第5話 ビックネーム
誘導されるがまま映画館へと入る。改築とかはしていないので普通の映画館だ。
「映画館内の飲食物は食べ放題飲み放題となっております。座席とスクリーンはチケットに書かれていますので、時間内に着席をお願いします。ではごゆっくり」
ポップコーンやポテトが食べ放題。ドリンクも飲み放題。ここまで来ると太っ腹も怖いものである。
「食べ放題ですよ蓮花さん!飲み放題ですよ蓮花さん!」
「……俺疲れたから先に座席行ってるよ。適当にジュース持ってきてくれ」
「え……は、はい」
どこか頼りない背中で歩いていく蓮花。
「やっぱりさっきのことかな……」
「あの変な外人に吹っ飛ばされたのを気にしてんだろ」
「ショックを受けるのも仕方ないよ」
「師範のことも心配だろうしね」
門下生たちも心配そうだ。彼らもファライに苛立ちを覚えていた。だから蓮花の気持ちもよく分かっているつもりだ。
――それはそれとして売り場へと直行する門下生たち。やはりポップコーンとジュースの魔力には勝てなかったようである。
スクリーンも普通だ。他の人は売り場に行っているので、まだ席はかなり空いている。だからとても静かだ。
(姉ちゃん……)
蓮花は姉へ思いを馳せていた。心配だ。数々のビックネームに自分は臆してしまった。周りは世界でも有数の格闘家ばかりだった。
そこに女である姉が混ざっても大丈夫なのか。再起不能にされたりしないか。心を折られたりしないか。
姉が強いと分かっていても、心配の気持ちは収まらない。これは試合とは違う。怪我は確実に起こる。優勝しても後遺症が残るかもしれない。そんな戦いなのだ。
「はぁ……」
「――あ、先に人居たんだ」
後ろからの声にビックリして振り返る。
「名前は?私は
「蓮花……黒木蓮花です」
「ふぅん。蓮花君は誰の応援できたの?」
若い女の人。体格は花音よりちょっと大きいくらいだ。長い髪を後ろで結んでいる。かなり美人だ。
「えっと……黒木花音。うちの姉です」
「あぁあの女の子ね!目立ってたから印象に残ってる!……てことは殴られてたのは君ね」
「……はい」
言われると恥ずかしいのか、そっぽを向く。
「私は――
「龍名……ってまさか――『蛇龍拳』の!?」
「正解!」
不規則な拳。不規則な蹴り。不規則な動き。体の脱力によって予測できない動きを出すのが特徴の蛇龍拳。
開祖『
「蛇龍拳って……でも現在の使用者は
「いやぁ、そこら辺は複雑なんだけど……今回は忠国の孫であり、私の夫でもある龍名合金が出るの!」
「龍名合金……聞いたこともないなぁ」
「だろうね。まぁ有名じゃないから」
食料を確保し終わった人がゾロゾロとやってきた。時間的にもちょうどいい。もうすぐで始まるところだ。
「全く……ぽっぷこーん?やら、おれんじじゅーす?やら舐めたものを飲みおって」
「そうじゃ。散々躾してやったじゃろ。『甘い物は体も技も腐る』って」
「うるせぇなぁ、親子の縁を切ったくせにぶつくさ言うなよ」
「今は昭和じゃないの。時代遅れも甚だしいわ」
「「なにおぅ……!!」」
「け、喧嘩はやめてください」
(入口で喧嘩してた奴らはこの人たちか)と心の中で納得する。
「というより……
金剛の如き体。金剛の如き拳。昔の文献には『生身一つで戦場を歩くは金剛の一族』とまで書かれてるほど、強靭な肉体を持つ金剛拳。
開祖『
「フランシスに龍名に金剛……確か並んでいる所に栗原さんも居たよな……マジでこの大会レベルが高いぞ」
姉への心配がさらに加速している。信用していないのではない。それ以上に周りの壁が高いのである。
しかし時間は過ぎてゆく。周りはどんどん暗くなってゆき、戦いの始まる時間へと脚を踏み込んでいった――。
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