半グレ集団
第5話:子供だけでも・保護司鈴木建造視点
「すみません、この子だけ食べさせてもらえますか?」
子ども食堂で昼飯を食べていると、厚化粧でも隠し切れない青痣が顔に残る女が、小学校低学年くらいの女の子を連れてやってきた。
「良いですよ、お子さんと小上がりで食べてください」
「いえ、私はお腹が一杯なので」
表情と態度から、明らかに嘘だと分かる言い訳をする。
300円のお金もないのか、それとも、勝手に食べたら誰かに殴られるのか?
「ここには元警察官の保護司がいます。
もう少ししたら現役の婦人警察官が夕食を食べに来ます。
安心して食べてください、大丈夫ですよ」
普段よりも優しい言葉で金子さんが厚化粧の女に話しかける。
プロレスラーのような巨漢を誇る次郎さんもうなずいている。
ここの男衆は、全員が2メートルを超える巨漢揃いだ。
「ありがとうございます、でも、300円も持っていないのです」
「心配いりませんよ、ここには女に奢るのを男の甲斐性だと思っている、昔気質の爺さんたちがたくさんいます。
誰が奢るかで、殴り合いするような河内の爺さんばかりです。
安心して食べてください。
お母さんが一緒に食べないと、その子も美味しく食べられませんよ」
「ありがとうございます、有難くいただきます」
「お待ちどうさま、熱いから気を付けて食べなさい」
巨漢の次郎さんが、厨房から出てきて小上がりまで料理を運ぶ。
今日の主菜は猪肉のカレーライス、副菜は茹で潰したジャガイモと塩揉みした胡瓜とオニオンスライスを和えたサラダ、各種野菜のピクルスと糠漬け。
材料がかぶってしまっているけれど、どれも愛情たっぷりで美味しい。
しかも白御飯もカレーも副菜もお替り自由だ。
先に食べた子供たちは、お腹一杯になって眠っている。
「ありがとうございます、ご馳走になりなさい」
母親が次郎さんにお礼を言った後で、子供に優しく言う。
「……はい……」
普段から日常的に虐待されているのだろう、女の子は周囲を伺うようにしている。
見えている所にケガの跡がないから、母親が暴行されているのを見せつけられているのかもしれないし、性的虐待や言葉での精神的虐待かもしれない。
「……おいしい……」
「よかったわね、ゆっくり食べさせてもらいなさい」
母親の方は、小上がりで眠っている子供達を見て、ここが安心できる場所だと理解したようで、肩の力が少し抜けたように見える。
「ああ、ピクルスと糠漬けは大人用と子供用で違うから、安心して食べなさい」
ここのピクルスと糠漬けは子供向けに食べやすくした物と、大人向けに作った昔ながらの塩辛くて酸っぱい物がある。
「あ、はい、ありがとうございます」
さて、どうしたものだろう?
外でなら自分の責任で積極的に事情を聞きだすのだが、ここは金子さんの縄張りだから勝手な事はできない。
「おい、こら、俺の女を匿ってないだろうな?!
おっと、ここに居やがったか、仕事だ、さっさと来やがれ!」
どう見ても真っ当な仕事をしているとは思えない男が、場所も弁えずにズカズカと子ども食堂に入ってきた。
子供が恐怖に顔を引きつらせている、厚化粧の母親が子供を庇って前に出た。
これでは俺の出る幕などやって来ないだろう。
「ここを何所だと思っている、三下。
どこの組のもんだ、六代目はここに喧嘩を売る許可を出したのか?
だったら六代目ごと喧嘩を買ってやるが、仁義も切らずに難癖をつけたんだ、生きてここを出て行けると思うなよ」
何時の間にか、また厨房から出てきた次郎さんが啖呵を切る。
ただ、クソ野郎の所為で起きてしまった子供たちを怖がらせないように、小声で啖呵を切っているのがおもしろい。
だが、小声でも巨漢の身体からにじみ出る迫力はとんでもない。
身長2メートルを超えるプロレスラーのような巨漢だが、あんな見世物にするための筋肉ではなく、実戦で使うための筋肉だ。
「ひっ!」
弱い者にしか暴力を振るえない、クソのような奴なのだろう。
ほんの少し次郎さんが威圧しただけで、腰を抜かして床に座り込んでしまった。
広域暴力団同士の血で血を洗う抗争を生き残った、斬った張ったを繰り返してきた古強者でも、次郎さんたちに威圧されたら腰を抜かすのだ。
暴力団担当の刑事でも、本気で睨まれたら小便をちびるのだ。
半端な連中が逆らえるような、生易しい人たちではない。
子ども食堂で小便をちびらせないように、手加減しているのだろう。
「金子さん、不法侵入と器物破損、営業妨害と脅迫、婦女暴行とネグレクトで警察に通報したいのですが、宜しいですか?」
巨漢の次郎さんが、遥かに小さい金子さんにお伺いを立てるのがおもしろい。
子ども食堂をやっている五姉妹と男衆が、どういう関係なのか不思議だが、子供たちを助けられるのならどんな関係でも構わない。
「ええ、それで良いわ、他の事はいつも通りにやっておいて」
「分かりました、直ぐにやらせます。
お~い、聞いていたか、いつも通りにやっておいてくれ」
「分かりました、いつも通りの連絡をしておきます」
次郎さんが子ども食堂の奥に声をかけると、太郎さんか三郎さん四郎さんか分からない人が、軽やかに返事をしてきた。
五姉妹も五つ子かと思うくらい瓜二つだが、男衆もよく似ている。
男衆は、五姉妹の髪色と同じ髪色に染めた坊主刈りで、お仕着せも五姉妹の着物と同じ配色にしている。
天子さんの青空色、金子さんの金色、銀子さんの銀色、白子さんの白色、黒子さんの黒色を男衆も身に纏っている。
コンビが変わらないから、結婚しているか内縁関係だと思うのだが、これだけ男衆の方が五姉妹を立てているのを見ると、もしかしたら主従関係なのかもしれない。
ウゥウウウウウ
待つほどもなく、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
サイレンを聞いて逃げるかと思ったら、泡を吹いて痙攣している。
よほど次郎さんの威圧が強力だったのだな。
「110番をされたのはここで間違いないですか?」
顔見知りの刑事課の男が、子ども食堂に入ってきて聞く。
「ここで間違いありません、そこで泡を吹いて倒れている男が、小上がりにいる女性を追いかけてきて脅したのです。
子ども食堂に入ってきて注文もせずに居座り、女性と子供を脅かしたのです。
子供の怯え方をみると、普段からネグレクトを繰り返しているようです。
その女性の顔を見てください、厚化粧をしても隠せない青痣があります。
必要なら知り合いのこどもクリニックで診断書を書いてもらいます。
もちろんここにいる全員が裁判所で証言します」
次郎さんがそこまで言ってようやく、不出来な後輩もここが重要な場所だと気がついたのだろう。
つい先日大騒動になって、まだ裁判も始まっていないのだ、覚えておけよ。
そんな事だから刑事課から地域課への移動話が出るんだ。
「分かりました、詳しいお話を聞かせていただきたいので、警察署まで同行願いますか?」
「ええ、構いません、行かせていただきます。
ただ、あの母子は虐待で満足に食べていないようなので、あの母子が食べ終わってからでいいですか?」
「もちろんです、それまではここで話を聞かせていただきます」
よし、よし、よく言った、最低限の配慮はできるようだな。
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