第14話:女の子・高井波子視点

「おばあちゃん、翔子ちゃんがお腹痛いんだって。

 保険の先生が手当てしてくれたんだけど、家でも女の人が手当てした方が良いんだけど、翔子ちゃんちは叔父さんしかいないんだ」


 孫の隆志が出てくるのを小学校の正門前で待っていると、いつもの友達だけでなく、下を向いた女の子と一緒に出てきた隆志が、唐突に言う。


 翔子ちゃんと呼ばれた女の子が下を向いて恥ずかしそうにしているので、病気ではない事は直ぐに分かったが、いい歳の私で良いのだろうか?


「そうかい、だったら子ども食堂に行こう。

 あそこなら沢山大人の女の人がいるし、いつでも温かいご飯が食べられる」


「そっか、そうだね、あそこが良いね」

「今日は何かな、牛肉なら良いなぁ~」

「俺は牛肉よりも唐揚げの方が良いなぁ~」

「俺は豚天が食べたい、豚天が1番美味しいよ」

「肉は良く出るけど、お魚はほとんど出ないね」

「そうだね、お魚はツナか鯖の缶詰ばかりだね」

「お魚が食べたいの、僕は肉の方が良いよ」


 翔子ちゃんを私に任せられたからか、隆志たちは夕食の事ばかり言っている。

 

「翔子ちゃん、保健の授業で知っているよね?」


 隆志たちに聞こえないくらい小さな声で聞いてみた。

 今は小学校でも男女一緒に性教育を受けていると聞いているが、女の子の中にはそれが恥ずかしくて、詳しく質問できない子もいるだろう。


「……うん……」


 翔子ちゃんがとても恥ずかしそうに返事をした。

 この子は人並み以上に恥ずかしがりなのかもしれない。


 私は八尾で生まれ育っているので、かなりガサツな性格をしている。

 ガサツな私だと、恥ずかしがりの子を傷つけてしまうかもしれな。

 子ども食堂の女将たちに任せた方が良い。


 鉄火女の気配がプンプンしているが、女の子を含めた多くの子供たちを助けてきた白子さんたちの方が、一人息子しか育てた事のない私よりも適任だろう。


「これから行くところは、子供たちにタダでご飯を食べさせてくれる子ども食堂なんだけど、強いお姉さんとお母さんがたくさんいるから頼りになるよ」


 白子さんたちをお姉さんと言って良いのか迷うが、他にも女性がいる。

 子供たちにご飯を作ってあげられないお母さんが、若い人から年配の人までたくさんいる、翔子ちゃんと馬の合うお母さんが1人くらいはいるだろう。


「ただいま、今日は同級生の女の子も一緒だよ」


 子ども食堂が見えてくると、隆志の車椅子を押していない3人が駆け出して扉を開け、叫ぶように声をかける。


「おかえり、手を洗ってうがいをして小上がりで待っていな。

 直ぐに晩御飯を用意してあげるよ」


「あ、おばあちゃんにも言ったんだけど、お腹が痛い女の子がいるんだ。

 女の人が手当てした方が良いんだって、白子さん手当てしてくれる?」


 少し遅れて、残る3人の友達に車椅子を押してもらって子ども食堂に入った隆志が、補足するように話す。


 隆志も友達たちも察しが悪いから、何の悪気もないのだろうけれど、翔子ちゃんが物凄く恥ずかしそうにしている。

 下手に教えても互いに気まずくなるだけだけど、どうしていいか分からない。


「そうかい、良くここに連れて来たね、ほめてあげるよ。

 黒子、隆志君の同級生を手当てしてやっておくれ」


「はいよ、私に任せな、さあ、もう大丈夫だよ、こちらで手当てしてあげるよ」


 奥から黒子さんが出てきて、翔子ちゃんを抱きしめるように連れて行く。

 やはりここに来てよかった、何十年も子ども食堂をしていると聞いているが、年頃の女の子の扱いにも成れている。


 お母さんのいない、お母さんがいても頼れない女の子もたくさんいただろう。

 初潮を迎える女の子の相談も、数限りなく受けてきたのだろう。


「ちょっと早いが、もう夕飯を食べちまうかい?

