4章 罪と罰と冀望(きぼう) 1

『処刑』の当日は、普段立ち入りが禁止されている基地の一部が、民間人に開放された。

 亡き英雄ノエル・ザキの愛機グラディウスが見下ろす形で設置されている広場を、今日は大勢の群衆が埋め尽くしている。

 ほとばしるような怒りと激しい罵声は、基地の隅々にまで響き渡っていた。



 殺せ! 殺せ!

 思い知らせろ! 処刑しろ!

 レックスの仇を取れ!!

 殺せ!! 殺せ!!

 海賊に死を!

 レックスの仇を取れ!!

 処刑だ!!



 それを報道するアナウンサーが、人々の怒号に負けないように声を張り上げている。


『若くして国のために戦い、平和に尽くしたレックスを、あまりにも利己的な理由で、そして卑怯な手段で死に追いやった、――そして「ロータスの惨劇」を引き起こした海賊の一味。ウィレム・ブラクモア。彼に裁きを下す時が、刻一刻と近づいてきております……!!』



「うっそぉん……」


 船内に据えつけられた映像装置が映し出す立体ホログラムを見上げ、オレの背中に冷や汗が流れる。

 集まった市民の剣幕は、想像していたよりもはるかに激しい。


(ヤバくね? オレ、本当に殺されるんじゃね?)


 いちおう処刑はフリだけで、その後に思想矯正施設送りって聞いてるけど……、なんかそれが通用する感じじゃなさそうなんですけど……!


 ホログラムに映る、処刑を待ち望む市民達の顔という顔を見て、無意識に自分の首をなでた。

 罪人の首に縄をかけて輸送機の上から突き落とし、吊すのが軍の公開処刑のやり方らしい。

 戦争が始まったばっかりの頃は頻繁に行われていたものの、野蛮な方法で恐怖心をあおるのはいかがなものかって論争が起きたことから、ここ十年以上、実施されていなかったとか。


(いかがなものかなってオレも主張したい!!)


 そこをあえてやるのは、レックス・ノヴァを殺した人間に、罪がそれだけ重いんだってことを思い知らせるため。

 かつ憤懣やるかたない思いでいる市民達の気を、少しでもなだめるため。


(大丈夫なん? これ……。ホントに見世物ですむんだろうな?)


 気がつけばまた首をなでていた。

 そこには不可視のプロテクターが装着されている。

 よって首にロープを巻いて落とされても、すぐに死ぬことはないらしいんけど……、そうは言っても一度落とされることにちがいはなく、かなり苦しそうだ。


(泣きてぇ……っ)


 うっかり本当に死んじゃったらどうしよう。


(だって高さだけでももう――)


 いつでも吊るせるよう、後部の貨物扉を開けたままの輸送機の下を、薄目を開けてそぉぉっとのぞき見る。

 高い。東京タワーとまでは行かないものの、観覧車のてっぺんくらいの高さはありそうだ。

 地上の人からもちゃんと『処刑』が見えるように、あえてあまり高度を上げてないようだ。

 おかげでこっちからも地上がよく見える。


 施設の屋上や地上には、警備のテクノノートが多数展開していた。機影から察するに中心にいるのはダブルナイン小隊だ。

 指揮官は炯だったが、率いているのはオレの後任の小隊長っぽい。

 炯によると、そいつは二六歳の、将来有望な領邦ラント出身パイロット。

 着任早々の重要任務に張り切っているのか、蟻の這い出る隙もない完璧な布陣で、群衆ににらみをきかせている。


 さらに少し離れた後方にアレイオンが待機していた。

 ちなみにアレイオン小隊は、つい今朝方まで、近隣宙域での作戦に参加していたらしい。


(どんな体力だよ……)


 被占領地クライス出身の炯が英雄としてもてはやされるのが嬉しくないって人間が、軍上層部にいるのかもしれない。

 ミスさせて引きずり下ろそうって魂胆だろうけど、そんな小細工が彼女に通用するはずもなく。

 いつものごとく一見ゆるいものの、よく見るとどこにも死角なしって配置だった。


 アレイオン小隊はどこにいるんだろう?

