第6話 お泊まり
3月後半。少し遠出して泊まり来ていた。
「稜太ー見て!桜綺麗ー!」
「綺麗だね。」
翔は桜並木の中、薄めの白い上着と、タイトなジーンズ。何故かいつもヒール付きのブーツを履く。
やっぱり、『男』でもなく『女』でもなく『
……桜並木を見つめる翔を後ろから包み込んだ。
「どしたぁ?」
「…誰にも渡したくない。」
「渡されても困る。」
「俺だけの翔。」
「そうだよ」
翔は鎖骨辺りに置いた僕の手に翔の手を重ねた。
「…幸せ。」
「僕も。」
僕は、ポケットから指輪を取りだして、翔の左薬指につけた。
「え…?いつのまに?」
「前にペアリング見に行った時にずっと見てたから。」
「…僕、これ貰っていいの?…綺麗。」
翔は左手を桜の舞う光にかざして、小さなダイヤの付いた指輪を見ていた。
翔は、どちらかと言うと、ちょっとボーイッシュな女性に見える。
逆に言えば『男』には見えない。
本当に何度も言うが、『個』の生き物。
「……」
僕は…翔を桜の木の下に引っ張り込んだ。
「…?」
「翔、事実婚しない?」
「いいよ。それ乗った。」
僕らには正直、『性別の概念』がない。
翔も『僕は男だから…』とは言うけれど、
それも、本当は『なんか違うんだ』と話している。『でもね、女になりたい』とも思わない。
『僕は僕』これが今の気持ち。
以前、そう話していた。
だから、『パートナシップ』も『同性婚』も必要ない。
既に、病院もずっと同じところに通っているので、『夫婦』と見られている。
翔は…たまに新しい受付の人が居ると性別確認される。声も中性的。若干高めで低い声を出すのが苦手。というより出せない。だから、歌を歌う時も女性歌手の歌ばかり歌う。それがまた可愛いんだけど。どちらかと言うと、歌詞への共感も女性の方が多いというか、ほぼそうらしい。
────────『じゃあ僕は今日から奥さん?』
翔は僕の肩に腕を回していた。
「なんでもいい。役割なんて。お前はお前。」
「『うちの旦那が…』って言っていい?商店街の八百屋さんとかで。」
「…なにそれ。可愛すぎる。」
たまらず翔を抱き寄せた。
「…稜太、大好き。ずっと大好き。」
「……ホテル帰ろ。」
「…稜太、僕が欲しい?」
「早く服脱ぎたい」
「本当に服嫌いだよね。」
「自由でいたい。」
「……」
「……」
お互いにおでこを合わせて見つめあった。
翔はほんの少し僕より背が低いくらい。
「あっ……お前…」
「いつもより大きくなってる。」
「だから早く帰ろ。」
「やだ。もうちょっとデートしたい。」
「……デートしたい?」
「したい。だから我慢して。言うこと聞け。」
「どっちが主人だ?」
「僕がお前の『
「いつからよ。」
「僕が小学生の頃から。」
──────桜風と共に記憶が蘇った。
「お前は、僕が心の中で笛を鳴らすとすぐに来た。寂しい時も辛い時も死にたい時もどんな時も。でも、それが明らかになったのは僕が高2の時。……覚えてない?」
「……お前に会いたくて公園に行ってた。」
「なぜ僕に会いたかったの?何を期待してたの?」
「……。」
「言えよ。」
翔が僕の首に腕を回しながら高い声で僕のそこを手の甲で叩きながら命令する。
「…抱きしめて欲しかった。…いじめて欲しかった。今みたいに優しいのに笑いながらして欲しかった…。」
「……。」
翔は僕の首ごと引き付けてキスした。
「デートするぞ?」
「はい。……??」
「アップデート。僕らと一緒。」
翔は僕の首からネックレスを外して、肩からかけたポシェットの中から小さな紙袋を出してその中のものと入れ替えた。
そして…その中に入ってたシルバー基調の少しピンクのラインの入ったリング付きネックレスを僕の首に付けた。
「見て、僕も同じの付けてる。」
「知ってる。可愛いの付けてんなって。危うく引きちぎるところだった。」
「それ僕じゃん。」
翔が笑いながら答える。
「……。」
「僕もおなじ。」
翔を桜の木の裏に引っ張ってキスした。
