ゴットン!

 という、重たげな機械音と共に、船体が大きく揺れる。


 外殻の保守管理時に使われる、作業船用の通用口からコロニーの外に出た海賊は、そこで待ち受けていた大型船に無事ドッキングを果たした。

 大型船の中には、規模は小さいものの、テクノノートを収容できる格納庫がある。

 ダブルナインもそこに収容され、オレはようやくコクピットから出ることができた。


 降りてからまずしたことは、一緒に収容された所属不明機の足元へ向かうこと。

 コクピットのハッチを開けてそこから出てきたパイロットは、キャットウォークにいたメカニックと少し雑談をしてから、悠然と降りてきた。


 年の頃は二十代後半。銀色の髪に、淡い褐色の肌。底を読ませない青灰色の目。

 上背があって、でもちょっと猫背で、ルーズな服装がよく似合っている。だるそうにしてるわりには隙のない身のこなしで、海賊――たしかザザって名前の男は、待ち構えていたオレを見てニッと笑った。


「よぉ。見たぞ。最後の方、すごかったな」

「あーどうも……」


 レックスが出てきてた時だ。

 そういえば、あの現象は何だったんだろ?

 死んだはずなのに、また出てきてテクノノートを操縦するとか――まぁオレも人のこと言えないけど。


(チェルのことが気になって成仏できないのかな?)


 そう思うと、他人事ながら気の毒になってくる。

 ホントにあいつ、どんだけチェルのこと好きなんだよ。


(でもってどんだけ報われないんだよっていう……)


 まぁそれは言わない約束だな。

 オレはやたら高いとこにあるザザの顔を見上げた。


「それより、バレたら困るあんたの正体って何なんだ?」

「気になるか?」

「ならないわけないだろ」

「どうしようかなー。広まるとめんどくさいし、いちおう秘密っちゃ秘密なんだよな」


 もったいぶるように混ぜかえすザザにイラッとしたところで、離れたところから声が飛んできた。


「ノエル・ザキ」


 ふり向くと、同じく収容されたガルムから出てきたダグが、こっちに近づいてくる。


「ひと昔前、苦戦していた戦況をパクス連邦軍の優位に導いた稀代の英雄――」

「え、基地の名前にもなってた、あの伝説のパイロット? 死んだんじゃなかったの?」


 オレが言うと、ザザは小さく肩をすくめた。


「おまえと同じ。パクス軍に逆らって処刑・・されそうになったところを命からがら逃げ出した。軍はそれを公表できずに、名誉の戦死を遂げたと発表した」

「えぇ!? つまりパクス軍の元英雄が、いまじゃ海賊やってるわけ?」

「その通り。でもっておまえも、まったく同じ道を歩みつつあるんだが気づいてるか?」

「あっ……」


 いま気がついたオレに、ダグが言う。


「レックス。彼らは一般的に考えられているような海賊じゃない」

「まぁそうだけどさ……」


 海賊っていうのは軍がつけたレッテルで、実際には人助けしてるんだったっけ。

 その証拠にオレも助けられたし、他にも受け入れられた兵士は多いみたいだ。


 オレは格納庫を見た。そこには今日保護されたテクノノートがいっぱいに並んでいる。

 さらに多くのテクノノートや人員が、他の船に一時的に収容されたらしい。その中にはダブルナイン小隊の隊員達もいるってことだった。

 もう軍人じゃなくなったっていうのに、ダグは直立不動で報告してくる。


「うちの隊員は九名が軍を離反し、そのうち二機が墜とされた。その他の人数については正確には把握していない。テクノノートのパイロットはここで拾ってもらえることになっているんで、すぐに正確な数字が出ると思う。そうでない者については、自力で別の場所まで行ってもらって、そこで合流する手はずになっている」

「全部、前もって準備してたのか?」


 感心しながら言うと、ダグは淡々とうなずいた。


「ひとりで行き当たりばったりで進めてもろくないことにならないって、誰かさんのおかげで学んだからな」

「……へぇ」


 一体誰だろうな、その考えなし!

 心の中で言い返して、ぱたぱたとザザに手を振る。


「あんた達もよくこんな計画に乗ったな~」


 ただでさえ軍ににらまれまくってるっていうのに、さらに余計な火種を抱え込むなんて。

 そう言うと、相手は「いやいや」と朗らかに笑った。


「うちも今カツカツなんでな。タダで戦力が――それもパクス連邦軍が世界に誇る特殊作戦群装甲機動師団の、その中でも精鋭って言われてるダブルナイン小隊をはじめとする機体がまるっと手に入るなら、こんくらい安いもんだ」

「――――……」


 オレとダグは、「え?」って感じで目を見合わせる。

 代表して、オレがおそるおそる訊いてみた。


「……カツカツ?」

「カツカツだな」

「なんで?」

「そりゃあ、どっかのパクス軍がこのところ景気よく討伐してくれたんで、けっこう被害甚大だからよ」

「え……、でも――」


 まだまだ勢力を保ってるんじゃなかったっけ?

