5
「ひゃっ……!」
建物の影から顔をのぞかせた直後、真正面から銃弾の斉射を受け、チェルは思わず首をすくめる。――コクピットの中でそんなことをしても意味はないが、反射的なものだ。
小隊の中でもっとも経験の浅い自分を、アレイオン小隊が追い立ててくる。
演技などではなく、本当に小隊の全機でチェルを狩りにかかってきているのだ。
始める前、炯からは全力で逃げろと言われた。でなければ殺してしまうかもしれないと。
『もしそうなっちゃったらごめんね?』
無線を通じてけろりと言われた言葉に背筋が凍りついた。彼女ならやりかねない。
炯は徹底的な実力主義者だ。いつでも一番危険な場所へ自ら飛び込んでいき、最大の戦績を上げる。
そんな彼女の小隊では、実力のある者しか価値を見いだされない。
そして価値のない者は死ぬしかないのだ。
先輩隊員達の壮絶な実戦と戦死とを目にして、そのことはチェルの骨の髄まで染みこんでいる。
ドン! と機体のすぐ傍に着弾があった。爆発が起き、あたりが炎と黒煙に包まれる。
映像をセンサー主体に切り替えた瞬間、正面で急な熱反応があった。
そう悟った時には、すでに横合いに退いていた。判断する前に、危険を察した身体が勝手に動く。
止まることなくそのまま前方へ転がり、反動を利用して起き上がった。
アサルトライフルを構えて起き上がりつつ、向かってくる機体に正面から斉射を加える。
相手は胸部に大きな損傷を負った。コクピットは大丈夫かと気にする余裕などない。
なにしろその時には既に別の機体が、近接戦闘の距離にまでせまっているのだから。
体当たりするように組みつかれ、背後の建物へとハデに押しつけられる。
「きゃぁぁぁ……!」
激しい衝撃に、コクピットが激しく揺れた。
建物の外壁どころか、フロアの半ばまで破壊するほどだ。石材に埋もれた機体に大小のがれきが降ってきて、外装に当たる音がした。
濃密な粉塵で視界が効かなくなる。
すぐさまセンサーによる情報を確認すると、正面に、こちらに向けてライフルを構える機体が三体、表示された。
三つの熱源反応が、三つ銃口に灯る。
(ちょっ……、無理! 死ぬ! 本当に死ぬ……!)
シールドを展開しつつ最短での離脱をはかるものの、心の中は絶望でいっぱいだった。
罰が当たったんだ。
何とか機体を起こしながらも、そんな思いが走馬燈のように頭の中を駆けめぐる。
レックスの好意に仇で返すようなことを、レーヴィ大佐に言ったから。
だから天罰が下った。
(それなら――まぁ、しかたないか……)
ふとした瞬間、あきらめと共にそう考える。
しかし。
ライフルの弾が射出される前に、その三体は頭上から降ってきた機体に踏みつぶされ、蹴り飛ばされ、頭を吹き飛ばされて再起不能になった。
一瞬の出来事である。
(――え)
暗い建物の中から、チェルは目を眇めて外にいる機体を見つめた。
(ダブルナイン……? ――まさか、どうして……!?)
レックスの起こした騒ぎの後、軍に回収されたダブルナインは新しい小隊長のものになったのではなかったか。
いや、その前にレックスは今、輸送機に乗って脱出しようとしていたのでは?
諸々の疑問でいっぱいになっていたチェルに向け、彼は当たり前のように訊ねてきた。
『無事か、チェル!』
「――――……っ」
涙が出る。にじんで、あふれそうになる。
けれど同時に、ひどい怒りがこみ上げた。
こんなところで何をしているのか。
(なんでさっさと逃げないの!?)
そんな怒りをたたきつける。
「味方面しないで、レックス! 全部あなたのせいじゃない!」
行っちゃっていいから。
わたしのことなんか見捨てていいから。
あきれて、腹を立てて、つき合ってらんないって思ってくれて、全然かまわないから……!
心の中でそう言いながら、口ではまったくちがうことをまくしたてる。
「あなたのおかげで私がどれだけ迷惑してると思ってるの!? こうやって助けられると、また疑われちゃうじゃない! こういうのホント止めてほしいんだけど!」
『まったくもって返す言葉がねぇよ! でも! それがレックスの気持ちだったんだ! あいつはその気になれば、よりどりみどりな英雄だったくせに、嘘みたいに――アホみたいにおまえのことが好きだったんだ! それだけは否定すんな!』
「そんなの知らない!」
『頼むから一緒に来てくれ! おまえが、戦うのやだって泣くの見て、あいつすげぇ思い詰めてた! 自分を責めて、責めて、この世の常識を変えちゃうくらい後悔してたんだよ!』
「意味わかんない!」
『つまり、とにかくめちゃくちゃ好きってことだ!!』
「だからそれが迷惑なの!」
『そこをなんとか!』
「やだってば!」
怒鳴り返しながらチェルは混乱した。
(待って。なんで?)
彼を怒らせて、ここから一人で脱出させるつもりだったのに。
なんで今、自分達は痴話ゲンカみたいな会話をしているのだろう?
(だってレックスが――……)
何を言っても彼が、全然怒ってくれないから。
愛想を尽かしてくれないから。
ならばどうすればいいのだろう? 早く彼を逃がさなきゃならないのに。
無力感を抱えて途方に暮れたそのとき。
『熱烈な愛の告白中にぶしつけで申し訳ないけど、死んでくれない? レックス』
上官の軽やかな声が割って入ってきた。
言葉にかぶせるように、離れたところで待機していた高射砲から、続けざまに複数のミサイルが射出される。
チェルの機体の目の前で、ダブルナインは激しい爆炎に包まれた。
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