第12話:おばあちゃん・坂口真弓視点

 難病、筋ジストロフィーを患う高井隆志君。 

 そのおばあちゃん、高井波子さんの入院は思っていたよりも長引きました。


 検査結果に不安な点があって、手術の予定日が延期されたのです。

 高井隆志君も段々ふさぎ込むようになりましたが、毎日送り迎えしてくれて、学校でも助けてくれる6人の友達のお陰で、泣き出すような事はありませんでした。


 私と幸子は二階に部屋をもらい、身体が不自由な隆志君は、子ども食堂の奥にある部屋をもらいました。


 銀子さんたちは本当に豪快で優しいです。

 毎日送り迎えする6人だけでなく、入れ替わりやって来る他の子供たちにも、無料で御飯を食べさせてあげました。


 中には裕福なお家の子もいるのに、子供の間で区別や差別をしてはいけないと、全員に無料でご飯を食べさせてあげるのです。


 ただ、食べ物を粗末にする子には容赦がありません。

 それこそ、おしっこを漏らしてしまうくらい本気で怒るのです。

 だけど、その前にちゃんとアレルギーが無いか確かめる所が銀子さんらしいです。


「おはようございます」


 奥から隆志君と一緒に数人の子供が起きてきました。

 隆志君が寝泊まりするようになって、小学生以下の男の子が一緒に眠るようになりました。


 子ども食堂の小上がりには、銀子さんたちが小学生以下の女の子たちと一緒に眠るようになりました。


 中学生以上の子供で寝る所のない子が急に現れた時には、銀子さんたちが手配して、生活保護施設に寝泊まりできるようにします。


「はい、おはようございます、ご飯ができているから食べなさい」


 三郎さんがテキパキと人数分の朝御飯を用意してくれます。

 朝からお金を払って食べにくる大人は少ないので、三郎さんにも余裕があります。


「うわぁ、卵とじだ、甘くて美味しい卵とじ大好き」


 隆志君が歓声をあげて食べ始めました。


 大量に同じ料理を作らなければいけない子ども食堂では、煮炊き物が多くなるのですが、寄付される食材を使うので、卵も割れた物が多いのです。


 割れ卵ですから生で食べる訳にはいかないし、1つずつ焼かなければけない玉子焼きや目玉焼きは手間がかかるので、ポーチドエッグや卵とじが多くなるのです。


 銀子さんたちは朝昼晩、同じくらいしっかりとしたご飯を作ってくださいます。

 皆が公平に食べられるくらい沢山のパンを寄付してもらわない限り、三度の食事は一度に沢山炊けるご飯になります。


 今日の主菜は、寄付してもらった玉ねぎを煮て割れ卵でとじた料理です。

 ご飯の上に乗せれば具材の少ない玉子丼なのですが、ご飯とは別の皿に盛られていますので、卵とじと呼んでいるのです。


 副菜は、いつものピクルスと糠漬けに加えて、鶏ガラで出汁を取って煮た根菜類の筑前煮がついています。


 大量に安く用意できる簡単な食材だと、朝食に納豆を出せばいいと思う人が多いかもしれませんが、ここで納豆が出された事は1度もありません。


 昔から大阪に住んでいる家では、戦時中に徴兵されて、兵食で無理矢理納豆を食べさせられた家長がいた家以外は、今でも納豆を食べないのです。


 今は縁が切れてしまっている親戚でも、徴兵された父親が生きて戻ってきた家だけが、納豆を食べるようになっています。


「真弓さんも幸子ちゃんも一緒に食べてしまいなさい。

 幼稚園に行く時間に遅れてしまうよ」


「はい、ありがとうございます」


 銀子さんたちのお陰で、1年保育の幼稚園に通える事になりました。

 あの男の所為で、幸子を幼稚園に行かせてあげられませんでした。


 あの男が逮捕されてからも、あの男の仲間が幼稚園を襲う事が心配で、幼稚園に通わせてあげられませんでした。


 あの男が逮捕されただけでなく、一緒に悪事を重ねていた連中も全員逮捕され、幸子が襲われる事がないと分かってからも、男の人を極端に恐れる幸子を幼稚園に行かせられませんでした。


