第10話:裁判・坂口真弓視点
信じられない事に、あの人の仲間が何も言ってきません。
全員逮捕するなんて無理だと思っていたのですが、本当に全員逮捕して、仮釈放も許されないそうです。
あの人たちの裁判が行われるだけでなく、私があの人と別れるための裁判も行われるのです。
「真弓さん、あんたにその気があるのなら、あいつと別れるのに手を貸してやるよ」
子ども食堂に匿ってもらうようになって暫くしてから、銀子さんに言われました。
「離婚ですか、離婚できるのなら、直ぐにでも離婚したいですが、あの人がうんと言うとは思えません、とても無理だと思います」
「検察は、あいつらの罪を1つずつ起訴する事で、拘留し続けてくれる。
一度も釈放される事無く、実刑判決まで持ち込んでくれる。
真弓さんと幸子ちゃんが害されるような事は絶対にない。
子ども食堂にいる間は私たちが守ってあげる。
外に出られるようになったら、ボディーガードの犬をつけてあげる。
留置所から出られないあいつらが誰かに頼んでも、必ず守ってあげる。
だから安心して離婚の手続きを始めればいい」
「ですが、あの人の合意がなければ離婚できないのですよね?」
「そうだね、普通ならなかなか離婚できない。
だが、妻へのDVや子供への虐待で実刑になれば、離婚は認められる。
弁護士は私が手配してあげるから、安心して任せな」
銀子さんがそう言ってくださったので、思い切って離婚裁判を起こしたのです。
普通ならなかなか信用できないかもしれませんが、私は銀子さんたちが府議会議員や弁護士をやり込めて逮捕させるのを目にしました。
大阪弁護士会の理事長を使って、悪い弁護士を逮捕にまで追い込み、弁護士会を除名させています。
まだ裁判中で、実刑になるかどうかは分かりませんが、少なくとも、もう大阪では弁護士ができないと言う話です。
他の都道府県でも、まず弁護士会への入会は認められないと言う話です。
そんな強い銀子さんたちが、離婚できると断言してくれたので、私も心を強く持つ事ができました。
銀子さんが言っていたように、検察はあの人たちの行った事を、1つずつ起訴して拘留を延長してくれました。
あの人たちがとても多くの犯罪を行っていたので、その数だけ起訴ができるので、仮釈放される心配がありませんでした。
ただ、逮捕拘留の間は、普通は離婚調停ができません。
でも、弁護士さんの指導で、離婚調停の申し立てだけはしました。
申し立てをしておけば、次の離婚裁判が起こしやすいと言うのです。
銀子さんたちが私に付けて下さった弁護士さんはとても優秀で、あの人が逮捕拘留中にも関わらず、あの人の弁護士を通じて離婚調停を始めてくれました。
予想していた通り、あの人は頑として離婚調停には応じませんでした。
ですがそれは、弁護士さんも織り込み済みなのだそうです。
起訴した罪状の裁判が1つずつ進むたびに、私の主張が証明され、離婚が認められるのだそうです。
あの人が頑強に離婚を認めなかった事、私がDVを理由に弁護士に一任している事、あの人が逮捕拘留中で弁護士に一任している事、そんな事情で両者の弁護士と裁判官と調停委員が話し合い、離婚調停は予定通り不成立になりました。
裁判官、調停委員、両者の弁護士が何度も話し合いましたが、あの人が離婚を認めないので不成立にするしかなかったのです。
あの人の弁護士が、減刑目的に離婚を勧めても認めませんでした。
だから、予定通り離婚裁判を起こしました。
こちらには離婚裁判で勝てる要素がたくさんあるそうです。
そもそもあいつとの結婚が、レイプで子供ができたからです。
結婚後は、繰り返し暴力を振るわれていました。
売春を強要され、断ると子供を殺すと脅かされました。
私を殴る姿を幸子に見せ続けた事は、ネグレクトと呼ばれる精神的虐待です。
どれを取っても離婚裁判で勝てるそうです。
警察が立証してくれた、あのひとの犯罪は本当に多かったです。
私以外にも女性がいて、売春を強要していましたが、それは不貞行為であり、その他婚姻を継続し難い重大な事由、犯罪行為です。
婚姻を継続し難い重大な事由には、私へのDV、幸子への精神的虐待、脅迫と窃盗と暴行は数百もあるそうです。
悪意の遺棄も、生活費を渡さない、健康なのに真っ当に働こうとしないといった、他と比べれば小さなけれど、十分離婚の理由になるそうです。
その1つでも実刑判決がでれば、即日離婚が認められると言われています。
調停期間中に、そういう事情が全て裁判官さんに伝わっています。
弁護士さんに任せて幸子と過ごしているだけで、時が来れば離婚が認められると言うのですから、人生が良い方に一変しました。
「過去、過去なんて忘れちまいな。
過去は変えられないと言うが、それがどうした、他人が何を言おうと関係ない。
真弓はまだ若いんだ、これから幾らでも良い事が待っている。
ガタガタ言う奴がいたら、私たちがぶっ飛ばしてやるよ。
好きなだけここにいて、幸子と幸せになったらいい」
銀子さんがそう言い切ってくれました。
最初は子ども食堂から1歩も出られませんでしたが、子ども食堂に長く通っている子が、白髪稲荷神社の境内で遊ぶ時に、幸子を誘ってくれたのです。
最初は私を安心させるために、銀子さんや三郎さんらがついて出てくれました。
私の側にいても、男の人がいると恐怖に顔を引きつらせる幸子が、初めて白髪稲荷神社の境内に出た日に、ヤマトたち秋田犬に囲まれて満面を笑みを浮かべたのです。
普通の稲荷神社は狐が神使なのだそうです。
でも、白髪稲荷神社の神使は、狐と犬なのだそうです。
なので、子ども食堂を始めた時に、番犬として秋田犬を飼いだしたのだそうです。
銀子さんたちが子ども食堂を始めた頃も、子ども食堂に助けを求める子供や女性の多くが、反社会勢力の妻子だったそうです。
私のような境遇の女性がとても多かったそうです。
そんな境遇の子供や女性を助けようとすると、どうしても反社会勢力と戦う事になり、銀子さんたちだけでは手が足らなかったそうです。
足らない人手を補うために、秋田犬を番犬として飼うようになったそうです。
銀子さんたちが長年かけて、反社会勢力から子供と母親を守れるように躾けた秋田犬たちは、どんな犬にも負けないボディーガード犬になったそうです。
子供と女性にとても優しく、威圧してくる男性は絶対に許さない、子供と女性に暴力を振るおうとした男の腕を噛み砕く、最高のボディーガード犬に育ったそうです。
そんな秋田犬のヤマトやムサシ、シナノやカイがいてくれるので、幸子は私から離れて白髪稲荷神社の境内で遊べるようになったのです。
ついには、ヤマトたちがいてくれたら、境内から出て児童公園で遊べるようになったのです。
それにしても、22歳の私と同じくらい若々しい銀子さんたちですが、実際には何歳なのでしょうか?
話を聞いていると、60歳でも70歳でもおかしくないのですが……
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