 ニュースでそう聞いたけど?

 ダグと二人、期待を込めて見つめる先で、ザザは軽やかにのたまった。


「おまけに今回、この計画にかかわったせいで、この先さらに本気めの追手がかかると予想されてるっていうか。もーかなり危機的状況」

「いやいやいや。大胆不敵な犯罪行為で超儲けてんだろ? それで新しい船なり機体なり買えばいいじゃん!」

「んー?」


 オレのツッコミに、ザザは不思議な言葉でも聞いたかのように首をかしげる。


「儲け? ねぇぞ? 稼ぐそばから難民キャンプにばらまいちまうから、いっつも赤字」

「…………そんな、まさか…………」

「実はうち、すっっっっっごく貧乏でよ」

「は? 七つの宇宙を股にかける大海賊なんじゃねぇの!?」

「名前だけ妙に一人歩きしちゃって、大げさに伝わってるんだよな。やりづらいったら」


 困ったもんだと、当の海賊は他人事のようにうなずく。

 思ってたのとちがう展開に困惑するオレとダグに向け、ザザは首をなでながら言った。


自由騎士党フリーナイツは元々小規模な零細NPOだ。おまえらが言うように大所帯で戦力に恵まれていたら、つい最近までパクス軍で先頭きって戦ってたヤツなんか、そうそう受け入れたりしねぇよ。今のオレらには戦力をえり好みする余裕がないんだ。わかったか?」


 あっけらかんと言い放たれた言葉に、今度こそ口をぱかんと開けて立ち尽くした。

 マ・ジ・か。


「――――……」


 中心になって計画を立てたダグなんか、顔色が青いの通り越して真っ白になってる。

 そんなオレらを、ザザはおもしろがるように見下ろしてきた。


「ようするにおまえらは炯に送り込まれてきたんだよ。崖っぷちにいる自由騎士党フリーナイツの当座の戦力として」


 その言葉にハッとした。


「炯は……本当にあんた達の仲間なのか?」


 前もって聞いてはいたけど、なかなか信じられない。

 そんなオレに、ザザは「そのはずだが?」って、いとも簡単に返してきた。


「そもそもあいつが本気だったら、オレらこんな簡単に逃げらんねぇよ。上がダメって言っても、手柄のためなら輸送機を撃墜するくらいやってのけるヤツだからな」


 憎まれ口のように言って、ザザは目を細めて笑う。その口調はやわらかい。


「でも……炯はずっと軍で暮らしてて――」

「そうだな」

「それでも信じられるもん?」

「あいつは戦場になった被占領地クライスで生まれて、廃墟になったそこで育った戦災孤児だ。物心ついた瞬間から、パクス軍への憎しみは人一倍だった」


「じゃあなんで軍人なんかやってんだよ?」

「そこがあいつの性格の複雑怪奇なところでな。まぁ、言っちまえば内側からくずしていくつもりらしい。実際、うちも何かと恩恵を受けてるし」

「そうか……」


 自由騎士党フリーナイツの活動があれだけ問題視されて、何度も討伐作戦をくり返してたのに、壊滅に至ってないのには、そんな理由があったわけだ。


「じゃあ、もしかして……よく炯が夜に基地を抜け出して遊んでたっていうのも――」


 ダグが思いついたようにつぶやくと、ザザは軽く言った。


「あ、それオレとのデート」

 謎が解けてみると、あれもこれもって思い当たることが出てくる。


(しっかし危ない橋渡ってんなー!)


 感心してたオレの肩を、ザザはぽんぽんとたたいてきた。


「いいか、レックス。新入り共のまとめ役はおまえにまかせる。そいつらの手柄はおまえの手柄。失敗はおまえの失敗だ。……せいぜいがんばるんだな」


 言い置いて、軽い足取りで離れていく。


 海賊稼業をこなしつつ人助けにも血道を上げ、時に軍を相手に戦闘もこなす、連邦軍の伝説的な元英雄――使えない仲間を置いておく余裕なんか全然なさそうなその背中には、即戦力として役に立たなかったら丸めてゴミ箱に捨ててやるぞって、でかでかと書かれている……ような気がした。

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