第6話:話し合い・保護司鈴木建造視点

「見ていた通り、ここのおかみさんと大将に任せておけば何の心配もない。

 思い切って傷害罪で訴えたらどうだい?」


 警察の事情聴取が終わって、家に戻るのが怖いと言う母娘を連れて子ども食堂に戻ってきたのだが、今後の事を話し合う事になった。


「ですが、訴えても大した罪にならずに直ぐに出てきてしまったら……」


 警察での事情聴取で、この母娘の名前が分かった。

 坂口真弓と幸子という名前なのだが、夫の半グレを訴えなかった。

 警察に訴えたのは天子さんと次郎さんだけだ。


「天子さんたちへの脅迫だけでは大した罪にはならないが、大丈夫だ。

 貴女への傷害罪と子供へのネグレクトで3年は出て来られないはずだ。

 その間に他県に引っ越してしまう手もあるが?」


「あの人の執念深さは普通ではありません、どこに行っても探し出します。

 それに、あの人が刑務所に入ったとしても、仲間がいます。

 あの人を訴えたら、仲間がこの子に何をするか分かりません」


「それは大丈夫だ、お母さんはDVシェルターとも呼ばれている母子生活支援施設の話を聞いた事がないかい?

 そこに入ってしまえば、誰も追いかけては来られないよ」


「無理です、そんな常識の通じる人たちではないのです。

 私が施設に逃げ込んだら、同じ様に逃げ込んでいる人はもちろん、職員に方々にも何をするか分からない人たちなんです」


 よほど痛い目に合わされてきたのだろう、すっかり諦めてしまっている。


「この子の事も大切ですが、だからといって、他の子をあの人たちに傷つけさせる訳にはいきません」


「だったら、児童相談所に併設されている、一時保護所に逃げ込めばいい。

 今の児童相談所は、現役の警察官や警察官を定年退職した人を配置している。

 連中が何をしようとしても、実力で叩きのめしてくれる」


「無理です、警察官でも、あの人たちを止めるのは無理です。

 これまでも派出所に駆け込んだ事も有りますし、児童相談所を頼った事がありますが、どうにもならなかったんです」


「いや、昔はともかく今は……」


「建造さん、上が何をやっても現場が動かなければどうにもなりませんよ。

 この管内の保健師はあれですよ、自分の身が可愛くて保護しなかった可能性もあります、この人を責めるような言い方は止めなさい」


「いや、でも、金子さん、派出所に逃げ込んでも無理だったなんて……」


「建造さん、あなたも定年まで警察官だったんだ。

 警察官全員が性根の座った漢気のある性格だとは言わないよね?

 脅かされて怖気づいてしまった警察官がいなかったと、言い切れるのかい?」


 金子さんに痛い所を突かれた。


「それは……」


「それに、児童相談所が保護の必要なしと判断したら、警察官には何もできないよ」


「それはその通りだが、もしそれが本当だったら、情けなさ過ぎる。

 だが、あの保健師だったら、そういう事もありえるかもしれない……」


「お母さん、辛かったね、大変だったね。

 警察も児童相談所も頼りにならないと思ったら、絶望するのは当然だ。

 だけど、次郎があんたのダンナを言葉だけで気絶させたのは見ていたろう?

 あの次郎と同じくらい強い男が、後4人もいる。

 ここなら安心して暮らせるんじゃないかい?」


「ですが、ご迷惑をおかけするだけで、何のお返しもできません」


「お返しなんていらないさ。

 お返しが欲しいなら、はなっから子ども食堂なんてやっていないよ。

 子供やお母さんを助けたくてやっているんだ。

 あんたのような母親が逃げ込んでくるのは日常茶飯事さ、気にいしなくていい。

 何をするか分からない暴力団や半グレ相手に負けなかったから、ここは今も子供たちが笑っているんだ、安心して任せな」


「うっ、ううううう、うわぁ~ん」


 母親が号泣しだした、辛い現実を耐え忍んできたのだろう。

 あの保健師には殺意を感じるほどの怒りが沸いてくる。

 この母子を助けなかった警察官にも殺意を感じる。


「建造さん、署長と副署長に、この母子を預かる話を通しておいて」


「それは構わないが、金銭的に大丈夫か?

 なんなら俺もいくらか出すが?」

 

「そんな心配しなくても大丈夫だよ、費用は児童相談所に出してもらうよ」


「いや、どんな手を使う心算か知らないが、あの保健師が邪魔するんじゃないか?」


「大丈夫さ、あの保健師が邪魔できないように、児童相談所の所長に話をつけた。

 大阪府の知事にも話を通してある。

 法第33条の規定に基づいて、誰がやって来てもここで一時保護できるように根回ししてあるのさ」


「いや、はや、あれから数日しか経っていないのに、児相の所長どころか知事にまで話を通していたなんて、金子さんたちには何時も驚かされるよ」


「伊達に長く子ども食堂はやっていないよ。

 長年やってきた実績と縁は、少々の資格や暴力でどうこう出来るもんじゃないよ。

 お母さん、もう泣きやみな、子供が心配しているよ」


「はい、はい、はい、ありがとうございます、ありがとうございます」


「安心できたのなら、ダンナの悪事を一切合切証言しな。

 誰が何を言ってきても、私たちが助けてやるよ。

 あんたが無理やりやらされた悪事も、私たちが無罪にしてやる。

 その子と離れ離れになるような事には絶対にさせないから、安心しな」


「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」


 なるほど、そういう事か、俺も察しが悪いな。

 ダンナやダンナの仲間が怖いだけではなかったのだ。

 無理矢理やらされていた悪事があるから、自分が捕まるのが怖かったんだ。


 自分が捕まって、子供が児童養護施設に入れられるのが怖かったんだ。

 この地区の児童養護施設には悪い職員も児童もいないが、児童養護施設の中には、弱い児童に虐待を加えるような職員がいる。


 この前も、児童養護施設の職員が、守るべき児童に性的虐待を加えて逮捕されたと言うニュースが大々的に流れていた。


 警察や児童相談所に助けてもらえなかった母親が、子供だけ児童養護施設に入れるのを恐れるのは当然だった。


「建造さん、何をグズグズしているんだい、さっさと話を通してきておくれ」


「ああ、すまん、直ぐに行ってくる。

 ただ、今の流れだと、留置されているダンナに加えて、仲間の犯罪も証言してもらう事になるから、一緒に警察署に行ってもらった方がよくないかい?」


「建造さんは本当に気が利かないね。

 警察か信用できなくなっているんだよ。

 さっき警察署に行ってくれただけでも、とんでもない決意が必要だったんだ。

 私たちが訴える内容が本当かどうかの証言だから、他の常連さんと同じ証言だから、何とか言えたんだ。

 母子だけで警察署に行って、自分しか証人のいない事で、自分がダンナたちを訴える手続きをするとなったら、言葉が詰まって言いたい事も言えなくなるよ。

 私たちがいるここに刑事を連れて来な。

 建造さんも警察のOBなんだろう?

 だったら、大先輩らしく後輩を連れてくるくらいの威厳を見せな」


「金子さんにはかなわないな、分かったよ、証言はここでしてもらうよ。

 直ぐに連れて来るから待っていてくれ」

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