 あんたらは食べ盛りだ、お腹が空いたら寝る前にもう1度食べに来ても良いよ」


「ほんとう、本当に晩御飯を2回も食べて良いの?」


「ああ、構わないよ、いつも余るくらいたくさん作っている。

 あんたたちにひもじい思いはさせないよ」


「「「「「やった~!」」」」」


「おばあちゃん、僕も2回食べてもいい?」


「ちゃんとお礼を言って、手も洗ってうがいもして、食べ終わったら歯磨きもするんだよ」


「うん、お礼言って手を洗ってうがいもする、歯磨きもちゃんとするよ」

「僕も、僕もちゃんとやる」

「私も、私もちゃんとやる」


 6人の友達だけでなく、先に小上がりに来ていた小さな子たちも、読んでいた絵本を持ちながら口々に言う。


 こんなに大盤振る舞いして、経営の方は大丈夫なのかい?

 長年の実績があるから、支援してくれる人も多いだろうけれど、大企業以外は不景気に苦しんでいると聞いているよ。


「今日の主菜は鶏肉のミンチカツだよ、いくらお替りしてもいいからね。

 ただし、アレルギーのない子は、お替りする前に温野菜を全部食べる事、いいね」


「「「「「はい!」」」」」


 みんな元気な良い返事をする、白子さんたちの躾の賜物だね。


「副菜はいつものピクルスと糠漬け以外に、鶏のモツ煮がある。

 栄養があるけど、好き嫌いがあるから、食べられる子だけ言いな。

 嫌いな子は残さなくてもいいように、お皿に取らない事、良いね?」


「「「「「はい!」」」」」


「白子さん、鶏のモツ煮って、何があるの?」


「人によって食べられるモツと食べられないモツがあるから、味付けは同じだけど、肝、砂肝、八ツ、玉ヒモを別々に煮てあるよ」


「軟骨やヤゲン軟骨はどうしているの?」


「子供たちが食べたがる部位じゃないからね、欲しがる大人に別料金で売っている」


「私にも売って欲しいけれど、料理は止められているし……」


「そんな恨めしそうな目で見るんじゃないよ。

 ここで焼いてやっても揚げてやってもいいけど、酒は出せないよ」


「酒は止めたよ、家に帰ってから食べるから、軟骨を揚げておくれよ。

 肝、八ツ、玉ヒモは甘辛煮で良いけれど、砂肝は塩で焼いて欲しいよ」


「仕方がない奴だね、分かったよ、砂肝は塩焼きにしてやるよ」


「俺も、俺も家で食べるから焼いてくれ」

「俺も頼む、親鶏のモツ焼鳥なんて他では絶対に食べられない」

「「「「「俺も!」」」」」


 私が余計な事を言ったせいで、カウンターにいた大人たちが一斉に欲しがった。

 申し訳ない気持ちになったけれど、滅多に食べられない美味しいモノが食べられるとなると、少々図々しくなるのはしかたがない。


「白子や背肝、鶏シロや心のこり、カンムリなんかはどうしているの?」


「波子さんは通だね、そんな所まで知っている人は少ないよ」


「私が子供の頃は、卵の産みが悪くなった鶏を家で潰して食べていたのさ。

 命を頂くから、全部残さずおいしく食べていたものさ、白子さんと同じだよ」


「子供たちが食べたがらない、硬い所や苦い所は、私たちが食べるのに置いてある」


「だったら、さっき言った部位を分けておくれよ。

 特に鶏シロ、店で鶏をさばいている所でも、幾ら頼んでも分けてくれないんだよ」


「鶏シロは食中毒が特に怖い部位だからね、普通の店では売ってくれないよ。

 私も子ども食堂を続けたいから、自分たちは食べるけど、他人には分けないよ」


「そんな事言わずに、後生だから分けておくれよ。

 あの美味しさは、他の部位では絶対に味わえないんだよ」


「まあ、確かに、あの美味しさは他の部位にはないからね」


「俺も食ってみたい、俺にも分けてくれ」

「俺も、俺も買う、売ってくれ」

「食中毒になってもここで食べたとは絶対に言わない、だから売ってくれ」

「俺も言わない、誰にも言わないから売ってくれ」

「「「「「売ってくれ」」」」」

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