あやかし子ども食堂
克全
ネグレクト看護師母と内縁夫看護師
第1話:プロローグ
その姉妹は何時もお腹を空かせていた。
母は父親の分からない姉妹を生んだが、全く母性愛がなかった。
食事を作る事などなく、お金も渡さないから冷蔵庫の物を食べるしかない。
だが冷蔵庫の物を食べると、母親が狂ったように怒って平手打ちする。
同じ看護師の男と同居するまでは、平手打ちですんでいた。
それに、近所の人達が平手打ちの痕に気がついて、警察に通報してくれた。
だが、同棲相手の看護師は悪智慧が回った。
勤めている病院の医師が書いた虐待の診断書を見た事が有って、色々知っていた。
近所に聞こえないように姉妹の口を塞ぎ、目に付かない場所を殴るようになった。
家にいても空腹な状態で殴られるだけなので、母親や同棲男が家にいる時には、姉妹は近くの公園で過ごしていた。
「おねえちゃん、おなかすいた」
「朝までがまんしてね、朝になったら家に帰れるから」
「たたかれない?」
「だいじょうぶ、私がいるからだいじょうぶ」
「おねえちゃんがたたかれない?」
「おねえちゃんは大きいからだいじょう」
「ほんとう、ほんとうにほんとう?」
「ほんとうだよ、だから朝までがまんしてね」
「……うん……」
グゥウウウウウ
姉妹のお腹が鳴る、春になったと言っても、まだ朝晩は凄く冷える。
公園のベンチで抱き合って震える空腹な姉妹の顔色は、真っ青になっていた。
このままでは凍死してしまう、そう思われた時。
ポッ、ポッ、ポッと全く何もない空中に炎が現れた。
街灯の明かりでも懐中電灯の明かりでもない。
不思議と温かな気配がする赤や青、金や銀の火がいくつも灯った。
その火がベンチで震える姉妹の元に集まる。
普通なら火傷してしまうはずの炎なのに、姉妹は熱がりも痛がりもしない。
どれどころか徐々に青かった顔が赤くなっていく。
「「「「「コーン」」」」」
炎が消えたかと思ったら人が現れた。
少しきつい目をした瓜二つの女たちが、姉妹が眠るベンチを囲む。
金と銀、青と赤、白と黒などの髪色をした瓜二つの女たち。
その中の金と銀の髪色の女が、姉妹を壊れ物のように優しく抱き上げる。
水商売をしているようには見えないが、髪色と同じ縁取りをした着物姿だ。
その美しい所作から茶道や華道の師範なのかもしれない。
「おん・かかか・びさんまーえい・そわか」
「おん・かかか・びさんまーえい・そわか」
「おん・かかか・びさんまーえい・そわか」
金髪の和服美人が何か唱えると、彼らの前に両開きの襖が現れた。
全く何もない寂しい公園の真ん中に、突然襖が現れるなど常識では考えられない。
左右の障子の両方に、生きているかのような狐が描かれている。
赤と青の髪色の和服美人が障子を開ける。
開けられた障子の向こうに、姉妹を1人ずつ抱いた金と銀の和服美人が先に入る。
その後に続いて瓜二つの和服美人たちが障子の向こうに入っていく。
★★★★★★
「おかえりなさい」
優しい灯りに満たされた空間に、金と銀の和服美人が痩せ細った幼い姉妹を1人ずつ抱えて入って来た。
その2人に青空のような髪色と着物の女が声をかける。
「「「「「おかえりなさい」」」」」
優しい空間にいた、多くの人たちが口々にお帰りなさいと言う。
街中華によくあるようなL字のカウンターには、大人たちが座っている。
通路を挟んで反対側の小上がりには子供たちがいる。
街中華や居酒屋ではないのは、カウンターにいる大人たちが誰一人酒を飲んでおらず、同じ物を食べているのでわかる。
「金子お母さん、銀子お母さん、その子たちどうしたの?」
小上がりにいた、まだ小学生前と思われる小さな女の子が聞く。
夜遅い、小さな良い子は寝ているはずの時間なのに、母親も父親もいない。
他の多くの子供たちが温かな毛布にくるまっているのに独り起きていた。
「公園のベンチで寒そうに震えていたから連れて来た。
天子、ずっと何も食べていなかったようだ、経口補水液を作ってくれ」
金子お母さんと呼ばれた女が、愛おしそうに子供を抱きながら言う。
カウンターの中にいる天子と呼ばれた女が、手早く経口補水液を作る。
黒砂糖、塩、ミネラル剤、水で手早く作る。
「シチューも食べられないくらい弱っているのか?」
カウンターに座っている初老の男が、姉妹を不憫そうに見ながら言う。
カウンターにいる他の大人たちも同じような表情をしている。
「ええ、今日明日は経口補水液だけの方が良いでしょう。
明後日からはスープやシチューを食べさせてあげましょう。
カレーは刺激が強いので、しばらくは食べさせない方が良いでしょう」
金子が天子に話しかける。
「カレーを楽しみにしている子がいますが?」
天子が金子に聞き返す。
「フードバンクから頂いた缶詰の中にシチューやスープがあったでしょう?
無ければ2人分別に作ってあげましょう」
「分かりました、大した手間ではありませんから、カレーとシチューの両方を作りましょう、他の子たちも賛成してくれるでしょう」
「そうね、引き継ぎ表に書いておきます」
「すみません、まだ良いですか?」
元警察官で保護司をしている鈴木建造が、声をかけながら子ども食堂の入り口を開けて入ってきた。
「良いですよ」
天子が間髪入れずに答える。
「1人でうろうろしている子を見つけたから連れて来た。
温かいものを食べさせてやってくれ」
保護司の鈴木建造の後ろから、中学生くらいの男の子がビクビクと入ってきた。
「あいよ、今日はシカ肉のシチューだよ」
「太郎さんが獲ってきたのか?」
「いや、これは四郎さんと六郎さんが狩ってきたシカだよ。
クマとイノシシも狩って来たから、高く食べてくれる人がいたら声をかけてくれると助かるよ」
「クマ鍋やシシ鍋なら高い値段を払ってでも食べたい人はいる、声をかけておく。
子ども食堂の資金になると言えば、嫁さんたちにも許可がもらいやすい。
以前食べさせてもらった猪鹿蝶鍋で酒が飲めるならなら、50人は集まるだろうが……」
「カモなら熟成させている脂の乗ったのがあるよ。
ここで食べるなら酒は出せないけど、老人会館でやるなら飲めるわよ」
「それで頼む、遠慮せずに食え。
ここは子ども食堂だから、お前はいつ来てもタダだ、腹が減ったらここに来い」
保護司の鈴木建造が連れて来た中学生の男の子に話しかける。
天子と建造が話している間に、厨房にいるもう1人の人間。
身長2メートルは軽く超えるプロレスラーのような男が食事を用意していた。
主菜はシカ肉のシチュー、副菜は各種野菜のピクルスと糠漬け。
シカ肉以外の材料は、フードバンクと善意の人たちが寄付してくれた物。
それをできるだけ手間をかけずに作った料理だ。
「おかずも御飯もお替り自由だ、腹一杯食え」
最初はビクビクしていた少年だったが、小上がりで子供たちが寝ているのを見て安心したのか、割りばしではなく先割れスプーンを持って食べだした。
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