第7話:私人逮捕・保護司鈴木建造視点

「動くな、傷害の現行犯で逮捕する!」


 70歳は超えたが、これでも刑事課にもいた事のある元警察官だ。

 気合の籠った言葉で逃亡を防ぐ事くらいできる。


 まして相手は、自分よりも弱い同級生を、集団で寄って集って傷つける事しかできない、クソガキどもだ。


「私人逮捕だが、現行犯だから何の問題もない。

 逃げるな、逃げたら罪が重くなるぞ!

 示談ですむところが実刑になるぞ!」


 10人ほどいるから、念のために用意してある予備も含めた2つの手錠では確保できないが、逃げる気にならないようにすればいいだけだ。


「止めろ、俺を誰だと思っている、府会議員の息子だぞ、こんな事をしてタダで済むと思うなよ!」


「そうか、だったら誤魔化せないように110番通報してやるよ。

 府会議員の権力で握りつぶそうとしても、110番通報は記録が残る。

 さあ、とてもお偉い府会議員様のお名前を教えてくださいますか?」


「山田篤信だ、後悔させてやるからな」


「事件ですか、事故ですか?」


 クソガキとやり取りしながら携帯で110番通報していた。


「事件です、10人の中学生が1人の子供に集団で暴行を加えていました。

 このままでは死んでしまうと判断して、私人逮捕に踏み切りました。

 逮捕すると、リーダーが府会議員の山田篤信の息子を名乗り、この程度の事は権力で握りつぶすと言って、私にも思い知らせると脅迫しました。

 暴行受けた子供とは別に、私も脅迫で提訴する心算です。

 ちなみに、私は元警察官で保護司です、引く気はありません」


「分かりました、直ぐに所轄の者を行かせます」


「暴行を受けた子の診断書が必要になりますが、それはこちらで手配しますので、救急車を呼ぶ必要はありません」


「死んでしまうかもしれないと思うくらいの暴行だったのでしたら、救急車を呼んだ方が良いのではありませんか?」


「山田篤信府議会議員の息子を名乗った者の言葉が本当なら、何らかの手段で診断書に手心を加えるかもしれません。

 どんな権力でも突っぱねて、正確な診断書を書いてくれる医師を知っています。

 この電話を切ったら直ぐに電話しますから、大丈夫です」


「そのような事をしなくても大丈夫ですよ。

 救急車は、かかりつけの病院があれば、そこに運んでくれます。

 直ぐに手配しますから、信用できる医師のいる病院名を伝えてください」


「分かりました、宜しくお願いします。

 動くな、逃げたら実刑になると言っただろう!」

 

 さて、誰が出てくれるのだろう?


「はい、こちらは白髪稲荷神社子ども食堂です」


「鈴木建造です、太郎さんですか?」


「いえ、三郎です、何かありましたか、助っ人は何人くらい必要ですか?」


 さすが子ども食堂の男衆だ、みんな察しが良い。

 三郎さんが高安のこどもクリニックに連絡してくれたので、暴行を受けていた少年を安心して救急車に乗せることができた。


 駆けつけてきた警察官は柏原警察署の人間だった。

 八尾市かもしれないと思って少しだけ心配していたが、柏原なら安心だ。


 俺が念を押していたからかもしれないが、ちゃんとクソガキ共を警察署まで連行していった。


 ★★★★★★


「これで示談していただきたい」


 若くして夫を亡くし、必死で子供を育ててきた貧しい母親の足元を見る弁護士の卑劣な態度に、血が沸騰した。


「山田篤信府議会議員様と弁護士様は、あたしたちを舐めているのかい?」


 地獄の鬼も裸足で逃げ出すほどの迫力を纏って金子さんが言う。

 言葉遣いは普段と変わらないのだが、宿っている威圧感が半端ない。


 弁護士がレコーダーで会話を記録しているかもしれないから、何も口を利くなと言われていたが、これなら俺ごときが口出しする事もない。


 金子さんの背後に立っている次郎さんの迫力も半端ない。

 金剛力士像の背後に炎が立ち上っているように見える。


 最初の挨拶が穏やかだっただけに、弁護士は2人を舐めていたのだろう。

 豹変した迫力に弁護士の顔が恐怖で歪んでいる。


 カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ


 よほど怖いのだろう、単に身体が震えるだけで済んでいない。

 余りにも震えが激しいので、上下の歯が当たって音をだしている。

 お漏らしだけはしていないようだが、これ以上追い詰めたら確実に漏らすな。


「最初に言っておいたはずですよ、示談をする気は一切ないと。

 とてもお偉い山田篤信府議会議員様と弁護士様は、裏から手をまわしてお母さんが仕事を首になるようにしたようだけれど、墓穴を掘りましたね」


「やっ、やっていない、そんな事はやっていない」


「何を言っても手遅れですよ、全て表に出してリコール運動をします。

 最近は便利になって、新聞社やテレビ局に手を回しても、ネットで真実を広められると言うではありませんか?

