『食料倉庫内で反乱が発生! パイロット候補生十名強が作業用機を奪取して立てこもり中! 鎮圧のための援護を要請する!』

『第一武器庫が反乱勢力と思しき一団に占拠された! 至急応援乞う!』

『第二、第三武器庫に即刻兵員を送れ! これ以上の占拠を決して許すな!』

『司令部三号棟! 応援にきた部隊がそっくり反乱軍に合流!』

『今後、援護の部隊から被占領地クライス出身の人員を抜け!』

『無理です! 人手が足りません!』


「……すげー。大騒ぎだな」


 輸送機のブリッジで公共通信オープンチャンネルに耳をかたむけながら、しみじみとそう感じる。

 今まで当たり前のように差別し、踏みつけてきた相手に反抗されることを、なぜだか領邦ラントの軍人達はほとんど予測していなかったらしい。


 通信からは、レックスの暗殺や海賊の処刑に加えての、続けざまのイレギュラーな事態に、許容量を超えてあっぷあっぷしている様子が伝わってきた。

 ガブリエラが冷たく言う。


「普段、自分達がいかに被占領地クライス出身の兵士に頼っていたか思い知ることでしょう。いい気味です」


 彼女は何枚も重ねて展開させていたホログラム画面の中から、ひとつを拾って最前面に出した。

 ニュース番組である。


「どうやら報道カメラが回っているようですね。これは予想外です。軍部のヤバい本性を目の当たりにするかもしれません」

「へ?」

「連邦中の国民にこの映像を見せているということは、威信にかけて何が何でも徹底的にたたきつぶすという、軍の意思表示でしょうから」


 言い終わらないうちに、通信機器から野太いガラガラ声が聞こえてきた。

『パクス連邦軍基地防衛総司令官ハボクック大将より緊急通信! 各員心して拝聴せよ!』


「なんかすごそうな人出てきたー」

「基地防衛総司令って確か本国にいるはずですよ。わざわざ星間通信を使ってるんですかね?」

「なんか……めっちゃ大事おおごとになってない? オレん時よりもはるかに騒ぎがデカくなってない?」

「ダグはデカい男ですから」

「……いや、そこで胸張って真顔でノロけられても」


 オレ達が緊迫感に欠ける会話をしてる間にも、公共通信オープンチャンネルの中ではものすごーくシリアスな演説が延々続いていた。


『――という悲惨な末路を示している。そして今、私は諸君らに忠告したい。反乱に加担する被占領地クライス出身の兵士達よ。諸君の中で故郷に家族を残している者は今すぐ悪ふざけから離脱せよ。このような非常識な騒動に加わる者は、銃後の家族の身に何も起こらないなどと考えるべきではない。逆に周りの反逆者たちの暴挙へ立ち向かった者には、その勇気を讃え、昇進を含めた褒章を約束しよう。各員の賢明な判断を期待する。我らがパクス連邦軍の歴史は――』


 長い説得の途中で、ガブリエラが「ふむ」とうなずく。


「なるほど。仲間割れを誘いにかかったわけですね」

「まずくね?」


 オレが訊くと、彼女は「いいえ、まったく」と首を振った。


「このくらいは想定の範囲内です。それよりはるかに心配なことが、ひとつありまして――」


 そのとき、なんちゃら総司令官の演説にかぶせるようにして、レーヴィ大佐の命令がはっきりと響き渡る。


『アレイオン小隊のチェリー・ブロッサム少尉を、この騒動の首謀者の一人と断定! 各員、鋭意撃破しなさい!』

「言ってるそばから来たコレ」


 それも想定内、って感じのガブリエラの反応に、オレは猛然と食ってかかった。


「チェルが!? どういうことだよ!?」

「罠でしょう。あなたをおびき出そうとしているんです」

「罠上等! ちょっと降りらんねぇ?」


 オレの言葉に、彼女は手で額を押さえた。


「……あなたは本当に大したたわけ者ですね」

「つき合えなんて言わねぇよ。オレひとりでいいんだ」

「パラシュートでもつけて降ります? 途中で狙い撃ちされることまちがいありませんが」

「マジメに言ってるんだ!」

「こちらも大マジメです!!」


 ガブリエラは、かわいい小顔を怒りにゆがめて怒鳴りつけてきた。


「あなたを逃がすために! ダグは作戦を立てて決行し、みんなが立ち上がりました。たとえ成功したところで犠牲はまぬがれない、ぎりぎりの計画です。いいですか、全部あなたのためです! なのにそのすべてを無駄にするつもりですか!?」

「けど意味がないんだよ! レックスオレだけが助かっても意味がないんだ。彼女が――」


『――――ゃぁ…!』


 言いかけたオレの言葉尻に、チェルの短い悲鳴が聞こえてきて、肌がざわっとする。

 押し殺そうとしつつ、殺しきれなかったって感じのうめき声。


 分かってる。これは多分レーヴィの作戦だ。

 どっからか彼女とオレが知り合いだって情報をゲットして、早速利用しにかかってる。――オレを動揺させるために、みんなでいたぶってチェルに助けを求めさせようとしてるんだ。


 レックスだったらどうする?

 もちろん、考えるまでもない。


「チェルを置いて逃げるわけにいかない」


 はっきり言い切ったオレに、ガブリエラはうんざりした顔で返してきた。


「言いにくいんですが、おそらくチェリー・ブロッサムは軍側についているものと思われます。いまの状況だって、どこまで本当か……」

「けど実際問題、いまヤバい状況じゃん! 攻撃受けてんじゃん!」


 ぐずぐず言うガブリエラの言葉を遮って、輸送機のカメラから地上を映した映像を指差す。

 そこではガルムが一機、アレイオン小隊に追いまわされ、銃撃で煽られ、多勢に無勢状態で必死に逃げまわっていた。


「――――……っ」

 ガブリエラは感情的なしぐさでその映像を消すと、小さな手でオレの襟元をつかみ上げてくる。


「どうして分かってくれないの!? ダグはあんなに一生懸命なのに! あなたを助けたいって、それだけのために頑張っているのよ!? 彼の気持ちを考えて……!」

「それはありがたいけど!」


 襟元をつかまれたまま、オレも声を張り上げた。


「こんなに大勢かかわって、みんなが脱走しようとしてんだから、この計画はもうオレのためも何もねぇよ! みんなのものだ! そん中でオレがひとりで勝手な行動に出ようとしてることは分かってる。助けろとか言わねぇ。いざってときは見捨てて逃げてかまわねぇよ!」

「レックス!」

「ぜっっったい恨み言は言わねぇって約束する! だから――頼む。オレを今すぐ地上に下ろしてくれ……!」

「――――……!」


 お互い譲れないものがある者同士、間近でしばらくにらみ合う。

 けど最終的に勝ったのはオレだった。

 説得をあきらめたらしく、ガブリエラはハァァァ……とこれ見よがしに大きなため息をつく。


「あなたはもう、正真正銘筋金入りのバカ者だったのですね。感動すら覚えます」

「――――……っっ」


 期待を裏切らず、オレはバカみたいな満面の笑みを浮かべた。


「サンキュー!!」

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