 でも、ボディーガード犬のお陰で幸子が変わったのです。

 表向きは白髪稲荷神社の神使として飼われている秋田犬は、実際には子ども食堂に匿う子供やお母さんを護るボディーガード犬です。


 ボディーガード犬のヤマトやムサシたちと仲良くなった幸子は、私がいなくても白髪稲荷神社の境内で遊べるようになりました。


 ヤマトやムサシたちと一緒に境内で遊んでいるうちに、以前から子ども食堂に通っている子供たちとも遊べるようになりました。


 ヤマトやムサシたちが一緒にいてくれたら、子ども食堂友達と近くの児童公園に遊びに行けるくらい活発になってくれました。


 そして今では、子ども食堂友達と一緒に幼稚園に通えるようになりました。

 最初は物凄く心配でしたし、まだ物凄く心配ですが、幼稚園で泣いていないか気になって仕方がないですが、幸子が幼稚園に行けるようになりました。


 ただ、まだ子ども食堂友達と一緒でないと、幼稚園には行けません。

 病気などの事情で、友達が1人もいない時は、幼稚園に行けません。

 このままでは、友達がいないと小学校に行けなくなってしまいます。


「ママ、甘くて美味しい」


 心配は尽きませんが、幸子が良い方に変わっているのは確かです。

 

「そう、お替りする?」


「うん!」


「銀子さん、卵とじのお替りいただけますか?」


「ああ、いいよ、たくさんあるから、お腹一杯食べな」


「僕も、僕もお替りが欲しいです」

「俺も、俺も卵とじのお替りください」

「私も、私もお替りください」

「僕は筑前煮が欲しいです」

「私も筑前煮のお替りください」


「はいよ、三郎」


「お替りを持って行くから待ってな」


 三郎さんが、小学生時代の給食当番のように、大きな鍋を持って子供たちにお替りを配ってくれます、幸子も隆志君も満面の笑みで卵とじを頬張っています。


「「「「「隆志、学校行こう」」」」」


 隆志君の友達が迎えに来てくれました。

 それなりに遠回りになるのに、雨の日も風の日も欠かさず迎えに来てくれます。

 幸子にもこんな友達ができたら良いのですが……


「よく来たね、今日も食べて行くかい?」


「「「「「はい」」」」」


 6人は遠慮せずに朝御飯を食べて行きます。

 事情があるのか無いのか聞いていませんが、朝御飯だけでなく、晩御飯もここで食べていく子がいます。


 よく食べる子で、家でもここでも食べているのなら良いのですが……

 私が気にしなくても、銀子さんたちなら手抜かりなく調べていますよね。


「「「「「ごちそうさまでした、行ってきます」」」」」


 美味しそうに朝御飯を食べ終えた7人が小学校に行きます。

 6人が交代で隆志君の車椅子を押しています。

 それを五郎さんが見守っています。


「私も幸子たちを幼稚園に送って行きます」


「ああ、気を付けて行ってきな」


 銀子さんと三郎さんに見送られて子ども食堂をでようとしたら……


「すみません、高井隆志の祖母、高井波子と申します。

 こちらで隆志を預かって下っていると聞いたのですが?」


 今日退院するとは聞いていましたが、病院から家に戻って来られるのは昼以降になると、民生委員の橋本昭次さんが言っていたのですが。


「隆志君が心配で急いで帰ってきたのかい?

 隆志君は、友達に車椅子を押してもらって今出て行ったばかりだよ。

 急げば追いつけると思うが、心臓の方は大丈夫なのかい?」


「そうですね、もういつでも会えるのに、いくら先生が大丈夫と言ってくれていても、心臓に負担をかけるような事はしない方が良いですね」


「朝御飯も食べずに急いで帰ってきたのかい?

 今隆志君が食べたのと同じ物を用意してあげる。

 食事を抜くと身体に悪いよ、しっかりと食べな」


「そうだね、できるだけ長生きして、隆志を見守ってやらないとね」

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