第11話:民生委員・坂口真弓視点

「すみません、八尾市で民生委員をさせてもらっている橋本昭次と言います。

 こちらに孫を預けたいという人がいまして、話を聞いていただけますか?」


 初めて見る男性が、子ども食堂に入って来るなり言った。

 白髪稲荷神社の隣にある子ども食堂は柏原市です。


 利用する子供に柏原市も八尾市も関係ないですが、行政的には柏原市です。

 公的に何かあれば柏原市が優先されます。

 八尾市が加わるのは、行政の管内が八尾市域にまたがる場合だけです。


「構いません、助けを求める人に柏原市も八尾市も関係ありません。

 誰がどういう理由で子供を預けたいと言っているのですか?」


「実は、交通事故で息子夫婦と夫を亡くされた方がいるのですが、その方が急に心臓を患って入院する事になったのです。

 まだ小学生の孫が、1人で家に残される事になったのですが、難病の筋ジストロフィーでリハビリに通わなければいけない状況なのです。

 これまでは放課後等デイサービスを利用されていたのですが、おばあさんが長期入院するとなると、通院のリハビリどころか、日々の生活にも困ります。

 福祉型障害児入所施設や医療型障がい児入所施設を提案したのですが、できることならこれまで通り、友達のいる学校に通わせてやりたいと言われているのです。

 以前公園で遊んでいる孫を迎えに行った際に、偶然ここを利用されている女性に会って、良い評判を聞かれたそうで、話してみて欲しいと頼まれたのです」


 私だ、私が話した事で、こんな無理な頼み事をされる事になった。


「銀子さん、私です、私が余計な事を言ったから……」


「何が余計な事なんだい、助けを求める人がいるならできるだけの事をする。

 昔から何も変わらない、家のやり方だよ、謝らなくて良い。

 それで、家は何をしてあげればいいんだい?

 家に泊めて衣食住の世話をするのは、何の問題もない。

 後は放課後等デイサービスに送り迎えしてやれば良いのかい?」


「いえ、送り迎えは放課後等デイサービスがやってくれます。

 これまではおばあさんがやっていましたが、それは孫に対する愛情でやっていただけで、送迎を頼む事はできるのです」


「じゃあ、学校への送り迎えをしてやればいいのかい?」


「そうですね、そうして頂けると助かります。

 同級生たちが、車椅子を押して登下校してくれると言っているのですが、流石に子供たちだけに任せられません。

 私を含めた地域のボランティアを探しているのですが、毎日人手を確保するのが難しくて、週に数日でも送り迎えして頂けるのなら助かります」


「家は人手が多いから、毎日でも構わないよ。

 ただし、友達を助けたいと言う同級生の気持ちは優先させてもらう。

 何時でも手を出せるように身構えているから、何か危険を感じない限り友達にやらせるが、それで良いね?」


「民生委員としては無条件に頷けませんが、個人的には同じ気持ちです。

 失礼を承知で率直に言わせていただきますが、女性の身でとっさの場合に車椅子ごと助けられますか?」


「送り迎えをするのは私じゃないよ、この三郎をはじめとした男衆だよ。

 ここにいる三郎と同じくらいの大男が、他に4人いる。

 こいつらが交代で送り迎えするから、何の心配もいらないよ」


「そうですか、その方が送り迎えしてくださるなら安心です。

 直ぐに預かって頂く子供、高井隆志君を連れてきます」


「ちょっと待っとくれ、私も失礼を承知で聞いておく事がある。

 今後の事もあるから、聞いておかなければいけない事がある」


「なんでしょうか、私に答えられる事なら、何でも答えさせていただきます」


「高井隆志君のおばあさんだが、助かるのかい?

 万が一、亡くなられる可能性があるなら、今の内から児童養護施設か福祉型障害児入所施設に入所させた方が良いんじゃないか?」


「申し訳ない、その点を話し忘れていました。

 おばあさんですが、心臓弁膜症が発見されたのです。

 幸い早期発見だったので、弁形成術をすれば命の心配はないそうです。

 ただ、手術までの検査と術後の経過観察に時間がかかるので、完全に快復するまで助けて欲しいと言われたのです」


「なるほど、治る見込みがあるのなら、施設に入れたくないと言うのは当然だ。

 誰だって、愛する子供や孫を施設に入れたいとは思わない。

 よほどの事情がなければ、自分の手で育てたいさ。

 分かったよ、おばあさんには、責任をもって預かると伝えてくれ」


「ありがとうございます、直ぐに隆志君を連れてきます」


 民生委員の橋本昭次さんはそう言って出て行かれました。

 出て行って10分もしない内に隆志君を連れて戻って来られました。

 だけど、連れて来たのは隆志君だけではありませんでした。


「おばちゃん、おばちゃんが隆志を送り迎えしてくれるの?」

「隆志はどこにも行かなくても良いの?」

「これまで通り学校に来られるの?」

「何時ものように一緒に遊べるの?」

「僕たちが送り迎えしても良いの?」

「車椅子を押しても良いの?」


 あの時、隆志君と遊んでいた6人が一緒にやってきました。

 心から心配していると顔に書いてあって、胸が熱くなりました。

 こんな子たちが側にいてくれるなら、おばあさんも安心して入院できます。


 この子たちがいなくなる、施設に入れたいと思わないのは当然です。

 よかった、よけいな事を言ってしまったかと思っていましたが、役に立てました。


 銀子さんたちは大変かもしれないけれど、苦しい状況の子供や保護者を助けるのに、躊躇うような銀子さんたちじゃない。


「ああ、隆志君の送り迎えは家がやる、だがおばちゃんじゃなくて、ここにいる大男がやるから、安心しな」


「うぉおおおお、でっけぇえええええ、プロレスラーみたいだ」

「本当だ、本当にプロレスラーみたいだ」

「俺こんな大きい人と初めて見た!」

「こんな人が一緒に来てくれるのか、ぼうかんも大丈夫だな」

「ぼうかん、ふしんしゃの事か?」

「とおりまだよ、とおりまが怖いんだよ」


「暴漢も不審者も通り魔も、ここにいる三郎がぶちのめすから心配いらないよ。

 あんたたちは、安心して隆志君の車椅子を押せばいい。

 おばあちゃんが帰って来ても、病気の後だから前のようにはいかない。

 やれる間は、学校に送り迎えして、一緒に遊びな」


「当たり前だよ、僕らは隆志の友達だよ、ずっと一緒に遊ぶよ」

「そうだよ、ずっと友達だよ」

「勉強も一緒にやって、文句は言わせないんだ」

「そうだよ、勉強できれば文句言われないもん」

「隆志、勉強教えてくれよ」

「俺も、俺も勉強教えてくれ」


「うん、一緒に遊んで一緒に勉強しよう」

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