第4話:争い・婦人警察官佐藤朱里視点

 天子さんたちは素早く動かれた。

 子供を助けるために戦うと決めた天子さんは、虐待をした連中には容赦しない。

 使える手は何でも使って、虐待していた連中を叩き潰す。


 その1つが子ども食堂の二階で言っていた、懇意のこどもクリニック医師だ。

 医師が児童虐待で間違いないという診断書を書いてくれた。

 更に、先に母親と同棲相手が勤める病院に手をまわしてくれていた。


「分かりました、先に知らせてくださって助かりました。

 何も知らなかったら、2人の口車に乗せられていたかもしれません。

 懲戒免職の手続きをしておきますので、そのまま訴えてください。

 こちらが虐待の診断書に異議を唱える事はありません」


 こどもクリニックの医師の伝手なのか、どこまで影響力があるか想像もつかない天子さんたちの伝手なのか、母親の勤める病院は反論しないと約束してきた。


 医師が虐待の診断書を書いてくれたら、警察も検察も自信をもって逮捕できる。

 性的虐待、ネグレクト、心理的虐待は被害者である子供たちの証言が必要だが、無条件で親を慕う幼い子供たちから虐待の証言を得るのは難しい。


 その点、医師が身体の暴行痕を虐待だと診断してくれたら、子供たちの証言無しに虐待犯を逮捕起訴できる。


 今回の診断書には、傷害罪に相当する暴行痕だと書いてあった。

 年齢とは思えない低成長、身長に比べて余りにも軽い体重から、殺人未遂に相当するという診断を下してくれた。


 何の資格もない人なら暴行罪、死んでいたとしても保護責任者遺棄致死罪ですむかもしれないが、看護師の国家試験に合格した者なら絶対に知っている事。

 明確に殺す意思がなければ、ここまで食事を与えない訳がないと書いてあった。


 更にこの時期の夜に家から閉め出すというのは、明確な殺意がなければ行わない。

 著しく体重が減少する餓死寸前まで食事を与えず、寒い夜に家から閉め出す事は、明確な殺人の意思がない限り、看護師なら絶対にありえないと書いてあった。


 普通はここまで踏み込んだ、責任を伴う診断書は書かない。

 いや、自分の身に火の粉が降りかかるかもしれないと思うと、書けない。


 だけど、こどもクリニックの医師は書いてくれた。

 裁判になったら証言台に立つとまで言ってくれている。


 だから警察も検察も自信を持って裁判所に逮捕令状を請求できた。

 裁判所も普通よりも早く、その日の内に逮捕令状を発行してくれた。

 即座に虐待母と同棲相手の住む家に向かった。


「2人の子供に対する児童虐待容疑で逮捕する」


「何の事だ?」


「しらばっくれても無駄だ、お前らが家から閉め出した姉妹が昏睡状態で発見され、殺人未遂事件として逮捕令状が発行された」


「やっていない、俺は何もやっていない、家から閉め出したのは実の母親だ。

 それに、締め出したのは躾で一時的な事だ。

 俺が直ぐに取りなして家に入れようとしたんだが、いなかったんだ。

 だから直ぐに失踪届を出している」


「丸一晩放置しておいてよく言う、言い訳なら警察署で聞く、だが逃れられると思うなよ、服で隠れる場所を選んで殴っていたようだが、暴行という診断書がでている」


「違う、俺じゃない、躾だと言って叩いたのは母親だ、俺じゃない」


「言い訳なら署で聞くと言っているだろう!

 これ以上抵抗するなら公務執行妨害と逃亡罪が加わるぞ?」


「弁護士だ、弁護士を呼んでくれ、俺には弁護士を呼ぶ権利があるはずだ。

 病院だ、勤務先の病院に連絡させろ、先生にセカンドオピニオンを取ってもらう。

 真っ当な診断書を書いてもらう!」


「構わんよ、知り合いの弁護士がいるなら電話しろ。

 いないのなら署についてから国選弁護士を手配してやる。

 勤め先の病院の連絡したいのなら、弁護士が来てからだ。

 共犯者が病院にいて、証拠を隠滅する恐れがあるから、弁護士を通してしか病院への連絡は許されない」


 私は生活安全課少年係として逮捕に同行させてもらえた。

 普通ではありえないのですが、単なる殺人未遂ではなく、児童虐待が加わっているので、少年係の視点も必要だと言う事で許された。


 まず大丈夫だとは思いますが、起訴が殺人未遂ではなく児童福祉法違反や傷害罪に変わってしまう事もありえるからです。


 児童相談所の職員さんも同行しています。

 保護施設の職員さんも一緒です。

 保護司の建造さんも今後の事があるので同行しています。


 私は少年係なので、母親と同棲相手が逮捕された姉妹の事が気になります。

 逮捕した母親と同棲相手がどの程度の罪にできるかではなく、姉妹が幸せに暮らせるようになれるのかが1番気になります。


「直ぐに児童養護施設に入れるのではなく、姉妹が慕っている人の所に預けた方が良いと思うのだが、どうだい?」


 建造さんが児童相談所からきている保健師に提案する。


「それは正規の方法ではありません。

 法律通り、直ぐに児童養護施設に入れるべきです」


 でも児童相談所の保健師が杓子定規に言う。

 今この管内を担当している保健師が融通の利かない人間だと言うのは本当だった。

 子供たちの事よりも自分のやり方を通す方が大切なクソのようです。


「どうしてもと言われるのなら無理をしても準備をして受け入れますが、子供たちに何かあった場合は、児相の方で責任をとってもらいます」


 児童福祉施設の職員さんが抵抗してくれます。


「何を言っているのですか、保護すべき児童がいれば何を置いても助けるのは児童養護施設の役目ではありませんか?!

 私が責任をとらなければいけない法的根拠はありません」


 言っている事は分かるし正当な主張だけれど、それでは子供の心のケアが十分ではないから、現場の人間が提案しているんだけど、分かってくれそうにない。


「その通りでした、分かりました、何としてでも受け入れの準備をします」


「当然の事です」


「保健師さん!」


 私は思わず責めるような言動をする保健師に食って掛かりそうになった。


「朱里は黙っていなさい、警察の少年係としての役目は終わっている。

 保護した子供を健やかに育てるのは児童養護施設の方々の役目だ」


 建造さんが任せておけという目をして言ってくる。

 保健師に顔を見られないようにしているので、何か策があるのかもしれない。


「ふん、やるべき事が終わったのなら帰らせていただきます。

 児童相談所はとても忙しいのです!」


 保健師はそう言うと、不機嫌なのを隠そうともせずに帰って行った。

 もっと文句を言ってやりたかったが、警察官なので好き勝手な事は言えない。


「何か秘策でもあるのですか?」


「秘策なんて大した事じゃない、法律やルールに従ってやるだけだ」


「法律通りにして、あの姉妹を天子さんたちに預けられるのですか?」


「朱里は知らないのか、天子さんたちは里親の資格を持っている。

 子ども食堂を優先しているから、ずっと子供たちを預かる事はできないが、児童養護施設の依頼を受ける形で、短期間預かるのなら何の問題もない。

 あの姉妹が落ち着くまで預かり、少し慣れてきたら児童養護施設に泊まらせてみて、隔日や週末だけ子ども食堂で預かる事もできる」


 ああ、なるほど、だからあれほど堂々と子供たちを寝泊まりさせられるのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る