「え……」


 げほごほと苦しみながら、オレは周りを見まわした。

 さっきまで担当官と一緒にオレをここまで連れてきたはずの兵士達は、床に転がって今にも落ちそうになってる上官を見ても無反応だった。

 状況をつかめないでいるオレに、ガブリエラが言う。


「彼らは全員、徴兵によって駆り集められた被占領地クライス出身の兵士達です。いつかみんなで集団脱走をして、徴兵制度反対を世に訴えようと話し合っていた仲間です」


(集団脱走? 徴兵制度反対……?)

 目を白黒させるオレを囲み、兵士達は次々に訴えてきた。


「すまない、レックス。あんたをみくびっていた」

「まさかあんたが、被占領地クライス出身の誰かのために反逆までする人だとは思ってなくて……!」

「英雄だなんだっておだて上げられて、いい気になってるアホだとばっかり――」

「アイドルと一緒のCMで鼻の下のばしてる顔を見て、ああはなりたくないなとか思って、ごめんな!」

「オレもだ! マノン程度にたらし込まれるなんて英雄様も大したことないなとか思ってホント申し訳ない!」


「……へぇ」


 次々と出てくる懺悔に、生暖かい気分になる。こんな時に何だが、色々と許しがたい。

 咳の治まってきたオレは、ようやく落ち着いてその場を観察した。

 兵士は全部で二十名ほど。多分この輸送機の乗組員ほぼ全員のはずだ。


「仲間って……ここにいるヤツら、みんな?」

「はい。地上にもいます。あとダブルナイン小隊は、マノンを除いて全員仲間です」

「そりゃすごいな。でも――」


 いつか集団脱走をしようと考えていたっていう、さっきの言葉を思い出す。


「何も今でなくても……」


 オレが言うと、ガブリエラはあっさりと首を横に振った。


「ただ脱走するだけではなく、徴兵された兵士達の悲憤を世に示すねらいもありますから。連邦中の目が集まっている、今以上に理想的なタイミングはありません」

「はぁ……」


 ぐるぐるとまとまらない頭の中で、懸命に起きたことを整理しようとする。

 そのとき、輸送機の船体が大きく揺れた。


「うわっ」


 あわてて床にへばりつく。ガブリエラも尻餅をついた。

 どうやら地上から攻撃を受けているようだ。

 そのとき、ガブリエラの装着していた通信機から鋭い声が響く。


『輸送機、迎撃しろ! 地上に打ち込みつつ、すみやかに離脱! 急げ!』


 命令に、兵士達はいっせいに持ち場に散っていった。

 オレはと言えば、通信を通して聞こえてきた声に目を剥く。


「ダグ!?」

「そうです……っ」


 ガブリエラは打ちつけた尻をなでながら応じた。


「彼は我々のリーダーですから」

「はぁ!?」


 混乱するオレをよそに、またしても通信が入り、船内中に響き渡る。


『こちらダグラス・ドナート中尉。この通信を聞いているすべてのパクス連邦軍人に告ぐ。――おまえらに付き合うのはここまでだ。オレ達はこのままレックスと行く!』


「うわ」

 こんな大胆なことして大丈夫なの、こいつ?

 オレなんか基地内でちょっと暴れただけで処刑されそうになったんだけど。


 首のプロテクターを外してもらいながら、戦々恐々と耳をかたむける。

 けど――多分ずっと前からこの時のことを考えていたんだろう。

 ダグの言葉は堂々としてて、迷いがなかった。


『一連の事件は、パクス連邦政府による被占領地クライスへの不公平きわまりない徴兵制度が招いた結果だ。招集状によって軍への入隊を強制され、望みもしない戦場へ送り込まれた、ひとりの少女の存在が引き金となって起きた。オレは、同じく徴兵によってごく一般的な日常を奪われた人間のひとりとして、今回のレックス・ノヴァ――軍がウィレム・ブラクモアと呼ぶ人物の行動を強く支持する』


「……オレ?」


領邦ラントの人々に告ぐ。我々被占領地クライスの人民は決して喜んで、あるいは誇りをもって軍務についているわけではない。むしろその制度が公然のものとしてまかり通る世の中と、それに甘んじるしかない自分の立場に、常に忸怩たる思いを抱いている。そのことを、我々は今この行動をもって世に示そうと思う』


「ダグ――」


『レックス。徴兵された被占領地クライスの兵士の声に耳を傾けてくれたことに感謝する。あんたのしたことは無理無茶無謀無策の目を覆いたくなるようなものだったが、我々を大いに勇気づけてくれた。そして感動させられた。――ありがとう』


「感動……?」


 思いも寄らないところで、そんな評価を受けて、ちょっとこそばゆい気持ちになる。

 ガブリエラが白けた目を向けてきた。


「無理無茶無謀無策ってとこにも注目してください」


 ダグの声は続く。


『いつも連邦のやり方に文句を言ってる被占領地クライスの兵士諸君。――ついてこいとは言わない。各自好きに受け止めてくれればいい。ただ、これまでくり返し皆で話したことを思い返してほしい』

