第2話:子ども食堂・婦人警察官佐藤朱里視点

「こんばんは、1人前ください」


 何時ものように白髪稲荷神社の隣にある子ども食堂で晩御飯を食べる。

 少しでも子ども食堂の資金の足しになれば良いと思って、外食する時には必ず利用するようにしている。


「はいよ、空いている所に入っとくれ」


 そうは言われても、どこで食べてもいい訳じゃない。

 カウンターが空いている限りは小上がりを使わないのが暗黙のルールだ。

 小上がりは子供連れか、子供だけで食べにきた子が使う。


 有っては困るが、小上がりは弱った子やケガをした子を寝かせる事もある。

 家に帰れない子、親が迎えに来られなくなった子が寝る場所になる事もある。


 保育所に子供を入れられなかった1人親は、ここをあてにする事が多い。

 保育園に子供を入れられたとしても、離れた場所で使い勝手が悪い事が多い。

 子供が熱を出したりしたら、迎えに行って仕事を休まなければならない。


 その点ここだと、少々の熱や病気でも預かってくれる。

 食事も病気の子供に合わせて作ってくれる。

 常に誰かが気にかけてくれるから、下手な保育園よりも安心できる。


「どうぞ」


 あっという間に、用意されていた料理が出て来る。

 主菜が鶏団子汁、副菜がツナ胡瓜、ポーチドエッグ、ピクルス、糠漬けだ。


 フードバンクと有志が寄付してくれた食材だけで作れる料理になっている。

 肉類と野菜類をたっぷり使った煮物の主菜だけで栄養が取れるようになっている。

 そこに、その日手に入った日持ちのしない食材で作った副菜がつく。


 ツナは、消費期限が迫った缶詰を使ったのだろう。

 ポーチドエッグは、養鶏場が売り物にならない割れ卵を寄付してくれたのだろう。

 ピクルスと糠漬けは、野菜をたくさんもらった時に作り置きしてある。


 私も短期間ですが、ここで生活していたから多少の事は知っている。

 両親が私を置いてどこかに行ってしまい、食べる物もお金もなく、誰に頼る事も知らなかった幼い頃、天子さんたちに助けてもらった。


 年齢不詳の天子さんたちだが、見た目よりもずっと年齢を重ねている。

 私がお世話になっていた時に、常連の大人たちから教えてもらった。

 天子さんたちは、昭和の頃から恵まれない子供たちに食事を提供し続けている


 子ども食堂なんて無かった頃から、身銭を切って恵まれない子を助けてきた。

 廃棄食材の問題が社会的に取り上げられておらず、フードバンクも無かった頃は、山で狩りをして肉を確保し、野草や茸を集めて食材としていたとも教えてもらった。


「普段見かけない子が2人もいるのですが?」


 懐かしい、心が温かくなるように地味豊かな鶏団子汁を食べながら、小上がりで夕食を食べている子供たちを確認していると、見慣れない子がいたので聞いてみた。


 私のような不幸な境遇の子を助けたくて、警察官の試験を受けた。

 勉強は苦手だったが、児童養護施設は望めば塾にも行かせてもらえる。

 余り高額な塾は無理だけれど、決められた予算までなら習い事もできる。


 難関大学合格を目指すような高額な塾はむりだけど、普通の塾なら行ける。

 タイミングが合えば、個人や団体がボランティアで難しい内容も養護施設に来て教えてくれる事もある。


 私は大学進学を望まず、大阪府警志望だったからそこまで必要なかったけれど、同い年の男の子は、天子さんたちに勉強を教わって東大に合格した。


 天子さんたちは難しい勉強も教えてくれる。

 子ども食堂と同じ場所で恵まれない子に勉強を教えてくれるだけでなく、養護施設にも教えに来てくれる。


「昨日の夜に公園で震えているのを見つけたのさ」


「直ぐに戻って迷子や失踪の届け出が無いか確かめます!」


「慌てなさんな、もう建造さんが調べているよ」


「建造さんが、でも建造さんは退官されてずいぶん経ちます」


「それが良いのさ、直ぐに調べて下手に親に引き取られると心配だ」


 天子さんの声が囁くように小さくなった。

 子供たち、特に昨日保護した子に聞かせないようにしたのだろう。

 どれほど酷い親でも、子供たちは盲目的に慕っている事が多い。


「それは……」


「ボロボロの服の下に青痣があった。

 計算したように、虐待だと言い切れない場所と数だった。

 表面だけ調べて親の元に戻すと、取り返しのつかない事になりかねない。

 朱里はあの子たちに気がつかなかった、いいね?」


「はい、でも、気になります、私も何かしてあげたいです」


「だったら建造さんを手伝ってやんな。

 念願の生活安全課少年係に成れたんだろう?

 退官した建造さんよりも、朱里の方が調べやすいだろう?

 だけど、周りにバレないように調べるんだよ」


 天子さんは、私が生活安全課少年係に配属された事を知ってくれていた。

 天子さんたちと同じように、子供を助けられてから報告しようと思っていたのに。


「はい、直ぐに戻って……」


「慌てなさんな、私の作った料理を食べずに帰る気かい?

 食べ物を粗末にするなと教えたはずだよ?」


「ごめんなさい、全部いただきます」


「しっかり噛んで、ゆっくり味わって食べるんだよ。

 それが私たちの糧になった命に対する礼儀だと教えたろ?」


「はい、美味しく味わっていただきます」


「良い子だ、ゆっくりと食べな。

 大人が慌てていると、子供たちが不安になるからね」


 私はまだまだだ、小上がりにいる子供たちの事を忘れていた。

 小さな頃、両親の顔色を伺ってビクビクしていたのを忘れていた。


 天子さんたちに助けてもらっても、しばらくの間は大人が怖くて仕方がなかった。

 無理に近づく事なく、私が空腹に耐えかねて近づくまで待ってくれた。

 それこそ傷ついた野良猫を手懐けるように、辛抱強く待ってくれた。


 児童養護施設に入る事になるまでの間、ここで暮らしていなければ、施設の大人や子供たちとうまく付き合えなかったかもしれない。


 そんな思いをしたのに、親に傷つけられた子供の気持ちをすっかり忘れていた。

 天子さんや施設の人たちが良い人ばかりだったから、忘れてしまっていた。

 私も天子さんたちと同じような大人になりたいと思っていたのに、情けない。


「辛気臭い顔をしているんじゃないよ、もっと美味しい顔をして食べな。

 今言ったばかりなのに、もう忘れちまったのかい?」


「いえ、ごめんなさい、美味しくいただきます」


 少し冷めてしまったけれど、やっぱり天子さんの作ってくれるご飯は美味しい。

 施設のおばさんたちが作ってくれるご飯も美味しかったけれど、天子さんたちが作ってくれる料理は別物だ。


 実の母親の顔も覚えていないし、ご飯を作ってもらった思い出もない。

 私が母の手料理と言えるのは、天子さんたちが作ってくれたご飯だ。

 ここにきて天子さんたちのご飯を食べると元気になれる。


 私のような若輩者と違って、長年ここに通っている先輩方は落ち着いたモノだ。

 私たちの会話が聞こえているはずなのに、何も聞こえていないフリをする。

 少々の事では驚かないし、ここの雰囲気を壊さない。


 美味しいご飯を食べて、食後のコーヒーを楽しみ、大人の良い所を見せてくれる。

 私も同じような大人になりたいと思っていたけれど、まだまだだ。


「1人前、奥で食べたいんだが、今大丈夫か?」


 表の入り口から入ってきた建造さんが奥で食べたいって、何が起きたの?!

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