子ども食堂の奥から髪を白くした白子さんが出てきて言った。


「一緒に御飯食べるかい?」


「ほんとう、ほんとうに一緒にご飯食べて良いの?」


「ああ、いいよ、今日は由真と樹希が家の子だよ」


「やったぁ~、銀子お母さん」


 由真がまた身体中で抱きつく、俺はお兄ちゃんだからそんなことしない。


「樹希も早く洗っちまいな」


「うん」


 由真の次に俺が手を洗ってうがいする。


「遠慮しないできな」


 由真を左手で抱き上げていた銀子さんが、右手で俺を抱きあげた。

 銀子さんが頬ずりしてくれる。

 銀子さんの胸に顔をうずめる由真が目の前にいて、鼻の奥がツンとした。


「今日は一緒に御昼寝してあげるから、先にお昼御飯を食べような」


「うん、お昼寝の前にご飯食べる!」


 由真がもの凄くうれしそうだ、 俺も返事しないといけない。


「うん、たべる」


「いただきます」


「「いただきます」」


 大きなお皿にケチャップ味のスパゲッティが乗っている。

 スパゲッティにはたくさんの野菜と肉だんごが入っている。

 好きなだけチーズを振りかける事ができる。


 大きなお皿にはスパゲッティだけでなく、唐揚げとフライも乗っていた。

 食べてみると大好きな鶏肉だった。

 学校や施設では数が決まっているけれど、ここでは好きなだけ食べられる。


 イスの大人たちは、ご飯も一緒に食べている。

 唐揚げやフライでご飯を食べる大人もいるけれど、スパゲッティでご飯を食べる大人がいる、おいしそうだ。


 僕も同じように食べたいのに、直ぐにお腹が一杯になっちゃう。

 最初の頃はたくさん食べる子がうらやましくて、無理に食べて苦しくなった。


 ここなら、今食べたくてもいい、後で食べてもいい、何度食べても良いと分かって、苦しくなるまで食べないようにした。


「由真ちゃんが眠っちゃったね、樹希も一緒にお昼寝するかい?」


「うん、寝る」


 お腹一杯になった由真が、銀子さんに抱きついたまま寝ちゃった。

 僕も眠くなったので、一緒にお昼寝する。

 自分で歩いて二階に行く気だったのに、銀子さんが抱っこしてくれた。


「歩き難いから樹希も抱きつきな」


「……うん」


 お兄ちゃんなのに、春には中学校なのに、妹のように銀子さんに抱きつくのは恥ずかしいのに、歩き難いのならしかたがないよな……


 銀子さんに抱っこされていると、フワフワしてくる。

 お昼寝するような小さい子じゃないのに、フワフワしてくる。

 由真を見ていてあげないといけないのに……


「おはよう、起きたかい、寝る前に歯を磨かなかったから、今磨きな」


 起きると目の前に銀子さんの顔があった。


「うん」


 銀子さんに言われて、下に降りて歯を磨こうとしたのに、また抱き上げられた。

 由真はまだ眠そうで、銀子さんの胸に顔を押し付けている。

 俺もまだ眠くて、銀子さんの胸に顔を押し付けた。


「由真、歯を洗うよ」


「……うん……」


 銀子さんが抱っこして1階まで下ろしてくれたけど、由真はまだ眠そうだ。


「樹希も磨いてやろうか?」


「自分でやる」


 もう直ぐ中学校なのに、歯まで磨いてもらうのは恥ずかしすぎる。

 直ぐに磨かないと銀子さんが磨きそうなので、慌てて磨く。

 いいかげんに磨くとやり直させられるので、ていねいに磨く。


「由真はまだ眠そうだから、このまま抱っこしてやる、樹希はどうする?」


「外で遊ぶ」


 もう俺は大きいのに、由真みたいに銀子さんに甘えるのは恥ずかしい。

 だから急いで外に出てシナノたちを遊ぶ事にした。

 外に出ると、もう他の子たちがシナノたちと遊んでいた。


「樹希も遊ぶか?!」


 同級生の男の子が誘ってくれる。

 ビニールボールの野球に入れてくれた。


 あまりやった事がないので、投げるのも打つのも捕るのも下手なのに、笑って一緒に遊んでくれる。


「おにいちゃん、わたしもやりたい」


 銀子さんに抱っこされた由真が子ども食堂から出て来て言う。

 いつの間にか時間がたっていた、おひさまの場所が違う。

 僕よりももっと下手な由真と一緒に遊んでくれるかな?


「じゃあ由真ちゃんがバッターな」


 同級生の男の子が言ってくれる。

 何度投げても打てないのに、さんしんしているはずなのに、由真があきるまでずっとボールを投げてくれた。


「……あたらない」


 由真が半泣きになった。


「由真ちゃん、転がしてあげるから、打ってみな」


 同級生の子が、ビニールボールを投げないで転がしてくれた。

 由真がプラスチックのバットを地面に沿って振る。

 

「あたった、おにいちゃん、あたった」


 由真は小さいから、当たってもとばない。

 コロコロと前に転がるだけだ。

 でも由真はおおよろこびで、跳びはねている。


「由真ちゃん、一塁に走る?」


「いちるい、はしる?」


「ボールが当たって前に転がったら、あそこに走るんだよ。

 由真ちゃんは小さいから、いやなら走らなくてもいいよ」


「はしるぅ~、しなのとおいかけっこ!」


「ウォン」


 普通なら一塁に投げてアウトなのに、ルール関係なく由真を走らせてくれる。

 由真がシナノと一緒にそこら中を走り回っている。

 ここではルールよりも楽しく遊ぶ事が大切なんだ。

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