『ダグ!』


 公共通信の中で、いくつもの声が重なる。

 オレはガブリエラから渡された、自分の携帯端末を腕に装着して通信を開いた。


「おい、ダグ。ちょっと落ち着けって。おまえらしくもない」

『レックス……。無事か?』

「あぁ、今の聞かせ――」


 言いかけたオレの声に、別の声がかぶさってくる。


『隊長より、ドナート中尉へ! 何を言っている!? レックスと行くとはどういうことだ!』


 新任のダブルナイン小隊の隊長だ。ダグはうっとおしそうに返した。


『これ以上、あんた達にバカにされながら顎で使われるのは、まっぴらだってことだ』


 正直すぎる言い分に、オレのほうがあわてる。


「ダグ、止めろって! 正気に戻れ!」

『助けようとしてるのに邪魔をするな』

「いや、気持ちはありがたいけど! ちょっと待てって。後で後悔するぞ!」


 軍に逆らうっていう事の重大さを思い知ったばっかりの身としては、逆らうどころかケンカ売りまくりの状況を、どうしても放置しておけない。

 ついつい口をはさんだオレに、ダグは思いきりキレた。


『ごちゃごちゃうるさい! 女のために錯乱したバカが、人のことを気にしてる場合か!』

「おっ、おまえにも彼女いんだろー!?」

『あぁ、いるとも。今あんたの横に!』


 キレた勢いってやつか。ダグはものすごい勢いで言い切った。


「へ?」


 目をぱちぱちさせるオレの前で、ガブリエラの顔がボッと赤くなる。

 いつも人形みたいに冷静な彼女が、「ダ、ダグぅ……!?」と初めてうろたえた。

 え、こいつってそうだったの?

 言葉を失うオレに、ダグは照れるでもなく堂々と言う。


『オレは、彼女のためにもここから抜けたい』


 軍人としての使命から解放されて、ごく普通の市民として暮らしたい。

 その決意表明に、知り合いの被占領地クライス出身の兵士っぽい声が、数えきれないほど重なって響いた。


『ダグ! オレ達を見捨てんのかよ!?』


 すがるような叫び声に、ダグは断固として応じる。


『だから! オレと離れるのがイヤなヤツはついてこい!!』


 どっきゅーん!!

 ――と。その言葉が、多くの仲間のハートを撃ち貫くのが分かった。

 なぜならオレのハートも撃ち貫かれたから。


(ヤバイ! カッコいい! ダグしびれる! ひゃーっっ)


 興奮しつつ放送に聞き入る中、当然のごとく他の兵士達からの返事が次々と舞い込む。


『オレも行く! ダグ、オレもずっと考えてたんだ!』

『ボクも連れてってください! ダグの行くとこについてきます!』

『みんな!? ……あぁっもう! もちろんワタシもよ! 連れてって!』

『オレもだ!』

「――――……」


(ちょっと待って?)


 みんなの熱狂に、少しだけ我に返った。

 普通ここさ。レックスが中心にいるべきじゃないの?

 何なのこのダグのカッコよさと人気は。


(ま、いっか――)


 ダグはオレの副長。よって副長の人望はすなわちオレの人望。そうそう。ダグがこんな行動を起こしたのはオレのためなんだし?

 都合良く自分のプライドをなだめたところで、ダブルナインからの通信が耳に入る。


『隊長より、ドナート中尉へ! 今すぐそのガルムから降りろ! でないと反逆及び騒乱罪とみなす!』


 ダグはその命令をガン無視して、声を張り上げた。


『総員、輸送機を守りつつ上空へ待避! 弾倉もエネルギーパックも空になるまで撃ちまくれ。弾幕を張って脱出する』


 言うや、ダグの駆るガルムは真っ先に、この輸送機に銃口を向けた味方の機体を撃墜する。

 爆発四散する機体を上空から眺めながら、ごくりと息を呑んだ。

 もう後戻りはできない。


「あいつ……どうなるのか分かってんのか!?」


 正直、オレは全然わかってねぇぞ。

 とはいえ後戻りできなくなったなら、もう悩むこともない。

 なるようになれって感じで居直っていると、ガブリエラが言った。


自由騎士党フリーナイツに頼ります」

自由騎士党フリーナイツに?」

「はい。連邦軍から逃れるためには、それなりの組織の助けを借りなければ無理だと考えました。これまでの経緯から考えるに自由騎士党フリーナイツであれば、組織の規模も、装備的にも、軍に引けを取らないと思われます」


「でも……入れてって頼んで入れてくれるもんでもないだろ?」

「実はあなたが捕らわれてから、ダグはツテをたどって、ひそかに彼らへの接触を試みていました。その結果、連絡を取ることに成功しました」

「マジで!?」


「はい。彼らから窓口として意外な人物が示されまして、以降その人と協力し合いながら今日の準備を調えてきたわけです」

「だよな」

 こんな大騒ぎを起こすのは、将校以上の協力者がいないと絶対不可能だ。

「けど、誰が――」


 被占領地クライスの兵士は、どうがんばっても下士官までの出世がいいとこ。

 一番階級の高いテクノノートのパイロットですら中尉止まりだっていうのに。

 考えていると、彼女があきれたように続けた。


「本当にざる頭ですね。ひとりだけいるじゃありませんか。被占領地クライスの出身でありながら、数々の戦功により少佐にまで昇進した人が」


 そう言って彼女は薄くほほ笑む。その意味するところに気づき、頭を殴られるような衝撃を受けた。

(いや……いやいやいや、まさか! そんなバカな!?)


「そう。彼女・・です。早速訪ねて行ったダグに、あの人は『新兵の女の子の泣き言にほだされて、あんなバカげた騒動を引き起こしたレックスは、近年まれに見る究極のバカだ』って笑いました。その瞬間、ダグは彼女をグーで殴りましたよ」

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