 山田篤信府議会議員様の所属する政党は何と名乗っていましたか?

 私らは代々大阪で生まれ育っているから、色々と知っているのですよ。

 そう、そう、こんな昔話を知っていますか?

 後に大政党の党首なった人が、高校生に頃に強姦した事があるんだよ。

 事件が表沙汰になって高校を退学処分になったんだが、今回と同じように父親が府会議員だったので、裏から手をまわして九州の高校に編入させて、大学もそのまま九州の大学に行かせたんだけど、何故だかわかるかい?」


「それは……ほとぼりが冷めるまで大阪に戻らせなかったのでしょう」


 金子さんたちが威圧をしなくなったのか、弁護士が返事できるようになっている。


「強姦野郎の父親が、被害者に配慮して、帰らせなかったんだよ!

 人の心も分からない腐れ外道だから、山田篤信府会議員様と弁護士様は、こんなはした金だけで示談ができると考えるんだよ!

 そんな人でなしだから、裏から手をまわして仕事ができないようにしたから、こんな金で示談できると考えたんじゃないのかい?」


「失礼な、これ以上侮辱すると裁判にしますよ」


「いいね、それこそ脅迫だね、裁判にすると言うのなら受けてたつよ。

 弁護は幸隆に頼むから、あんたも覚悟しておくんだね」


「ゆきたか、聞いた事もない名前だ。

 若い弁護士なんかで私に勝てると思っているのですか?」


「さあ、ねえ、裁判と喧嘩はやってみなければ分からないからね。

 でもまあ、少なくとも、幸隆はあんたの倍は長く弁護士をしているから、上手くやってくれるだろうよ」


「倍、私の倍は弁護士をしているゆきたか……まさか?!」


「そう、そう、今回の件で幸隆に電話したら、相手が10人なら1億はもらわないと示談にする意味はないと言っていたね。

 まあ、こっちは1億が10億でも示談にする気はないよ。

 子供が害される事のない、安心して暮らせる世の中を作るのが大人の役目だ。

 例え相手が国会議員であろう、1歩も引かずに戦うのが河内女の意地だよ。

 分かったら、とっとと帰って裁判の準備でもしてな!

 まあ、裁判までに弁護士免許を剥奪されなかったらね!」


「待ってください、ちょっと言葉が過ぎただけで、脅かす気はなかったんだ。

 仕事を辞めさせたと言うが、私は知らない、本当に知らなかったんだ」


「黙りな、ここであんたが口にした事は、全部録画してあるよ。

 大阪弁護士会の理事長と副理事長たちに送りつけるから、覚悟していな」


「待ってくれ、払う、示談金を払うから、ビデオは送らないでくれ!」


「帰りな、今直ぐ帰らないと、あんた個人との示談交渉も無しだ!」


 入って来る時は偉そうにしていた弁護士が、真っ青になって出て行った。

 急いで金子さんが言っていた、ゆきたか、という人の所に行くのだろうか?

 どんな言い訳をしようと、金子さんの根回しを覆せるわけがない。


「ありがとうございます、お陰様で隆志を安心して学校にやれます。

 私も惨めな思いをしなくてすみました」


「もう何も心配しなくてもいいよ、府議会議員の所属する政党とは話をつけてある。

 父親共々逮捕されて5年は実刑を受けるはずだよ。

 共犯の連中も、3年は少年院を出られないだろう。

 あんたを首にした会社にも警察が捜査に入る。

 中学校にも警察が捜査に入るから、見て見ぬ振りをしていた教師は辞表を出すだろう、安心して学校に行けばいい」


「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」


「それと、仕事の方だけれど、働く気があるのなら知り合いの所を紹介する。

 自分で探すと言うのなら、母子生活支援施設に入れるように話をつける。

 どうしたい?」


「仕事を紹介してください、何でもします。

 この子に人並みの生活をさせてあげたいんです、お願いします」


「そんなに思いつめた顔をするんじゃないよ、もっと利用できるモノは利用しな。

 母子生活支援施設に入るのは恥じゃないんだよ。

 収入があれば、母子生活支援施設にお金を払うんだ、堂々と利用すればいい。

 それと、仕事を始めても毎食ここに食べにおいで、これは命令だよ。

 あんたは無理も我慢もする性格のようだから、身体を壊すかもしれない。

 私に恩義を感じているんだろう?

 だったら、私が心配で眠れなくなるような事はしないよね?

 いいね、私に心配をかけないように、毎食食べに来るんだよ!」

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