「乱暴…」
「抑えらんない。」
「デートするの!」
「じゃあもう一回だけ。」
「…もう、仕方ないな。」
──────────────────。
数時間、レンタカーでいろんな所へ行った。
その後、夕飯の時間もあるのでホテルへ戻った。
部屋に戻るやいなや、僕が襲いかかろうとすると、
「待て!」と。
僕がふざけて汚い息づかいで汚い犬の顔をすると、
「可愛くない!」と言われた。
仕方ないから人間に戻って抱きしめた。
「…稜太。ご飯たべて、お風呂入ったあとならいいよ?」
「…おかしくなりそ。人前でも襲えそうなくらい。」
「この
また翔が微笑みながら僕を蔑む。
「…じゃあ、勝手に出していい?」
「なら僕にかけて。」
「脱げ。」
「今じゃない。……ご飯行く前に露天風呂行きたいな。」
「……。」
僕は自分の下を見た。
「それ、大人しくさせて。僕、おっきいお風呂行きたい。」
「…かけ。無理。おさまんない。」
「……出せ。」
翔は僕のそれを出したあと、首に爪を立てながらもう片方の手で胸の先端を直接つまみ上げた。
「無理!!……」
「……。」
「翔…??」
「…温泉いこ?」
翔は口元をティッシュで拭いながら準備を始めた。
────────22時。 宿泊者限定ラウンジ。
翔が僕の首元のリングを撫でる。
酒が入ってちょっと顔が赤らむ翔がまた可愛い。
「…稜太。僕が無理かも。」
「ん?…」
「稜太が居ない日とか考えたくない。」
「一緒に飯食って、一緒に風呂入って、一緒に寝る。なんも変わんねーよ。これが一生続く。それを今日決めたんだろ?」
「…やばい。稜太がかっこよく見える。…気がする」
「お前はいっつも可愛いく見えてる。」
「僕は可愛いから。」
「そうだよ。お前はずっと可愛い。小さいときから変わんない。……かけ。」
「うん?」
「お前がいじめられてた時さ、俺、自分の事『ストーカー』だと思ってた。俺の事呼んでたってあれほんと?」
「本当。だって稜太は僕の『番犬』だったから。」
「おー。シェパードか。いいな。それはいい。」
「違うよ?チワワ。」
「チワワ??え?警察犬??」
「小型犬も災害の時とかに捜索とか救助活動とかしてるんだって。」
「…救助活動。」
「でしょ?」
「たしかに。なら俺、えらいじゃん。」
「そうだよ。稜太はえらいんだよ?」
翔は僕を見て笑う。
「いくら小さい犬でも本気で噛み付いたら人間なんてひとたまりもない。あの子たちの顎の力は想像以上だから。…稜太もそう。キレたら制御きかない。」
「だから『飼い主』が必要。」
「だから『僕』が必要。」
「……しかしお前、なんでそんな女物の浴衣似合うの。」
「線が細いからじゃない?僕筋肉いらないし。」
「不思議だよな。どっからあの馬鹿力出てくんだろ。」
「生物学的には男だからね。やっぱり元々は力あるんじゃないかな。」
「……ダメだ。お前の口から『男』って違和感しかない。」
「僕も。やっぱり僕は『僕』でいたい。『男』でも『女』でもない。でも、少しだけメイクはしてたりする。」
「知ってる。可愛いのがさらに可愛い。…綺麗になってる時もある。…お前今日、口、塗ってるもんな。」
「気づいてたんだ。」
「あたりめーだろ。いい匂いするしさ。」
「……こんなんでいいの?」
「俺は『お前』がいいの。『お前』だからいいの!」
「稜太のたまに出るその言い方好き。…いいこいいこ。」
翔が僕の頭を撫でる。
「…俺もそれしてくれるお前が好き。」
大人の男の頭を撫でるなんて、母性の強い女くらいしか居ない。それか母親。
でも翔は昔から変わらない。
僕の心に気付いて頭を撫でてくれる。
足元でしっぽを振る犬をかまうみたいに…。
──────────────────。
「かけ……。もっとして……」
「…僕も全然おさまんないや。」
──────────────────。
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