 気がつけば目が探していた。

 けどそれらしい部隊は見当たらない。作戦の後だから、当然休んでるんだろうな。


(チェル――……)


 レックスのこと、少しは考えてくれてるかな?

 地上を見ながら、ふとそんなことが気になった。

 そのとき。


「ウィレム・ブラクモア」


 耳慣れない名前を呼ばれ、無造作に小突かれた。

 処刑を担当するっていう士官の手ぶりで促され、二人の兵士にはさまれる形で歩き出す。

 そのまま輸送船の後部に連れて行かれたオレは、両脇の兵士達によって首に装着されたプロテクターの周りに、幾重にも縄を巻きつけられる。


「よし、歩け」


 下に向けて開かれたままの、貨物扉の先を指して、仕官が言う。

 周りの兵士達が、かまえた銃で小突くようにしてオレをそっちに追いやった。

 言われるままに歩いていくと、下から息が詰まるほどの強い風が吹き込んでくる。


「………っ」


 目を眇めて足元を見れば、地上では、こちらを見上げて口々に罵り叫ぶ人々が広場を埋め尽くしていた。


 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!


 突きつけられる怒りと恨みの激しさに当てられ、ごくりと唾を飲み込む。


「オレは……レックス・ノヴァだ――」


 力なくつぶやいた。

 おまえらが死を悼む、当の相手だぞ?

 なのに足元を埋め尽くす群衆は、こっちに向けて罵声を上げ続ける。


 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!


「何でだよ……っ」

 なんでこんなに憎まれなきゃならないんだよ?

 レックスは、こいつらのために戦ってきたんじゃないか。


 これまで、何年も、何年も、毎日ずっと――自分を殺して、あらゆるものを我慢して、あきらめて。

 ただ、こいつらのために尽くしてきたはずだ。

 なのに――


「守ってもらっといて、よく言うぜ――何も知らないくせに……!」


 いきなりキレ始めたオレに、処刑の担当官が指示してきた。


「前へ進め!」

「冗談だろ、死んでたまるか! つか、自我なんか消させねぇよ!」

「進め!!」


 担当官が長い銃器で突き飛ばしてくる。

 元々風で不安定だったオレの身体は、貨物扉の端まで転がった。

 ぎりぎりの際まで来たところで、痛みをこらえてうつ伏せだった身を起こす。

 その瞬間。


「チェル……っ」


 テクノノートの格納庫の屋上で――食い入るようにこちらを見上げる人影が、目に飛び込んできた。

 小指の先くらいに小さかったけど、訓練で鍛えたレックスの視力は、その姿をはっきり捉える。


「バカ、こんなもん見るなよ――」


 つらくなるだけなのに。

 今にも泣きそうな、そんな顔をするな。

 頼む――……


「ウィレム・ブラクモア、前へ進め!」


 声と同時に、強い風がその場を吹き抜けた。

 横合いから突き飛ばされるようにして、オレは外へ転げ落ちる。

 直後、首に強い負荷がかかった。


「――――!!」


 やわらかいプロテクターのおかげで死ぬことはない。でも漫然とした締めつけが、逆に苦しい。

 気を失うこともできずに吊され、足が宙をかく。


(いやこれムリ! 死なないとか絶対ムリ! ふつうに死ねる! 遠からず死ぬ……!)


 苦しさのあまりジタバタともがいていると――――

 次の瞬間、ふわりと身体の浮く感覚があった。


(――え、早くね?)


 適当なところで引き上げられることになってはいたものの、いくらなんでも早い。

 頭ではそんなことを考えつつ、身体は貪欲に空気を求めてあえぐ。


「げほごほっ、……ごほっ、……げほっ」


 固い床の上で激しく咳き込んでたオレの目の前に、誰かが倒れ込んできた。

 さっきオレを突き飛ばした処刑担当の仕官だ。

 は? と思って顔を上げると、そこには。


「ガブ……リエラ――?」


 口さえ開かなきゃかわいいショートカット眼鏡が、難しい顔で立っていた。


「……やや不本意ですが、助けに来ました」

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