第3話:捜索願・婦人警察官佐藤朱里視点

「建造さん、私も一緒に食べていい?」


 思わず言ってしまっていた。

 子供たちを不安にさせてはいけないと、思いだしたばかりなのに!


「おお、いいぞ、ご飯を食べるなら1人より2人の方が美味しいからな」


 建造さんが満面の笑みで言ってくれる。

 私の為ではなく、小上がりで私たちの気配をうかがっている子供たちの為だ。


 虐待を受けてきた子供たちは物凄く繊細だ。

 常に周囲の大人の気配をうかがって殴られないようにしている。


 頭では分かっていたはずなのに、実際には配慮できていない。

 未熟過ぎて、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。


 子ども食堂の奥には、普段出しているのとは違う料理が食べられる部屋がある。

 子ども食堂をやっていくのに必要なお金を稼ぐ料理だ。

 太郎さんたち、子ども食堂の男衆が狩ってきたジビエ料理が食べられる。


 でも今回は、子供たちに聞かせられない話をするのに使う。

 私も施設を出て警察官になってから初めて知ったのだが、子供たちを親に帰すのか匿い続けるのか、公的な組織や立場ではできない事を話し合う場所だ。


「話は私が聞かせてもらいますよ。

 奥の部屋よりも二階の方が良いでしょう、ついて来て下さい」


 店に立つ時間の天子さんに代わって、金子さんが話を聞いてくれるようだ。

 五つ子との噂のあるくらい、天子さんたち五姉妹は瓜二つだ。

 見分けるのは五色に染め分けられた髪色と、着物の色に頼るしかない。


 二階は天子さんたちの部屋になっていると言われている。

 ここでしばらく暮らした事のある私も、二階には上がった事がない。


 子供たちは、いつも誰かがいて美味しい料理が食べられる小上がりにいる。

 親に捨てられた子は、頼れる大人のいない部屋で独りになるのを極端に怖がる。


 帰る家がなく、子ども食堂で寝泊まりする子は小上がりで眠る。

 病気に時も、症状が急変しても直ぐに対処できるように小上がりで眠らせる。


 常連さんは、それが分かっているから子ども食堂で騒いだりしない。

 子ども食堂で騒いでも好いのは子供だけだ。


 金子さんが私と建造さんを連れて入ったのは、二階に上がって直ぐの部屋だ。

 六畳に和ダンスと卓袱台だけが置いてあって、テレビもない。

 私と建造さんは、手に持っていたお盆の料理を卓袱台に置かせてもらう。


「せっかくの料理が冷めるのは嫌だよ、先に食べちまってくれ」


 金子さんが、天子さんと聞き分けられないくらいそっくりの話し方で言う。

 さっき怒られたばかりなので、ゆっくりと味わいながら食べる。

 建造さんも同じように味わいながら食べている。


 金子さんだけでなく次郎さんもいたようで、白御飯の入った御櫃と具だくさんの鶏団子汁の入った小鍋を持って来てくれる。


 ちょっと量が多い気がするが、ダイエットとなどと言って食べないと、もの凄く怒られてしまう。


「やれ、やれ、この歳でこの量はちょっと多いんだが?」


「しっかりと働いてもらわないといけないようなので、全部食べてください。

 白御飯と糠漬けは残してもいいですが、他は食べ切ってください」


「おにぎりにしてくれるの?」


 思わず次郎さんに聞いてしまった。

 最初から私の大好物を持ち帰らせてくれる心算だったのだ。


「朱里の分は白味噌の焼きおにぎりしてやるから心配するな」


 次郎さんは私の好物を覚えてくれている。

 醤油ではなく味噌、それも白味噌の焼きおにぎりが好きなのを覚えてくれている。

 

「コーヒーとお茶のどちらが良い?」


 鶏団子汁を美味しく食べ終えた私たちに、金子さんが聞いてきた。

 皆のいる子ども食堂で食べるよりは落ちるが、どこで食べても天子さんたちのご飯はとても美味しい。


「俺はコーヒー、ブラックで」


「私もコーヒーで、砂糖とミルクは入れてください」


 インスタントのコーヒーだけど、普段ここで飲むコーヒーは美味しい。

 ただ、初めて二階で飲むコーヒーはほとんど味がしない。

 

「あの姉妹の母親と思われる奴から捜索願が出ている」


 よかった、少なくとも母親には見捨てられていないのだ。


「管内の児相には、虐待に関する記録はなかったが、引っ越して来る前の児相では、虐待の通報が何度もあった」


「確信犯なのかい?」


 金子さんが建造さんに確認する。


「母親はシングルマザーだが、同棲状態の男がいる。

 母親も同棲相手も看護師で、児童虐待の診断をした事のある病院に務めている。

 どこまでやれば逮捕されるか、どの程度なら訴えられないか、知っていてもおかしくない、疑えば幾らでも疑える」


「表沙汰になったら職を追われるから、反省して虐待を止めませんか?」


 僅かな期待を込めて聞いてみた、


「表沙汰になって止めるような奴なら、1度目の通報で止めている。

 それに看護師は恐ろしいくらい人手不足なんだ、少々の事では首にならない。

 多分だが、子供が見つかったら、別の児相の管内に引っ越しするぞ。

 これまでも、近所の人から児相に虐待の通報をされるたびに引っ越している。

 今度は大阪からでていくかもしれない。

 看護師ならどこに行っても直ぐに就職先が見つかるからな」


「でも、このまま匿っていたら、金子さんたちが訴えられませんか?」


 虐待をする連中の中には狡賢い奴がいる。

 子供たちを助けようとする善意の人を、誘拐犯として訴える奴すらいる。

 建造さんと天子さんの話を聞いていると、訴えそうな連中に思える。


「俺や朱里ちゃんが話さない限り、警察に姉妹の事はバレない。

 だがそれでは、あの子たちを児童養護施設に入れてやる事もできない。

 連中の虐待を証明しなければいけないが、それが難しい」


「黙っているのは良いですが、匿いきれますか?

 警察はあの子たちの事を特異行方不明者で探しているのですよね。

 何時ここに調べに来るか分かりませんよね?」


 ここは子ども食堂だから、お腹を空かせた子供がやってくる可能性がある。

 私が何も知らずに特異行方不明者の捜索を命じられたら、真っ先にここに来る。

 警察に嘘をついて匿ったら、天子さんたちが誘拐犯扱いされてしまう。


「心配いらないよ、高安に懇意のこどもクリニックがある。

 看護師の母親が病院の医師を誑し込んでいたとしても、正面から戦える。

 今から行って診断書を書いてもらってくる。

 今日だけ、あの姉妹に気がつかなかった事にしてくれればいい。

 あの場にいたのは常連さんばかりだから心配いらないよ」


「分かりました、何も見なかった、何も聞かなかった事にします」


 私はコーヒーを飲み干すと一階に下りて、出て行こうとした。


「朱里、焼きおにぎりができているよ、持って帰んな」


 天子さんが何時ものようにぶっきらぼうに言う。

 厨房に立っていた大男の太郎さんが、何も言わずに竹皮で包んだ焼きおにぎりと糠漬けを渡してくれる。


 視線だけで小上がりを確認すると、何時もいる子供たちが、姉妹を護るように周りを取り囲んでいる。


 優しい空間に安心したのか、姉妹がスヤスヤと眠っている。

 この場所だけは絶対に守らないといけない。

 何かあって辞表を書く事になっても、ここだけは絶対に守らないといけない!

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